Crunchbase CEOが語る、AI時代のスタートアップ投資とデータ戦略
本稿では、CrunchbaseのCEOであるJager McConnell氏へのインタビューをもとに、スタートアップ投資の現状からAI時代におけるデータ企業のあり方、さらには予測モデルや組織変革に至るまで、多岐にわたるテーマを専門的かつわかりやすく解説する。
以下、各セクションごとに番号を付し、必要に応じてサブセクションを設けて解説する。
1. スタートアップ投資の現状
1-1. 資金調達環境の変化
Jager McConnell氏によれば、2025年時点のスタートアップ投資は、「2019年の水準に近いが、2021年のピークからは半分以下に減少している」という。McConnell氏は、「Compared to the past it's not that great but compared to the recent past it's doing pretty good. We’re at like 2019 levels of funding, but more than half off of our peak in 2021(過去と比べれば今ひとつだが、直近と比べればそれなりに良い。2019年の水準だが、2021年のピークからは半分以上減っている)」と指摘している。つまり、VC(ベンチャーキャピタル)による資金供給は、依然として存在するものの、供給量自体は低下し、より厳しい審査を経て資金が出される状況だ。
1-2. 評価額と資金需要のギャップ
多くの起業家の実感としては、シードステージの評価額は、過去と比べて依然として高い。「The average YC company today is raising money at a higher valuation than ever before(現在のYC企業の平均評価額は、これまでで最も高い)」という言葉からもわかるように、一部の人気領域、特に、AI関連領域では、投資家の関心が集中し、少数の「お宝案件」に対しては高い評価額がつく一方で、それ以外の多くの案件は資金が得にくい状況となっている。氏は「Valuations of seed-stage companies are as high as ever, but it's harder to get funding(シードステージ企業の評価額は、過去最高だが、資金を獲得するのは難しくなっている)」と述べ、この需給ギャップを象徴的に示している。
2. SaaS vs. 社内ソリューションの議論
2-1. AI時代における内部開発の優位性
McConnell氏は、AI技術の急速な進化により、従来外部から購入していた業務支援ツール(CRMやERPなど)を、社内でカスタム開発する動きが加速すると予測する。インタビューの中で氏は次のように語っている。
「If I'm an internal IT person at any company, instead of buying an external CRM, I'd build a custom solution in-house. AI will allow me to code a decent app myself today, and in a year it will be enterprise-class(どの企業においても、従来はCRMを外部購入していたが、AIがあれば今日でもそれなりに使えるアプリを自分で構築できる。1年後にはエンタープライズクラスのアプリができる)」
つまり、AIツールを駆使すれば、多数のエンジニアを抱えずとも機能的な社内アプリケーションを迅速に構築できる可能性が高まっている。このような“内製化”のトレンドは、特に、業務要件が複雑で細かい企業において顕著であるとし、外部SaaSとの差別化が難しくなると主張する。
2-2. コストと持続可能性
一方で、「If you have more than one full-time developer, it's often cheaper to buy than build(フルタイムの開発者を複数抱えるのであれば、外部ツールを購入する方が安い場合もある)」という指摘もある。AI技術の進化を待たずに、既存のSaaSを活用した方が初期コストを抑えられるケースも多い。そのため、企業は、「今すぐに内製化へ完全移行すべきか」を慎重に検討し、コスト面・将来的な拡張性・保守運用体制を総合的に判断する必要がある。
3. AI時代における事業防御力(Defensibility)
3-1. 変動するテクノロジーとVCの課題
McConnell氏は、現在のテクノロジー環境が「週単位、月単位、年単位で変化する」ほどの急激なディスラプション(破壊的変化)の渦中にあるとし、VCが「変化を予測してベット(投資)するのが極めて困難」な状況にあると指摘する。McConnell氏は「VCs don't really grok (理解) what it means to invest in a tool now when the tech will be obsolete in three years(技術が3年で陳腐化する時代に、VCがいかにツールへの投資を判断すべきか理解できていない)」と痛烈に批判している。つまり、テクノロジーのライフサイクルが圧縮される中で、従来の「市場の先行きを読む」投資手法が通用しなくなりつつあるということである。
3-2. 真に防御力を持つ資産とは
こうした状況下で、事業を持続可能なものとするには「ただ最初に参入したから」、「独自プロセスを持っているから」では、不十分であり、完全に第三者が容易に参入できない“守り(Moat)”が必要とされる。McConnell氏は、「Proprietary, unique, changing time-series data(専有の、独自で、変動する時系列データ)だけが真に防御力を持つ」と断言する。言い換えれば、一定の静的なデータやプロセスは、AIやLLM(大規模言語モデル)によってすぐにコピーされてしまうため、継続的に変化し提供価値が高まるデータだけが、生き残る武器となるという考えだ。
4. 専有データ(Proprietary Data)の役割
4-1. 過去データとリアルタイムデータの違い
従来のデータビジネスでは、過去の時系列データを収集し販売することがビジネスモデルの中心だった。しかし、「Past data can be absorbed by LLMs and becomes commoditized(過去データは、LLMに吸収されコモディティ化する)」という指摘があり、今後はリアルタイムで変化する使用状況(Usage Data)やユーザーがどんな情報を見たか、編集したかといったデータが差別化要因となる。McConnell氏は次のように語る。
「We have 80 million users, so we know what investors are searching for, what profiles they view, and how these trends change over time. No one else has that data(我々は8,000万人のユーザーを抱えている。そのため投資家が何を検索し、どの企業プロフィールを閲覧しているかをリアルタイムで把握できる。他社にはないデータだ)」
つまり、Usage Dataと呼ばれる「誰がいつどの情報にアクセスしたか」というデータは、従来の静的なファクト(財務指標や企業概要)よりも価値が高まりつつある。
4-2. Crunchbaseのデータ戦略と課題
Crunchbaseは、創業以来、ユーザー生成コンテンツ(UGC)のデータをフックに成長してきたが、McConnell氏によれば「ユーザー生成コンテンツはもはや全体の5%に過ぎず、主戦場は他のデータパイプラインに移っている」。そして、LLMが「一度吸収したファクトは永遠に持つ」ため、過去データを単に蓄積・提供するだけでは、AIの追随を許しやすい。
そのため、同社は「Usage Data」や「予測モデル」といった動的・価値付加型のサービスにシフトし、従来の「深いデータアクセスを課金する」ビジネスモデルを見直す必要に迫られている。McConnell氏は、「If we only charge for deep access today, we may have to give away the data tomorrow and sell only insights(もし今のまま深いデータアクセスを課金し続ければ、いずれ無料でデータを公開し、後から洞察だけを売るモデルに移行せざるを得ない)」と述べ、変革の必要性を強調している。
5. データ企業のM&Aトレンド
5-1. M&A市場の現状と課題
データ企業は、過去数年で「売り手も買い手も動きづらい状況」に置かれているという。McConnell氏は、「売り手は期待している価格で売れず、買い手は適切な候補企業を見つけられない」と語る。具体的には「多くのデータ企業がEBITDAの4~5倍でさえ取引できず、逆に業界再編によって市場が縮小している」という現状がある。
その一方で、AIの普及により大手企業は、「自社製品にデータをいち早く組み込みたい」と加速度を上げており、M&A市場は再び活況を帯びつつある。McConnell氏は、「AIによってデータ企業の収益性が向上し、一部企業では買収ニーズが高まっている。しかし、適切なバリュエーションで取引が成立していないため、売り手・買い手双方にとってミスマッチが生じている」と解説する。
5-2. 買収されやすい企業の特徴
どのようなデータ企業が買収候補として注目されるかについて、McConnell氏は、以下の条件を挙げる。
必要不可欠なデータを保有している
例:金融機関の与信判断に欠かせないクレジットカード取引データなど。
買い手企業が自社製品にすぐ組み込める技術力やAPIを備えている
例:リアルタイムで変動するUsage Dataを提供できるパイプライン。
特定市場でのブランド力やユーザー基盤を築いている
例:Crunchbaseのように、多数の投資家が日常的に利用するプラットフォーム。
これらの条件を満たす企業は「売り手としても高いバリュエーションを要求しやすく、買い手としても買収後すぐに付加価値を得られる」ため、マッチングが成立しやすい。しかし、要件をひとつでも欠くと「売りたい企業が売れない」、「買いたい企業が見つからない」ミスマッチが継続するとMcConnell氏は警鐘を鳴らしている。
6. 予測モデルと企業買収
6-1. 予測の重要性とその精度
Crunchbaseは、「どの企業が買収されやすいか」を予測する機能開発に注力している。McConnell氏は、「We have over 95% precision in our acquisition predictions(買収予測において95%以上の精度を達成している)」と語り、膨大な特徴量(Feature Vectors)を用いて機械学習モデルを構築している。具体的には、過去の資金調達情報、Usage Data、企業プロフィールの編集頻度など、多面的な指標を組み合わせた予測を行うことで、精度を高めているという。
「If we can predict which companies are likely to be acquired and show users the drivers behind that prediction, we can help them proactively approach the right buyers or sell at the optimalタイミング(どの企業が買収されやすいかを予測し、その理由をユーザーに示すことで、適切なバイヤーに事前にアプローチしたり、最適なタイミングで売却を検討できるようになる)」
この「買収予測」は、従来の人力ベースのインベストバンカーに依存しない新たな“データドリブンなM&A仲介”として期待されている。
6-2. ユーザー体験とビジネスモデルへの影響
McConnell氏は、今後Crunchbaseが提供するアプリケーション上で、「企業が自社の買収可能性スコアをリアルタイムで確認できるUI」(※例:バーグラフ表示)を実装予定であると明かす。さらに、API経由でユーザー企業に対し「どの企業が買い手候補か」、「その企業が買いたい企業はどこか」といった情報を提供することで、投資銀行を介さないセルフサービス型のM&Aソリューションを実現しようとしている。
これにより、従来は投資銀行に数百万円~数千万円を支払っていた中小企業でも、低コストかつ効率的に買収候補を発掘し交渉を開始できる環境が整いつつあると言える。
7. AIファースト組織への変革
7-1. 内部マインドセットの変化
AI時代の到来に伴い、組織や個人は、従来の仕事のやり方を根本的に見直す必要に迫られている。McConnell氏は次のように語る。
「It's not enough to say ‘we are AI-first’ because we have a ChatGPT subscription. Every individual contributor must become an AI expert in their role, finding the best tools to boost their productivity(ChatGPTのサブスクリプションを持っているだけでは‘AIファースト’とは言えない。各々が自分の業務をAIでどう最適化するかを考え、最高のツールを見つけるエキスパートになる必要がある)」
要は、経営層から現場の担当者まで、“AIを単なるツールとして使うレベル”ではなく、“日常業務の思考ベースをAI前提に切り替える”ことが求められている。
7-2. 社員育成とベンダー選定の重要性
McConnell氏は、また、「今後の最重要スキルは、優秀な人材を採用・マネジメントすることではなく、適切なベンダーやAIツールを選定し、自社の業務プロセスに組み込む能力である」と主張する。具体的には、以下のステップを推奨している。
1日の業務を細分化し、各タスクに現状使用しているツールを洗い出す
AIツールを含めたベンダーをリサーチし、より効率的な選択肢を検討する
各部門ごとに成果を共有し、横断的にベストプラクティスを確立する
McConnell氏自身は、執行役員全員に対して「1日の行動を割合で分割し、それぞれに使用中のAIツールをリストアップし、より効率化できるツールを常にリサーチするように指示している」という。
「The most important skill today is selecting and managing vendors. If you’re coding today but not using an AI-enabled IDE, you won’t be hired. That’s how critical it is(今や最重要スキルはベンダーを選定・管理する能力である。例えば、AI対応のIDEを使っていないエンジニアは採用されない。それほど重要だ)」
このように、AIツールを使いこなせる人材が企業の中核を担う時代へとシフトしており、従来の採用基準・研修プログラムの見直しが急務となっている。
8. サンフランシスコとスタートアップカルチャー
8-1. 地理的集積と若手の動向
McConnell氏は、「2025年現在、技術系で野心ある若手は依然としてサンフランシスコに集まっている」と指摘する。氏は以下のように語る。
「Almost 100% of ambitious 24-year-olds in tech are moving to San Francisco. They need to be close to VC dollars, even though cities like Miami or Austin might be cheaper(技術系の野心ある24歳は、ほぼ100%サンフランシスコに集まっている。MiamiやAustinの方が生活コストは低いが、VC資金を得るためにはSFにいなければならない)」
過去数年、人々はリモートワークの普及により地方都市へ分散したかに見えたが、再び投資資金が集中するサンフランシスコへの回帰が起きているという。McConnell氏は、「これは一時的なサイクルに過ぎず、数年で別のトレンドに移る可能性もある」としつつも、「今は若手にとって最もエキサイティングな場所である」と評価している。
8-2. VC資金の価値とブートストラップの潮流
一方で、McConnell氏は、「VC資金が必ずしも最優先ではない」とも語る。特に、ブートストラップ(自己資金や初期収益で事業を拡大する手法)が再評価されつつあり、資金調達よりも“いかに早く黒字化してキャッシュフローを安定させるか”が重要になると指摘する。氏は次のように述べる。
「VC funding may become less important. Bootstrap companies are the new cool. Profitable data companies are popping up, and they don’t need external capital to grow(VC資金は、重要性が薄れつつある。ブートストラップ企業が新たな“クール”だ。データ企業は既に多くが収益化しており、外部資本に頼らずに成長できる)」
投資家目線でも「必要以上に多額の資金を集めるより、最小限の資金で最大限の成長を実現できるビジネスモデルを持つ企業こそが真に価値を持つ」という考え方が広がり始めている。
9. 将来のビジネス教育とキャリア
9-1. 学歴の価値の低下と起業志向
インタビューの後半でMcConnell氏は、「学校教育の価値は急速に低下しており、将来は多くの若者が大学に行かずに起業を選択する」と述べている。氏は以下の論点を提示する。
大学で学ぶスキルと実際のビジネス現場で求められるスキルに乖離がある
AIチューター(ChatGPT等)を使えば、教科書よりも速く深く学べる領域が増えている
特にクリエイティブ領域やアートは、AIが代替しにくい最後の領域であり、いまが参入のタイミングとも言える
「If the smartest chess players peak by age 29, then young entrepreneurs should start their businesses in their late teens. AI will enable them to build a company and reach $10M ARR quickly, then exit while they still can(チェスの世界では、29歳でピークを迎える。ならば、若者は10代後半で起業するべきだ。AIのおかげで、素早く年間ARR1,000万ドルを達成し、適切なタイミングでエグジットできる)」
こうした主張は極端に聞こえるかもしれないが、「教育より実践、実践よりAI活用」という価値観が台頭しつつあることを示唆している。
9-2. AIと学習方法の進化
従来、学びは大学や専門学校などの教育機関を通じて得られてきたが、McConnell氏は、「AIによるパーソナライズ学習が普及すれば、学校に行かなくても個別最適化されたカリキュラムを受講できる」と予見する。具体的には以下のような流れを提案する。
AIチューターを使った予習・復習
例:「ペロポネソス戦争」を学びたい場合、AIに要点をまとめさせ、疑問点を対話形式で解消する。
オンラインコミュニティでのディスカッション
例:DiscordやSlack上の専門コミュニティで、同年代や業界のプロフェッショナルと意見交換を行う。
プロジェクトベースの実践学習
例:オープンソースプロジェクトに参加し、実際にコードを書きながら学ぶ。
これにより、教育コストの削減と学習効率の向上が同時に達成され、従来の「学位至上主義」が見直される可能性が高い。
本稿では、Crunchbase CEO Jager McConnell氏へのインタビューをもとに、スタートアップ投資の現状からAI時代のデータ企業のあり方、予測モデルの活用、組織変革の必要性、さらにはサンフランシスコのスタートアップカルチャーや未来の教育まで、多岐にわたるトピックを解説した。主な示唆は以下のとおりである。
今後もAI技術やデータビジネスはますます進化し、投資環境や組織運営、さらには個人のキャリア形成に至るまで大きな変化をもたらすだろう。本稿が、読者の皆様がこれら変化に対応し、次世代ビジネスを構築する一助となれば幸いである。
