#4正しい。でも、半分だけ〜職場で「どうせ変わらない」が口癖になり始めたら
こんにちは、Steveです。
「どうせ変わらない」という言葉を、職場で口にしたことはありますか?
あるいは、そう言っている人を隣で聞いたことがあるかもしれない。会議が終わったあと、廊下で、あるいはランチの席で。少し声を落として、でもどこか確信めいた顔で言う人。
今日はその言葉の話をしようと思います。ただ、「シニシズムはよくない」という話ではないです。もう少し構造的な話になるかもしれません。
「どうせ変わらない」には、二種類ある気がする
僕がこの言葉を口にするとき、たいていは観察から来ています。
誰かが誰かを変えようとしている場面を、外から見ていると、平行線を辿っているのがわかる。お互いに正しいことを言っていても、着地する気配がない。そして気づくと、自分ができていないことを相手に要求している構図になっている。
それを見ていると、「人を変えるのは時間も、能力も、体力も要る。その代償として、相手が自分の正しさに合う、というのは割に合わない」という気持ちになります。だから、自分が動いた方が早いと思うようになった。
これはある意味、薄情なのかもしれないとも思っています。「どうせ変わらない」と思ったら、そっと置いていってしまう。
ただ、この「どうせ変わらない」と、職場でよく聞く「どうせ変わらない」は、少し違う気がしています。
皮肉を言う人は、賢く見える
職場のシニカルな人を思い浮かべてみてください。シニシズムというのは、物事や人を冷笑的に見る傾向のことで、「どうせ無駄」「また同じことの繰り返し」という態度がその典型です。
提案が出るたびに「また同じことだよ」と言う。新しい施策に「どうせ現場には届かない」と言う。経験から来る言葉のように聞こえるし、実際そう見られることも多い気がします。
ただ、面白い研究があります。シニカルな傾向が強い人は、認知テストで低いスコアを出す傾向がある、というものです。
直感に反する話かもしれません。皮肉を言える人は、現実が見えている人だと思われやすい。でも、シニシズムは観察の結果ではなく、思考の終着点になっていることがある。「どうせ変わらない」と決めた瞬間、それ以上考えなくてよくなるからかもしれません。
本当の知性は、openness、つまり開かれていることに近いのではないか、という話でもあります。
変えようとする人が、一番助けを求めない
もう一つ気になっていることがあります。
人を変えようとしている人は、たいてい「自分の方が正しい」「自分の方が上だ」という前提で動いています。だからこそ、相手に合わせることが難しい。そして皮肉になる。
でも、その構造の中で一番見えにくいのは、「助けを求められない」という問題だと思っています。
上にいる、という虚像を保つためには、弱みを見せてはいけない。わからないと言ってはいけない。助けてくださいと言ってはいけない。そのメンテナンスに、かなりのエネルギーが使われている気がします。
ところが、助けを求めることの実際の効果は、多くの人の予測と逆らしいのです。アドバイスを求められた側は、自尊心が上がる傾向がある、という研究があります。「弱く見られる」と思って避けていたことが、実は相手との関係を良くする方向に働く可能性がある。
自分が上だと思っているから助けを求めない。でも、助けを求めないから、上にいる虚像を守り続けなければならない。なんとなく、閉じた回路に見えます。
普通を装っていた頃のこと
少し自分の話をします。
以前、自分が混血であるコンプレックスを隠すために「普通」を装っていた時期がありました。バレないように、いろんなことに気を使っていた。自分の中の「足りない部分」みたいなものを、見せないようにしていた気がします。
あの頃は、かなり消耗していたと思います。虚像のメンテナンスというのは、地味に体力を使う。
ただある時期から、そのコンプレックスが武器になるかもしれないと思うようになりました。詳しくは今日は書きませんが、そう気づいてから、装うことに使っていたエネルギーが少し自由になった感じがあります。
虚像が要らなくなると、助けを求めることも怖くなくなる。わからないと言うことも、それほど苦じゃなくなる。
「自分が変わる」の意味
ここで少し話を戻します。
僕の「どうせ変わらない」には、実はもう一つの層があります。
変える気のない人、平行線の人には介入しない。でも、学ぶ意思がある人に対しては話が変わってきます。その人がうまく理解できないとき、僕は相手を変えようとするのではなく、自分の伝え方を変える。例を変える。角度を変える。
ただ、これは「自分を捨てる」という話ではないと思っています。自分らしくいることは大切にしながら、学んだとき、伝えるとき、形態を少し変える感覚です。ガラッと変わるわけじゃない。核は同じまま、状況に合わせて少し形を変える。
「どうせ変わらない」と「自分が変わる」は、一見矛盾しているように見えます。でも、介入する相手を選んでいる、という意味では、同じ判断から来ているかもしれません。
「どうせ変わらない」が口癖になっているとしたら
職場でこの言葉が増えてきたとき、その言葉の裏に何があるのかを、少し確認してみてもいいかもしれません。
観察から来ているなら、それは一つの判断です。でも、思考を止めるための言葉になっているとしたら、少し話が変わってくる気がします。
そして、もし「変えようとすること」に疲れているなら、助けを求めることのコストは、思っているより低いかもしれない。
あなたの「どうせ変わらない」は、観察から来ていますか?それとも、思考
の終着点になっていますか?
次回は「まだ遅いかも、と思っているあなたへ」という話をします。
この記事が誰かのヒントになれば嬉しいです。
