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餅のブログ 夜のドライブ

 国道は車もまばらで、走りやすい夜だった。夫は助手席に静かに座っている。息をゆっくりと吐き、胸を緩めた。日頃から「慌てず着実に」と夫に言われていたからだ。余計なお世話。でも、今夜は素直になってみようと思えた。

 夫とは友人の紹介で知り合った。 三十年も前のことだ。生真面目で、親身になって私の話を聞いてくれた。少しでも困ったことがあれば、すぐに調べてアドバイスしてくれた。

 結婚してからは、次第に気が置けない関係になっていった。多少、小言は多くなったが、家族になるというのはそういうことなのだろう。追越車線を次々と車が追い抜いていく。でも、私は「慌てず着実に」だ。

 子供はできなかった。ギクシャクした時期もあったが、すぐに私たちは趣味に没頭することで、お互いの距離を保つようになった。ミラーにぶら下げた人形が揺れている。私がつくったものだ。

 夫は餅のブログを書き始めた。日本中の餅を取り寄せ、食べ比べをするのだ。そのうち、全国の名店を巡るようになった。餅へ変わっていく貯金残高に顔が青くなったが、「今、やるべきことなんだ」と言って、夫は餅を食べ続けた。

 「積み重ねが大切だ」と言って更新を続けたブログは、雑誌やテレビで紹介されるようになっていた。餅ブログが有名になってからは、全国から餅の試食依頼が殺到した。「これはご褒美だね」と言って、夫は餅を頬張った。

 数年で二人で貯めたお金は無くなった。親戚に何度か工面してもらうことがあった。そのたびに、「他人を頼るな!」と夫に怒鳴られた。しかし、餅ブログは走り続けた。

 私は、山のように届く餅の対応を手伝った。「やりだしたからには、やりきる」。そう言った夫の目は輝いていた。

 そして、夫は餅を喉につまらせた。十分ほど前のことだ。救急車を呼ぼうか。いやでも夫はいつも言っていた。「他人に頼るな!」と。それに救急車の到着を待っていては助からない。

 私は夫を助手席に乗せ、病院へと車を走らせた。餅を喉につまらせると、酸欠になり、15分を超えると脳に障害がでる。夫のブログにそう書いてあった。私はハンドルをにぎり、左右確認し、シートベルトをし、保険証を持ったか確認し、夫の顔を覗き込み、深呼吸してから車を発進させた。

 追い越し車線を後続車が、次々と追い越していく。しかし、こういう時こそ安全運転だ。「慌てずに着実に、やるべきことをやりきる」と、夫が言っていた。今夜は言われたことを素直にやってみたい気分なのだ。

 夫のブログには、なんて書こうかしら。

(了)


趣味はほどほどにね。


こちらの企画に参加させていただきました。
#せりふ三題噺 #追い越し車線ブログ餅

■セリフ
「これはご褒美だね」
■三題
・追い越し車線
・ブログ
・餅

#ショートショート #小説 #短編小説 #読書好きな人と繋がりたい #眠れない夜に

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