IBMのゲイリー・コーンが語るAIの次の段階について
近年、生成AI(Generative AI)をはじめとする人工知能(AI)の技術革新が急速に進み、多くの企業や経営者がその可能性と課題について注目しています。特に米国の老舗テクノロジー企業であるIBMは、創業から100年以上の歴史を有し、AI研究の長い実績をもつ企業のひとつとして知られています。IBMの副会長であり、元ゴールドマン・サックス幹部・ホワイトハウス経済顧問でもあったゲイリー・コーン氏(Gary Cohn)は、金融界と官界、そしてテック企業という複数の視点からAIの進化・導入・社会的インパクトを捉えており、その発言には示唆が多く含まれています。
本記事では、ゲイリー・コーン氏が語ったAIの“次のフェーズ”を中心に、企業におけるAI活用の意義や生産性への影響、さらには規制面での論点などについてわかりやすく解説します。具体的な事例や引用を交えながら、専門性と分かりやすさを両立させることを目指します。
1. AIの進化とIBMの取り組み
1-1. AI研究の歴史的背景
AI研究は近年大きく注目を浴びていますが、実は50年以上にわたり継続的に取り組まれてきました。IBMはその黎明期からAI技術を探求してきた企業の代表格であり、チェスの世界王者ガルリ・カスパロフ氏に勝利した「ディープ・ブルー」やクイズ番組『ジェパディ!』で人間のチャンピオンに勝利した「ワトソン」など、象徴的なプロジェクトが知られています。
コーン氏も「IBMは機械学習を含むAI技術を数十年前から研究してきたが、当時は必要なデータを事前に大量に入力しなくてはならなかった」という趣旨の発言をしています。以前のAIは、リアルタイム検索が難しく、クローズドなデータベースに依存したルールベースのアプローチが主体でした。しかし現在のAIは大規模言語モデルを活用し、オンライン上の多種多様な情報を瞬時に取り込み回答できるなど、格段に進化しています。
1-2. AI活用の進化:汎用から特化型モデルへ
近年のチャットボットや大規模言語モデル(LLM)のブームでは、OpenAIやGoogleが提供する「なんでも答えてくれる」汎用型AIが話題を集めています。しかしコーン氏は、「企業がビジネスで必要とするのはより小規模で特化型のAIモデルであり、そこにこそ現実的かつ効率的なソリューションがある」という趣旨を強調しています。
例えば、IBMがHR(人事)部門の問い合わせ対応に導入したチャットボットでは、従業員が必要とする各種書類の発行や手続きの案内を自動化しました。これにより600人分の人事担当者の工数を削減し、彼らを別の戦略的タスクに再配置できた上、従業員満足度の向上も実現できたとのことです。こうした「スモールモデルによる限定的機能の自動化」は、導入コストと効果がバランスしやすいため、今後もさまざまな企業に普及する可能性が高いと考えられます。
2. AIの有効活用とビジネス上の課題
2-1. コード変換やシステム統合への応用
特化型AIモデルのメリットは、一定領域の作業を効率化することです。コーン氏は特に金融業界のレガシーシステムの統合を例に挙げ、「従来はさまざまなプログラミング言語で組まれたシステムを統合する作業が膨大だったが、AIによるコード変換ツールを使うことで、短時間で安全かつ正確に移植が可能になる」と説明しています。
銀行などの大規模金融機関は長年、ニーズに応じて部分的に開発を重ねてきた結果、内部システムが複雑化・断片化していることが多々あります。これをゼロから置き換えるには莫大なコストと時間がかかりますが、AIが「橋渡し」をすることで、よりスムーズかつ低コストなシステム統合が期待できます。
2-2. イノベーションへの投資と競争の加速
一方で、コーン氏は「大手企業は大規模な資本投下を行わざるを得ず、投資時点での技術がすでに将来のバージョンに追い抜かれるリスクもある」と指摘しています。AIやクラウド、量子コンピューティングなどを支えるデータセンターの建設やチップの性能向上は目覚ましいスピードで進むため、企業は最新技術を追求しながらも、次々に到来するアップデートへの柔軟な対応が欠かせません。
コーン氏は「5年後には量子コンピューティングが産業利用される可能性がある」と言及しており、最先端技術への投資を見送るわけにはいかないジレンマを指摘しています。投資を先延ばしにしている間に競合他社が先行すれば、その企業は市場で競争力を失う恐れがあるからです。このようにAI時代においては、「未来を見据えた機動的な投資戦略」が経営者に求められます。
3. AIと生産性向上の可能性
3-1. AIは雇用を奪うか?
AIの普及に伴い、「雇用が大量に奪われるのではないか」という懸念がしばしば取り沙汰されます。しかし、コーン氏はこれを過剰な悲観論と一蹴します。過去の技術革新の歴史を振り返れば、蒸気機関や内燃機関、インターネット、メールなど、新技術の登場は一時的には特定の仕事を減らしても、それ以上に新たな雇用や市場を創出してきました。
実際、IBMのHRチャットボットの導入事例でも、人事スタッフが削減されたというよりは、彼らが「より価値の高い業務に再配置された」という形に近いといいます。単純作業や煩雑で不人気なタスクをAIが肩代わりすることで、人間は創造性やコミュニケーション、戦略設計などに時間を割けるようになる、というのがコーン氏の主張です。
3-2. 生産性とGDP成長
コーン氏は「より少ない労働力で同等またはそれ以上の生産高を生み出すことは、GDP成長の本質的な要素だ」と述べています。AIによる業務自動化やコスト削減、そしてイノベーションの加速は、結果的に生産性と経済成長の向上につながるという考え方です。
ただし、この効果はすぐに統計上の生産性指標に反映されるわけではなく、「進化(Evolution)であり革命(Revolution)ではない」とも強調しています。インターネットや電子メールが普及した際も、即座に生産性が急上昇したわけではなく、活用方法が浸透するにつれて徐々に効果が現れたという過去の事例があります。AIも同様で、企業の組織構造や業務プロセスの変革がある程度進んだ先に本格的な成果が出ると予測できます。
4. AI規制の問題と今後の展望
4-1. 規制が必要な領域と不要な領域
AI技術の高度化と普及にともない、規制の在り方に注目が集まっています。コーン氏は「現在すでに規制がある業界でAIを用いるならば、当然AIの活用自体も規制の枠組みの中に入るべきだ」と述べています。たとえば、医療分野の診断支援AIや金融サービスの審査プロセスに関わるAIは、既存の規制体制との整合性が不可欠です。
一方で、音楽ストリーミングサービスのレコメンドなど、利用者の利便性に寄与しつつも社会的リスクの低い領域まで画一的に厳格な規制を導入すると、イノベーションが阻害される恐れがあります。コーン氏は、規制の濫用ではなく、必要性とリスクに応じた柔軟な運用が大切だと指摘しています。
4-2. 大手プラットフォーマーとスタートアップ
AI市場の競争構造においては、大規模な投資能力を持つプラットフォーマー(いわゆる“メガテック”企業)が主導権を握りやすいと考えられます。コーン氏は「大手企業には莫大なベンチャー投資枠があり、有望なAIスタートアップを吸収していく流れがある」と指摘しています。
一方、かつてのFacebookやGoogleのように、スタートアップが独自のサービスで急成長し、やがて業界をリードする“新たな巨人”に変貌するケースもあり得ます。AIがまだ“次のステージ”へ向かっている過程であるからこそ、規制当局や投資家は、巨大企業の寡占化とイノベーションのバランスをどう保つかを慎重に検討する必要があるでしょう。
ゲイリー・コーン氏の議論を通じて浮かび上がるのは、「AIは既存業務を最適化し、新たな仕事を創出するとともに、経済全体の生産性を引き上げる大きな可能性を秘めている」という点です。企業経営者は、AIによる自動化が単なるコスト削減策にとどまらず、従業員がより創造的かつ戦略的な仕事に時間を割けるようになる好機と捉えるべきでしょう。
同時に、競争力を確保するための投資は避けられないものの、その投資先やタイミングに対しては常に技術の進化スピードや将来的なバージョンアップを見据えた判断が求められます。また、規制面では、医療・金融のように社会への影響が大きい分野には厳格な枠組みを維持しつつ、イノベーションを促進できるよう柔軟な制度設計が望まれます。
AIの“次のフェーズ”とは、単なる汎用モデルの普及だけでなく、用途に合わせた特化型モデルの広がり、そして「量子コンピュータとの融合」にまで視野を広げた総合的な技術エコシステムの構築を意味しています。コーン氏が予測するように、今後5年程度のうちに大きな飛躍が現実化するかもしれません。企業や個人がこの変化をどう受け止め、どのように活用するかは、各々の戦略と行動にかかっています。
技術が進むからこそ、仕事の在り方や社会の仕組みも変わっていく――その過渡期にある今こそ、今回紹介したゲイリー・コーン氏の示唆を一つの指針として、私たち一人ひとりが未来を構想し、新しい価値を生み出す時代を切り拓いていく必要があるといえるでしょう。
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