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「GitHubのない職種」をAI化する——MercorとHandshakeが埋める10年分の空白

ChatGPTの登場でAIの可能性を体感した人は多い。Claude CodeやCopilotが、エンジニアの生産性を変えたことを実感した人も増えている。しかし、「なぜ企業のAI化はこれほど遅いのか」という問いへの答えは、意外にシンプルだ。コーディングには、GitHubという構造化されたデータの宝庫があった。しかし、投資銀行・法律・保険・会計・医療には、そのような「モデルが学べる形式の大規模データ」がほぼ存在しない。この空白を埋めようとしているのが、MercorのBrendan FoodyとHandshakeのGarrett Nogueiraだ。2026年のUpfront Summitで二人が語った内容は、「AI時代の人間の価値」という問いへの一つの答えを示していた。


1. なぜエンタープライズAIは「魔法の瞬間」を迎えていないのか


1-1. ChatGPTとClaude Codeの違い

Mercor CEOのBrendan Foodyは、消費者向けAIと開発者向けAIがそれぞれ「魔法の瞬間」を持ったのに対し、エンタープライズAIがそれを迎えていない理由を明快に説明する。検索AIはインターネット全体を学習できた。コーディングAIは、GitHubという「正解付きの膨大なデータ」に加え、単体テストというはっきりした検証機構を持っていた。

しかし、投資銀行・コンサル・法律のような分野では、「モデルが各ケースで何をすべきかを答えてくれる大規模なデータコーパスが存在しない」。正解データがなければ強化学習の環境も作れず、エージェントの訓練が進まない。

1-2. 「PDFをコンテキストに入れれば解決する」という誤解

よく語られる「企業のSlackやCRMのデータをコンテキストに入れればいい」という考え方についても、Foodyは、懐疑的だ。問題は二つある。第一に、モデルはそうした形式のデータを大量に学習していないため、コンテキストに入れても処理が崩れやすい。第二に、「企業の知識の多くは書かれていない。人の頭の中にある」という根本的な問題だ。

2. Mercor——「人間がエージェントを訓練する」という新しい働き方


2-1. 11ヶ月でARR数億ドルへ

Mercorは、2025年3月に新事業として立ち上げられ、11ヶ月で「非常に高い数億ドル水準」のARRに達した。Foodyは、「2026年は10億ドルを大きく超えるペースで推移しており、現時点で数百億ドル規模の受注を断っている状態だ」と語る。成長の速さの背景にある構造的な理由は何か。

2-2. PhDを50万人集めた「右側の優位性」

Handshakeは、もともとFoodyが創業した学生就職プラットフォームで、米国の92%の大学・2,200万人の学生と若手社会人が利用している。2024年末のクリスマスパーティで主要ラボの研究者と話し込んだFoodyは、ラボ側がPhD・修士・理系学部卒を大量に必要としており、「人間データ企業」がHandshakeで採用活動をしていることに気づく。

「これは自分たちが直接やるべきだ」——そう判断したFoodyは、ほぼすべての会議をキャンセルし、一四半期をこの新事業の探索に充てた。結果、STEM分野だけで50万人のPhDを確保し、そこから金融・法律・医療・消費者向けなど全米のONET雇用カテゴリ全体にデータ生成範囲を拡大した。

2-3. 「GitHubのない職種」にGitHub相当のものを作る

Mercorが構築しているのは、各職種向けの「強化学習可能なゲーム環境」だ。金融を例に取ると、Bloomberg・FactSet・SEC EDGAR・Excel・PowerPointといったツールを操作しながら、正解スコアを目指すゲームをモデルが自律的にプレイできる環境を整備している。「コードは無限に検証できる。しかし、"この投資銀行業務で正しいスコアは何か"を定義するためには、人間の判断が不可欠だ」とFoodyは語る。

この「人間がループに入った検証機構」を、Mercorは、Dockerコンテナ形式でラボに提供している。

3. Handshakeの転換——学生就職からAIデータ供給プラットフォームへ


3-1. コロナ後の成長鈍化と転換点

Handshakeは、コロナによるリクルーティングのDX需要急増で$100M ARRを達成したが、その後は成長が正常化し「大きなVC的リターン」を狙うには規模が足りないという状況に入った。Foodyにとって「珍しい不確かさの瞬間」だったとFelicisのSundeepは語る。

転換のきっかけは2024年末のクリスマスパーティ。ラボ研究者との会話から「22歳以下の若手の最大のプラットフォームが持つ構造的優位性」を再発見した。

3-2. 人間のネットワーク効果——最も重要な「まだ作られていない」もの

Foodyは、「UberやAirbnbのような規模感でドライバーや部屋を探せるのに、なぜ人材市場にはLinkedInしかないのか」という問いを立てる。「誰が何を知っていて、何ができるのかを把握するためのシステム・オブ・レコードがまだ存在しない。これがまだ構築されていない最も重要なネットワーク効果だ」と語る。

Mercorは、この問いに対して、「AIが必要とする職種別専門知識データの体系」を構築することで答えようとしている。

4. 「AIが食いにくい領域」と人間の仕事の未来


4-1. コンサル業務の現在地——50%を8回試行で達成

Mercorが公開した「AIプロダクティビティインデックス」では、1年前のモデルがマッキンゼー型コンサルタスクで5%未満しか達成できなかったのが、現在のフロンティアモデルは、1回の試行で約40%に達している。さらに、8回試行を許可すると40%に達した。テスト時間計算と強化学習の有効性を示す結果だという。

4-2. 10年以上かかる構造的な問い

Foodyは、「GitHubのような構造化データが存在しない職種のAI化は、自動運転と同様に10年以上かかるプロジェクトだ」と明言する。現在の投資フローは、主にファウンデーションモデルのポストトレーニング側だが、長期的には、企業が自社の業務知識を内製モデルに組み込む形に移行すると見ている。「Figmaは、自社の設計・開発プロセスをGPTのプロンプトエンジニアリングで解決しない。自社IPで独自モデルを作る」という方向性が、企業側の長期的な姿になると語る。

4-3. 「Uncle Don」という新しい仕事

Foodyが語る近未来像は具体的だ。ミシガンで研磨砥石の輸入会計を担う「Uncle Don」のような人物が、画面録画とオーディオ解説を通じて、自分の業務判断を記録し、その知識がモデルに入力される——そのフィードバックループが回り始めたら「Uncle Donは、その仕事を二度としない」。数千万人規模の人々が「モデルのための例外処理と監督」を担う新しい職種に移行すると予測する。

まとめ——「データの空白地帯」が次の10年の戦場になる


MercorとHandshakeの事例が示すのは、「AIが簡単に学べないところにこそビジネス機会がある」という逆説だ。コードは検証可能で、GitHubというデータ基盤があった。しかし、金融・法律・医療・科学実験といった領域には、その両方がない。この空白を人間の専門知識で埋め、モデルが学べる形に構造化する——この役割を担う企業は今後10年、AIインフラの重要な一角を占め続けるだろう。

投資家の視点では、「モデルそのものへの投資」と同様に、「モデルを賢くするためのデータパイプラインへの投資」という視点が重要になる。MercorのARR成長速度は、その需要がすでに現実のものになっていることを示している。

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