まさかの大量出血で入院し、悟りを開いた話
子どもたちの夏休みが始まりました。ツライので笑、「夏休み終了まであと〇日!カウントダウン日記」を書くことにしました。(ちなみに数えたところ、夏休み終了まであと36日!先は長い……)
初日のきょうは、5月初旬に起こったまさかの出来事について。
GWが終わり、日常に戻ったばかりの金曜日のこと。
突然の大量出血(せーり)が朝から発生し、24時間ほど我慢したのですが収まる気配がなく、翌朝トイレで前のめりにぶっ倒れて救急車で運ばれることとなりました。
かろうじて意識はあったため、
「救急車、恥ずかしい!」
「でも、どうすんの?」(←ダンナ)
「どうしよう!どうしよう!」
と軽いパニック状態に。
救急隊の方が担架を用意してくれたのですが、「あ、歩けます!」とか意味わからない主張をして困らせるほど混乱してました。
しかし土曜日だったため、朝の7:30くらいでも人通りが少なくて良かった。平日だったら出勤の方々の目にさらされていたかも……と、けっこうな極限状態でも、人は人の目を気にするもんなんだなぁと思ったりしました。
結局、はっきりとした原因は不明なのですが、若い頃から患っている「子宮腺筋症」が一因だろう、と。ずっとピルで症状を抑えていたのですが、どうやら年齢やらストレスやらでホルモンバランスが崩れて、急に爆発してしまったようです。
で、せーりの出血って、意図的に止めることはできないようで。
そのまま入院となり、点滴打たれながらも大量出血がぜんぜん止まらないもんですから、わたしのヘモグロビンの値はガンガン下がっていくわけです。
正常「12」以上ある値が、検査するたびに「9」→「7」と下降し、先生の「6を切ったら輸血します」という声をベッドの上でうっすら聞いたとき、
「え~やだなぁ。輸血して、性格が変わったらどうしよう」
と、もうろうとしながら考えていたわたし。
人って極限状態になっても、けっこうしょーもないこと考えるもんだなぁと悟ったりしました。
いやいや、悟ったのはそんなしょーもないことではなく!
話は戻って、家で大量出血に耐えながら意識もうろうとしていたとき。
「わたし、死ぬときに、たくさんしごとができて幸せだったなぁ~……とは、思わないだろうな」と、思ったんですよね。
でも、「子どもたちを生んで良かったなぁ、やっぱり自分の家族ができて幸せだった」とは思うだろう、と。
だから、4月にしごとがいっぺんに途絶えて、悩んだり落ち込んだりもしたけれど、気にすることはないなぁと。だってどうやら死ぬときに、その件で後悔することはないみたいだから。
……なんてことを悟り、慌ててスマホのメモに遺書を走り書いたりしていたのです。(いつ意識が飛ぶかわからなかったから)
病院につくと先生に、
「命に別条があるモンではないからだいじょうぶ」
と、あっさり言われて拍子抜けしたんですけど。
そして入院を宣告されたとき、
「せ、先生……! 月曜にどうしても外せないしごとがあるから、あしたには家に帰らせてください!!」
と訴えていた。あの悟りはいったいなんやったんや。
結局、入院初日の夕方からやや出血が収まってきて、血圧が戻ったため1泊2日でなんとか退院できました。
しかしヘモグロビンはすぐに戻るものではなく、
「1週間は家事もせず寝てろ」
「正常値に戻るまで1ヶ月くらいはかかるよ」
と言われていたのですが、マジで、本当に、5月いっぱいはフラフラのヘロヘロでした。
家の目の前にあるイトーヨーカドーにいくことすらできない。
なんなら、部屋の掃除機すら3回くらい休憩しないと終わらすことができない。
まぁ、血液の3分の1を失ったみたいなので、当然の代償かな、と。
だけどそのおかげで(?)、「今あるしごとをコツコツと大事にやって、あとは好きなことしよう」と、気持ちを切り替えることができました。けっこう4月はフリーランスの波にのまれて、どうしたものかと悩んでいたんですけど。
しかしそうやって開き直ると、さまざまな新しいおしごとがどんどんやってくるもので。(この法則はいったいなに?)結局、ことしのわたしにまとまった夏休みはなさそうです。
春休みをとったようなものだから、まぁいいか。体力づくりにchocoZAPでも始めようかなと思えるくらい、回復もできました。まだどうなるかわからないことも多いけど、とりあえずこの夏の猛暑(と夏休み)を乗りきれますように。
子どもたちの夏休み終了まであと36日です!
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最後までお読みいただきありがとうございます!もっとがんばります。