「正論」はなぜ伝わらないのか④ 「論破」では人は動かない。データだけでは人は納得しない5つの理由

前回の③までで、いかにデータを重視することが大切かを個人的な経験を基にお話しました。一方、データ処理だけならAIに任せればいいので、今後人間に求められるAIとの付き合い方について論じました。

今回は、データだけでは物事は動かせない、人間だからこその特性についてご紹介します。

■ データが伝わらない5つの理由とは

かつては、統計とかデータとか言うと、どこか冷たいイメージが付きまとっていました。人間の持つ機微や細かい事情を捨象して、数字に置き換えているという受け止め方があるからでしょう。

いくらデータを示して正論を語っても、人間の感情や現場の実態を逆撫でしたり、無視したりすると人は動かないのです。

それでは、人間の感情や現場の実態をうまく取り込んだ「生きたデータ」を駆使することができたら、どうなるでしょうか。人間の感情とデータ、両方兼ね備えることが「AI前提社会」を生き抜く鍵となると思います。

データだけでは人が動かないのは、主に5つの理由に分類されます。

  1. データの提供者に人望がない

  2. データの受け手の思想信条や行動原理に反している

  3. 昔からの思い込みに引っ張られている

  4. データが持つ意味が伝わっていない

  5. データが様々な事情を捨象しており、実態を反映していない

ここでは、データ先行型の説明や取り組みが、現場でどのように「正論の壁」となって立ちはだかるのか。私が実際に直面した事例を見ながら、一つずつ紐解いていきます。

■ 上司にボツにされた無料PCR検査の検証

データがいくら正しくて「正論」を示しても、人間の持つ感情やその人の「正義」、物語(ナラティブ)に響かなければ、物事は動かないどころか、反発さえ招いてしまいます。

ここで、私が記者時代に「正論」を示したのに受け入れられなかった一つのエピソードを紹介します。

2020年からの新型コロナウイルス禍に対する報道です。新型コロナは誤解を恐れずに振り返れば、「現場(ナラティブ)」と「統計(データ)」の世界でした。

現場では、感染して隔離され、時には命の危機に瀕する患者と、それに必死に立ち向かう医療従事者がいます。また医療従事者に対する差別もありました。

一方、一日あたり何人の感染者が出て、そのうち何割かが入院する。入院患者が増える傍らで、退院する人もいる。感染者を受け入れられる病床数は決まっていますし、患者の増加ペースは移動平均などを使えばある程度は関数として理解することができます。

まさに「入」と「出」の計算なので、「いつ頃に病床はパンクするのか」が予測できるようになります。コロナ禍では、こうした計算をして報道していました。

2021年ごろ、結果的に「御蔵入り」になった原稿を書きました。それは、新型コロナが感染から数日間は無症状で、その間に感染を広げているのではないかと指摘されていた時です。

街中で無症状者を対象に無料でPCR検査をしていたのを覚えていますでしょうか?あれは、無症状感染者を発見し、感染拡大を未然に防ぐか、流行を事前に予測できないかという狙いで始まった事業でした。

確か、150億円くらいかけた事業だったと思います。一定期間が経って、感染拡大が止まらないので、「この事業に効果があったのか検証してみよう」と思い立ちました。印象で語るのはよくありません。無料PCR検査の結果、発見できた無症状感染者数の推移と、実際の感染者数の増減を見比べることにしたのです。

無料PCR検査事業の狙いが「無症状者を早期に発見し、流行を予測する」ことでしたら、実際に症状が出て医療機関にかかる患者の増減よりも、早く兆候が現れていなければなりません。一定の期間を取り、「無料PCRで発見した感染者数」(陽性率の増減)と「実際の患者数」を時系列で並べたところ、その動きはぴったり一致したのです。

つまり、「早期に検知」はできていなかったことになります。国や行政は、このようにして政策の効果測定をすべきだと思い、「早期検知、機能せず」という趣旨で原稿を書きました。

しかし、ここで「上司の壁」にぶち当たりました。単純に日々の感染者数を集計すればいいだけの話なのですが、端的に言えば「お前の計算は信用できない」ということで没にされてしまいました。

これは、私が上司に信頼されていなかったためで、「データの提供者に人望がない」ケースに当たります。

そこで「自分の計算が信用されれば良いのか」と思い立ち、そのままの勢いで統計の資格を取得することにしたのです。この件を機に、さらに統計やデータに関する知識を深めることになりました。

下図は、入手可能なデータから改めて作成したグラフです。繁華街などで行われた無症状者向けのモニタリング検査の陽性率(オレンジ線・左軸)と、実際の1都3県の新規感染者数(青棒・右軸)の推移。検査の陽性率の波が、実際の感染拡大のトレンドを見事になぞっていることが一目でわかります。

後の項目で解説しますが、こうしたサンプル調査は数字の絶対数が示す値や細かなブレよりも、「上がっているか、下がっているか」という大まかなトレンドを見ることが大切です。

出典)内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室「感染拡大の予兆の早期探知のためのモニタリング検査の実施状況について」より筆者作成

他方で、統計的な検討をして「正論」が受け入れられた例も紹介します。
私が担当していた神奈川県では、新型コロナの感染初期に、「翌週はどの地域で感染が拡大しそうか」というのを視覚化したマップ(新型コロナ警戒マップ)をホームページに掲載していました。

これも先ほどと同様に、事後検証することにしたのです。
このマップでは、新型コロナ感染状況が悪くなると推計されれば、その地域にプロットする円を大きくし、色を緑、黄色、赤と変えていくという発表の仕方でした。マップの推計が正しければ、感染拡大予測が出ている地域では、実際の感染者数も増えているはずです。

しかし半年分ほどのデータを見比べると、「ほとんど無関係」だと判明しました。もちろん、マップが掲載されたからこそ、市民が行動を変え、結果的に感染が拡大しなかったというケースも考えられます。こうした可能性も含めて記事にすると、行政は誤りを認め、マップ掲載に代わる新たな対策を考えるようになりました。

この後で論じますが、行政はナラティブよりも数字などの根拠を重視する組織です。数式モデルに則って予測したはずのマップが、同じ土俵(数式モデル)で否定されたわけですから、行政は指摘を受け入れてくれたのでしょう。

余談ですが、このエピソードには「データは丸投げしてはダメ」という教訓もあります。マップはおそらく、「日頃発生する風邪症状の人のうち、一定割合は新型コロナ感染者」と仮定して、特定の数式モデルに当てはめて感染予測をしていたのだと思います。この想定がズレていたのだと思われますが、行政に算出根拠を示すようにお願いしても、「民間団体に委託しているから出せない」とのことでした。

政策の根拠となる肝心のデータを外に丸投げすると、クリティカルな指摘をされたときに反応できなくなります。データ分析は外部に専門家がいますし、最近はAIに投げれば分析してくれるようになりましたが、中身を分かっていないと、質問されたときに答えられなくなってしまうのです。

神奈川県が公表していた「新型コロナ警戒マップ」
出典)神奈川県公式LINEアカウント

次回は「データだけでは人は動かない5つの理由」のうち、「2」以降を紹介していきます。

志村のHPはこちら


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