良い戦略、悪い戦略
ビジネスや組織運営において「戦略」は、重要だとよく言われますが、実際には、「戦略」がどのようなもので、どう作ればいいのか分からないと感じる人も多いのではないでしょうか。
リチャード・ルメルト氏は、『Good Strategy Bad Strategy(良い戦略、悪い戦略)』や『The Crux』などの著書を通じ、“本当の戦略”とは、何かを追求してきた人物です。
本稿では、ポッドキャストでのインタビュー内容をベースに、ルメルト氏が提唱する戦略のエッセンスをわかりやすくまとめます。単なる目標設定ではなく、「実行可能なアクションアジェンダをどう組み立てるか」、「組織内の抵抗をどう乗り越えるか」など、実務に活かせるポイントを具体的に解説していきます。
1.「戦略」を“アクションアジェンダ”として捉える重要性
●目標の羅列は、戦略ではなく「やりたいことリスト」に過ぎない
企業や組織のリーダーは、「収益を拡大したい」、「新商品の開発に着手したい」、「新市場にも進出してシェアを拡大したい」といった多種多様な希望を同時に抱くことが多いです。しかし、これらの希望を単に列挙しただけでは、あらゆるテーマを優先すると言っているのと同義になり、結局どれも実行できないままになりがちです。組織全体としては「どこにリソースを集中すべきか」が曖昧となり、最終的に効果的な行動を起こせないリスクが高まります。
そこでリチャード・ルメルト氏は、「戦略とは、ビジョンやミッションの宣言でもなければ、単なるゴール設定でもない」という点を強調しています。戦略は、“目指したい状態”を掲げるだけでなく、そこに到達するための具体的な行動指針が不可欠です。いわば「アクションアジェンダ(行動計画の束)」として整理し、「現実的な問題を解決するために、何をやるか・何をやらないかを明確に定める」 ことこそが戦略の本質だという考え方です。
●「最も重要かつ、実際に取り組める課題」にフォーカスする
戦略は、「どこで戦うか」と「どう戦うか」という2点が非常に重要です。企業であれば、売上を大きく伸ばすには何が障壁になっているのかを突き止めたり、競合優位を築くカギとなる強みは何かを見極めたりする“診断”が欠かせません。そして、その診断を踏まえて、「自社はどの方向に向かうのか(基本方針)」を示す必要があります。ただし、大半の組織ではさまざまな部署やステークホルダーが入り乱れ、「すべてやろうとして結局どれもやりきれない」という悪循環に陥りがちです。
これを避けるためには、あらためて組織全体の野望や優先事項を洗い出したうえで、「いま自分たちが最優先で解決すべき問題はどれか」、「その問題は自分たちの能力やリソースで実際に解決できるか」を厳密に見極める作業が不可欠になります。どれほど重要そうに見えても手が届かない課題なら、戦略とは呼べません。逆に、小さくてすぐに解決できるがインパクトが薄い問題も、貴重なリソースを割く価値が乏しい場合があります。「重要性」と「実行可能性」のバランスをとった“最もクリティカルな問題”を確定し、それを解決するための具体的アクションを徹底的に詰めることがポイントです。
●「アクションアジェンダ」化することで組織を動かす
ゴールや理想論ではなく、「いつまでに、誰が、何を、どのようにやるのか」をはっきり示すことが肝心です。いくつかの施策を列挙するにとどまらず、それらの施策が互いに矛盾や競合を起こさないように整合を取らなくてはなりません。
例えば、新規事業開発に多くの投資を行いながら、一方でコスト削減を徹底するという方針を同時に実行するとします。もちろん工夫次第では、両立可能な場合もありますが、多くのケースでは、新規投資とコスト削減はトレードオフとなりがちです。組織内で行動を整合させるためには、きちんと優先度をつけて、具体的に「ここまでは投資するが、これ以上は削らない(あるいは削る)」というラインを各チームに明確に伝える必要があります。
このように、全体を一体化した行動計画として打ち出すことで、初めて組織は、集中力と共通認識を高められます。その結果、大小さまざまな活動が“核となる課題解決”に向けて力を発揮しやすくなるのです。
2. 「良い戦略」を生むための3要素と、「The Crux」の概念
●ルメルト氏が示す「カーネル(The Kernel)」の3要素
『Good Strategy Bad Strategy』のなかで、ルメルト氏は「良い戦略」を以下の3要素に集約して整理しています。
まず、1つ目は、「診断(Diagnosis)」で、これは自社や組織が現在直面している問題・課題を正確に把握し、その本質を突き止める行為です。そして、2つ目は、「基本方針(Guiding Policy)」で、どの方向へ行くかを決める大まかな方針を策定します。最後の3つ目は、「整合した行動(Coherent Actions)」で、実際に何をいつまでに行い、どのようにリソースを配分するのかを具体的に決めるステップです。
もしこの3つのステップが欠けていたり、逆に優先度をつけずにやりたいことをやみくもに並べたりすると、「戦略」ではなく単なる願望やスローガンに終わってしまう可能性が高まります。
●「The Crux(核心的な難所)」を攻略する
ルメルト氏は、『The Crux』で、登山の用語を引用して「最難所をどう突破するか」という観点を戦略に取り入れるよう提言しています。登山であれば、もっとも危険で難易度の高いピッチ(区間)を越えられなければ山頂へたどり着けません。同じように、ビジネスでも「核心となる難題=The Crux」を無視して遠回りをしても本質的なブレイクスルーは得られない、という考え方です。
例えば、AI技術でライバルに勝ちたいなら「膨大なデータを素早く学習させられる仕組み」を構築しないといけないかもしれませんし、国際的な事業展開を目指すなら「各地域での法規制をどう突破するか」が最大の難所になるかもしれません。最も困難な点を正面から見極め、そこにリソースと知恵を集中させることが、結果的には最短ルートにつながります。
●組織内の政治や抵抗を乗り越えるポイント
最大のネックは、しばしば「組織内の調整」や「利害の対立」です。部署ごとに別の目標を掲げ、互いに優先度が異なるケースは珍しくありません。CEOやリーダーが決断を先延ばしにすると、最終的には、「全方位にちょっとずつ」リソースが割り振られ、どれも中途半端で終わってしまいます。
このような状況を防ぐためには、トップマネジメントが「ここに絞る」という判断を下し、「具体的に何をするか」を明文化しなければなりません。大企業ほど権限が分散しやすいため、明確に責任者を定め、「いつまでに成果を出すか」を見える形で設定することが重要です。
●スタートアップにおける「The Crux」と柔軟なピボット
一方、スタートアップの場合はリソースが限られているため、最初に想定していたターゲット顧客や市場が外れていたら、素早く方向転換(ピボット)を図る必要があります。「製品やサービスをどう差別化して勝つか」という仮説をいくつか立てて、当たるまで試行錯誤するのがスタートアップの常です。その過程で見つかる“本当に解くべき課題”こそが、その企業にとっての「The Crux」になり得ます。
大切なのは、単なる夢や願望で終わらせず、進捗や市場からの反応を検証しながら、失敗した部分を即座に修正することです。限られた時間と資源のなかで最重要の問題をどう解決するかに集中し、そこを突破口として事業を軌道に乗せる。この考え方は大企業にも応用可能ですが、特に、スタートアップほど「The Crux」をダイレクトに解決しないと生き残れません。
1つ目では、「戦略をアクションアジェンダとして捉える意義」と、そのために「重要性と実行可能性を基準に優先度をつける必要性」を具体的に述べました。そして2つ目では、「良い戦略を構成する3つの要素」と「The Crux」という概念について、組織内外の抵抗を乗り越えながら困難な課題を攻略するポイントに焦点を当てました。
最終的に言えることは、「やるべき行動を明確にし、組織として実行に移せる形に落とす」 という部分こそが戦略の核です。リチャード・ルメルト氏が示すように、見えづらい本質的な課題をえぐり出し、その難所を突破するためにあえてフォーカスする姿勢が、組織に大きなブレイクスルーをもたらします。もし自社や自分のチームの戦略に迷いがあるなら、「本当に解決すべき問題は何か?」、「実際にいつまでに誰が何をやるのか?」 を改めて見直し、“アクションアジェンダ”として組み立ててみてはいかがでしょうか。
