「モデルがハーネスを飲み込む」——Google DeepMindのLogan Kilpatrickが語るAI開発の現在地と12ヶ月後の風景
Google AI StudioおよびGemini APIを統括するLogan Kilpatrickが、ポッドキャストのインタビューでエージェントAI・コーディング・ワールドモデル・Google DeepMindのカルチャーについて幅広く語った。Google I/Oの直後というタイミングもあり、内部視点からの発言が多く、AIを取り巻くビジネス環境を読む上で示唆に富む内容だった。
本稿では、その発言を整理し、投資家・ビジネスパーソンが押さえておくべき論点を抽出する。
1. 「エージェントGeminiの時代」——Googleの戦略的位置づけ
1-1. Geminiがすべての製品を貫く「通り糸」へ
Kilpatrickは、Google I/OでSundar Pichai CEOが打ち出した「エージェントGeminiの時代」について、Gemini 2.0の頃から準備してきたコンセプトが「Gemini 3.5の今、ようやく本当に実現しつつある」と述べた。
以前はGemini(言語モデル)が、50以上のGoogle製品を貫く共通基盤だった。しかし、今は、それに加えて「Antigravity」と呼ばれるエージェントハーネスが新たな通り糸として機能しつつあるという。
「Googleの製品が、ただ情報を提示するだけでなく、ユーザーに代わって実際に行動するネイティブなエージェント製品として再構築されている」というのがKilpatrickの表現だ。
1-2. Anti-Gravityとは何か
Antigravityは、IDEとしての側面を持ちながら、Webベースのエージェント体験・CLI・SDKなど複数の形態を持つエコシステムだとKilpatrickは説明する。重要なのは、これが一部の製品向けツールではなく、Google検索・Geminiアプリ・Google Cloud・AI Studioなど、複数の主要製品を横断するインフラとして機能している点だ。
コーディングエージェントとして認知されがちだが、Kilpatrickは「コーディングは汎用エージェントハーネスの特化した一形態に過ぎない。ハーネス全体の80%は共通で、残り20%がユースケースごとに最適化される」と述べた。
2. エージェント化の現在地——正直な自己評価
2-1. 「クロール段階」という率直な認識
「Google製品全体のエージェント度を、クロール・ウォーク・ランで評価するとどこか」という問いに対し、Kilpatrickは率直に答えた。「全体としては、今はクロール段階だ」と。
その理由として挙げたのが、Google製品の持つ責任の重さだ。13億人以上のユーザーを持つ製品でAIがすべてを自動処理し始めれば、ユーザーの行動様式や情報との関わり方を一変させてしまいかねない。「ユーザーを置いていかない形で、丁寧に進めることが重要だ」という考え方が背景にある。
2-2. ウォーク段階に近い製品は何か
一方で「走行に近い」製品として挙げたのは、GeminiアプリとAntigravityyだ。Geminiアプリは、「24時間365日稼働する、ユーザーに代わって実際に行動するエージェント」として設計されており、Antigravityでは、「数千ドルを費やしながら数十億トークンを自律的に処理するコーディングエージェント」が現実のものになりつつあるという。
3. 「モデルがハーネスを飲み込む」——スタートアップへの含意
3-1. スキャフォールディングの変遷
Kilpatrickが提示した視点の中で、投資家・起業家にとって最も重要なのがこの論点だ。
2年前、「モデル」といえば文字通り重みパラメーターのセットだった。しかし、今は、エージェントのツール呼び出し・コード実行・検索などの機能を含む「拡張したシステム全体」を指している。
「スキャフォールディング(外部の仕組み)は、モデルの能力より数ステップ先を走っている。しかし、最終的には、モデルがそのスキャフォールディングを飲み込み、自身の一部として組み込んでいく」
3-2. 12ヶ月後に何が変わるか
「今は誰もがハーネスを自前で作ろうとしているが、12ヶ月後にはモデル自体がそれを内包してしまい、現在の競争優位は薄れているだろう」というのがKilpatrickの見立てだ。
ただし、彼はこれをスタートアップへの脅威と捉えてはいない。むしろ「モデルがハーネスを吸収した後、アルファはまた別の場所に移動する。大事なのは、その移動先を先回りして掴むことだ」と述べる。
3-3. スタートアップが生き残る条件
大企業との競争についてKilpatrickは、「集中こそがスタートアップの超能力だ」と述べた。大手モデル企業は、汎用的な問題を追いかけざるを得ない一方、特定の業種・ドメインに精通したスタートアップは、「顧客を知り、エコシステムを知り、大手がたどり着けない速度で動ける」と言う。
「2年前は『スタートアップの機会が減るのでは』という議論があったが、今見渡すと、実際には機会が増えている。コーディングエージェントのおかげで、大企業との差を縮める速度が上がっている」
4. エージェント・コーディング・ゲーム——AIが開く新しい創造の形
4-1. 1週間で35万本のAndroidアプリ
Kilpatrickはこう述べた。「先週のデータを今朝確認したら、AI Studioで35万本のAndroidアプリが作られていた。そのほとんどは、これがなければ誰も作らなかったアプリだ」
個人が自分の課題を解決するためのソフトウェアを自分で作る——そういった行動が現実に起きていることを示している。Androidを「ビルダーのプラットフォーム」と位置づけるKilpatrickの言葉が印象的だった。
4-2. バイブコーディングでゲームは作れるか
Kilpatrickは、2024年10月に「2025年末までに誰でもゲームをバイブコーディングできるようになる」とツイートしていた。その進捗について、彼は、「モデルの能力はそこに到達しつつある。ただ、ゲームを成立させるための"スキャフォールディング"がまだ足りない」と述べた。
スプライト生成や再現性のある体験設計など、ゲーム固有の要素に対応した製品的な枠組みが整えば、今年中にも実現に近づくという見方を示した。ワールドモデルよりも「コーディングエージェント+ゲームエンジン」の組み合わせの方が、近い将来における実用性は高いという見立てだ。
5. ワールドモデルとOmniの位置づけ
5-1. 境界が曖昧になる「ワールドモデル」の定義
Kilpatrickは、「ワールドモデルの定義はこれから変わっていく」と述べた。従来のワールドモデルは「行動条件付きのビデオモデル」として技術的に定義されていたが、今では「世界を理解しているモデル」という、より広義の意味で使われるようになってきている。
Googleが発表したOmniはその一例で、テキスト・音声・動画・画像を単一モデルで処理できるアーキテクチャだ。
5-2. Omniの構造と今後
Omniは、「ルーティングによる複数モデルの組み合わせ」ではなく、「単一の真のオムニモデル」として設計されているとKilpatrickは説明する。現在公開されている機能はビデオ編集を中心としたもので、他のモダリティは技術的には動作するが品質がまだ十分でないため未公開という。
実演として紹介されたのは、登壇者の横に犬が現れるビデオ編集のデモだった。犬がステージに上がり、周囲の人が自然に反応し、スピーカーがその犬を撫でながら話し続けるというリアリティを、AIが自然に生成したという。Kilpatrickはこれを「世界理解が動いていると感じる瞬間」と表現した。
6. Google DeepMindのカルチャー
6-1. 研究と応用の両立
Kilpatrickは、「DeepMindはGoogleのエンジン・ルームだ」という言葉を引きながら、研究と応用が共存する場であることを強調した。13億人規模のユーザーを持つ製品へのGeminiの展開は、「世界で2社しか直面しない問題」であり、その経験がさらなるイノベーションを生んでいると述べた。
6-2. 各社の文化とリーダーシップ
KilpatrickはそれぞれのAIラボのカルチャーをリーダーシップとの関係で語った。「DeepMindはDemis Hassabisというノーベル賞科学者が率いており、その科学的アプローチが文化全体に染み渡っている」と言う。競争について問われた際には、「競合より自分たちが世界をより良くできるかという競争だ。それはゼロサムではない」と述べた。
