AIユーフォリアの罠:セルビーが警告する“現代のテック投資バブル”とは何か
米ペイパル創業期に携わった投資家ジャック・セルビー(AZ-VC創業者)は、「AIユーフォリアは、現代の民間テック投資で最大級のバブルになり得る」と警鐘を鳴らした。本稿では、その発言の含意を、資金調達動向・コスト構造・歴史的比較・投資戦略の4視点から整理する。
1. セルビー発言の骨子—“語りが木を天まで伸ばす”
セルビーは、沿岸部VCを中心に「息を呑む物語(breathless storytelling)が評価を押し上げている」と指摘し、バリュエーションが実態に先行している可能性を示した。さらに、AI関連の一部リーダーは生き残る一方で、多数の企業は淘汰され、LP資本が「数百億ドル規模で焼却」され得ると述べている。発言は将来時点の断定ではなく、コスト前提の上振れや市場心理の過熱を根拠としたリスク警告だ。
1-1. コスト前提の急膨張
OpenAIは、2029年までの累計支出が1,150億ドル規模に達するとの見立てが報じられ、年内支出も従来比で積み増しが示唆された。モデル開発・推論提供には、データセンター/高性能チップ/電力の巨額固定費が伴い、原価に近い価格での提供が続く限り、損益分岐までの距離は長い。
2. データで読む「過熱」—巨額ラウンドの復活
2025年Q2のグローバルVC資金は、3四半期連続で900億ドル超。件数は低水準でも、大型AIラウンドが総額を押し上げる構図が明確だ。直近でも、AIロボティクスのFigureがシリーズCで10億ドル超を調達し、時価総額390億ドルに達した。12か月で評価額を十数倍に引き上げる事例は、リスクマネーの集中と選別の厳しさを同時に物語る。
2-1. 「100倍売上」評価の声も
企業向けAIに特化する新ファンドの調達が加速し、年換算売上の100倍に達する評価事例への言及も出ている。マルチプルの膨張は、グロース期の常ではあるが、耐久的キャッシュ創出と粗利率・ユニットエコノミクスの裏付けを欠けば、回帰は急になる。
3. ドットコム期との相似と相違
相似点は、①技術パラダイム転換への「将来利益の先取り」と、②大型IPO/メガラウンドに資金が雪崩れ込む資本循環の片寄り。相違点は、①クラウド基盤の普及で実装・配布コストが低下していること、②一部プレイヤーが政府・防衛・エンタープライズの有償案件で早期に収益化し得ることだ。歴史的には、ドットコム崩壊(2000年)でNASDAQはピークから約78%下落し、多数の企業が淘汰されつつも、AmazonやeBayのような勝者が残った。AIも「多数淘汰・少数勝者」の帰結を辿る可能性が高い。
4. 投資家への実務示唆—“Picks & Shovels”と価格規律
セルビーは、過熱セクターのコアではなく、「つるはしとスコップ(Picks & Shovels)」に相当する周辺領域—半導体・EDA・光学・電力・冷却・DC建設・MLOps・評価/安全性ツール—への間接投資を示唆する。純AIソフトの入り口価格が非現実的な局面では、①供給制約の解除で価値が顕在化する部材/インフラ、②スイッチングコストの高いB2B基盤、③規制・地政学の追い風を受ける領域に、相対的なリスク調整後リターンが見出しやすい。
4-1. バリュエーションの3点検
ユニットエコノミクス:推論原価(GPU時間・電力・帯域)と価格改定の転嫁可能性。
資本効率:モデル更新・推論拡張に要する前払的CAPEX/OPEXの規模と資金繰り。
需要の耐久性:PoC依存から本番ワークロードへの移行率、解約/縮小率、長期契約比率。
(OpenAIの巨額支出見通しは、上記チェックの重要性を端的に物語る。)
5. タイムラインの見立て—“5年”という試金石
セルビーは、今後5年を一つの線引きとして、コストの現実価格への回帰と淘汰の本格化を示唆した。足元では、消費者・開発者は、「コスト割れ価格」の便益を享受しているが、原価反映+マージンの価格体系に移れば、需要弾力性と粗利率の真価が露呈する。ここが勝者の収益性と敗者の資金枯渇を分ける分水嶺になる。
6. 地政学と監視—米中・反トラスト・TikTok
セルビーは、米中緊張と国内反トラストの両にらみという難題を挙げた。国家チャンピオン企業の国際競争力を維持しつつ、市場支配の抑制も求められる。さらに、TikTokのような文化的レリバンスを持つサービスは、単純な遮断では解決しない着地点が必要という示唆もある。AI投資は、輸出規制・対中制裁・データ越境など、政策のレジーム転換を前提にしたシナリオ分析を欠かせない。
結論—「多数淘汰・少数勝者」の前提で、価格規律と間接露出を
AIは、インターネット/クラウドに匹敵する汎用技術になり得るが、資本の集中と物語の過熱は歴史の常でもある。投資家は、①価格規律(売上倍率の常識外れにはコホート実績で反証を求める)、②Picks & Shovelsでの間接露出(半導体・電力・冷却・MLOps等)、③5年スパンの現実価格回帰に備えたストレステスト(資金需要・粗利・価格転嫁)を徹底したい。“次のGoogle/PayPal/Palantir”は生まれる。だがそれは、多数の消失と少数の勝者の先にある—セルビーの警句は、その冷静な前提条件を私たちに思い出させる。
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