Demis Hassabisが描くAGI、世界モデル、そして「人間の残余」
この数年のAIは、単に性能が上がったという話ではない。研究室の中で積み上げられていた技術が、突然「日常の道具」として人々の生活に侵入し、企業や国家の競争原理の中心へと滑り込んだ。Hassabisは、その異常な速度感を「1年に10年分を詰め込んだ」と表現する。しかも、その中心重力は大規模言語モデル(LLM)から、エージェントAI、マルチモーダル、そして世界モデルへと移りつつある。
この転換は、プロダクトのトレンドが変わったというより、「知性をどう作るか」という設計思想が変わり始めたことを意味する。だからこそ彼は、見出しやベンチマークの勝敗を超えた問い――この先、知性はどこへ向かうのか――を正面から語る。そこには科学者の高揚と、世界の構造が変わってしまうことへの重さが同居している。
1. AGIへの賭け──「スケーリング50%、イノベーション50%」
HassabisのAGI観は、極端に現実主義的だ。夢や理念を語る前に、「到達するための必要条件」を切り分ける。彼はそれを、ほぼ経営の配分のように言い切る。
「AGIに到達するには、スケーリングが50%、イノベーションが50%。その両方が必要だ」
ここで重要なのは、スケーリングを否定しないことだ。計算資源やデータを増やし、モデルを大きくし、インフラを磨く。これは確かに効く。ただしスケーリングだけでは、知性の「穴」が残る。逆に、革新的な手法だけでも、現実の性能や汎用性に届かない。だから半々なのだ。
さらに、彼は、スケーリングに「壁が来る」論調に対し、単純な二分法(伸びる/伸びない)を拒む。伸びが鈍化する「逓減」はあっても、投資に見合う改善はまだ出る。その余地は、合成データや検証可能な領域(コードや数学)によって広がり得る。つまり、「データ不足=終わり」ではなく、「次の工夫のステージに入った」という認識だ。
そして、DeepMindの強みは、スケーリングを回しつつ、その逓減を突破するための科学的イノベーションを同時に生み出せる点にある、という自己評価につながる。彼が「地形が難しくなるほど楽しい」と語るのは、単なる強がりではなく、研究組織としての勝ち筋がそこにあるという確信の表明だ。
2. 「ギザギザな知性」──なぜAIは金メダル級なのに、初歩で転ぶのか
Hassabisが、AGI未到達の核心として挙げるのが、一貫性の欠如だ。国際数学オリンピック級の難問を解けるのに、ある出題の仕方をされると高校レベルの論理でミスをする。チェスで「まだまともに戦えないのが驚き」とまで言う。この不均一さを、彼は、「Jagged Intelligence(ギザギザな知性)」と呼ぶ。
2-1. 一貫性が欠ける理由は“能力不足”ではなく“構造不足”
この現象が厄介なのは、能力が足りないというより「能力の使い方が安定していない」ことにある。つまり、ある局面では天才だが、別の局面では注意散漫な人間のように、思考の筋が途切れる。ここにAGIとの差がある。AGIとは、万能である以前に、状況が変わっても性能が破綻しない一貫性を持つはずだ、という直観に基づいている。
そして、彼は、原因が単一ではないことも示唆する。たとえば文字数カウントのようなタスクで間違えるのは、モデルが「文字を文字として」見ていない可能性がある。つまり知性の欠陥というより、入力表現(トークナイズ、視覚の分割のされ方)がズレている。これは「直せば消えるバグ」に近い。しかし、そうした個別修正を積み上げた先に、最後まで残る“本質的な欠落”が何かが見えてくる。それを見極めることが、AGIへ向かう科学の仕事だと彼は考えている。
2-2. “考える時間”があっても、うまく使えない
近年のモデルは、推論時に「考える時間」を増やすことで性能を上げている。だが、彼は、それでも、まだ安定しないと言う。考える時間があるなら、出力を検算し、ツールで検証し、矛盾を取り除くはずなのに、そうはならないことがある。
彼の比喩は鋭い。今のモデルは「調子が悪い日に、頭に浮かんだ第一声をそのまま口にする人」に似ている。普段はそれで致命傷にならない。だが、難しい話や重要な判断では、一呼吸置いて、言い方や内容を再点検するのが人間の良い会話だ。AIもそこに到達しなければならない。つまり、必要なのは、単なる計算時間ではなく、自己検証のプロセスが“習慣化”された推論である。
3. 継続学習の不在──「世界に出たAIは、学ばない」
AGIに必要な欠けたピースとして、彼が明確に挙げるのが「オンライン学習」「継続学習」だ。今のAIは訓練され、調整され、出荷される。しかし現場で学び続けない。人間は、日々の失敗や環境の変化で自己更新していくが、現行のモデルはそれをしない。
3-1. “学習しない万能”は、現実世界で必ず劣化する
現実世界は非定常だ。人々の価値観もルールも状況も変わる。知識も更新される。学習しないAIは、使われた瞬間から「古くなる」。ここに汎用知性の不安定さがある。だからAGIには、世界の中で自己更新し続ける能力が必要だという。
ただし、継続学習には危険もある。外界から学ぶことは、同時に外界の毒も吸い込むことになる。誤情報、偏り、悪意のある入力。だから、この領域は単なる技術課題ではなく、安全設計そのものでもある。彼が「慎重にラボに留めておきたかった」と語る背景には、まさにこの難しさがある。
4. 研究の理想と商業の現実──「AIをラボに長く留めたかった」
Hassabisは、もともとの理想として「AGIを急いで外に出さず、研究室で慎重に積み上げ、AlphaFoldのように科学のブレイクスルーを多数解放する」道を描いていたという。
「本当は、もっと長くAIをラボに置いて、AlphaFoldのようなことを増やしたかった。癌を治すとか」
4-1. 失ったもの:レース条件が“科学の厳密さ”を圧迫する
現実は違った。チャットボットが「商業的に当たる」ことが分かり、世界は一気に競争モードに入った。企業だけでなく国家も絡み、追い抜き合いが始まる。この「レース条件」は、研究者が本来やりたい厳密な検証や安全性評価の時間を圧迫する。彼はそれを率直に認める。
4-2. 得たもの:資源と社会理解が“加速器”になった
一方で、得たものも大きい。資金と人材が流入し、進歩は確かに加速した。さらに重要なのが、一般社会が「最前線から数ヶ月遅れ」でAIを触れてしまう状況だ。社会が理解し、政府が議論し、規制や制度設計に着手するには、体感が必要だ。プロダクト化は、危険も含むが、社会が準備するための現実認識を早めた面もある。彼はその両義性を「失い、そして得た」と表現する。
5. “自信度”を持つAI──幻覚を減らす鍵は「不確実性の表現」
彼が問題視する幻覚(ハルシネーション)は、単なる嘘ではない。「答えるべきでないときに答えてしまう」構造が本質だ。
「次トークンの確率はある。でもそれは“この主張全体の自信度”ではない」
5-1. AlphaFoldのように「信頼の指標」を出せるか
AlphaFoldは、予測の確からしさを伴って提示できた。言語モデルにも、それに類する信頼スコアが必要だという。つまり、人間が意思決定に使える形で「ここは曖昧」「ここは確実」を示す。これはプロダクト上のUXの話ではなく、AIの内省能力を外に露出させる設計だ。
5-2. 推論は「出力して終わり」ではなく、「見直して修正する」
彼の方向性は明確で、モデルが出力した内容を、推論・計画ステップで再点検し、必要なら修正するべきだという。今のモデルは、その反芻が弱い。だから幻覚が残る。言い換えれば、AGIに近づくほど、AIは「沈黙」や「保留」や「検証中」を適切に選べるようにならなければならない。
6. 世界モデル──言語の“外側”を取り戻す
Hassabisが、長年の情熱として語るのが、世界モデルとシミュレーションだ。言語モデルは思った以上に世界を理解した。しかし、それでも足りない領域がある。
「空間、接触、物理的文脈、そして経験から学ぶことは言語では表しにくい」
6-1. “理解している”の証明は「生成できること」
世界モデルを持つかどうかを試す方法として、彼は「リアルな世界を生成できるか」を挙げる。生成できるなら、その背後の因果や力学を内部に持っているはずだ。GenieやVeoの価値は、見栄えの良い映像ではなく、世界のメカニクスを圧縮して保持している可能性にある。
6-2. ロボティクスとユニバーサルアシスタントの必須要件
スマホの中のチャットではなく、眼鏡や日常空間で機能する「同行するアシスタント」を作るなら、世界理解は不可避だ。視覚、空間、物理、状況。言語だけでは足りない。世界モデルが、AIを“身体性”の方向に接続する。
7. エージェント×シミュレーション──無限の訓練ループ
彼が語る未来像で印象的なのは、AIがAIの作る世界で学ぶループだ。SIMA(エージェント)をGenie(世界生成)に放り込み、相互作用させる。
「SIMAが学びたいものを、Genieがその場で作り出せる。ほぼ無限の訓練例になる」
この構図は、難易度が上がり続けるタスク生成装置にもなる。人間が課題を作らなくても、世界が勝手に課題を生む。ここには、学習データ不足の突破口がある一方で、制御不能な複雑性が膨張するリスクも見える。
8. 物理の幻覚──「リアルに見えるが、正しくない」
世界モデルの次の課題は、見た目のリアルさから、実験に耐える正確さへ進むことだ。反射や液体など、人間の目には驚くほど自然に見える。しかしロボット制御に必要なのは、「物理法則の精度」である。
そのために、ゲームエンジンなどを使い、振り子や斜面の球といった基礎物理の正解データを大量に作る「物理ベンチマーク」を構築しているという。面白いのは、物理が進むとすぐ「三体問題」のような根源的難所が現れる点だ。つまり、正確さを突き詰めるほど、計算可能性の境界が見えてくる。これは彼の「チューリングマシンの限界を探る」という人生テーマとも直結している。
9. AGI後の社会──仕事・目的・制度は作り直しになる
Hassabisは、AGI後の社会を「産業革命級の再編」と見ている。ただし違いは速度だ。産業革命が約1世紀かけて進んだとすれば、今回はわずか10〜20年で起きる可能性がある。
9-1. 経済システムは“労働と資源交換”の前提が崩れる
AGIが、生産の中心に入り、労働の価値が変わるなら、現行の分配構造はそのままでは機能しない。UBIのような案は、「今の制度の上に載せられる最小改修」に過ぎず、もっと良い仕組みがあり得ると彼は言う。コミュニティ投票や成果計測を組み合わせた新しい民主制のような構想もその例だ。
9-2. 豊かさの先に残る「目的」の問題
さらに深いのは、経済が満たされた後の問題だ。仕事は収入の手段だけではなく、誇りや共同体、自己の意味づけに結びつく。もし社会が「豊か」になっても、目的が空洞化する可能性がある。彼はこれを経済の問題から哲学の問題へ橋渡しする。AGIは、制度だけでなく「人間の生き方」を問い直す。
10. 人間にしかできないことはあるのか──計算可能性という最終問題
終盤で彼は最も根源的な問いに戻る。意識や創造性、夢は計算できるのか。Penroseのように「脳に量子効果がある」と考える人もいる。もしそうなら古典計算機の限界がある。しかし、彼自身は、今のところ「非計算的なものは見つかっていない」という立場に賭けている。
そして、カントを引き合いに出しながら、世界は心の構成物であり、結局は情報処理である、と語る。ここまで来るとAIは技術ではなく、世界観の問題になる。AGIとは、便利な道具ではなく「宇宙がどのように記述できるか」を試す実験装置になっていく。
結論:知性の未来は、技術ではなく「文明の設計図」になる
Hassabisの語りが一貫して示すのは、AGIは単なる製品の延長ではないということだ。スケーリングとイノベーションの両輪で到達する先には、知性の一貫性、継続学習、世界理解、信頼の表現、そして社会制度の再設計が待っている。
彼は興奮している。毎月のように最前線で「初めての発見」があるからだ。しかし同時に、眠れないほどの責任も感じている。なぜなら、次の10年は技術の進歩ではなく、人類の自己定義が揺さぶられる時間になる可能性があるからだ。
知性を作ることは、鏡を作ることだ。
その鏡に映るのは、AIだけではなく、人間そのものになる。
