ユナイテッド・ヘルスの失速――V28とOptumの逆風は「構造問題」なのか
2024年12月、ユナイテッド・ヘルスグループ傘下のUnited Healthcare部門CEOであるブライアン・トンプソンが暗殺されるというショッキングな事件が発生し、その後、同社株価や評判には急激な変調が起きた。表面的には「PRショック」のようにも見えたが、その裏には構造的な課題と事業モデルの限界が潜んでいた。特に、Optum(オプタム)系列の医療提供部門の収益性を支えてきたリスク調整(risk adjustment)制度の改変が、同社にとって致命的な逆風となりつつある。
本稿では、UnitedHealth/Optumの事業構造を俯瞰し、今回の危機を生んだ要因を整理したうえで、今後の行方を展望する。
1. 企業構造と収益モデルの変遷
1-1. 保険会社からヘルスケア統合企業へ
かつてUnitedHealthは、主に健康保険業務を中心とする企業だった。10年前には全体の収益の約9割が保険部門から、残余が“非保険(Optum 系列)”部門だったと言われるが、今日ではその比率は逆転し、保険事業が約 45%、Optum 系列サービスが約 55%を占める水準になっているとの見方がある(ポッドキャスト内容参照)。
保険事業は、主に次の3種類から構成される:
Medicare Advantage(高齢者保険)
Medicaid(低所得層向け)
商業保険・団体保険
一方、Optum系列には複数事業が含まれる:
Optum Health:診療所運営・在宅医療・関連医師ネットワーク管理
Optum Rx(薬剤給付管理、PBM)
Optum Insight(医療IT、データ分析、請求処理等)
加えて、Optum系には金融サービス要素も含むという解説もポッドキャストで指摘されている。
このようなポートフォリオ化・垂直統合戦略は、単なる保険運営だけに依存しない「収益可能性の拡張」を狙ったものと言える。とりわけ、保険部門のマージン上限が制度的に制約を受けやすい(後述)中で、より自由度の高い非保険事業を拡大したいという意図が働いたと見られる。
1-2. “クリニック運営(Primary Care / Value-based Care)”を軸とした戦略
ポッドキャストでも重視されていたのが、Optum Health による診療所運営、すなわち一次医療(Primary Care)拡張によるコスト制御モデルだ。ここでは、「初期段階での介入によって将来の大きな医療コストを防ぐ」「予防・管理重視型医療を強める」という発想が根底にある。成熟したクライアント群では、入院率が50%、70%といった大幅な低減効果が観察される、という報告もある。
このモデルの大きな魅力は、保険料収入(キャピテーション型収入)から生じる“残余利益(=支出を抑えた分)”を吸収できる構造を持てることだ。すなわち、保険部門が受け取る“定額の保険料収入”を軸に、診療所が実効的に医療費を下げながら、差額を自社で享受する構図である。
このような垂直統合型モデルは、他の保険会社にはない優位性をもたらすはずだった。しかし、このモデルが機能するには、診療所運営者(=提供者)としてのスケーラビリティ、効率性、適切なリスク調整制度との整合性が前提となる。
2. 危機の勃発:制度改変と実績ギャップ
2-1. Medicare制度改変:V28リスク調整モデルへの移行
今回の問題の核心は、アメリカの公的医療制度の一環であるMedicare Advantage(MA)における「リスク調整モデル(risk adjustment model)」の改変である。新モデルは “V24 → V28” への移行で、重みのある診断群(HCC: Hierarchical Condition Categories)の見直しや、従来加点されていた診断コードの除外・単純化などが含まれる。
この制度変更は 2024年から 3年かけて段階導入され、2026年には完全稼働の見込みとされている。
改変内容のポイントとして以下が挙げられる:
加点対象となる診断コードの削減(V24 から除外されるものが多い)
患者状態・重症度の差異をより単純化、診断群を整理・統合する見直し
リスクスコアの補正(Normalization)制度の強化(MAと従来型Medicareとのバランスを再調整)
この制度変更は、MA保険会社にとって“診断コードを過剰に付与することで得ていた支払い余地”を圧縮する方向性を持つ。つまり、「今まで高く請求できた分」が抑制されるわけである。
2-2. UnitedHealth/Optum が受けた打撃
なぜUnitedHealthにとって影響が大きかったか。その理由は、同社がこの旧制度下で非常に積極的にコード付与を行っていた(=Aggressive Coding)という点にあると、ポッドキャストに登場したアナリストらは指摘している。
米国報道でも、V28 の影響額が 3年で 110 億ドルと試算され、それに伴うマージン圧迫を「構造的インパクト」と呼ぶ記事も見られる。
さらに、2025年第1四半期決算の直後、UnitedHealth はガイダンスを引き下げ、株価は一気に 20%超の下落を見せた。
MedCityNews 記事によれば、同社株は 1日で22%超下落したとの報道もある。特に問題が表面化したのは、Optum Healthを中心とする診療所提供系事業であった。新規顧客の中には、従来の保険制度外から移ってきた人で、過去の受診記録が薄い場合など、リスクコードを正確につけにくい層が多く、支払いベースとなるリスク調整算定が十分反映されないケースが出てきた、という指摘もある。
また、米報道によれば、Medicare Advantage 向け給付水準(支払基準)は CMS側で2026年支払い段階で 5.06%の引き上げが計画されており、これが緩和要因となる可能性も挙げられている。
2-3. 会計操作・利益操作疑義と開示不十分性
ポッドキャストで述べられた興味深い指摘が、「資産売却益(gain on sale of assets)」を営業利益に組み込んでいた点や、Optum 側の部門間取引(intercompany charging)による収益操作疑念であった。
報道面でも、UnitedHealth の開示が簡素すぎて詳細モデル化が困難、という批判は根強い。「3000億ドル級企業としてはわずか2枚のプレスリリースで決算を説明している」ような報道もあり、透明性への懸念は一定の共感を得ている。
さらに、保険事業と提供者事業(Optum 側)との間で、提供者側が保険側に過大な料金を請求していた、という業界関係者の証言も紹介されており、これが利益の“かさ上げ”を可能としたという見方も語られている(ただし確定情報ではない)。ポッドキャストの引用をそのまま用いれば、「Optum 側が保険側に対して、通常の外部プロバイダーの倍の料金を請求していた」ような主張もあった。
これらの操作あるいは制度のグレー領域が、今回の制度改変の衝撃に対する“クッション”を剥がすような作用を果たした可能性が高い。
3. 比較視点:他保険会社・競合モデルとの対比
3-1. 他社の影響度は限定的
議論中よく引かれる比較対象として、Humana、CVS、また他の保険事業者がある。彼らもMedicare Advantageに関わるが、Optumモデル(診療所運営重視)への依存度は低く、利益構成比も抑えられている。報道によれば、UnitedHealthが受けるV28の打撃は、ほか社よりも “格段に大きい” と指摘されている。
例えば、Humana のような企業では、Value-based care/提供者統合事業が全体比で比較的小さいため、制度改変の影響は限定的との見方もある。
また、報道では、CMSがMAプランに対する監査範囲を拡大する(年次監査を全対象プランに対して行う)という動きも伝えられており、これが過剰請求抑制圧力を強めかねないと指摘されている。
3-2. ケーススタディ:ロサンゼルス市場でのコーディング推移
ポッドキャスト出演者であるアナリストは、ロサンゼルス郡内で、かつて United側が買収した診療所グループにおけるコーディング強度の変化を分析したという。買収前5年間ではリスクスコア(coding intensity)はほぼ横ばいだったが、買収後には 1.01 → 1.50(仮数値ベース)に上昇したという主張である(“非常に顕著な変化”との指摘)。これは、保険契約者選別や医療記録操作余地を活用した戦略の可能性を示唆する。
ただし、この種の地域限定分析は外挿には注意が必要であり、証拠だけで全体戦略を断定するには限界がある。
4. 今後の展望とリスク・返り道筋
4-1. 下振れリスクの存在
短期的には、2025年~2026年にかけて、制度移行期ゆえの「混乱コスト」「補整遅れ」「顧客状態把握不十分による支払ズレ」などの逆風が続く可能性が高い。ポッドキャストでは「まだ先が悪くなる可能性がある」とも語られていた。
加えて、提供者運営部門の効率改善やスケール拡大が前提であるモデルだからこそ、人的運営、テクノロジー刷新、医師ネットワーク維持などでの実行力のリスクも常に付きまとう。
さらに、「売却益で利益をかさ上げしてきたのではないか」「部門間取引で利益操作をしてきたのではないか」という疑義が強く残っているため、投資家あるいは規制当局からの監視・調査が強まる可能性も無視できない。
4-2. 回復シナリオ:調整と改革による再生
回復シナリオとしては、以下の要素が鍵となるだろう:
内部効率化・コスト構造改革
診療所運営や支援インフラ(IT・データ処理)のさらなる省力化・自動化を図り、スリム化を進める必要がある。診断・コーディング能力強化
新しいV28モデル下で有効な診断コードの捕捉精度を上げるため、AI支援ツール、レビュー体制、人員育成などが重要。
Navina などの企業は、V28対応支援ツールを提供しており、こうした外部支援との連携も鍵になる可能性がある。透明性・開示強化
アナリストや投資家に対して、より詳細な数値データ、部門別利益、相互取引の明細などを提供し、信認回復を図る。制度対応策・政策折衝
CMS や政府との交渉・反映を図りつつ、有利な支払条件や過渡期対応措置を確保できるかが成否の分かれ目。
もし、これらが一定水準で実行できれば、中長期的には利益回復の見込みもある。ただし、これだけ制度改変の影響が重い環境下では、「元の軌道に戻る」よりも「新しい均衡を探る」形のリスタートになる可能性が強い。
4-3. 投資家視点からの留意点
投資家(あるいは検討者)にとって、次の点を意識しておきたい:
投資期間を“中長期(少なくとも 3~5年)”と見なせるか
決算開示の変化や追加IR情報に敏感になること
競合他社(特に保険主体型モデルを持つ企業)との対比評価を維持すること
規制リスク・監査拡大リスク(MAプランへの監査強化など)を常に考慮すること(例:CMSがMAプラン監査を拡大する動きも報じられている)
結論
ユナイテッド・ヘルスケア(UnitedHealth/Optum)は、かつての“保険会社”の枠を超えて、提供者統合と診療所運営を包含したヘルスケア・インテグレーターへと変貌を遂げようとしてきた。その戦略成功には、「制度との整合性」と「内部統制・透明性」が不可欠であった。しかしながら、今回の V28 リスク調整制度改変は、これまでの利益モデルを揺るがすほどの影響をもたらし得るものとなっており、特異な過度なコーディング・会計操作疑義・運営実行リスクと結びついて、企業としての存立を問う局面に立たされているように見える。
とはいえ、完全に再起不能とは言い切れない。効率化や高度診断技術、透明性改革、制度対応の改善を通じて、新たな収益均衡点を構築できる可能性も残されている。ただし、それには非常に高いハードルがある。
本稿を通じて、UnitedHealth の事態を単なるスキャンダル・ショックとして片づけるのではなく、制度・事業モデル・企業運営の交錯点として丁寧に読み解く材料として活用していただければ幸いである。

