寂しがり屋の靴下さがし
妻の靴下がない。片方だけない。黄色い靴下は妻のお気に入りだ。見つけないと叱られる。僕は冷たい手をこすり合わせながら、家の中を探すことにした。
「父さん、もういいから。靴下なんて無くても問題ないよ」
息子はそう言ったが冗談ではない。靴下はペアでなければいけない。足は二本あるし、二枚で一足と数えるのだから、一枚では靴下と呼べないだろう。白い靴下をたくさん買って、そこから二枚を選べなんて人もいる。だけど、そうじゃない。百万足の白い靴下の中にも、これだ!というペアがある。そういうペアは暖かいのだ。
妻とは学生時代に出会った。自分で言うのもなんだが、僕らはいいコンビだった。気疲れすることもない。プロポーズは観覧車の中だった。彼女の頬はマシュマロみたいだったから結婚したいと思うのも当然だろう。「ずっと乗っていたいね」と彼女が言ったので、僕らはその日、観覧車に居座って三周した。
洗濯機のまわりを探したが靴下は見つからない。洗濯機の唸るような脱水の音を聞いていると、靴下なしでもいいのでないかと思えてくる。いやだめだ。裸足で靴を履くと、妻の足に靴擦れができてしまう。あれは、じわじわ痛くて出歩くのが嫌になる。
ベランダはどうだろう。心地よい風が吹いている。ここは妻のお気に入りの場所で、いつも鼻歌交じりに洗濯物を干していた。そういうとき、僕もいっしょに鼻歌を歌った。ベースパートが僕の担当。それを見た近所の人がクスクスと笑っていたっけ。
子供部屋だろうか。あった!黄色い靴下だ。雨の日にここで干していたから、そのときに落としたのだろう。だが、見つけた靴下はペアだった。僕が手に持っている一枚と合わせて三枚になったわけだ。増えるのはいいことだが、三枚の靴下はどうにもアンバランスだ。
受験で失敗した息子が部屋にこもったことがある。息子のことで妻と喧嘩もした。お互い息子のことでは譲らなかった。怒った妻は恐かった。靴下を早く見つけないと。でも今では息子も結婚して来年には子供が生まれる。僕たちも晴れてジイジとバアバだ。
キッチンはどうだろう。だがやはり靴下は見つからない。妻が居ないキッチンにあるのは、妻が書いたレシピノートだけだ。
妻はまめな人で、料理のレシピをノートにまとめていた。キッチン道具も整理整頓されている。レシピの最後には道具の場所も書かれていた。おかげで、僕が料理をするようになってから困ったことはない。
僕は不器用だ。二人で料理をすれば「あれ?亀?」と、手の遅さをからかわれた。そういうときは、楽しそうな妻の口にマシュマロを詰め込んだ。噛みつく亀だっているのだ。
妻はできた人だ。彼女が洗濯していれば靴下はなくならない。僕も家事は嫌いじゃない。だけど、家のことは妻がやるべきなんだ。ベランダで歌っていてほしい。キッチンでレシピノートを開いていてほしい。少しなら怒っていてもいい。
結局、靴下の片方は見つからなかった。僕は三枚になった靴下と共に寝室へと向かった。妻の寝顔は穏やかだ。心地よい風が窓から吹き込み、カーテンが揺れている。
僕はベースパートの鼻歌を歌いながら、ふとんをめくり、妻の靴下を交換した。残った一枚は胸ポケットへしまった。窓の外に目をやる。青空のもとで観覧車が回っていた。
(了)
お話の構造に意識をとられすぎて、話を読み進めてもらうための流れがおろそかになりがち。プロットの段階で、ちゃんと盛り込むよう気を付けよう。
こちらの企画に参加させていただきました。
▼今週のお題
■セリフ
「あれ?亀?」
■三題
・観覧車
・靴下
・マシュマロ
▼投稿ルール
投稿締切(任意):2026年3月12日(木)23:59
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