AIバブルか関税ショックか?企業の「レシート」から読む、真のリスクとチャンス
生成AIと関税――一見バラバラな2つのテーマですが、いまの経済を理解するうえで「共通の落とし穴」があります。それは、見出しや語られるストーリーと、「実際にお金が動いている場所」がズレているという点です。
企業のコーポレートカードや経費精算を手掛けるフィンテック企業Ramp(ランプ)のエコノミスト、Ara Karasianは、自社の支出データをもとに「AIブーム」と「関税」の実態を可視化しています。本稿では、ポッドキャストでの彼の発言をもとに、投資家・経営者が押さえるべきポイントを整理します。
1. AIブームはバブルか?「Ramp AI Index」が示す実需
1-1. 見出しではなく「支出」でAIを測る
NVIDIAの時価総額が5兆ドルを超え、日本の株式市場全体に迫る――そんな象徴的なニュースが飛び交うなかで、誰もが気にしているのは「これはバブルなのか?」という問いです。
Karasianの立場はシンプルです。
「本当に知るべき指標は、“企業がいくらAIにお金を使っているか”です」
Rampは、スタートアップからフォーチュン500までの企業のカード決済や経費精算を一括管理するプラットフォームです。研究者である彼は、単なる決済総額ではなく、
どのベンダーに
いつ・いくら
どのような用途で
支出しているかを、領収書の行レベル(line item)で把握できます。これをもとに構築したのが「Ramp AI Index」です。
このインデックスから見えているのは次のような姿です。
2025年時点で、Ramp利用企業の約40%が「意味のあるAI契約」を保有
AI契約の更新率(リテンション)は2022年の約50%→2024年には約80%へ上昇
平均契約規模は来年には100万ドル前後に達する見通し
単発の「お試し」ではなく、契約更新と契約金額の増加が続いている、というのがポイントです。
1-2. 政府統計「採用率9%」とのギャップ
一方で、米政府の統計では「AIを使っている企業は9%」という数字が出ています。この巨大な差について、彼は統計の“設計ミス”を指摘します。
政府調査で企業に投げかけられる質問は、
「過去2週間に、AIを使って財やサービスを生産しましたか?」
というものです。
経済学的には筋が通っていても、現場感覚からすると問題があります。
工場でAIを組み込んだロボットが動いているようなイメージに引きずられ、
「うちはそんな高度なことしていない」と回答しがち実際には
カスタマーサポートのチャットボット
エンジニアのAIコーディング支援
経理のAI自動仕訳
といった形で「生産」に深く組み込まれているのに、それをAI活用と認識していない
さらに、Rampのインデックスですら「過小評価」になっている可能性があります。なぜなら、ここで追えるのは有料契約だけであり、
Google Workspaceへ無料で組み込まれたGemini
個人アカウントで使われるChatGPT無料版
といった“タダ乗り型の利用”はカウントされていないからです。
Karasianは、政府データ全般には肯定的でありつつも、この設問に関してはこう断言します。
「この質問は、いまのAI利用の実態に追いついていません」
2. 誰がAIの恩恵を受けるのか――契約と継続率に注目
2-1. 大企業と中小企業で異なる活用の深さ
AIの恩恵をもっとも早く、深く受けるのはどの層なのか。
大企業・テック企業
専任のエンジニアチームが、AIによるコード自動生成やレビューを大規模に導入
コンタクトセンターでのチャットボット・音声ボットなど、顧客対応の一部をAIに置き換え
中小企業・非テック企業
飲食店がAIでSNS投稿やチラシの文案を作成
小さなチームがAIで資料作成やリサーチを効率化
前者は、業務プロセスの中枢にAIを組み込み、後者は、バックオフィスやマーケティングの「薄い層」から導入するイメージです。GDP統計にドンと乗るようなインパクトはまだ限定的でも、企業単位では着実に生産性向上が起きつつあります。
2-2. 「バブル判定」に使える2つの数字
では、どんな数字を見れば「AIバブルが崩れつつある」と判断できるのか。
Karasianは2つのシンプルな指標を挙げます。
契約の平均単価(契約サイズ)が縮小に転じる
AIツールの継続率(リテンション)が低下する
企業は基本的に「効いているソフトウェアには金額を積み増し、効いていないものは更新しない」からです。
現時点のRampデータでは、
契約金額は拡大
継続率も上昇
という「実需が着いてきている」状態にあります。
インターネットバブル期と違い、今回は「ちゃんと売上を上げているAI企業が多い」点が決定的な違いだ、と彼は指摘します。
3. 関税はなぜインフレを引き起こしていないように見えるのか
AIと並んで、2020年代半ばの大きなテーマとなっているのが関税の大幅引き上げです。
教科書的には「関税=輸入コスト増=物価上昇・成長鈍化」のはずですが、足元のインフレ率や成長率には、劇的な変化はまだ見えません。
Rampの請求書データを見ると、その理由が見えてきます。
3-1. 請求書に乗っている関税は“まだ薄い”
Rampの企業データでは、
関税行(import/export duty)が含まれる取引の比率が
かつては約1.4%
足元でも約3%程度
とされています。確かに倍増はしているものの、直感的にイメージする「関税ショック」ほどのボリュームではありません。時間軸で見ても、
新しい関税が発表されたタイミングに「垂直の段差」が出るわけではなく、
じわじわと、数カ月〜数年かけて比率が上昇しているにすぎない
ことがわかります。
3-2. 「発表」と「実際に払う」までの長い距離
このギャップの背景には、いくつもの摩擦と迂回ルートがあります。
既存の自由貿易協定との整合をとるまで、実務運用が進まない
税関や港湾で、どの品目にどの税率を適用するかの現場オペレーションが追いつかない
企業側も、
生産拠点を他国へ移す
「関税の低い国」を経由して再輸出する
など、合法的な仕向地変更や品目分類の工夫で負担を軽減しようとする
その結果、関税率のヘッドラインが大きく変わっても、「請求書に実際に乗る関税」はゆっくりとしか増えないのです。
インフレや成長への影響も、ヘッドラインから想像するよりずっと遅れて出てくる可能性が高い、というわけです。
4. 「雰囲気」と「実態」を見分けるためのチェックリスト
AIと関税という、一見異なる2つのテーマに共通するのは、
“ニュースで語られるストーリー”と、“企業の支出・請求書に現れている現実”は必ずしも一致しない
という点です。
投資家・経営者が取るべき視点として、Karasianの分析からは次のような示唆が得られます。
AIについて
時価総額やSNSの盛り上がりだけでなく、
契約金額は増えているか
更新率は高いか
をKPIとして見る
無料・試用レベルの利用も含め、「どこまで業務プロセスに食い込んでいるか」をチェックする
関税について
政治のヘッドラインだけで一喜一憂するのではなく、
サプライチェーンの再編(生産拠点や物流経路の変更)
実際の請求書に現れる関税行の増減
に目を向ける
Rampのような支出データを用いた分析は、「いま話題になっていること」がただの“雰囲気”なのか、“実際にお金が流れているトレンド”なのかを区別するための強力なツールです。
AI投資も、関税リスクも、最終的に問われるのはただ一つ――
「それは、誰のお財布から、どれだけ長くお金を引き出し続けられるのか」
という実務的な問いなのだ、と改めて気づかせてくれます。

