DeepMind デミス・ハサビスが語る、AGIまで5〜10年の現実シナリオ
Axiosのイベント「AI+SFサミット」で、Google DeepMind CEO デミス・ハサビスが約30分にわたり、AIの現在地とこれから10年を語りました。
ノーベル賞受賞後の変化から、マルチモーダルAI「Gemini」、エージェント、AGI(汎用人工知能)まで──専門的な話を、わかりやすく整理してみます。
1. ノーベル賞がもたらした「発言権」という資産
ハサビスは、ノーベル賞受賞から400日あまり経った今も「まだ非現実的だ」と語りつつ、変化は明確だと言います。
一般の人や政府高官など、「AIの中身までは詳しくない人」と話すとき、ノーベル賞は強力なショートカットになる
「この人は専門家だ」と一瞬で理解してもらえるため、重要なテーマについて発言する「プラットフォーム」が一気に広がった
彼がこれからそのプラットフォームを使って発信したいのは、大きく2つです。
長期的なAGI安全性(AGI safety)
現在すでに動き始めているAIの「責任ある使い方」
つまり、遠い未来のリスクだけではなく、「いま目の前で起きているAI活用をどうデザインするか」も同じくらい重視している、ということです。
2. 科学者としての思考法が、DeepMindの競争優位になる
ハサビスは自分を「まず何よりも科学者だ」と定義します。その意味するところは、科学的方法(scientific method)をあらゆる場面で使う人間だ、ということです。
「科学的方法こそ、人類が生み出した最も重要なアイデアかもしれない」
とまで言い切り、実験と検証、仮説の更新というプロセスを、
研究
ビジネス
さらには日常生活
にまで広げて適用していると説明します。
DeepMindの強みとして挙げたのは、次の「三位一体」です。
世界トップレベルのリサーチ
世界トップレベルのエンジニアリング
世界トップレベルのインフラストラクチャー
これらを科学的方法でつなぎ込み、「精度と厳密さ」を徹底していることが、
「おそらくテック史上最も激しい競争」と表現するAIレースでの優位性になっている、と語ります。
3. 今後12か月のAI進化:マルチモーダル、世界モデル、エージェント
3-1. マルチモーダルGeminiの進化
今後1年で何が起きるのか、という問いに対して、彼が真っ先に挙げたのはマルチモーダルの収斂(コンバージェンス)です。
Geminiは最初からマルチモーダル設計
「テキスト・画像・音声・動画」を入力として扱える
そして、そうしたモダリティを出力としても生成可能になりつつある
最新の画像モデル(インタビュー中では「NO Banana Pro」と呼称)は、高精度なインフォグラフィックの生成など、視覚理解において驚くべき能力を見せている
特に、動画理解とLLMの統合が進むことで、「言語+映像+音」の組み合わせから、まったく新しいタイプのアシスタントやツールが生まれると示唆しています。
3-2. 世界モデル「Genie 3」とインタラクティブなシミュレーション
もう1つ、彼が個人的に力を入れているのが世界モデル(world models)です。
「Genie 3」というインタラクティブ動画モデル
生成された動画空間の中を、「ゲームやシミュレーションのように歩き回れる」
1分程度の時間軸の中で、世界の整合性が保たれる
これは、単なる動画生成を超えて、「AIが一貫した世界のルールを内部に持ち始めている」ことを意味します。
ゲーム、ロボティクス、シミュレーションベースのプランニングなど、応用範囲は非常に広い分野です。
3-3. エージェントと「ユニバーサルアシスタント」の地平
さらに、ハサビスは、「エージェント」についてこう語ります。
現状のAIエージェントは、丸ごとのタスクを完全に任せられるほど信頼性が高くない
しかし、「1年後には、かなり近づいているだろう」と予想
DeepMind/Googleが目指すのは、「ユニバーサルアシスタント」
PCやスマホに留まらず、メガネ型デバイスなど、いつも自分のそばにいる存在
仕事の生産性を上げるだけでなく、映画・本・アクティビティなど、生活全般のレコメンドも担う
1年スパンでは、「完全自動化」ではないものの、かなり高度な委任が可能なエージェントが現実味を帯びてくる、という見立てです。
4. ベストケースは「ラディカル・アバンダンス」、しかしP(doom)≠0
4-1. AIがもたらす「ポスト・スカ―シティ」の世界
ハサビスの理想は、一種の「ラディカル・アバンダンス(過剰な豊かさ)」です。
クリーンで再生可能なエネルギー(核融合、次世代バッテリー、太陽電池材料など)のブレイクスルー
半導体・材料科学・創薬を含む、科学技術の大幅な前進
多くの病気が克服され、人類が「ポスト・スカ―シティ(欠乏なき世界)」に近づく
その先には、「人類が宇宙へ進出し、意識を銀河に広げていく」というSF的なビジョンまで語られます。
同時に彼は、そんなユートピアの中で「人間の役割や目的はどうなるのか」という哲学的な問いも、真剣に気にしていると明かします。
4-2. P(doom)はゼロではないから、真剣に減らす
一方で、リスクに関してもかなり率直です。
悪意ある人間がAIを使って病原体を設計する
外国勢力によるエネルギー・水インフラへのサイバー攻撃
高度に自律的なエージェントが、設計者の意図から「逸脱」する
こうした「破滅リスク」について、彼は確率を数値では語らないものの、
「P(doom)(破滅確率)はゼロではない。だからこそ、相応のリソースと注意を向けるべきだ」
と強調します。
同時に、企業間競争の中で「より責任あるプレイヤーが市場から報われる」可能性にも期待を寄せています。
大企業がAIエージェントを導入する際、
データの扱い
振る舞いの保証
に厳しい要求を突きつけることで、安全性の高いベンダーが選ばれるというメカニズムが働く、という見方です。
5. AGIまで「あと5〜10年」:スケーリング+2つのブレイクスルー
ハサビスはAGIについても、はっきりとした立場を持っています。
「いまのモデルはAGIではない」と明言
しかし、「5〜10年以内には到達しうる」と予測
彼の定義するAGIは、単にテストスコアが高いだけではなく、
創造性・発明能力を含む、あらゆる認知能力を備え
分野によって凸凹があるのではなく、一貫した「滑らかな」知能を見せ
継続学習・オンライン学習・長期的な計画能力を持つ
といった、かなり高いハードルです。
現在のLLMについては、
ある分野では「博士レベル」や「オリンピック金メダル級」の力を見せる一方で
別の分野では驚くほど脆弱
いわば「ギザギザした知能(jagged intelligence)」だと表現します
そのうえで、AGI達成には、
現在のアーキテクチャのスケーリングを極限まで進めること
さらに「トランスフォーマー級」あるいは「AlphaGo級」の1〜2回の大きなブレイクスルー
が必要になるだろう、と述べています。
6. バブルとタレント戦争、人間の適応力
最後に、周辺のホットトピックにも触れています。
AIへの投資については、「一部の種(シード)ラウンドなど、明らかにバブル的な領域もある」としつつ
長期的には「AIは人類史上もっとも変革的な技術」であり、総体としては正当化される投資だと見ている
人材獲得競争については、極端なオファーを行う企業(会話の文脈ではMeta)が話題に上る一方で、
DeepMindは「ミッションドリブンな人材」を重視
フルスタック(研究〜プロダクト〜インフラ)で最前線の課題に取り組める場としての魅力を訴える
また、人間がこの変化についていけるのか、という質問には、
「我々の脳は本来は狩猟採集生活のために進化したが、それでも現代文明に適応してきた」
と指摘し、人類の適応力と創意工夫への強い信頼を示しています。
将来的には、脳とコンピュータをつなぐ技術など、「人間側のアップグレード」も選択肢に入ってくるかもしれません。
7. ゲームとスポーツ:シミュレーションとして世界を理解する
ハサビスは元チェス神童であり、ゲーム開発者でもあります。
彼にとってゲームは、「世界の縮図(マイクロコズム)」です。
現実世界では、人生における「本当に重要な意思決定」は多くても数十回
一方、ゲームの中では、その意思決定プロセスを何千回と練習・反復できる
だからこそ、ゲームは「意思決定とプランニング能力を鍛える最高のトレーニング装置」だと考えている
スポーツについても、AIは膨大なデータを解析し、セットプレーや選手配置の最適化など、
エリートスポーツの「極限の最適化」をさらに一段押し上げるツールになる、と示唆しています。
結論:科学的方法でAIの未来を「実験しながら」作っていく
このインタビューで一貫していたのは、ハサビスの「科学者としての姿勢」です。
どのアプローチがAGIに近いかは、信念ではなく実験結果で決める
LLMのスケーリングが有望だと分かれば、そこに大きく資源を振り向ける
同時に、P(doom)≠0という前提のもと、安全性研究やガバナンスにも本気で取り組む
AIは、ラディカル・アバンダンスか、深刻なリスクか、あるいはその両方をもたらしうる技術です。
ハサビスの話から見えてくるのは、「科学的方法をフル活用しながら、社会全体でその行き先をコントロールしていくしかない」という、静かな覚悟でした。
