採用市場の変化と給与の未来:最新スタートアップ報酬レポート
近年のスタートアップ企業における報酬(給与・株式報酬)の動向は、投資額の変化や採用市場の停滞・活性化といった要因によって大きく左右されます。2021年から2022年にかけてのスタートアップ市場は、豊富な資金調達と急激な採用拡大を背景にした「熱狂期」から一転し、2023年以降は投資がやや冷え込み、給与やエクイティ(株式報酬)の与え方にも大きな変化が生じました。本記事では、Cartaが2024年に向けて発表したスタートアップ報酬レポート(State of Startup Compensation Report)の一部内容をもとに、主要なトレンドをわかりやすく解説します。なお、ここで紹介するデータは英語圏の事例が中心ですが、日本国内のスタートアップ人事においても参考になるヒントが多く含まれています。
1. 2024年スタートアップの採用動向
1-1. 採用数・離職数の推移

レポート内で示されたチャートによれば、2022年1月(特に1月後半)をピークとして、スタートアップにおける新規採用数は急激に減少しました。その後も2023年末にかけて採用数は低調な推移を続け、2024年に至るまで全体としては下落傾向にあります。
一方で、同時期に「自主退職(voluntary departures)」や「レイオフ(layoffs)」も減少傾向を辿っています。ここで重要なのは、企業が積極的に新規採用を行わない状態になると、従業員側も転職先が限られるため、離職率も下がるという相関関係です。レポートで話題に挙がったように、「レイオフが相次ぐ中で、従業員は安定を求めがちになり、新しいチャンスに積極的に飛び込む人が減る」 という見方ができます。
1-2. 投資資金の停滞と採用意欲の関係
スタートアップの採用動向と大きく連動するのが、資金調達の状況です。2021年から2022年前半は低金利と好調な投資市場を背景に、多くのスタートアップが巨額の資金を調達していました。しかし、2022年後半から金利上昇や投資家のリスク回避姿勢の強化が進むにつれ、「資金の出どころが細り、採用にも慎重にならざるを得ない」 状況が続きました。その結果、多くの企業が従来の大規模採用方針を大幅に見直し、より厳選した人材のみを採用する方向にシフトしたのです。
2. 産業別の人員変化
2-1. 人員増加が目立った業種

レポートのデータでは、ハードウェアやバイオ、医療機器など「人力が必要」かつ製品開発・研究に専門技術と時間を要する業種が、依然として採用がプラスに転じる傾向が見られました。ハードウェアのように、開発と製造工程に多くのエンジニアや専門担当者が必要な領域では、人材確保が経営に直結するため、多少の市場環境変化があっても比較的安定して採用が進んでいるようです。
2-2. 人員減少が顕著な業種
一方、「ソフトウェアやゲーミングなどのデジタル領域」は、レポートの全四半期比較において2024年も人員削減が続く傾向が示唆されています。とりわけゲーミング分野はレイオフの影響を大きく受け、既存の社員数を削減する動きが顕著です。これについては、
「企業がAIや外部ツールを活用し、従来ほど人手を必要としない運営体制に移行している」
という指摘があり、人件費を圧縮することで資金調達が難しい局面を乗り越えようとしている姿勢が見受けられます。
3. 企業ステージ別の人員変化

3-1. 早期ステージの動き
シードからシリーズAの段階にかけては、ある程度の採用増を見せる企業も存在します。セールス担当や、「早期から戦略的な人事責任者を置く」 など、従来よりも「必要な人材を先んじて確保する動き」が強まっているようです。実際、Carta Total Compを通じて見られる複数の事例では、「本格的なプロダクト拡大前にもかかわらず、CHRO(Chief Human Resources Officer)級のポジションを早い段階で採用」 する会社が増えていることが報告されています。
3-2. 中後期ステージの動き
シリーズB以降や、より成熟したスタートアップでは、逆に大幅な人員削減や採用抑制に踏み切る事例が目立ちます。2020~2021年にかけて膨張した人員体制を見直し、「収益性の高い領域に限られた人材を集中させる」 アプローチへと方針転換したためです。こうした企業では、売上を伸ばすためのセールス部門は引き続き重視されるものの、プロダクトマネージャーやバックオフィス系のポジションは、採用を絞るケースが多く見受けられます。
4. 株式報酬と給与の新たなバランス
4-1. 「最も衝撃的なチャート」:株式数の減少

レポートでは、「世界でいちばん怖いチャート」とも呼ばれる、スタートアップ従業員の「株式付与数の推移」についてのグラフが提示されています。2022年後半から2023年初頭にかけては、新たに入社した従業員への株式数(ストックオプションなど)が急激に減少し、従来よりも「株式報酬を大幅に絞る」方向へ修正が行われました。
この背景には、
資金調達が伸び悩むなかで株式プールを温存したい
時価総額や評価額が下がる中、大量のエクイティを付与すると既存株主の希薄化が進む といった経営上の判断が大きく影響していると考えられます。
4-2. 給与水準の緩やかな回復
一方、給与水準については「四半期ごとに0.5~1%程度」の小幅な上昇が見られました。2021年のように年率8%もの引き上げが議論されるような「過熱期」ではないものの、アメリカ全体の雇用統計では依然として雇用自体は拡大傾向にあり、スタートアップ報酬も徐々に回復基調にあることが示唆されています。ただし、企業が目指すのは「給与の過度な上乗せ」ではなく、「より少人数で最大限のパフォーマンスを発揮するための適正な昇給」と見る向きが強いようです。
5. 今後の見通しと対策
5-1. 新しい「正常状態」への移行
2023年までの激しい上下動を経て、現在のスタートアップ報酬市場は「新しいノーマル」へシフトしている最中といえます。投資資金が潤沢だった時期のように、「株式をふんだんに配り、給与も大幅に上げる」スタイルは今後さらに減少するでしょう。また、採用市場の状況が再び劇的に変化するかどうかは、金利動向や資金調達環境次第といった不確定要素が残っています。
5-2. スタートアップ人事へのアドバイス
株式報酬の教育強化
企業側は、従業員に対して株式の価値や行使タイミング、リスクなどを丁寧に説明する必要があります。Cartaの調査では、オプションを「行使する・しない」の判断基準が曖昧なままという例が多く、企業もせっかくのエクイティが従業員の動機づけになっていないケースが少なくありません。報酬設計の柔軟性
人材獲得競争が激しいエンジニア職やセールス職などについては、企業ステージや評価額の変化に合わせて報酬体系をこまめに見直すことが重要です。これらのポジションでは依然として需要が高く、給与水準やストックオプションを適正に設定しないと優秀な候補者を逃してしまう可能性があります。組織の効率化
無理な採用拡大をするのではなく、既存社員の生産性を高める施策や、AIツールの導入による業務効率化など、「少数精鋭で成果を出す」 方針が一段と求められるでしょう。特にSaaSやフィンテック、ゲーミング領域は競合も多く、コストカットが事業の延命と成長の鍵になります。
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