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ロンドンAIブームの実態——欧州から世界を狙う「第三極」の可能性

米国と中国がAI覇権をめぐって激しく競う中、ロンドンが欧州のAI中心地としての地位を着実に固めつつある。2026年6月に開催されたロンドン・テックウィークを取材したBloomberg Tech Europeは、創業者・政策立案者・投資家それぞれの視点からこの動きを捉えた。本記事ではその内容を整理し、投資家・ビジネスマンが知っておくべき論点をまとめる。


1. 数字で見るロンドンのテック台頭


1-1. 市場規模と調達実績

英国のテックセクターは現在、合計で1.2兆ポンドの市場評価額を持つ。そのうちAI関連企業が約3分の1を占めるという(Tech Nation調べ)。

資金調達の観点でも、勢いは明確だ。ロンドンのテック企業は直近で約180億ドルを調達しており、前年比45%増となっている。AI投資額に絞ると、2024年の40億ドル未満から2025年には70億ドルへと急拡大した。

ユニコーン企業(時価総額10億ドル超の未上場企業)の数は138社に達し、AI人材の規模は5万6,000人と世界3位の水準にある。2033年までにAI企業がロンドン市内で占めるオフィス面積は400万平方フィートに達すると予測されており、これは「ガーキン・タワー」8棟分に相当する。

1-2. キングスクロスが「知識の回廊」に

かつて「通過するだけの場所」と評されたキングスクロス駅周辺は、30億ポンドの都市再開発を経て様変わりした。現在この地区には、Googleの10億ポンド規模の英国本社、OpenAIのサンフランシスコ以外で最大の研究拠点、そしてAnthropicの最大800名規模の拠点が集中している。加えて、英国のAI研究ナショナルセンターである「アラン・チューリング研究所」も徒歩圏内に位置する。

「英国はAIの深い思考者、優れた大学、素晴らしいスタートアップを擁する、世界有数のAIコミュニティを持つ」と語るのは、地区の発展を見てきた関係者の一人だ。地理的な集積と人材の厚みが、ロンドンをAIハブとして機能させる基盤になっている。

2. 創業者が語るロンドンの「空気感」


2-1. ElevenLabs——英国発の世界企業

2022年に設立されたElevenLabsは、AIによるリアルな音声生成技術で知られるスタートアップだ。直近の資金調達ラウンドで10億ドル超の評価額をつけ、現在英国で最も高い評価を受けるAIスタートアップとなっている。

共同創業者はロンドン・テックウィークでこう述べた。「エコシステムのエネルギーはかつてないほど高まっている。ここから世界企業を作れると、今では多くの人が信じている」。

同社は現在英国に約100名を擁し、数ヶ月以内に200名規模へ拡大する計画だ。MetaなどのアメリカのBig Techも顧客に持ちながら、拠点はあえてロンドンに置き続けている。米国の投資家からサンフランシスコへの移転を打診されたこともあるが、「欧州にいることは大きな優位性がある。優秀な人材が集まる」として、その選択を維持している。

2-2. 人材の「逆流」が始まっている

これまで英国やヨーロッパの優秀な人材は、機会を求めてシリコンバレーに向かうことが多かった。しかし最近12ヶ月で、その流れに変化が見られるという。ElevenLabsの共同創業者は「世界中から優秀な人材がここに戻ってきたいと思っている。この傾向はこの1年で確実に変わった」と述べている。

3. 政府の戦略——「なくてはならない存在」を目指す


3-1. 英国テクノロジー大臣リズ・ケンドール氏の言葉

英国の科学・技術・イノベーション担当大臣であるリズ・ケンドール氏は、ロンドン・テックウィークでこう語った。「私たちはAIの未来をめぐるレースの中にいる。英国に勝たせたい」。

同時に、現実的な視点も忘れない。「米国や中国と同じレースを走るつもりはない。しかし、英国が勝てるレースがある」。

その象徴として発表されたのが、AIハードウェア企業への10億ポンド超の投資と、5億ポンド規模の主権AI基金(Sovereign AI Fund)だ。さらに量子コンピュータの導入に10億ポンドの大型投資も表明された。基金の目的は「スタートアップを育て、スケールアップさせ、英国に留めること」とケンドール氏は説明する。

3-2. 政府調達という「隠れたエンジン」

Sovereign AI Fundの議長を務めるジェームズ・ワイズ氏(Balderton Capital)は、政府の役割を別の角度から語る。「スペースXが世界最大の打ち上げ能力を持つに至ったのは、20年前に米国政府から3億ドルの調達契約を受けたことが起点だった」。

つまり、政府が単に資金を出すだけでなく、「顧客」として早期に大型発注することで企業の成長を後押しする——この構造を英国でも再現しようという発想だ。「政府は障壁よりも支援を提供する存在に変わろうとしている」と同氏は述べている。

4. 投資家が見る課題——エネルギーと税制


4-1. 元Sequoiaパートナーの率直な指摘

元Sequoia Capitalのパートナーで、現在は英国に拠点を置く4億ドル規模のEvantic Capitalを運営するマット・ミラー氏は、政府の取り組みを評価しつつも、より根本的な問題を指摘する。

「英国はAI企業を構築する世界第2の都市になり得る。しかしそのためには、エネルギーコストの引き下げが不可欠だ」。同氏が問題視するのは、電力コストの高さと規制の複雑さだ。「OpenAIが英国でデータセンターを建設すると発表したにもかかわらず、撤退してしまった。規制が複雑すぎ、エネルギーコストが高すぎるからだ」。

チップや量子コンピュータへの投資よりも、「まずエネルギー基盤を整えることが優先順位が高い」という主張だ。解決策として、原子力発電の活用も含めた新たな発電所の建設を求める声を上げている。

4-2. 労働市場と税制——もう一つの競争力

Evantic Capitalが投資するAI企業の現場では、採用の速度が最大の課題になっているという。英国では雇用契約における「ノーティス期間(退職予告期間)」や競業避止義務が法的に有効なため、優秀な人材を採用しても就業開始まで数ヶ月かかるケースがある。

カリフォルニア州では競業避止義務が原則無効とされており、転職の自由度が高い。「それが労働市場の流動性を高め、企業が人材を大切にする動機にもなっている」とミラー氏は述べる。

加えて、キャピタルゲイン課税の引き上げへの懸念も示した。「英国はリスクを取って初期段階の企業で働く人々や投資家にとって、税制面でも国際的に競争力を持つ必要がある」。

5. まとめ——ロンドンの「本当の強さ」と残された課題


ロンドンのAIエコシステムは、数字の上では明らかに台頭している。180億ドルの資金調達、138のユニコーン、欧州最大のAI投資額——これらは「勢い」を示す実績だ。

一方で、投資家や創業者が率直に語る課題もある。高いエネルギーコスト、複雑な規制、労働市場の硬直性、税制の競争力。これらは「スタートアップを生む場所」から「世界企業を育てる場所」への転換を左右する要因だ。

政府は「英国をなくてはならないパートナーにしたい」と宣言しているが、その実現には政策の言葉だけでなく、インフラ整備という地道な取り組みが問われることになる。欧州のAIハブとしてのロンドンの行方は、今後数年の政策対応と企業の選択にかかっている。

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