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顧客エンゲージメントSaaS Braze:創業期からPMFに至るまでの道のり

本記事では、カスタマーエンゲージメントプラットフォーム「Braze」(旧称 Appboy)の創業者・経営陣が語る創業期から、プロダクト市場適合(PMF: Product Market Fit)に至るまでの道のりと、その後の成長の過程を振り返る。モバイルアプリが、黎明期を迎えた2010年代初頭、彼らはどのように「ユーザーとの長期的な関係を築くためのプラットフォーム」を構想し、競合とのフットレースを勝ち抜き、今日の時価総額数十億ドル規模の企業へと成長を遂げたのか。その戦略や企業文化、リーダーシップ上の学びを、実際の発言や事例を交えながら解説していく。


1. Braze創業の背景とモバイルの展望


1-1. 偶然の出会いから始まった創業ストーリー

Brazeの現CEOであり、かつてはCTOを務めていたビル・マグヌソン(Bill Magnuson)は、大学卒業後にGoogleやBridgewater Associatesなどを経て、2011年頃にモバイル分野での起業を志した。彼が、共同創業者ジョン・ヘイマン(John Hyman)と共に参加したハッカソンでの優勝がきっかけとなり、投資家の紹介でマーク・ガーマンソン(Mark Ghermezian)と出会ったことで、「Appboy」(後の Braze)の立ち上げが決定づけられたという。

「当時はまだ、モバイルアプリでどう収益を上げるか誰も確信を持てなかった。だけど、私たちは『ユーザーと継続的に関係を築き、ビジネスを伸ばす仕組み』が絶対に必要になると信じていた」
(ビル・マグヌソン)

彼らは、ディナー1回の打ち合わせだけで、ほぼ即決のように「モバイルアプリ開発者がユーザーと長期的な関係を築くためのプラットフォームを作る」ことをコンセプトに起業を決断する。当時は、モバイルの市場そのものが未知数だったが、それでも「長期的に見るとスマートフォンは世界を塗り替える」という強い確信があったのだ。

1-2. モバイル黎明期のアプリ開発者の課題

2011年前後のアプリ市場を振り返ると、まだ「趣味」で開発する個人・小規模チームが多く、アプリ内課金やサブスクリプションといったビジネスモデルが確立し切っていなかった。モバイルデバイス自体も性能や通信速度が不十分で、ユーザーがクレジットカードを登録して継続課金する文化も乏しい。そうした中、「Appboy」は、「アプリを単なるダウンロード数や初期課金のみに頼るのでなく、継続利用とエンゲージメントで成長させる」ことをサポートするソリューションを構想しはじめる。

「どれだけダウンロードされても、長期的に使ってもらえなければ収益も上がらない。でも、当時はそれを重視する開発者が少なかった」
(ビル・マグヌソン)

2. 製品開発とプロダクト市場適合(PMF)への道


2-1. 幅広い機能を最初から盛り込む“あえての戦略”

起業時の常套手段としては、「最小限の機能(MVP)を作り、特定のニーズだけに徹底特化して迅速にPMFを図る」という「リーンスタートアップ」的アプローチが推奨されることが多い。しかし、Appboy(Braze)は、当初からユーザープロファイル管理、プッシュ通知、アプリ内メッセージ、フィード機能など「一見すると幅広すぎる機能」を取り込み、いわゆる“薄く広く”構築を行った。

「私たちは、モバイルが“全チャネル・リアルタイム”の時代を切り開くと確信していた。だから、単なるメール配信やプッシュ通知だけではなく、ビジネス全体を支えるプラットフォームとして設計しないといけなかった」
(ケビン・ワン)

この方針ゆえに余計な機能も含まれたが、モバイルアプリを本気で「ビジネス」に育てたい企業にとっては、多面的なアプローチが可能になる。この戦略が後々、業界が本格的に「継続利用」、「データドリブン」の方向に傾いたときに威力を発揮する。

2-2. リアルタイム・ストリーミング・アーキテクチャへのこだわり

Appboyが、当初から貫いたもう一つの差別化要素が「リアルタイム・ストリーミング」だ。ユーザーの行動やイベントデータを即時に処理し、それに応じたパーソナライズされたメッセージを生成する仕組みである。

「モバイルだと50ミリ秒の遅延も許されないケースがある。夜間バッチ処理のような従来型のやり方では、ユーザー体験を損ねてしまう」
(ビル・マグヌソン)

その結果、メールやプッシュ通知の世界では、珍しかった“リアルタイム性”を当時から提供。のちにモバイルアプリだけでなく、小売や配車、フードデリバリーなど「ユーザーの行動と瞬時に連動して売上を伸ばす」ユースケースで強みを発揮した。

2-3. ビジネスモデル転換と初期顧客の獲得

当初は、「ネットワーク型」で広告を差し込み、導入企業に無償でプラットフォームを使ってもらう構想もあった。しかし、顧客からの要望が多様化し、機能も切り出しを求められるにつれ「SaaSとして有償提供する」モデルにシフト。無料ベータ版の登録が一時期は1,000件超あったが、最終的にはサブスクリプション契約での導入企業が徐々に増えはじめる。

「売上として最初の数百万ドルをつくったお客様は、サブスクリプションや課金モデルが確立しているモバイル企業か、既にECで課金実績があり、モバイルにも本腰を入れようとしているところだった」
(ケビン・ワン)

そうした「本気でモバイル × 収益」を考える顧客を探し当てるため、少人数体制のなかで海外にも足を運び、熱心にプレゼンと技術サポートを続けたという。

3. 競合との戦いと成長戦略


3-1. 競合の大資本と“なぜ今”の問い

創業当初、投資家からは、「モバイルアプリで本当に長期的な収益は見込めるのか」という懐疑的な声が多かった。さらに同じくモバイル分野に参入した企業や、メール配信の老舗ベンダーなど、資金力・ブランド力のある競合もいた。

しかし、Brazeは、モバイルの将来性を信じ抜き、むやみに大規模資金調達を急がず「必要な分だけ調達し、マーケットの成熟と歩調を合わせながら製品を磨く」戦術をとった。市場が成熟し、“ユーザーの長期関係構築”が重要視されはじめる頃、すでに彼らは総合的な機能を完成度高く持っていたのが強みとなる。

「早期に大金を調達して、販促を一気に拡大すると“川上から押すだけ”の状態になり、まだ育ちきっていない市場では逆効果だった」
(ビル・マグヌソン)

3-2. 製品の核と差別化要素を磨き続ける

競合と比べて後手に回っていた機能や表面的な差分を埋めるのではなく、Brazeが注力したのは、「本質的な顧客ニーズを先取りする“リアルタイム・ストリーミング”やデータモデルの強化」だった。ここが彼らが語る「フットレース(競合との開発速度競争)に勝つ」ための必須条件である。

「“端的に売りにくい機能”をあえて大切に育てた。それが自分たちの独自性で、あとで大きな差になるから」
(ケビン・ワン)

4. リーダーシップと学び


4-1. “10年コミット”の重要性

「起業は、最低でも10年単位で取り組む覚悟が必要」と、ビルは繰り返し強調する。エグジットやIPOが早期に訪れる可能性も否定はできないが、多くのSaaS企業は、製品開発や市場教育に長い時間がかかるからだ。そのためには自らが本気で興味を持てる領域に取り組む必然性があるという。

4-2. チーム文化と“繰り返し伝える”コミュニケーション

また、共同創業者同士の学びとして「企業ビジョンや戦略は、リーダーが根気強く同じ言葉で何度も語り直す必要がある」と、ケビンは指摘する。ビル自身も当初は、「同じことを何度も繰り返すのは苦手」だったが、社員が増え、組織が拡大するにつれ、全員が同じ方向性を理解するには「繰り返し」が欠かせないと実感したという。

「リーダーが情報を共有し尽くしたと思っていても、実際には組織が理解していないケースが多い。だからこそ徹底して繰り返すべきだ」
(ケビン・ワン)

4-3. 技術力がもたらす“競争優位”

SaaS企業がカテゴリ全体を勝ち切るためには、「開発速度と質」が極めて重要だとケビンは語る。資金や知名度で優位な競合に対しても、最終的にはプロダクトの足腰が強くなければ「長期的な価値」にたどり着けない。そのため、Brazeでは、創業初期から技術チームによる“長期的視点”のものづくりを重視した。

「最終的に ‘terminal value product market fit’ を得るには、とてつもなく長いフットレースを走り抜かなければならない。そこを支えるのは、何よりもプロダクト開発のDNAだ」
(ケビン・ワン)

Braze(旧Appboy)の例は、モバイル黎明期に「ユーザーとの長期的関係構築」を核とした大胆な製品戦略を掲げ、じっくりPMFへと到達した事例の一つだ。市場が未成熟であるほど、一見ニッチに見える機能やリアルタイム技術に投資することには大きなリスクが伴う。しかし、彼らは「将来の必然」を見据えて投資と開発を継続し、競合他社が十分にカバーできなかった広い領域と深いリアルタイム技術を武器に、真の顧客課題を解決するプラットフォームを構築した。

さらに、「強い確信に基づく長期視点」、「無闇に大金を調達せず市場成熟と合わせて拡大」「徹底したリアルタイム志向」「繰り返しのコミュニケーションによる組織づくり」といった要素が、結果的に大企業へと成長する鍵となった。創業から10年以上が経ち、彼らはIPOを果たす規模まで登り詰めた今も、こうした原則を守り続けている点が興味深い。競争の激しいSaaS市場であっても、ビジネスやテクノロジーの「本質」を捉え、粘り強く突き詰める姿勢こそが成功につながる好例といえるだろう。


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