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Episode 002 「ことの始まり」

厚くて小さめの硬貨が2ドル。直径は、おそらく日本円の一円玉程度だろうか。その厚みは、一円玉を二枚重ねても足りないかもしれない。そして、2ドル硬貨より厚みは無いが、直径が大きい硬貨が1ドル。両方とも日本円の硬貨には存在しない、金色、ゴールドだ。日本円の硬貨の50円、100円、500円玉のような銀でもなく、10円玉の様な銅でもなく、金色だ。ディズニーランドのカリブの海賊のアトラクションで、海賊が狙っている宝の山にある、あの金色の硬貨の、あの金色である。その他には、サイズが大きい(硬貨)順に、50セント、20セント、10セント、5セント。50セントは12角形である。硬貨だからといって、日本円のそれの様にまん丸である必要はない。日本を離れ、オーストラリアでの生活を始めるにあたり、「先ずは硬貨を憶えなければならない」と、なぜかそう感じたのである。オーストラリアに渡り、直ぐに行った行動の一つの内に、この、「硬貨を覚える」という事を記憶している。

イメージとしては、20セントの直径は日本の500円玉のそれより大きい。

因みに、当時(1996年9月)12歳だった私は、紙幣の存在を完全に忘れていたのである。忘れていたと言うよりも、その存在すら頭になかった、という言い方が寧ろ正しいかもしれない。つまり、12歳の男の子における紙幣という存在とは、きっとそれほどの重要性しか持たなかったのだろう。(硬貨以外に)紙幣が存在する事を把握する事よりも、当時の私にとっては他に重要な事が多く存在していたのだろう。紙幣よりも、放課後のサッカーの事であったり、クラスのあの子の事であったり、給食の事であったり、と。

カラフルなお札

正直、当時、オーストラリアへの引越しが決まった時の事(Episode001参照)を鮮明に憶えているわけではないのだ。ただ、両親から「オーストラリアに引っ越すから」という事を伝えられた事だけは、なんとなく憶えている。しかしながら、なぜ引っ越すのか、何のために?誰のために?なぜ他の国ではなくオーストラリアなのか?なぜ今なのか?などの、控えめに言っても、これら比較的重要な質問をした記憶は特にない。おそらく、単純に何も考えていなかったのだろう。

これら本質的な質問をする事よりも、私の頭の中では、「オーストラリアに引っ越したら、人間ピラミッドの一番上、誰がやるんだろう…」と、そんな心配をしていた事だけは記憶にある。小学6年生の運動会で、人間ピラミッド(組体操の技の一つ)をやる予定だったのだ。当時、6年生にしては平均を大きく下回るほど背も低く(確か、140cmに到達できず、138cmあたりで悔しい思いをしたのを憶えている)、体重も驚くほど軽かった私が(ただ、運動神経だけは良かった)ピラミッドの一番上を担当することになったのはあまりにも自然な流れであった。小学校6年の間、クラスの背の順での並びで前から4番目以降になったことがない(だからと言って、特に気にした事は一度もない。つまり、仕方ない事、として子供ながらに受け入れていたのかもしれない)。

結局、私は運動会で人間ピラミッドの一番上を担当する事はなかった。運動会が行われる日より先に、1996年9月26日、日本を発って、オーストラリアに出発したのだ。

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