『宇宙兄弟』完結。 社会人2年目から18年間、モノづくり現場の私を支え続けた「失敗の価値」
ついに最終巻となる46巻が発売、堂々の完結を迎えた漫画『宇宙兄弟』。

連載が始まった2007年の冬は、私が大学院を卒業して大手の化学メーカーに技術系総合職として入社した翌年だった。当時は、最初の配属先だった工場で生産技術職として、現場で泥臭くトラブルと向き合う日々を送っていた。
まだ工場の現場に院卒の技術者が珍しい時代、泥臭い作業の中に理論の筋道をたて、モノづくりを理論的に理解し、生産性を改善することがミッションだった。
当時、職場の同期から「かなり熱い漫画がある」と勧められたのがこの作品との出会い。
「『宇宙兄弟』っていうんやけど」
「何そのタイトル?」
そんな何気ない会話を交わしたのを今でも思っている。
しかし、いざ読んでみると、この物語は技術職をしている自分の心に刺さる刺さる……。宇宙飛行士という雲の上のような世界(上手いこと言ったみたい…)を描きながらも、その本質は「泥臭い技術者たちが意地と情熱で現実の壁を一つずつ突破していく姿」だったからです。
本当に面白く、示唆に満ちていて、何より技術者として働く自分を全肯定してくれるような、そんな話だった。
それから十数年。職場は工場から研究所、そして都会のオフィスへと変わった。工場の生産現場から、研究開発、現場担当から研究のリーダー、事業企画など、職場や立場を変えながらモノづくりの現場に携わってきた約20年。その時々に物語の中の言葉が寄り添ってくれた。
宇宙兄弟が教えてくれる失敗との正しい付き合い方
作中であったエピソードで共感していたエピソードで、今でも若手を教育する上での指針として大切にしている考え方があります。
それが、作中の「キャンサット(模擬人工衛星)競技」のシーンで、主人公のムッタが見せてくれた「失敗に費やすコストの考え方」です。
会社に新しく入ってくる若いメンバーを見ていると、時折「失敗は恥ずかしい」「ちょっとした失敗も許せない」と、ガチガチに萎縮している人に出会うことがあります。
失敗を恐れて絶対に安全な条件だけで計画したり、うまくいっていないから報告資料が作れないなんてことを言われたり…。
でも、技術の世界において「失敗の価値」を知らないことは、大きな損失だと私は思います。失敗を知らない人のデータほど信頼できないものがないとすら思います。
会社から「大きなお金」と「限られた機会」を預かって動くプロの技術者にとって、仕事は「奇跡の一発成功を祈るギャンブル」であってはなりません。
どれだけ緻密に計算しても、現実の物理現象や現場のトラブルは、必ずこちらの想定をはみ出してくるもの。実験の現場で起こるトラブルは失敗で済みますが、実際の生産現場で起これば人命に関わる事故の可能性すらある致命的な問題。開発の現場には、これらを未然に防ぐための試行錯誤が必須なのです。
その時の事象だけ見れば失敗ですが、開発の重要要素なのです。失敗をたくさん乗り越えて出来たものは良いものである。失敗にコストをかけることには価値があるのです。
シリコンバレー風に語る、ムッタの教え
私は今、若手教育や研修などの場でコメントを求められるとき、少し格好をつけてこんな言葉を使うようにしています。
"Fail Fast, Fail Cheap, Fail Smart"
(早く、安く、賢く失敗せよ)
シリコンバレーでよく使われる言葉ですが、私の中ではシリコンバレーよりも『宇宙兄弟』が頭に浮かんでいる。
Fail Fast(早く):一発の完璧を狙って抱え込まず、まずは早く動かしてバグを出す。
Fail Cheap(安く): 致命傷になる前に、あらかじめ想定した予算の範囲内で収まるような小さな実験(検証)を重ねる。
Fail Smart(賢く):ただの不注意なミスではなく、あらかじめ張っておいた考察の網に引っ掛け、次の成功に直結する「限界の境界線」のデータを回収する。
技術者としての真の強さは、打率10割を目指すことではありません。「どう転んでも、最終的にきっちり最適解に着地させるためのシナリオ(分岐ルート)を何本用意できるか」にあります。
計画的に失敗を折り込み、限界を見極める実験を重ねながら、限られた手数の中で最適解を探す。これこそが、大きなお金と機会を預かる上で、技術者が最も意識しなければならない責任の果たし方なのだと思うのです。
完結を記念したイベントの数々
46巻の完結を記念して、今年はさまざまなイベントや企画が目白押しとなっています。
原画展をはじめ、作品の軌跡を振り返る特設サイトの公開、限定グッズの販売など、長年作品を追いかけてきた人はもちろん、これから読み始める人にとっても見逃せない展開が盛りだくさんです。
あの頃ムッタたちが流した汗や、技術者たちの情熱をリアルに体感できる機会になると思いますので、気になる方はぜひ公式情報をチェックして、会場に足を運んでみてください。
おわりに
社会人2年目に出会って18年半。46巻分の壮大な物語は、モノづくりの現場で歩んできた私のキャリアにおいて、常に揺るぎない指針であり、一生の教科書でした。
現場で汗を流す全ての技術者を肯定し、前を向く強さを与えてくれた小山宙哉先生と『宇宙兄弟』に、心からの感謝を込めて。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
まだ読まれていない方はぜひ手にとって頂ければと思う名作です。
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