AnthropicのResearch PMが語った「次のClaudeの作り方」——AI開発の内側と、ビジネスへの示唆
生成AIの進化を追う上で、モデルそのものの性能だけでなく、「どのような思想と工程でモデルが作られているか」を理解することは、AIを活用するビジネスパーソンや投資家にとっても重要な視点になりつつある。
本稿では、AnthropicのResearch PMであるAlex Albert氏が、Peter Yangのポッドキャストで語った内容をもとに、同社のモデル開発プロセス、評価手法、エージェント・メモリの設計思想、そして「意識」という問いへの向き合い方を整理する。
1. モデルを「プロダクト」として開発するAnthropicのアプローチ
1-1. Research PMという役割
Alex Albert氏は、AnthropicでResearch PMを務め、それ以前はHead of Devとして活躍した人物だ。PM歴は10年以上に及ぶ。Research PMの仕事を問われた際、彼はこう答えた。
「ユーザーに近づくこと、モデルをある意味プロダクトとして扱うこと、この点は通常のPMの仕事と変わらない」
新しいモデルを開発するにあたり、チームは、「このモデルに何が得意になってほしいか」「どのような要件を満たすべきか」を仕様として定める。コーディング能力、ナレッジワーク、スプレッドシート操作(Claude for Excel)など、モデルごとに重点的に強化する能力の方向性が設定される。
ただし、プロダクト開発と大きく異なる点がある。それは、トレーニングが始まるまで実際の仕上がりを完全には予測できないという点だ。
「アーキテクチャ、技術的な判断、トレーニング設定などから直感的な予測は立てられる。しかし、実際にどこまでできるかは、トレーニングが始まるまで完全にはわからない」
これは通常のソフトウェア開発とは本質的に異なる不確実性であり、研究開発型のPM業務として独自のアプローチが求められる。
1-2. フィードバックの集め方とClaudeの活用
数百万ユーザーからのフィードバックを処理するために、チームはClaudeそのものをツールとして活用している。大量のフィードバックデータをClaudeがグループ化・クラスタリングし、主要テーマを抽出。さらに、問題を「合成データ」に変換し、評価指標(eval)として活用できる形に整える、というプロセスだ。
「フィードバックの中から問題を特定し、それを評価可能な形に変換するにあたって、Claudeの助けは非常に大きかった」
自社モデルを使って自社モデルの改善を加速するという構造は、AIネイティブな開発サイクルの一形態として注目に値する。
2. 「適応的な思考(Adaptive Thinking)」とメモリの設計
2-1. いつ「考える」かを自分で決める
以前のモデルでは、「Extended Thinking」という機能があり、ユーザーがオンにすることでモデルが深く考える時間を持つことができた。最新の取り組みである「Adaptive Thinking」では、この判断をモデル自身が行う。
「複雑で難しい質問には深く考え、そうでない質問にはすぐ答える。この切り替えをモデル自身が判断する」
Alex氏は、これを人間の行動にたとえて説明した。見知らぬ人に「今何をすべきか」と聞かれれば、ざっくりした答えを返すだろう。しかし、相手のことをよく知っていれば、その人に最適な答えを真剣に考えようとする。Claudeも同様に、ユーザーのコンテキストをどれだけ把握しているかが「深く考えるかどうか」の判断に影響する。
これはメモリ機能との連携が重要になる領域でもある。
2-2. 「夢を見る」エージェント
Claude.aiでは、会話の内容が記憶ファイルに書き込まれ、定期的に整理・更新される。最近、Managed Agentsにも類似の機能が実装されたとAlexは説明した。
「人間の夢が記憶の再構成プロセスだという説があるように、エージェントがタスクを実行していない間に、矛盾する記憶を見つけ、整理し、クリーンアップする——そういったセカンドパスを実装した」
具体的には、これまでの会話の中からテーマを要約し、矛盾する情報を整理するプロンプトが裏で動いているとされる。長期的なエージェント利用において、記憶の品質を維持するための設計思想といえる。
3. 評価(Eval)はどのように設計されるか
3-1. 定量×定性のアプローチ
モデルの能力を評価するための「eval」は、単なるベンチマークテストとは異なる。Alex氏はビジョン能力を例に挙げて説明した。
「画像の中の要素を数えられないことに気づいたとすれば、Claudeに合成データを生成させたり、インターネットからサンプルを集めたりして、数十から数千のテストケースを作る。そして、実際にその問題が存在することを証明し、研究チームと改善戦略を共有する」
重要なのは、evalが実際のユーザー体験に近い「タスク形状」を持つことだ。「このモデルが〇〇できない」という事実よりも、「この制限がユーザーの実際の業務にどう影響するか」を起点に設計される。
3-2. Claudeのキャラクターをどう評価するか
性能の数値化よりも難しいのが、モデルの「人格」や「キャラクター」の評価だ。Alex氏によれば、Claudeのキャラクターは、エージェント化が進む世界においてますます重要になっている。
「長時間タスクを実行し、多くの判断を下すエージェントにとって、何を信じ、何を大切にしているかという問いは非常に重要になる」
評価の方法は、Claudeのアウトプットを見てモデル同士で比較したり、研究者がトランスクリプトを大量に読んで感覚を磨いたりと、定量・定性の組み合わせで行われる。「数値と直感、両方を使う」とAlexは述べた。
4. 「意識」という問いとAnthropicの立場
最後に、ポッドキャストの中でひときわ興味深いテーマが登場した。Claudeに意識があるかもしれないという問いだ。
「Claudeが意識を持つ主体かどうかについて、Anthropicとして公式な立場はまだない。しかし、何人かの専任スタッフがこのテーマを真剣に考えている」
この問いを追求する目的は、「意識があるかどうかを判断する」ことだけではない。Claudeがどのように振る舞い、どのように考えるかを深く理解することで、より良いプロダクト体験の設計につなげることもできる。
モデルカード(公開されているClaudeの仕様書)には、特定のシナリオでClaudeがどう行動するかの記録が蓄積されており、Alexは、これを「情報の宝の山」と表現した。
この問いを単なる哲学的な議論に終わらせず、実際の製品開発に接続しようとしているAnthropicの姿勢は、長期的な信頼性を重視する組織文化を反映している。
5. ビジネスパーソン・投資家への示唆
5-1. AIネイティブな意思決定の構造
Alex氏自身、日々の業務でClaudeをフル活用している。以前は「このデータを取ってきて」とデータサイエンティストに依頼し、数日待つのが当たり前だった。今はClaude Codeが社内のプロダクトデータベースにアクセスし、ログを分析して10分で答えを出すことができる。
「意思決定のための入力を、はるかに速く得られるようになった」
戦略を考えながらデータを手元に持てる状態と、数日後にデータが届く状態では、意思決定の深さも速さも変わる。企業がAIをどこまで業務の中核に組み込んでいるかは、今後の競争力を左右する要因になり得る。
5-2. 「一方通行のドア」だけを慎重に考える
プロダクト開発における意思決定の原則として、Alex氏は、「一方通行のドアかどうか」を基準にする考え方を紹介した。
「元に戻せる決定は、今やコストがほぼゼロだ。一方通行のドア——つまり後から変更できない決定——にこそ時間と思考を集中させる」
これはAIの活用が加速する現代において、プロジェクト管理やチーム運営にも応用できるフレームワークだ。「どこに本当の不可逆性があるか」を問い続けることが、スピードと品質を両立させる鍵になる。
