「AI時代の“良いクエスト”とは何か?」──Founders Fund流・キャリアと起業の意思決定術
AIブームのど真ん中にいると、起業やキャリアの「クエスト選び」がどんどん難しくなります。
LLMのAPIをつなげば、週末ハッカソンでもそれっぽいサービスは作れる。資金も集まりやすい。だけど、本当にそれは、自分の人生の「良いクエスト」なのか?
Anduril共同創業者であり、Founders Fundのパートナーでもあるトレイ・スティーブンスは、この問題をとてもシンプルかつラディカルに語ります。
キーワードは「2×2マトリクス」と「レベル100の人材をどこに割り当てるか」。
以下では、彼の発言をもとに、AI時代における「良いクエストの選び方」を整理してみます。
1. AI時代の歪み──「難しいこと」より「つまらないこと」が簡単になっただけ
スティーブンスは、AIの本質的な歪みをこう整理します。
「AIの歪みは、“難しくて面白いこと”ができるようになったことより、
“つまらしくて大して難しくもないこと”が、やたら簡単にできるようになったことにある」
いま多くの若い起業家がやっているのは、いわば「ホワイトボード起業」です。
ホワイトボードに100個くらいアイデアを書き出し、その多くは、「LLMのAPIをつないで、特定用途を自動化する」ようなもの。
その結果、
同じようなカテゴリに十数社が一斉に参入する
どれも「それなりに良いサービス」で、誰かはお金を儲ける
しかし、人類全体から見ると「その人材がそこに使われる必然性はあるのか?」が曖昧なまま
という状況が生まれます。
スティーブンスは、ここでD&D(ダンジョンズ&ドラゴンズ)の比喩を持ち出します。
「テックエコシステムの人を、D&Dのキャラクターだと思ってみよう。
レベル100のウィザードたちが“AIスロットマシン会社”ばかりに行ってしまったら、半導体製造や、本当に人類を前に進めるクエストは誰がやるのか?」
AIは、「安易だけど儲かりそうなクエスト」に人材を吸い寄せてしまう。
だからこそ逆に、クエスト選びでは「機会費用」を正面から見ないといけない、というわけです。
2. 「気持ち」と「実際の善悪」を分ける──2×2マトリクスで考えるクエスト**
スティーブンスがよく使うフレームが、「Feels good / Feels bad × Is good / Is bad」の2×2マトリクスです。
Feels good × Is good
EdTech、ヘルスケア、教育格差の解消など。
みんなが「気持ちいいし、良いことだよね」と同意できる領域。Feels bad × Is bad
殺人、詐欺、明確な違法行為。ここは議論の余地なくNG。Feels good × Is bad
ギャンブル、ポルノ、ドラッグなど「快楽産業」。
当事者にとっては気持ちいいしビジネスとしては儲かるが、社会全体では依存や破壊をもたらしうる領域。
スティーブンスは、ここを「ヘドニズム」と呼び、「フェンタニルが合法なら、それを売る巨大企業が生まれるだろう」と極端な例で説明します。
この象限は、市場に任せれば必ず巨大化するので、政策(規制)でしか抑えられないと指摘します。Feels bad × Is good
ここに、彼は自分の仕事である防衛テックを置きます。
軍事・治安維持・子どものしつけ・法と秩序の維持など、多くの人が「なんとなく嫌だ」「カッコ悪い」と感じがちだけれど、社会の安定や弱い立場の人を守るために不可欠な領域です。
「これは“やりたくてやる”というより、“やらなきゃいけないからやる”タイプのクエストだ」
AI時代にクエストを選ぶとき、この2×2で一度立ち止まることは有効です。
「みんなが称賛してくれるし気分もいい」だけではなく、
それが本当に“Is good”側かどうかを問い直す視点が重要になります。
3. 「AI彼氏/故人の再現」はどちらの象限か──人間関係への長期的影響
AI時代ならではの「クエスト」としてスティーブンスが挙げるのが、
故人をAIで再現するサービス
AIコンパニオンや恋愛チャットボット
のような領域です。
彼自身、父親をアルツハイマーで亡くしており、
「正直、また父と話せるならすごくうれしい。
車を買うときも、本当は父に相談したい」
と、個人としてはその価値を認めています。
一方で、彼が真剣に懸念しているのは、「人間同士の関係がどう崩れるか」です。
オンラインデーティングですでに起きている変化を、彼はこう説明します。
かつての出会い:学校・職場・教会など、有限なコミュニティ内での相互理解
マッチングアプリ以後:
「身長180cm以上の男性が“いいね”の8割を持っていく」ような、極端に浅い指標での選別が起きている
その結果、歴史的に見ても危険な「若い、不安定で、未婚の男性」が社会に大量に生まれ、「インセル(非自発的独身者)」という層が膨らんでいると指摘します。
ここにさらに、
AIで故人と話せる
AI彼氏・彼女とだけ付き合えば、低リスクかつ自尊心も常に満たされる
という選択肢が加わると、
「現実の人間関係よりも、衝突も少なく、承認してくれるAIの方が楽になる。そのとき、出生率や社会の安定性はどうなるのか?」
という問いが生まれます。
この領域は、Feels goodだがIs goodかどうかがまだ判定できないグレーゾーンです。
だからこそ、単に「ニーズがあるから作る」「儲かるからやる」ではなく、
長期的な社会影響まで含めてクエストを設計できるかが問われます。
4. 防衛テックという「気持ち悪いけど必要なクエスト」──Andurilの立ち位置
防衛テックは、シリコンバレーでは長らく「タブー」に近いテーマでした。
Googleが、米国防総省との「Project Maven」契約を取りやめたとき、数千人の社員が抗議の署名をしたことは象徴的です。
しかし、ワシントンD.C.では、事情が逆です。
国防予算法(NDAA)は超党派の大差で通過する、ほぼ唯一の大型法案
自律兵器やAI兵器に関する議論も、防衛コミュニティでは10年以上続いている
「Andurilはワシントンではほとんど逆風がなかった。
逆風は主に、採用やシリコンバレー側の文化にあった」
スティーブンスは、防衛テックを「Feels bad × Is good」に置きながら、
単なる軍拡ではなく「正しい戦争理論(Just War Theory)」をどうアップデートするかという文脈で語ります。
自律防空システム(例:接近するミサイルを自動迎撃する艦載機関砲)
特殊部隊による限定的な人間の投入
それ以外の多くを、低コストな無人機・水中ドローン・地上自律車両で代替
こうした方向性は、「人間の犠牲を最小化しつつ、抑止力を維持する」ための技術クエストだと位置づけられます。
AI時代の「良いクエスト」を考えるとき、「気持ちよさ」ではなく「人命と秩序の保全」という観点で見直す必要がある、と彼は一貫して主張しています。
5. 投資家としての視点──「カテゴリ」ではなく「クエストと創業者の物語」を見る
スティーブンスは投資家としても、「良いクエスト」を見極めるためのいくつかのルールを挙げています。
5-1. コンセンサス市場を避ける
Founders Fund の基本スタンスはシンプルです。
競合だらけの「ホットなカテゴリ」は基本スキップ
「コンペティションは負け組のゲーム(competition is for losers)」という0→1の思想
それでも参入する場合は、「カテゴリ」ではなく創業者そのものに賭ける
たとえば、AIエージェントの Cognition へ投資した際も、内部では「ここまで競争が激しい領域に入るべきか」という激しい議論があったそうです。
最終的には、
「この創業者なら、哲学的な原則を曲げてでも賭ける価値がある」
という結論に至った、と語っています。
5-2. 「起業の物語」があるか
スティーブンスが最初に必ず聞く質問は、
「あなた自身の話と、この会社の起源の物語を教えてください」
です。
「ビジネススクールで同級生と100個アイデアを出して、一番早く会社になりそうなものを選びました」
「LLMを使えばすぐ作れそうで、市場も大きそうだったので」
といった“ホワイトボード起業”は、他者の欲望をなぞっただけの模倣的クエスト(ミメティック・ライバルリー)になりがちです。
一方で、
「〇〇の現場で10年苦しんだ結果、この問題だけは解きたいと思った」
「ある出来事がきっかけで、この領域に人生を賭けると決めた」
といった物語には、その人にしかできない固有性が宿ります。
Founders Fundは、この「物語の強度」こそが、長期的なクエスト完遂能力と結びつくと見ています。
6. 結論──レベル100の自分を、どのクエストに投下するか
AI時代は、「起業が簡単になった時代」ではなく、「安易なクエストが無限に増えた時代」とも言えます。
だからこそ、トレイ・スティーブンスの問いは、起業家だけでなく、キャリアに悩むすべての人に突き刺さります。
そのクエストは、「Feels good」だけでなく「Is good」か?
自分という「レベル100キャラ」を、その戦場に出す必然性はあるか?
10年後、「あのときAIのスロットマシンじゃなく、こっちを選んでよかった」と胸を張れるか?
AIは、つまらないことを簡単にしてくれます。しかし、「どのクエストを選ぶか」という根本の判断は、依然として人間の仕事です。
スティーブンスの言葉を借りれば、「人類全体というD&Dパーティーの中で、自分というキャラクターをどこに配置するか」を、一度じっくり考えてみる価値があるのではないでしょうか。
