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Episode 007 「”ボディーランゲージでどうにかなるよ!”の限界について」

例外なく、学校に行く日は(漏れなく)苦痛の休み時間(Episode006参照)があり、休み時間が終わるまでは「なんとなく時間を過ごす」、という事が続いていたのだが、ある日、変化が訪れた。

その日も一人で芝生の校庭の隅に座っていた。見つめる先には、サッカーをしている子供達であった。因みに、校庭と言っても日本のそれとは全く異なり、一面を青々とした芝が覆っている。日本でサッカーをやっていた小学生の頃は、芝生でサッカーができるなんて夢の様だと感じていた。日本では、実際に芝生でサッカーの試合ができる機会は、年間に数回あったかなかったか、という程度であった。少なくとも僕がいた浦和市(現さいたま市)では、そうだった。

実際に通った小学校(Nailsworth Primary School)。

退屈の極みを感じながら一人で座りながら時間を潰す私の目の前にはサッカーをしている子供達。しかし、肝心な「僕も混ぜて。一緒にサッカーやりたい」が言えないのである。今振り返ると色んなことが言えなくて苦しんだ。よく、「言葉が通じなくても、ボディーランゲージでどうにかなるよ。大事なのは何かを伝えたいという熱量だよ」というフレーズを耳にすることがあるが、それは「ある条件の元」では確かに間違いではない。例えば、大きい、小さい、などの比較的シンプルな旨を伝えたいということであれば、両手を用いて、大きい、小さいということを手の幅を開いたり閉じたりする具合で、一生懸命(熱を持って)表現すればいいのだが、時にそう簡単にはいかない場面も多々あるという事は、私は嫌という程実際に身を持って経験してきた。

ボディランゲージ、限界すぐに見える説

例えば、「どこ(Where)」という言葉がその一つとして挙げられる。とある日、担任の先生が、授業が終わり、帰り際に何か我々生徒に説明をしていた。しかし、当然の事ながら私は全く彼女が何を言っているのかも解らないまま教室を後にした。校舎を出て校庭を横切り、(隣には母親がいた)母親の車が待つ場所に向かって歩いている途中でバディのルーク(Episode 004を参照)に訊いてみた。尚、「訊いてみた」と言っても英語が喋れないのだからどうやって訊くのか、と今では思うのだが、何となく、ルークだけには英語になっていない英語が通じていると自分の頭ではそう思っていた。

「明日は、水泳の日だから水着を忘れないように、と先生は言っていたんだよ」と、そうルークは私に説明した(と、いう理解をした。多分)。「そうか明日は水泳の日か、なるほど。その話をさっき先生は帰り際に言っていたのか。ふむふむ。よし、場所を訊こう、プールの場所を」と私は思い、「明日の水泳だけど、場所はどこなの?」と訊こうとしたが、上手くボディーランゲージでは伝わらない。尚、オーストラリアの小学校には日本の小学校とは異なり、(その学校専用の)プールは存在しない。少なくとも、公立の学校には。

「Where」を言葉では無くボディランゲージだけで表現すると・・・例えばこんな感じなのか。
ん〜・・・・多分違う。

僕は、全身を使って、「どこ」という言葉を表現しようとしても非常に難しい(「いやいやいや、簡単っしょ」と思う方は、是非、一度やってみてほしい。非常に難しいハズだ)。両手を使い、様々な方向を指してみたりする。「こっち?そっち?あっち?どっち?」という意図を両手を用いて様々な方位を指すことで「どこ」という単語を表現しようと試みたが、全く通じなかった。その姿はまるで、阿波踊りの振り付けを憶えられず適当に踊っているかの様な格好である。

その時、隣を歩いていた母親の口から突然「スイミング ウェア?」というフレーズが飛び出した。私はその突然の母親の英語に対し、「・・・すごい・・・実は英語喋れたんだ・・・すげー・・・」と、そう思った。さすがにルークもそのフレーズには反応する事が可能であった為、「あ、そうですね、えっと、僕はショートパンツスタイルの水着を持っていきます」という答えが返ってきた。どうやらルークは、「スイミング ウェア」を「Swimming where?」ではなく「Swimming wear」と聞き取ったのである。誰も彼を責めることはできない。ましてや、「スイミングウェア」という単語を水着としているのは和製英語であって、そんな言葉は英語には存在しないのだが、ルークは気を利かせてSwimming wearを水着、と解釈してくれた上で答えてくれたのである。

「・・・すごい・・・実は英語喋れたんだ・・・すげー・・・」

尚、もちろん、「swimming where」というフレーズも文法的は正しくない。この様に、全てが破茶滅茶、または素っ頓狂、という具合であった。因みに、翌日どこのスイミングプールに行ったのかは、全く憶えていない。と、この様に、ボディーランゲージでは、限界があることを身をもって痛感した。当時1996年から28年経った今も、ボディーランゲージのみで「Where」を適切に表現できないでいる。

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