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一時ストーマを閉鎖

壮絶な半年間だった

まさかこんなことになるとはという感じですが、同じ病気で同じように苦しんでいる人も多いようです。

内科での入院中、深夜、ありえないほどの激痛に襲われる。4人部屋で泣き叫ぶ。おそらく人生で1番大きい声が出た。これがいわゆる断末魔というものなのか

夜勤の看護師さん大集結。処置室(?)に運ばれてお尻に麻酔を打たれる。少しマシになったような、なってないような

早急に緊急手術がなされ、唐突に人工肛門生活がスタート。一応、事前に説明はされたが痛みでそれどころではなく、手術後もしんどすぎて助かった実感がなかった。

手術の傷の痛み、腹膜炎による体内の痛み、体内に繋がれた諸々の管(お腹のドレーン、尿の管、胃管、CV等)、40度の発熱、荒い呼吸、心拍数150程度、そしてICUに鳴り響く謎の機械音。一部の看護師にも何これ?みたいな目で見られる。

徐々に管を抜いてもらい、発熱も10日ぐらいで落ち着いた。しかし、ここから人工肛門の苦労が始まる。
食事量が増えるにつれて排便量が急激に増加。小腸の一部しか使えていないため、お腹のストーマから水便が勢いよく尿のように出てくる。食事中にパウチ(人工肛門に取り付ける袋)が破壊されることもあった。毎日がパウチからの漏れとの戦いだった。

また、点滴の針も何度も刺し直されたため、腕中の血管が痛みで悲鳴を上げていた。このような最悪なQOLの中、退院後の生活は全く想像できていなかった。修士卒業手前で、就職の手前で人生が終わったと感じていた。

それでも何とか人工肛門の扱い方を習得し、感染症も落ち着いたので退院できた。2ヶ月ぶりに外に出て、普通の駐車場の空気がとてもおいしく感じた。

退院後の生活も当然元のようにはいかず、無意識に行われる人工肛門からの排便によって外出や風呂、睡眠が妨げられる日々。それでも食事をコントロールし、排便をある程度コントロールし、やるべきことを着実にこなした。そして何より周囲の人の多大な協力を得て、修論発表までやり遂げることができた。その3日後に人工肛門は閉鎖された。

修論発表後は達成感に溢れていたが、閉鎖後は意外と無な感じ。でも一時期絶望の中にいた自分が今は人生に希望を見出せている。これからも闘病は続くが、今まで多くの人から受けた恩を返すために、まだ人生を諦めるわけにはいかない。

ただ耐え忍ぶだけの半年だった。ただ食べて、寝て、生きることがかなり辛く感じた。けど、どうしようもない困難に負けず、確かに自分は生き延びた。その軌跡をここに記す。

追記:今後も病気のことや人工肛門の実体験について発信したいのでよろしくお願いします。








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