原油・関税・プライベートクレジット——Steve Eismanが整理する「4層リスク」の読み解き方
2026年3月31日、米国市場が中東情勢の変化を受けて大幅に上昇した直後、映画『マネー・ショート(The Big Short)』のモデルの一人として知られるSteve Eismanは、CNBCのシニア経済記者Steve Liesmanを招いてポッドキャストを収録した。テーマは原油、関税、FRB、そして、プライベートクレジット——いずれも市場参加者が同時に注視すべき重要なリスク要因だ。
Liesmanは、冒頭でこう述べた。
「関税の影響だけを分析するだけでも十分な仕事量だ。AIによる雇用喪失だけでも十分。プライベートクレジットだけでも十分。原油価格の急騰だけでも十分。少なくとも4つの層を同時に解き明かそうとしている」
本稿では、このポッドキャストの議論をもとに、投資家やビジネスパーソンが今押さえるべきリスクの構造と論点を整理する。
1. 原油価格——「フロー問題」から「ストック問題」への転換リスク
1-1. 年間数千億ドルの所得移転
中東情勢の緊迫化に伴い原油価格が上昇している。Liesmanは、その経済インパクトを次のように試算した。
「日量2,000万バレルに1バレルあたり35ドルの上乗せを掛け、それを年間に引き延ばすと、数千億ドル規模の資金が石油消費者から石油生産者に移転することになる」
ただし、1973年の石油危機と同等のインパクトを生むには原油価格が550ドル/バレルまで上昇する必要があるという分析もあり、現時点での100ドル台前半の水準は歴史的な文脈では必ずしも壊滅的ではない。
また、米国の場合は重要な違いがある。生産者の多くが国内企業であるため、資金が海外(サウジアラビアなど)に流出するのではなく、米国内で再循環する部分が大きい。FRBのスタッフも、原油高の悪影響は国内の投資増加でオフセットされるという見方を伝統的に取ってきた。
1-2. 本当の危険——在庫問題への移行
Liesmanが強調したのは、原油市場が、「フロー問題」から「ストック問題」に移行するリスクだ。
フロー問題: 原油は存在するが、輸送が滞っているだけ。一時的な価格上昇にとどまる
ストック問題: ホルムズ海峡の閉鎖が長期化し、備蓄が枯渇する。価格は非線形的に急騰する
「4月中旬までに解決しないと、ほぼ完全にストック問題に移行する。そうなれば原油価格は150ドル、200ドルに達する可能性がある。砂漠に10人いて水が9本しかないとき、水1本の値段はいくらか——それがストック問題の本質だ」
1-3. K字型経済への打撃
原油高は、所得階層によって影響が大きく異なる。Liesmanは、Bank of Americaの消費者データを引用し、低所得層がすでにストレス下にあることを指摘した。
パンデミック後、低〜中所得層は賃金上昇率で高所得層を上回る好調さを見せていた。しかし、現在、その傾向は逆転しつつあり、原油高は「傷口に塩を塗る」ような追加打撃になりうる。
「この戦争がさらに2カ月続けば、K字型経済の下の脚——低所得層——は確実に痛む。それが景気後退を引き起こすかどうかは分からないが、プラスにならないことは確かだ」
2. FRBの板挟み——利上げも利下げも正解がない
2-1. 「政策は良い位置にある」——パウエルの本音
パウエルFRB議長は、3月31日のハーバード大学での講演で、「政策は良い位置にある(Policy is in a good place)」と発言した。Liesmanは、これを「現行の政策を変える意図はない」というシグナルと解釈する。
「パウエルは、FRBが中立金利をやや上回る位置にいること、そしてそのわずかな引き締めが、これから来るかもしれないインフレの初期段階への対応として適切だと考えている」
一方、Liesmanは、パウエルに直接質問した内容も明かした。
「関税のインフレをルックスルー(一時的と見なして無視)し、5年間目標を超えるインフレが続き、さらに、原油ショックもルックスルーすると言うなら、2%目標へのコミットメントに対する信頼をいつ失うのか?」
パウエルは、「それは我々が考えていることだ」と認め、長期インフレ期待がアンアンカー(固定から外れる)するリスクに言及した。
2-2. FRB内部の三極分化
FRB内部では、政策方針が三極に分化している。
利下げ派: Steven Myron理事(トランプ指名)は、就任以来ほぼ全会合で利下げを主張。原油高の景気悪化を懸念する立場だが、他のトランプ指名の理事(Chris Waller、Michelle Bowman)からも支持を得られていない。
現状維持派: パウエルを中心とするFRBの主流。原油ショックという外生的イベントに対して金融政策で対応することの限界を認識しつつ、インフレ期待の安定を監視する姿勢。
利上げ示唆派: カンザスシティ連銀のJeff Schmidt総裁は、原油ショックと高インフレを踏まえ、インフレ期待のアンカリングを維持するために「政策行動」が必要と示唆した。「利上げ」とは明言していないが、その方向性を示す発言だ。
Eismanは利上げ派の論理に懐疑的だ。
「原油価格の上昇は外生的イベントだ。利上げしても原油価格は下がらない。利下げしても下がらない。何もしなくても下がらない。利上げは景気を減速させるだけだ。それが本当にやりたいことなのか?」
Liesmanもこれに同意しつつ、一つの例外を指摘した。
「利上げが正当化される唯一のシナリオは、労働市場が十分にタイトで、人々が上司に『原油高だから昇給してくれ』と要求でき、それがインフレスパイラルを生むケースだ。だが現時点でその議論は成立しない」
2-3. Kevin Warsh就任の行方
次期FRB議長候補のKevin Warshの指名承認は、パウエルに対する刑事捜査問題を巡る政治的対立で遅延している。共和党のTom Tillis上院議員が「刑事捜査が続く限りFRB候補の承認を進めない」と表明したことが障壁となっている。
Warshが就任した場合の方針として、Liesmanは興味深い構想を紹介した。Warshは、6.7兆ドルのFRBバランスシートの縮小(引き締め的)を進めつつ、それを政策金利の引き下げ(緩和的)で相殺するという「ストック&フロー」の組み合わせを考えているとされる。
ただし、Waller理事はバランスシート縮小には準備預金の需要削減が前提として必要だという立場で、Warshの構想に全面的に賛成しているわけではない。
3. プライベートクレジット——システミックリスクか、局所的な損失か
3-1. 「毎日悪いニュースが出る」異常な状況
Eismanは、プライベートクレジットに関するニュースフローの異常さを次のように描写した。
「金曜日のまとめ記事を月曜から書き始めるのですが、月曜に『プライベートクレジットの悪いニュースが出た』と書く。翌朝起きると、火曜のニュースも追加しなければならない。水曜も、木曜も。それが毎週続いている。GFC以来、これほど一貫して悪いニュースが続く金融ストーリーは見たことがない」
3-2. ソフトウェア集中度——公式25%、実態30%超
ウォール・ストリート・ジャーナルの報道によれば、プライベートクレジットの融資先の約25%がソフトウェア企業に集中している。しかし、分類方法に「裁量の余地」があり、例えば、ヘルスケアソフトウェア企業がヘルスケアに分類されているケースがあるため、実態は30%を超える可能性がある。
これらのソフトウェア企業の多くは、2018年から2022年——金利がはるかに低かった時期——にプライベートエクイティに買収されている。Eismanは次の論点を提起した。
「現在の金利水準で債務を返済できていても、来年以降のリファイナンスで同じことが言えるのか。それは未知数だ」
さらに、AIの台頭がソフトウェア業界のバリュエーションを根本的に揺るがしつつある。Liesmanが出席したサンフランシスコのカンファレンスでは、「デザイナー、開発者、マーケターの境界線は消えた。誰でもコーディングできる」という主張が展開されていた。
「ソフトウェア企業がなくなるわけではないかもしれない。だが、価格引き上げはもうできない。成長率は鈍化する。『ヒーロー』ではなくなる」 とEismanは指摘した。
3-3. Eismanの「ノーベル賞級の定理」——システミックリスク=損失額×不透明性
ポッドキャストの中で最も示唆に富んだのが、Eismanが「ノーベル賞を狙っている」と冗談交じりに紹介した定式化だ。
「システミックリスク = リスクにさらされている金額 × 不透明性」
「10億ドルの損失でも、誰がそれを抱えているか分からなければ、全員が売りに走る。500億ドルの損失でも、誰が保有しているか全員が知っていれば、自分に関係ないと分かっているから誰もパニックにならない」
プライベートクレジットの問題は、まさにこの不透明性にある。融資先の業種集中度すら最近まで知られていなかったという事実が、その不透明性の深さを物語る。
3-4. GFCとの構造的な違い——レバレッジの桁が違う
ただし、Liesmanは、2008年のGFCとの決定的な違いも強調した。

「プライベートクレジットで大きな損失が出ることは間違いない。だが、銀行については個人的にはそこまで心配していない」 とLiesmanは述べた。
一方で、彼は一つの未解明のリスクを投げかけた。
「エクイティの背後にレバレッジがあるのではないか? つまり、エクイティと思われているものが、実は銀行からの借入で構成されている可能性はないか?」
これはまだ確認されていない仮説だが、プライベートエクイティが銀行から借り入れてエクイティを積んでいるとすれば、実質的なレバレッジは見た目以上に大きいことになる。
3-5. 規制緩和のタイミング問題
もう一つの懸念材料が、現在進行中の銀行規制緩和だ。Liesmanは過去の経験から警鐘を鳴らした。
「35年の取材経験で見てきたことだが、景気が良いときに規制を緩め、それが次の危機の遠因になるパターンがある」
ドッドフランク法は、金融危機の最中に成立した法律であり、「感情的な反応」の要素があったことはEismanも認める。適切な資本比率について「モーセがシナイ山から石板を持って降りてきたわけではない。反復的なプロセスだ」というEismanの表現は、規制の適正水準が一義的に決まらないことを示唆している。
ただし、プライベートクレジットの急拡大自体が「銀行規制が行き過ぎたことのサイン」であるとも解釈でき、融資活動を規制された銀行システムの外に押し出してしまったことが、可視性の低下とシステミックリスクの把握困難につながっているという構造的な問題がある。
4. 米国経済の「予測不能な回復力」
4-1. 繰り返されてきた「終わりの始まり」予言
議論全体を通じて、EismanとLiesmanが共有した認識がある。それは米国経済の驚くべき回復力だ。
「GFC以降、おそらく6、7回は『これで終わりだ』という予測があった。2022年のFRB利上げで景気後退は『保証済み』とされた。だが実際には来なかった。米国経済の回復力を誰もモデル化できていない」 とEismanは語った。
Liesmanもこれに同意した。
「米国経済には予測不能な回復力がある。それはダイナミズム、適応力、そして、経済が多くの異なるセクターに分散しているという構造から来ている。サウジアラビア規模の石油産業が国内にあるが、それは経済全体の一部分に過ぎない」
4-2. 関税の「過剰な終末論」——心理的バイアスの影響
関税に対する市場の反応について、Eismanは興味深い心理的分析を提示した。
「市場参加者は全員、大学でEcon 101を受講した。そこで『関税は悪、関税が大恐慌を引き起こした』と刷り込まれた。トランプが関税を発表したとき、全員が18歳のときの教科書を引っ張り出して『景気後退が来る、大学でそう習ったから』と言った」
Liesmanは、この見方を認めつつも、慎重な留保を付けた。関税は50回以上変更・引き下げられており、最悪シナリオの予測がそのまま維持されたわけではない。また、レポ市場の関係者から「関税撤回がなければメルトダウンに近かった」という証言を得ていたことも明かした。
さらに、関税導入以降、製造業の雇用は10万人減少しており、「予測ほど悪くなかった」と評価する際には、関税自体が大幅に修正された事実を考慮すべきだとした。
まとめ
EismanとLiesmanの対話から浮かび上がるのは、原油、関税、FRB政策、プライベートクレジットという4つのリスク要因が同時に作用する、きわめて複雑な投資環境の姿だ。
原油については、フロー問題からストック問題への移行が起きるかどうかが分岐点となる。4月中旬が一つのタイムリミットだ。FRBは利上げも利下げも困難な板挟み状態にあり、パウエルが「良い位置にある」と表現する現状維持が、消極的だが現実的な選択肢となっている。
プライベートクレジットについては、GFCとはレバレッジ水準が根本的に異なるため、システミックリスクに至る可能性は現時点では限定的との見方が示された。しかし、Eismanの定式化——「システミックリスク = 損失額 × 不透明性」——が示すように、不透明性そのものがリスクを増幅させる構造は変わっていない。エクイティの背後に隠れたレバレッジの存在、AIによるソフトウェア業界の再評価、そしてリファイナンス問題という三重の不確実性は、今後数四半期にわたって注視すべきテーマだ。
米国経済の「予測不能な回復力」は過去何度もベア派を裏切ってきたが、だからといってリスクが存在しないわけではない。複数のリスクの同時発生という状況だからこそ、各要因の構造と相互作用を冷静に理解しておくことが重要だ。
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