半導体装置 ASMLのCEOが語る半導体業界の展望
近年、私たちの生活に欠かせないスマートフォンやパソコン、自動運転車、AI(人工知能)技術などの進化は、半導体チップの微細化と高性能化によって支えられています。こうしたテクノロジーの土台を支えている企業の一つが、オランダに本拠を構えるASMLです。ASMLは、半導体製造工程において不可欠な「リソグラフィ装置」を提供し、特にEUV(極端紫外線)リソグラフィの分野で世界の最先端を走っています。
本記事では、ノルウェー政府系ファンド(ノルウェーのソブリン・ウェルス・ファンド)のCEOであるニコライ・タンゲン氏と、ASMLのCEOであるクリストフ・フーケ氏(以下「フーケCEO」)の対談をもとに、ASMLの事業内容やEUVリソグラフィの技術的背景、さらには、今後の半導体産業の展望について解説します。対談の中で語られた「世界のデジタル革命を陰で支える重要企業」としてのASMLの姿は、半導体分野の最新動向を理解する上で欠かせないものです。
1. ASMLとは何者か
1-1. 世界が注目する「知られざる巨大企業」
ASMLは、オランダの小さな町・フェルトホーフェンを拠点に成長してきた企業です。かつては照明や家電で知られるフィリップスの一部門から分離独立し、リソグラフィ装置に特化して事業を拡大してきました。現在は、半導体製造の核となる「EUVリソグラフィ装置」を独占的に提供しており、世界中の半導体メーカーにとって不可欠な存在です。
ノルウェー政府系ファンドが、ASML株式の約2.6%(時価にして70億ドル相当)を保有していることからも、その重要性がうかがえます。ニコライ・タンゲン氏はインタビュー冒頭で「ASMLは“多くの人が知らないが、最も重要な企業”だ」と評し、フーケCEOの存在を「世界で最も重要な人物の一人」とまで言及しています。
1-2. リソグラフィ装置の役割
半導体は、シリコンウェハー上に集積回路を焼き付けることで製造されます。この回路を“印刷”する工程で用いられるのがリソグラフィ装置です。リソグラフィは、紫外線などの光を用いて回路パターンを転写する技術であり、微細化が進むほどより短い波長の光源が必要になります。
従来は、ArFなどの「深紫外線(DUV)」が使われてきましたが、ナノメートル(nm)単位の微細化が一層進む中で、13.5nmという極端紫外線(EUV: Extreme Ultraviolet)を用いる装置が不可欠となり、それを実用レベルで提供できるのがASMLだけなのです。
2. EUVリソグラフィの仕組みと挑戦
2-1. 「なぜEUVは難しいのか」
EUVリソグラフィが画期的と言われる理由の一つは、その光源の生成にあります。フーケCEOによれば、EUV光を生み出すためには、「極めて微小な液滴を非常に高出力のCO2レーザーで1秒間に5万回、しかも3度にわたって照射」する必要があります。この複雑な工程を装置として安定稼働させるには莫大なR&D投資と、光学分野の高度な知見が不可欠でした。
もう一つの大きな課題は、「EUV光学系(ミラー)」です。EUVは、波長が非常に短いため、通常の透過型レンズではなく「高反射率ミラー」を精密に組み合わせて光を導かなければなりません。これを可能にするため、ASMLは、ドイツのカールツァイス(Zeiss)と深く連携し、長年にわたる技術開発を行ってきました。フーケCEOは、これを「結婚以上に深い関係。絶対に離婚できない」と表現しています。
2-2. 莫大な投資と産学連携
ASMLは、EUV実用化に向け、総額で数十億ドル規模の投資を長年続けてきました。当初、技術的なハードルがあまりにも高かったため、インテルやサムスン、TSMCといった顧客企業から資金を共同調達し、巨大なR&Dプロジェクトを推進しています。フーケCEOは、「ビジネスプランすら立てられないほど未知数だったが、“産業界が必ず必要とする”という確信でやり抜いた」と語りました。
こうした長期的かつ大規模な投資は、技術の“現場”を熟知していなければ難しい決断です。ASMLが持つエンジニア文化と、顧客・研究機関・サプライヤーとの強固なエコシステムがあったからこそ、EUVリソグラフィは産業レベルに達しました。
3. ムーアの法則と半導体の未来
3-1. ムーアの法則は、「まだ生きている」
「ムーアの法則」とは、半導体の集積度がほぼ2年ごとに倍増するという経験則です。近年では、「ムーアの法則の終焉」がたびたび取り沙汰されますが、フーケCEOによれば、少なくとも今後15~20年は持続すると見込まれています。実際、近年のAIブームにより、演算能力への需要が爆発的に拡大し、次世代ノード(2nm、そしてアングストローム領域)が次々に必要とされるからです。
フーケCEOは、「AI企業は、2年ごとにトランジスタ密度を16倍にしたいと望んでいる」と言及し、その要求水準の高さがASMLや半導体メーカーの研究開発をさらに加速させていると述べています。一方で、エネルギー消費や製造コストの増大といった課題も無視できません。こうした問題を解決するには、光源の高出力化や生産性向上など、依然として大掛かりな技術革新が求められるのです。
3-2. AIがもたらす新たなチップ設計
フーケCEOは、「現在のGPUや高帯域メモリーはAI用に設計されたわけではなく、あくまで“最も近い汎用製品”に過ぎない。しかし、今後はAIに最適化したチップが続々と登場する」と語ります。いわゆる「ハイパースケーラー」企業(巨大クラウド事業者)の間では自社設計の半導体を進める動きが顕著になり、NVIDIAやAMD、あるいは新興プレイヤーを含めた熾烈な競争が予想されます。
このようにAI隆盛による需要拡大と、新たなチップ・アーキテクチャの追求は、ASMLが提供するEUVリソグラフィ技術のさらに高度な性能を後押ししているのです。
4. 地政学的リスクと半導体サプライチェーン
4-1. 米中対立がもたらす影響
近年、米中対立などの地政学的リスクが高まる中、先端リソグラフィ技術の輸出管理や半導体サプライチェーンの分断が懸念されています。フーケCEOは、「世界中が長らく“オープン”なビジネス環境に慣れていたが、分断が進むとR&D投資やコストなど、半導体産業全体に影響が出る」と語ります。
とりわけ中国は、先端EUV装置の輸入規制などにより、最先端ロジック製造から大きく立ち遅れていると推測されます。「10年以上の差があるかもしれない」とフーケCEOが述べるように、今後の米中の駆け引き次第では各国のサプライチェーン戦略が一変する可能性があります。
4-2. チップ法と欧米・アジアの投資競争
米国や欧州、日本などは、半導体製造拠点や研究開発拠点の国内誘致を図るため、チップ法(CHIPS Act)などの補助金政策を打ち出しています。しかしフーケCEOは、「一時的な補助金はあくまで起爆剤にすぎず、その後の製造コストやインフラ整備、人的資源の質と量が確保されなければ持続的な成功は難しい」と指摘します。
ヨーロッパでは、かつての家電の雄・フィリップスを母体としてASMLのように世界レベルの企業が育ちましたが、欧州全体を見ると大型ハイテク企業は決して多くありません。その背景には、資本市場の規模や電力コスト、規制面などが絡んでおり、欧州が今後ハイテク産業で主導権を握るには抜本的な構造改革が必要とされるでしょう。
5. リーダーシップと企業文化―フーケCEOの視点
5-1. オープンで非政治的な組織風土
ASMLの企業文化は、「政治的駆け引きではなく、顧客の信頼と製品の品質を最優先にする」ことが特徴とされます。フーケCEO自身、「エンジニア同士が率直に議論できる場が大切で、上下関係にとらわれない“家族”のような雰囲気がある」と語ります。社員一人ひとりが自ら考え、技術的課題を解決しようとする姿勢が、今日のASMLを築いた原動力になっているのです。
5-2. 長期的な視野と“楽しむ”精神
フーケCEOは、キャリアを振り返り、「若い頃は自分の力を証明したかった。しかし、ある時点で“もう十分だ”と感じ、それ以来は“組織や産業界にどう貢献できるか”を重視するようになった」と述べています。CEOという立場でありながら「ストレスを感じない」と断言し、「問題解決こそが楽しい。これほど刺激的な仕事はない」と語る姿は印象的です。
彼は組織を率いる上で「自分が深く理解している“コンテンツ”が重要」と繰り返し強調します。リーダー自身が技術の中身を理解し、エンジニアと直に議論できることが、信頼を勝ち取り、優れた製品開発と顧客対応につながるからです。そして「難しいことをシンプルに語れるストーリーテリング」の力が、人を動かす上で欠かせないと説きます。
ASMLは、EUVリソグラフィの実用化によって半導体産業の最先端を切り開き、多くのテクノロジーの基盤を支えています。AI需要の拡大をはじめ、今後もトランジスタ密度の飛躍的向上が半導体業界を席巻し続けるでしょう。その一方で、米中対立によるサプライチェーン分断リスクや製造コストの上昇など、課題も山積みです。
フーケCEOの言葉にあるように、「進化を止めない」という産業の総意と、革新を続ける企業文化こそが、半導体の未来を拓く鍵となります。技術的・地政学的に大きな転換期を迎えつつある今こそ、ASMLをはじめとする半導体関連企業の動向は、私たちの生活のみならず世界経済や国際関係にも大きな影響をもたらすでしょう。
これから先の10年、15年といったスパンで、ムーアの法則はどこまで延命されるのか。そしてAI特化型チップの設計革新と、各国の補助金政策・地政学リスクがどのように絡み合い、産業構造を再編していくのか。ASMLをめぐる最新動向は、まさに「チップ覇権レース」の最前線を映す鏡と言えます。
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