近年の大学内規制について


参考にしたnote(とツイートが数えきれないほど)

制度・システムとして変わったことについて

大きなものとしては、ある人物が入学した生物学類の授業が主に行われる大学棟だけ警備員が常駐して学生証の提示を求められるようになったことと、KDBというインターネット上のシラバスで授業の開設教室が公開されていたものが、非公開になってしまったという点だろう。身も蓋も無い事を言えば前者に対しては、僕は生物でなく理工学群であるので学生証が無くても入れる他の授業棟でしか未だに授業を受けない。しかし僕個人が、変化によって不利益を被っていないからといって声を上げない、ということではないことについては後述している。後者に関しては確かに、この制度クッソ面倒臭えな〜〜と思うことしかない。いちいちpdfファイルの何十ページもある解説授業一覧で教室を確認するのははっきり言って無駄である。ちなみに、教室が非公開になったことって、あの人の入学のせいなんだろうか?前から計画されてはいなかったのか?真相は全く分からないが、ファイルとして配布されている以上どうやってもデータとして漏洩するし、それが大学で実際に起こって議論になっているということが、真偽は不明だが、一部の記事に書かれている。結局、とても不便だということくらいしか言うことがない。

さらに、文化系サークル会館の閉館後も会館の近くに集まっていると解散を促される、という事態もあった。これは僕の知る限りでは昨年まで見られなかった現象なので、もしかしたら入学に伴う警備強化にかこつけて、我々のような有象無象の大学生をつるし上げて黙らせようという生活課の浅知恵であるかもしれない。そうではないかもしれないが。

また、大学構内の"場所"への弾圧も僕は身近な経験として感じる。筑波大学には喫煙所がないのだが、実際にはそういった行為がよく行われる場所というのが存在する。いわゆる喫煙所のようなものである。この「喫煙所」に置かれていたテーブルや椅子が撤去されたことは、大学による統制の1プロセスであると疑ってもよいだろう。悠仁様のご入学にかこつけてこのような所業を行った、と言われてもしょうがないような気もする。

当事者たちは声をあげていくべきなのか?

Twitterで僕が見た意見の中に「つくばに学生自治が無いと言われるけど、決められたルールの中で自由を行うことによって大人の監視を見逃してもらう(赦される)というやり方をとるべきなんじゃないかな」というものがあったが、まったく危機感が無いなと思った。

なぜなら、一度我々に変更を許したシステムや制度について、数年経てばそれは「スタンダード」なシステムと相成るからだ。たとえその場限りの変更だと思っていても、イレギュラーだと思っていても、去年がこうだったから今年もこれね、という流れで来年以降の「当たり前」が形作られてくのだ。

こんなことを続けていては、大学というフィールドで我々学生ができることはどんどん削られていってしまう。今の社会において「決められたルールの中で行う自由」なんてものは「ルール」を「決める」立場の人間の胸三寸であることなんて嫌というほど具体例を目にする。大学において学生はルールを「決める」ような強い立場ではなく、圧倒的に弱い。ただでさえ学生自治のノウハウも風土も皆無な大学なのに、そんな根性で生活しているのはもう他の大学生の自由の権利すら侵害しにいっているレベルだと思う。

だから我々は不利益や不都合なルールに対して抗議をし続けなくてはならないし、その改善の為の働きかけを怠ってはならないのだろう。

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