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生きる意味は与えられるものじゃない


 こんなに世界が冷たくて

 こんなに視線が鋭くて

 こんなに自分が矮小なのに


 なんで自分は、生きてるんだろうって、思うじゃないですか。



 そういうときって、生きる意味を外で探すんです。


 だってさ。

 順風満帆なあの子は、きっと彼や、子どもが生きる意味。

 画面の向こうでキラキラしてるあの子は、その存在自体が生きる意味。


 まるで、「あなたは生きていていい」というお免状を、神様が与えたような気がするじゃない。





 そもそも生きる意味を問う時点で、こういう疑いがあるでしょ?




 自分は生きていても意味がないんじゃないか、って。





 要するにさ、自分の存在意義を、見つけたいんだよ。


 で、さ。

 

 先に挙げた『神様に愛された人たち』は、深く考えなくても自動的に生きる意味を与えられてるわけで。



 そう、自動的に生きる意味が与えられてる、ように見えるってこと。





 別にその人らは、自分の生きる意味なんて考えてないよ。


 だから別に、与えられたわけじゃない。





 じゃあ、生きる意味を考えざるを得ないあたしたちはどうするべきか。




 そんなのさ――




 自分で見つけるしかないじゃん。




 

 残念ながらあたしたちは、神に愛されたわけでも、物語の勇者でもないわけだ。



 逆にそれってさ。



 生きる意味を、自分勝手に決めていいんだよ。

 好きなように生きていいんだよ。


 自分の存在を、自分の好きに主張していいんだよ。




 あたしはここにいる。

 あたしの声が聞こえない世界の方が、センスない。ってね。





 勇者じゃなくてよかった!!


 普通になれなくてよかった!!





 マグマのように溜まった憎悪を


 喉元で暴れたまま吐き出せずにいる慟哭を



 この、センスのねえ世界に、まき散らそうぜ。








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