【短編小説】シジジーの季節
文字数:約1,400文字
ジャンル:現代小説
京都大学の文学部に所属する私、高野空(たかのそら)は、ある春の日、突如として「シジジー」という言葉に取り憑かれた。
「シジジー (syzygy)」——それは天文学用語で、太陽、地球、月(または他の天体)が一直線に並ぶ現象を指す。この言葉の響きに魅了された私は、図書館で天文学の本を漁り始めた。
そんなある日、同じく文学部の友人、本名・星野銀河(通称「銀河系くん」)が私の横に座った。彼は宇宙物理学にも詳しい変わり者で、いつも首からペンダントのように星座早見盤をぶら下げている。その日も、やたらと目立つ土星柄のシャツを着ていた。
「君、最近シジジーにハマってるらしいね」
「ええ、まあ」
「実はね、明後日の夜にシジジーが起こるんだ。京都タワーの展望台から見るのがいいらしいよ」
私は思わず顔を輝かせた。「本当?じゃあ、一緒に見に行こうよ」
そうして迎えたシジジーの夜。私たちは京都タワーの展望台に陣取った。が、曇り空で望遠鏡は星一つ映さない。
「こりゃあかんわ」と私がため息をつく中、銀河系くんは突然叫んだ。
「あっ!シジジーだ!」
私は慌てて空を見上げたが、何も変わっていない。 「どこ?見えへんで」
すると彼は、京都の街並みを指差した。そこには、コンビニのおでん、たこ焼き屋の看板、そして月見団子を持った兎のぬいぐるみが、まるで計算されたかのように一直線に並んでいた。
「ほら、地上のシジジーだよ」
私は思わず吹き出した。こんな珍妙なシジジーもあるのかと。
その瞬間、不思議な高揚感が私を包み込んだ。まるで宇宙の秩序が、この京都の街に降り立ったかのような感覚。銀河系くんの目も、いつもより輝いて見えた。
「ねえ、もっと探してみない?」私は思わず提案した。
銀河系くんは満面の笑みで頷いた。「そうだね。京都中を探検しよう!」
私たちは京都の街を歩き回り、ありとあらゆる「地上のシジジー」を探し回った。清水寺の舞台と、その下に広がる京都の街並み、そして遠くに見える比叡山。鴨川の三条大橋、川面に映る満月、そして橋の上のカップル。
探索を続けるうちに、私たちは思いがけない出会いを経験した。河原町で出会った占い師は、私たちの「シジジー探し」に興味を示し、「人生もまた、偶然の一直線」だと語った。錦市場では、串刺しの食べ物たちが作り出す見事な「食のシジジー」を発見。さらには、祇園の路地裏で遭遇した舞妓さんの背中の帯の模様までもが、不思議な一直線を描いていた。
そして最後は、私たち自身。京都駅の大階段に腰かけ、疲れを癒していると、ふと気づいた。私と銀河系くん、そして私たちの間にあるコーヒーカップ。完璧な「人間シジジー」の完成だった。
その瞬間、私は心の中で何かが変わるのを感じた。この一夜の冒険で、日常の中に潜む宇宙の秩序、そして人と人とのつながりの不思議さを垣間見た気がしたのだ。
帰り道、銀河系くんが言った。
「ねえ、小説書くんでしょ?タイトルは『シジジーの季節』なんてどう?」
私は笑いながら頷いた。「うん、いいね。でも、主人公は君にしようかな」
銀河系くんは照れくさそうに肩をすくめた。「えー、やめてよ。でも、脇役で出てきてもいいかな」
そうして生まれたのが、この物語である。京都の街に、そして私たちの心に、確かに存在した「シジジーの季節」の記録。
(了)
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