【実録】24時間の交換日記(後編)
【舞台背景と登場人物】
■本村 準:体験談の共通語り手 (わたし本人です)
■南 知佳:大谷市の工業高校へ通う建築科の女子生徒
■藤井 綾華:夜間部の級友、お姉さん気質
■島山県 大谷市:県都、盤州地方の最大都市
■大谷工業高等学校:全日制と定時制を併せ持つ歴史ある工業高校
■島山県 立花市:古い町並みを残す県内第二の都市。企業城下町としての顔を持つ。
【前回のあらすじ】
建築士を目指し、定時制高校の夜間部に通い始めた俺
ある日、昼夜で共有している机の上に、全日制の女子生徒からのメッセージが残されていた。
ほんの些細な落書きから始まった、顔も知らない彼女との言葉のやり取りは、いつしか毎日の密かな楽しみとなっていた。
顔もはっきりとは分からないまま、俺の中での彼女の存在は日に日に大きくなっていった。
■突然の邂逅
ある日、たまたま少し早めに登校した俺は、いつもの教室へ入り自分の席に座っていた。
教室にはクラスの歳上お姉さんである 藤井綾華さんも早目に登校していた。
廊下にはまだ全日制の生徒たちの姿があり、校舎は昼間の熱気を残して賑やかだった。
その時、廊下の方から教室の中をこっそりと窺っている二人の女子生徒がいることに気がついた!
不意に、俺とその女子生徒二人とバッチリ目が合ってしまった。
数秒の間、お互いに見つめ合ったまま時が止まる…。
やがてその二人は
「キャアア!キャハハハ!」
と甲高い声を上げ、廊下を走って逃げていった

今のどちらかが南知佳ちゃんなのか!?
俺は直感で、今の二人がこの机の昼間の主だと悟った!
いつも手紙をやり取りしている相手がどんな男なのか、こっそり確認しに来たのだろう。
「うわぁ、これは結構恥ずかしいな、、」
それにしても、今の二人のうち、どちらの子が南知佳ちゃんなのだろうか?
突然の出来事でとても恥ずかしかったが、二人とも可愛らしい女の子だったので、俺の中ではときめきに似た嬉しさも込み上げてきていた。
事の一部始終を見ていた 歳上お姉さんの藤井さんが話しかけてきた
「本村くん、ねぇ今のは何? あの子たちは誰?」
「いや、何でもないんです!ハハハ」
「ちょっともう!嫌ねぇ、教えてよ!」

このお姉さんに尋問されると、もう言い逃れはできない、、このお姉さんにだけは、事の顛末を知られてしまった。
というよりは 俺の一連の水面下の動きは、最初から藤井さんには全て見透かされていたのだ。
「ふふっ」
藤井さんは俺と目が合う度にニヤニヤするようになった
(こわいなぁ、このお姉さんは…… 絶対に敵に回したらダメな人だよ)
■募る想い
休日を挟んだ後、机の上にまた「手紙あり」の記しがあった。
俺はまたクラスの友達にバレないように手紙を教室から持ち出し、誰にも見られない場所で開いてみた。
正直なところ、先日二人が俺を見に来た後は、もしかしたら嫌われるのではないか…… という不安もあったのだが
本村さん、こんばんは!
この前は突然お邪魔して、ビックリさせてしまってごめんなさい。
でも、いつも手紙を交換している本村さんがどんな人なのか、どうしても気になって見に行ってしまいました。
最近はすっかり冬景色になりましたね、、
毎日お仕事の後に通学するのは本当に大変だと思いますが、風邪をひかないように気をつけてくださいね。
私も負けないように頑張ります。お互いに頑張りましょうね!
とても心温まる内容が綴られていて嬉しくなった。
(ということは、俺は嫌われていないという事か!よし!)
俺も彼女を励ますような言葉を書き連ね、その手紙を机というポストの中に入れた。
彼女からの手紙に書かれている真っ直ぐな言葉の数々が嬉しくて、俺は仕事の昼休みなどに 彼女からの手紙を何度も読み返すようになっていた。

でも、俺は南知佳ちゃんの顔をまともに見たことが無いのだよな…
あの時の二人のうち、どちらが知佳ちゃんだったのだろう?
気づけば俺は、彼女のことで頭がいっぱいになっていた。

■ 冬の足音と揺れる心
ある日の彼女からの手紙には、少し先の未来に対する不安が綴られていた
本村さん、こんばんは!
いつもお仕事と学校お疲れ様です。
もうすぐ冬休みになりますね
冬休みに入ってしまうと、本村さんと手紙の交換が出来なくなってしまうのが少し寂しいかなぁ…
変なことを聞いてごめんなさい!
ずっと前から気になっていた事なのですが…
本村さんって、彼女さんはいるんですか?
(こ、これは…)
突然の彼女からの言葉に感情が揺さぶられ、動揺した。
しかも、そうだった…
学校が冬休みに入れば、南知佳ちゃんとの手紙の交換は否応なしに途絶えてしまうのだ
新学期に再び手紙の交換が始まる保証など、何処にもない…
どうする…
これまで手紙の交換で言葉を交わすうち、俺の心は完全に南知佳という存在に傾き、彼女と会いたいと強く思うようにもなっていた。
なんとかしなければ…
このまま彼女を放ってはおけない。
だが、夜間部で学ぶ社会人の俺が、全日制の女子生徒を誘い出しても良いものか?
しかも彼女は未成年者だ
うぅ、どうすればよい……
心の中で葛藤が続いた。
二人のうち、どちらの子が知佳ちゃんなんだよ?
せめてそれがハッキリ分かれば
俺は授業中もずっと彼女の事を考え込んでいた。

■ 夜の屋上と沈着な助言
この日の4時限目の授業は体育。
定時制高校にも体育の授業があるのだ。
俺はさすがに体育の授業に出る気にはなれず、校舎の屋上で一人夜風にあたることにした。
校舎の屋上で夜景を眺めながら、知佳ちゃんからの手紙を何度も読み返していた
「どうすればいいのか」
そんな自問自答を繰り返す。
その時だ 誰も居ない夜の屋上に誰かが現れた。
静まり返った屋上に靴の音が響く
その人は俺の方へ近づいてくる。
(女性か…… はっ!?)

そこに現れたのは、クラスの歳上お姉さんの藤井さんだった
「藤井さん…?」
「やっぱりここに居たのね」
そう言いながら彼女は俺の隣りへと歩を進めてきた
「私も体育の授業なんてやってられないから、もう帰ろうかと思っていたのよ」
俺の隣で藤井さんは夜景を眺め始めた
二人が無言で夜景を眺める時間が暫く続いた。
ゆっくりとした時間が流れているように思えた。
ふと隣の方へ目をやると、淡い光に映し出される彼女の姿はとても美しく、そして頼もしくも見えた

(なんて美しい人なんだよ…)
俺はこんな素敵な女性が同じクラスの友人なのだと気付くと、改めて藤井さんの存在がとても誇らしく思えてきた。
この人になら何でも話してもよい。
この人なら俺が直面している葛藤を全て聞いてくれるはずだ。
俺は無言で夜景を見つめる藤井さんに切り出した
「藤井さん、実は…」
お姉さんは何も口を挟まずに最後まで俺の話を聞いてくれた。
そして言葉を選ぶように語り始めた
「本村くん そうだったんだね、、キミの様子が変だから、実は私は心配していたんだよ。
キミは本当に純情で、女性に対して責任感のある真面目な人だと思うわ
そんなキミの事を私は好きだよ
でもね、良い人ばかりで居続けるって苦しくない?
時にはがむしゃらに、自分の気持ちに正直にぶつかってもいいんじゃないかな」
「はい、友達からも同じような事をよく言われます。」
「そうねぇ」
藤井さんは続ける
「知佳ちゃんからの手紙の言葉をよく考えてみて
彼女さんは居るのですかって聞かれたのでしょ?
彼女にここまで言わせておいて、キミは腹を括らないの?」
「藤井さん、、俺は!」
「待って!」
藤井さんは俺の言葉を遮るように続きの言葉を話し始めた
「これだけは言わせて!
諦めるなんて、いつだってできる事だよ
でも、今ここで動かなかったら、絶対にキミは一生後悔すると思うよ」
「そうだった!」
この藤井さんからの言葉で、ついに俺は腹を括った!
「藤井さん!やるよ俺!」
ニコリと笑みを浮かべながら藤井さんは言った
「ほら、行きなさい」
「さぁ早く!」
「はいっ!」
屋上を後にしようとした時、藤井さんに大声で呼び止められた
「ねえ!本村くん!今度一緒に飲みに行こう!
知佳ちゃんとの初デートの祝勝会だよ!
楽しみにしてるわよ!」
「はい!!ありがとうございます。」
俺は階段を駆け降り教室へ向かった。
覚悟を決めた俺は無我夢中で知佳ちゃんへの返信を書き始めた!
本村準です
俺も冬休みに入って知佳ちゃんとの手紙の交換が出来なくなるのは本当に辛いです。
それから、俺なんかに彼女なんているわけがないですよ。
正直に話しますが、ずっと知佳ちゃんのことが気になっています。
知佳ちゃんに会いたいです。
もしよかったら、冬休みに入る前に、二人で会う事は出来ないでしょうか?
彼女に会いたいという切実な願いを全力で文面に滲ませたつもりだ。
そしていつものように、机という名のポストへ手紙を投函した!
(やってしまったぞ、あとは返事を待つだけだ)
帰り際に駐車場を見渡すと藤井さんの80スープラの姿は既に無かった。
体育の授業をサボって早退するとは、ほんとにクールな姉ちゃんだよな…
でも、ありがとう藤井さん。

帰路につく車を運転しながら、俺はひたすらに祈っていた
どうか、南知佳ちゃんと会える日が来ますように。
■ 震える鼓動
翌日のことだ。
仕事を終えた俺は、逸る気持ちと鼓動を抑えきれずに車を走らせ、学校へ登校した。
教室に駆け込むと即座に机の奥を探る。
知佳ちゃんからの返信が届いてるぞ!
俺はクラスの仲間に気付かれないよう、また校舎の屋上へと駆け上がり、知佳ちゃんからの手紙を開いた

そこには、彼女の真っ直ぐな想いが記されていた。
本村さんからのお誘い、とても嬉しいです。
手紙を読んで、まだ私は信じられない気持ちでいっぱいです。
でも、本当に凄く嬉しいです。
これは夢ではないのですよね?
じゃあ、今度の金曜日の夜に、私と会ってくれますか?
遂に ここまで来たか、、
もう迷う理由はない
やるしかないのだ。
それからの日々はとても長く感じられた。
極度の緊張感に襲われ食事がまったく喉を通らない日もあった。
仕事に無心で打ち込める時間と、藤井お姉さんとの会話だけが、張り詰めた気を紛らわせる唯一の救いだった。

■ 雪降る夜の校舎
そして遂に約束の金曜日がやってきた。
この日は今冬初の積雪となった
俺は計画通り、いつもより早く会社を早退させてもらい、一旦帰宅して着替えてから学校へ向かった。

今日ばかりは授業に出るつもりはない。
彼女に会う為だけに車を走らせた。
車を運転しながら考えを整理する。
とにかく今日は彼女に会えるだけでも良しとしよう。
そして、彼女は未成年者なので必ず門限前までに送り返してあげる。
この事は必ず守らなければならないと決めていた。
彼女との待ち合わせに指定した場所は、二人が通う学校の敷地内だ。
少し早めに到着した俺は、車を停め外の空気を吸い込んだ
「雪かぁ……」
見上げると、夜空から静かに雪が舞い落ちてきている。
待ち合わせの時間が刻一刻と迫る
「ついに彼女と会う時が来たのだな」
そう思うと、何とも言えない緊張感が全身を包み込んだ。
夜の校舎には等間隔に明かりが灯っている
定時制の生徒しか知らない幻想的な夜の景色だ。
その時、校舎の出入り口から一人の女子生徒が現れた。
こちらに向かって、ゆっくりと歩みを進めてくる…
南知佳ちゃんだ!
だんだん彼女の顔が鮮明に見えてきた…
あの日、廊下から覗き込んでいた二人のうちの、あの子が知佳ちゃんだったのか!

ここで初めて、南知佳という人物の全てが俺の中で繋がった!
か、かわいい!
真っ白に降り積もった雪を踏みしめ、彼女は俺の目の前で立ち止まった。
ついに、この時が訪れたのだ。
雪が音もなく舞い散る中、お互いに無言で見つめ合う。
その時間が不思議なほど長く感じられた
「南知佳さんですか?」
俺が静かに問いかけると、彼女の表情がふわりと綻んだ
「はい!」
ニコニコと笑いかけてくれたその笑顔は、あまりにも眩しかった。
彼女の笑顔は、まるで夜空に舞う雪の結晶のように、純粋に輝いていた。

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