かに鍋や姉妹ぬぬぬぬ家族愛
ある海流の強い日のことだ。「すきま風かな?」と仲間がつぶやいた。岩の隙間から吹く冷たい海流を避けようと、私は物陰に隠れた。しかし、それは罠だった。ガシャリとその檻の入口が下りたかと思うと、ぐいぐいと海面へと巻き上げられていく。
人生は長いレースだ。勝つこともあれば負けることもある。しかし、いかなるときも腐らず、投げ出さず、命ある限り立ち向かう。私は誓った。最後の瞬間まで、目をそらさないと。
目を覚ますと、私は机の上にいた。眼前には、カセットコンロに置かれた鍋がある。横を見れば、白菜、えのき、マロニー。同じく捉えられた者たちだろう。シャキシャキとした佇まいは、なんと勇敢なことだろうか。
台所のほうから誰かがやってくる。姉だ。ニヤリと笑いながら私たちを見下ろしている。なんという邪悪な笑いだろうか。オーマイゴッシュ。オーマイゴッシュだ。
「ただいまー」
「おかえりー」
玄関のほうから声がした。妹だ。妹が帰ってきた。スーツ姿の妹はカバンを放り出し机の上を見た。上着に手をかけ、彼女は静止した。
「おねーちゃん! 明日、胃カメラだって言ったじゃん! なんで、かに鍋なの!」
「そうだっけ」
どうやら、姉妹が暮らす家のようだ。妹のために食事の準備をしておくとは、なんと妹思い姉であろうか。姉は座ると、パチンとコンロに火を入れた。
「いやいやいや。昨日、胃カメラだから、夕食はたべれないって言ったでしょ。しかも、今、6月よ!?」
「食べれないか、残念だねー。かに鍋なのにー。大好物なのにー」
姉はニコニコと会話を楽しんでいるようだ。なんと、仲がいいことか。
タラバガニは10万〜20万粒の卵を抱く。しかし、孵化するのはその半分だ。そこから、さらに多くの命が失われる。大人に育つ数は、 多くても0.1%以下だろう。命は尊い。せめて、生き残った兄弟・姉妹は大切にせねばならない。この姉妹も同じ思いなのだろう。
「かに鍋は明日にしない? ね? ね?」
「えー、だめだよ。すぐ傷んじゃうから」
そういって姉は、私の兄弟を鍋へ放り込んだ。鮮やかに赤くなっていく兄弟たち。姉妹は無言でそれを見守った。頃合いを見て、姉がかにをすくい上げ食べた。ポン酢で食べた。頬を緩ませて食べた。妹がそれを見守っている。
「かにの出汁。次に白菜。えのき。あ、えのきは消化に悪いか」
「昔、お姉ちゃんのプリン食べたの、根に持ってるでしょ……」
「そんなことないよー」
鍋の食材はどんどん姉の腹へと収まっていった。妹も、遠慮せずに食べればよいのに。そろそろ、お別れのようだ。薄れゆく意識の中、私が最後に聞いたのは、妹の「おじやー!!!」という叫びだった。
(了)
今回も楽しくぬぬぬぬな感じで書けました。
この姉妹は、以前書いたプリンの姉妹の数年後設定です。
■セリフ
「すきま風かな?」
■三題
・胃カメラ
・かに
・レース
▼投稿ルール
投稿締切(任意):2026年6月11日(木)23:59
ハッシュタグ「 #せりふ三題噺 」「 #胃カメラかにレース 」をつけて投稿
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