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藤棚の 魔女の呪いが 解けません

『背中にホクロがあります』
メモにはそう書かれていた。

プロジェクトが一段落した休日。
新緑の公園を、サンダルで池沿いに歩く。
レンガ造りの建物が見えてきた。
図書館だ。
入り口には藤棚。
つぼみをつけている。
来週には咲き始めるだろう。

図書館の中はひんやりとしていた。
司書さんと目が合った。
藤の花のような人だ。
胸が高鳴った。
それが聞こえないように書架へと向かう。

目当てはギリシャ神話の入門本だ。
取引先の担当者が好きだと言っていた。
少し勉強しておかねばならない。

神話の棚から何冊か抜き取り、ページをめくった。
カオスとガイア。ゼウスとテュポン。女神と半人半妖。
気になる一冊があった。
神話の魔女だ。
表紙にはキルケーのイラスト。
秘薬を使う美しくも恐ろしい魔女。
その姿はどことなく藤の花を思わせた。

セルフ貸し出しは空いていた。
しかし、足はカウンターへと向かった。

司書さんは本のバーコードを読み取った。
そして、メモ用紙を取り出した。
何かを書きつけ、本に挟んだ。
「返却は2週間後です」
手渡すときに触れた彼女の指は、ひやりと冷たかった。
何のメモ書きだろうか
出口までがやけに遠い。

藤棚に置かれたベンチに座った。
借りてきた本を開き、メモを取り出す。
『背中にホクロがあります』
そう書かれていた。
意味がわからず、中空を見上げた。
垂れ下がった藤の花がこちらを見ていた。

どういう意味だろうか。
誘われているのだろうか。
手に持った本の表紙では、キルケーが釜をまぜている。
冗談だろうか。
罰ゲームだろうか。
それとも詐欺の手口という可能性も。
でも、もしかしたら……。

そして、図書館へ通うようになった。
日焼け止めを塗って。
サンダルを革靴に変えて。

SNSで彼女に大勢のファンがいることを知った。
#図書館の美人とタグがついている
今日も綺麗だというコメント。
こっそり撮った写真。
いろいろと書かれている。

一線を超えた投稿もあった。
靴のサイズ。自動車の車種名。鞄のブランド。
ストーカーがいて司書さん困ってるらしいよ。
顔見知りになった初老の男性が、そう教えてくれた。

気持ちは分からないでもない。
彼女ほどの美人だ。
自分だけが知ってることがあれば自慢もしたいだろう。

彼女の背中にはホクロがある。
私だけが知っている彼女の秘密。
指先に熱がこもった。
投稿欄へ書き込んでみる。
呼吸が早くなった。
私が、誰よりも、彼女のことを、知っている。

しかし、直前で削除ボタンを押した。
指が震えていた。
鳥肌が立っていた。
スマホの電源を切った。
その優越感を押し込めるように。

藤の花が散った頃、それは起こった。
図書館のカウンターで、警察官が男を取り押さえていた。
男はしきりに「あの女が誘ったんだ!!」と叫んでいる。

なにごとかと、顔見知りの老人に声をかけた。
「ストーカーらしいね。なんでも、SNSに司書さんの写真を投稿してたとか。司書さんが特定して通報したらしいよ」

「見てくれ、これを! その女が誘ったんだ!」
男の手からひらりとメモが落ちた。

それを拾い上げ、目を通した。
「太ももにホクロがあります」
太もも……。
パズルのピースがぴたりとはまった。
そうか、彼女はストーカーを特定するためにメモを——

キルケーの笑い声が書架から聞こえた。

(了)


サスペンスしてみました。むずかしい。
最後の種明かし伝わりました?

こちらの企画に参加させていただきました。

■セリフ
「ここだけの話だよ」
■三題
・サンダル
・日焼け止め
・藤棚


投稿ルール

#ショートショート #小説 #短編小説 #読書好きな人と繋がりたい

https://note.com/valley_/n/nb9133221fe73


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