供養食堂 灯「消えたんじゃない、輝いたんだ」
その日、“灯”の店に現れたのは、
少し背の高い、眼鏡をかけた青年だった。
痩せてはいたが、姿勢はしゃんと伸びていて、
それが彼のまっすぐな人柄を表しているようだった。
「ここって、最期のごはんを食べさせてくれるんですよね」
青年は静かに尋ねた。
灯はうなずくと、メニューを開かず、そっと言った。
「……なにが食べたいですか?」
青年は少し考えるように目を伏せて、そして言った。
「なめこの味噌汁。スープジャーに入れてもらったやつ……あれが、僕の“帰る場所”です」
少しして出された味噌汁は、湯気の立つ器に、つるりとしたなめこが揺れていた。
香りはやさしく、どこか懐かしい。
青年は箸を持ったまま、少しだけ遠くを見るように言った。
「ぼく、星を見るのが好きでした。
周りにそんな人はいなかったけど……寂しくなかったんです。
星と、会話してました」
静かな語り口だったが、言葉にはどこか確かな温度があった。
「星たちは、ずっと昔からそこにいて、
ぼくたちのことを見てるような気がして。
誰かが泣いても、笑っても……黙って、光ってるんですよね。
それが、なんか、やさしかった」
味噌汁を一口飲んで、目を閉じた。
あの夜、スープジャーの蓋を開けて、湯気が星空にふわりと溶けていった記憶が、よみがえる。
「一時退院した日、家族が持たせてくれたんです。
病院のそばの展望台で、望遠鏡をのぞきながら、
それ飲んで……“ああ、生きてるな”って思った」
灯は黙って聞いていた。
何も言わず、ただそこにいるということが、何よりの会話になると知っているから。
「ぼく、星になりたいんです」
その一言に、灯はゆっくりと視線を上げた。
青年は笑っていた。
静かに、でもまっすぐに。
「死ぬのが怖くないわけじゃない。
でも、どうせなら――
誰かを照らせる存在になりたい。
夜のなかで、誰かが迷わないように、
“あの星、今日もちゃんと光ってるな”って、
そう思ってもらえるような」
「……一番星になれたら、うれしいな」
なめこの味噌汁を、すべて飲み干すと、
彼は両手で器を抱きしめるようにして、そっと言った。
「これで、行けそうです。ありがとう」
その瞬間――
青年の姿は、湯気のようにふわりと宙に溶けて、
光の粒となって、静かに夜空へと還っていった。
灯は、しばらく空を見上げた。
まだ陽は落ちきっていないが、そこには確かに、
ひときわ強く、ひとつだけ輝く星があった。
「…願い叶いましたね」
灯は、やさしく微笑んだ。
その星は、今夜もまた、どこかの誰かを照らしている。
迷わないように。泣かないように。
彼の望みどおり――
静かに、そして確かに。
