急成長AIスタートアップ「11x」に潜む虚構と疑惑
AI技術の進歩に伴い、営業や販売の領域でもAIを活用した自動化ソリューションが注目を集めています。その中の一つが、2022年創業のAIスタートアップ「11x」です。同社は、著名なベンチャーキャピタルであるAndreessen Horowitz(a16z)やBenchmarkといった大手投資家の支援を受け、「AIによるアウトバウンドセールス支援」を強みに急速な成長をアピールしてきました。
しかし、TechCrunchの報道や複数の関係者への取材により、顧客の偽装や実際の売上指標(ARR)の過大報告、さらに従業員の過酷な労働環境といった問題が明らかになりつつあります。
本記事では、11xを取り巻く一連の状況を整理し、同社の掲げるビジネスモデルや顧客トラブル、企業文化に関する疑念を具体的に解説します。
1. 11xの急成長と資金調達の経緯
1-1. 設立背景と急成長のアピール
11xは2022年に創業され、創業者でCEOを務めるハサン・スッカー(Hasan Sukkar)氏を中心に立ち上げられました。同社は、アウトバウンド営業(特にコールドコールやメール送信など)におけるAI活用を主軸とし、Prospecting(見込み客選定)からメールの自動作成、アポイントメント(セールスコール)のスケジューリングまでを一括で行うAIボットを提供しているとされています。
11xは、このサービスを武器に、創業からわずか2年で約1,000万ドル相当の年次経常収益(ARR)に迫ったと発表。2022年のロンドン拠点時代からシリコンバレーへと本社を移し、さらに大手投資家のBenchmarkが主導した2,400万ドルのシリーズA調達、Andreessen Horowitz(a16z)が主導した5,000万ドルのシリーズB調達を立て続けに確保した、と報じられました。
1-2. 投資家の注目と訴訟の噂
a16zやBenchmarkといったトップVCが投資を実行することは、大きな注目を集める要因となりました。しかし、同社が顧客数や売上、さらには製品性能を過度に誇張している可能性が報じられ、関係者の間に動揺が広がっています。
さらに、「a16zが法的措置を検討している」という噂まで浮上しましたが、a16zの広報担当者はTechCrunchに対し「訴訟を起こすつもりはない」と明確に否定。この点は現時点では“誤報に近い”として扱われています。ただし投資家や従業員からの不満・批判が高まっていることは確かで、同社を取り巻く状況は不透明感を増しています。
2. 偽の顧客ロゴ・顧客リスト問題
2-1. ウェブサイト上の顧客ロゴ表示と法的リスク
多くのスタートアップと同様に、11xは公式ウェブサイト上で企業ロゴを掲載し、自社の顧客として紹介してきました。こうしたロゴは、通常は顧客企業の正式な同意を得て公開されるものですが、TechCrunchの取材によれば、11xの場合、複数の企業が「実際は顧客ではないのにロゴを使われていた」と証言しています。
とりわけ「ZoomInfo」は、その代表的な例です。同社のスポークスマンはTechCrunchに対し「我々はロゴ使用を許可していないし、正式に顧客でもない」とし、「11xに何度も削除要請を行ってきた」旨を公言。さらに、ZoomInfoの弁護士は、「不正競争防止や商標権侵害、偽装広告」などの法的根拠を挙げ、11xに対して訴訟を検討していることを示唆しました。
2-2. トライアル利用と「実際の顧客」との乖離
ZoomInfoは、2023年1月中旬から2月中旬まで約1か月間の試験利用(パイロット)を行ったものの、成果が期待値を大きく下回ったため本契約には進まなかったといいます。にもかかわらず、11xは「ZoomInfoを顧客だ」と複数チャネルで主張し続け、ウェブサイトにもロゴを掲載していました。
同様に「Airtable」も11xとごく短期間のトライアルを行っただけで、正式導入には至っていないのに、長らくサイト上で「顧客の一社」として紹介されていたといいます。Airtable側は「実運用にも至らず、セールスチームへ広く展開したこともない」とコメントし、こちらも「勝手にロゴを使われていた」と指摘しています。
一方、実際に契約を続ける顧客もおり、経費精算プラットフォームのPleoや金融サービスのRhoなどが「今も11xの製品を使っている」ことを認めています。11x側も「ロゴ使用について申し立てがあった場合は速やかに削除対応をしている」と釈明していますが、外部からは「誤った顧客実績の見せ方」が問題視されています。
3. ARR計算方法とその疑問点
3-1. 「ブレーク条項」付き契約による売上の見せ方
11xでは、新規顧客(特に大型企業)に対して1年契約を結ぶよう強く求める一方で、3か月後に「ブレーク条項」(契約を解消できる権利)を設けるケースが多かったといいます。実質的には「3か月間のトライアル期間」で、気に入らなければ契約終了を選択できる、という仕組みです。
問題となるのは、こうしたブレーク条項付き契約でも、11xがARRを計算する際に「1年分の契約」として換算し、外部や投資家に対して「○百万ドルのARRを達成」と報告していたとされる点です。つまり、多くの顧客が3か月で解約(=支払い終了)しても、あたかも1年間の売上が発生するかのように数字を扱っていたのではないか、という疑念が寄せられています。
3-2. 投資家への報告と実態との乖離
TechCrunchが入手した情報によれば、11xの「大部分の初期顧客」は3か月程度で解約していたとされ、その解約率(チャーン率)は70~80%にも及んだという元社員の証言が出ています。もし事実だとすれば、「契約書上は1年でも、実質3か月のみ利用で終わる顧客が多かった」ことになり、ARRの実態は過大報告になりかねません。
一方、11xは公式に「我々はCARR(Contracted ARR)を使って投資家に報告しており、ブレーク条項の存在についても開示している」と説明しています。Benchmarkのスポークスマンも「11xからはブレーク条項や顧客維持率に関して透明な報告を受けている」とコメントしており、投資家が事前にリスクを把握していた可能性も否定できません。
それでも、複数の元社員が語るところでは「3か月後に大半が解約しているのにもかかわらず、フル1年分の売上として計算しているケースがあった」という指摘は消えていません。最終的にどの程度のARRが“確定収入”として残っているのかは、現時点では外部からは判断しにくい状況です。
4. 製品性能と顧客の不満
4-1. AI SDRが掲げるメリットと現実
11xの主力製品は、アウトバウンド営業の自動化を支援する「AI SDR」です。これは、見込み顧客のリスト化やカスタマイズしたメール文章の生成、アポイントの設定などを自動的に行い、従来の営業チームの工数を削減できるとされています。
しかし、製品を試用した企業や一部の元社員は、実際のパフォーマンスが期待以下だったと証言しています。たとえば「AIが生成したメールの内容に誤り(いわゆる“幻覚”や事実無根の記述)が多く、結局は人間が手動で校正する必要があった」という声や、そもそもシステムが頻繁にクラッシュして使えないという報告もありました。
4-2. 顧客の期待値と「成果」のギャップ
ある顧客は、「短期間で営業チームを置き換えるほどの成果が出る」とセールス担当者に説得されたにもかかわらず、「数週間~1か月ほど使ってみると、想定したほどのリード獲得やアポイント数の増加が見られなかった」と述べています。また「競合他社の類似ツールよりも費用が割高だったのに、結果が伴わなかった」という厳しいレビューも存在します。
11x側は「顧客入力(ユーザーの提供する情報)の質によってAIの成果は大きく左右される。性能が期待に届かなかったケースはあるが、常に改善を続けている」と返答。また「製品が人間のSDRを完全に置き換える」とは公言していないとし、過度な期待を抱いた顧客側の認識にも問題があった可能性を示唆しています。
5. 過酷な労働環境と従業員の声
5-1. 長時間労働と過度なプレッシャー
11xの元従業員や現従業員によれば、同社は「常時働き続けることを求める“ハッスルカルチャー”」が社内に根付いているといいます。Slackでのやり取りの一部がTechCrunchに提供されており、その内容を見ると、CEOのスッカー氏が夜8時を過ぎても「皆どこにいるの?」とメッセージを送っている例も確認できます。ある元従業員は「実質的に朝9時から夜中まで働くのが当たり前だった」と証言しました。
さらに「休暇を取ることにも否定的で、週末や祝日も働くように圧力をかけられた」という声が複数上がっています。中には「睡眠のためにオフィスに寝袋を持ち込み、数時間休んだらまた仕事に戻る」という状況もあったとのことです。
5-2. 社内でのハラスメント的言動と退職者の発生
従業員が短期で退職する原因として、「社内での威圧的な言動」や「パブリックチャンネルでの糾弾」があったと複数の証言が出ています。ある元従業員は「CEOが何か気に入らないことがあると、社内のSlack全員が閲覧できるチャンネルで個人名を出して批判し、直後に解雇をちらつかせることがあった」と証言しました。
また、退職した社員の中には「退職後、給与の未払いが続いている」という人もいるといいます。現職の従業員の証言では、「給料日直後に退職届を出す社員が多い。直前にやめてしまうと未払いのリスクがあるから」と述べられており、社内には「給与が振り込まれるタイミングを見計らって退職を決断する」という慣習が生まれているとのことです。
11xはAIスタートアップとしてきわめて魅力的なコンセプトを掲げ、短期間での巨額調達や大手VCからの評価を獲得しました。しかし、少なくとも現時点では以下のような問題点が指摘されています。
偽の顧客ロゴ・リスト掲載: ZoomInfoやAirtableなど複数社が「正式な顧客ではないのに、勝手にロゴを使われた」と指摘している。
ARRの過大計上疑惑: ブレーク条項付きの1年契約を「フル1年の売上」として扱い、実際には3か月程度で解約されているケースを含めて報告していた可能性。
製品の実用性への不満: AIの“幻覚”やシステムの不安定さ、期待ほどの成果が出ないなどの理由で、多くの顧客が短期間で離脱。
労働環境の問題: CEOによる長時間労働の強要や公然の叱責、退職者への未払い賃金などが報告されている。
11x側は「不適切なロゴ利用は速やかに削除した」「契約形態については投資家に開示している」「プロダクトは日々改善しており、現時点での顧客の解約率は低下している」と主張しています。Benchmarkをはじめとする投資家も、ブレーク条項の存在やCARR計算などについて認識していたことを認めており、いくつかの点では問題が解消されている可能性があります。
しかし、多数の元従業員や顧客が示す不満は根強く、特に「顧客を装った企業ロゴの掲載」や「長時間労働とハラスメント的手法」が改善されない限り、レピュテーションリスクは高止まりする懸念があります。
AIスタートアップの競争が激化する中、11xがいかに早期にプロダクトの信頼を取り戻し、正確な情報開示と働きやすい企業文化を確立できるかが問われています。急拡大したスタートアップが直面しがちな課題を典型的に示す事例として、今後も業界関係者や投資家からの注視が続くでしょう。
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