見出し画像

20260404

今朝は7時20分頃目が覚める。朝はいつも「シャワー・洗濯・英会話」というルーティンの3点セットをこなして幕を開けるのだけれど、今日は隣の人が洗濯機をすでに使っていたので洗濯はあきらめることにして、シャワーを浴びた後に7時50分からの英会話のZOOMミーティングに参加する。とはいえ、昨日に引き続き今日も話題を参加直前に見て二の足を踏みそうになった。というのは今日の話題は「婚約指輪について」で、ぼくは51歳になるいまも独身でありなおかつ稼ぎもとぼしく、したがってこれまでの人生において婚約指輪のことなんて考えたことは1ミリもなかったからだ(恥ずかしいがほんとうのことである)。だが、なにもしないで朝を過ごすのもなんだか「負け」のような気がして、まあ「なんなら『聞き役』にまわってもいいか」と不届きなことを考えながら参加することにした。

奇しくもブレイクアウトルームでご一緒させていただいた方々はぼくを除くと女性ばかりで、まずはぼくが背景画像として使っている絵について話題が盛り上がる。その後、じっさいに今日の話題について話し合うことになったのだけれど話していると妙に話が噛み合わないことに気づく。それで、ふとミーティング中気になったことをGoogleで調べてみたらぼくが「婚約指輪(engagement ring)」と「結婚指輪(marriage ring)」を混同していたことに気づいたのだった。いやはや、この歳になってこんな一般常識に気付かされるなんてなんともお粗末なことよと思いつつ、それでもその婚約指輪の代替案として「旅行する」や「記念になるタトゥーを入れる」といった案があり得ることを知ったのは収穫だった。結果として、参加してよかったと思った。

ミーティングが終わって後朝食を摂り、そして9時にイオンに寄りそこでまずはいつものようにペットボトルのホットコーヒーを買い求める。勤務も3日目になるとなんだか疲れを感じる。それとも、朝のルーティンを几帳面に守らんとしているムリがたたってきたのか(こんどはこのホットコーヒーをミルクティーに変えるべきかもしれない)。そうなると陰鬱な気持ちになり、「なんだか疲れたなあ」「しんどいなあ」という気持ちが先走る。いや、これはたんに仕事をするのがめんどくさくてとっとと夜にならないかとかそんなことを考えただけとも言えて、つまり子どもじみた心理なんだろうと思う。もっと仕事に身を入れて打ち込まないといけないんだろうか。

10時より仕事に入り、今日はトップボスによる合同昼礼があったので10時半よりそれに参加する。もちろん昼礼の内容をかるがるしくここに書くような野暮なことはやらないが、頭で学んだことのみならず自分自身の中で体得したこと(肉体の次元まで落とし込まれた「知」)を活かすようにという内容だったので、昼休みになって休憩時間をもらってから弁当を食べ終えた後それについてあれこれ考えた。ぼくもこの会社に入ってかれこれ30年になるだろうか。右も左もわからない状態で、なんのマニュアルもない状態で(しかもジョブコーチもいない状況下で)はじめた仕事もなんとか板につくようになったなあ、と思った。そんなことを英語メモに書いていく。

途中、ここで書けないある事件により自宅待機の憂き目に遭ったこともありながらもかれこれ30年……ただ、辛抱強く仕事をしてきたと言えば言えるのかもしれないけれど、ぼくは仕事が楽しいとかやる気まんまんだとかそんな状態で仕事をしているわけではない。さっきも書いたとおり仕事前はひたすらかったるくてめんどくさくて、疲労が身体から抜けきっていないことに歳を自覚させられて、それでつらいつらいと言いつつ仕事をはじめる。すると身体が仕事に慣れてリズムをつかみ、仕事モードに入っていく。こういうのは英会話でもおなじだろう。英語なんて話せないに決まっている、とかなんとか思いつつZOOMを立ち上げてアクセスしてまずは「Hello」と相手に言葉を投げかければそこからリズムをつかめる。そんなものなんだろうと思う。Spotifyでエリカ・バドゥやジャネット・ジャクソン、シャーデーやローリン・ヒルなんかを聴きつつ英語でメモを書く。

こんなことを書くのは品が良いわけではないのは承知の上で……ふだん部屋にいてDiscordでセクシー女優の話をしたり、それとは対照的に(?)ウィトゲンシュタインや村上春樹の話をしたり、はたまた英語で世間話をチャットしたりしているぼく自身が一方では存在する。そこにいるぼくは、さっき書いたようなだらけていてとことん「腑抜けた」「たわけた」人間そのもののぼくだ。ただ、その反面仕事に入ったり英会話のZOOMミーティングに入ったりするとシャキッと身が引き締まり、生真面目な自分自身が表に出てくる。我ながらゲンキンな(?)性格だなあと思うのだけれど、まあそれで生活がつつがなくまわっているのならいいのだろうと思うことにする。人間的に矛盾していると言えばそれまでかもしれないが、それくらいの「ゆるみ」というか「あそび」があってもいいじゃないか。

5時に仕事を終え、そして雨の中帰宅する。帰宅後、Discordを立ち上げて明日に控えたイースターの話やあるいはぼくが今日学んだ言葉「Brochacho(あたらしいスラングらしい。『男性』への呼びかけの言葉だそうだ)」について話す。10年以上向き合ってきた言葉であるとはいうものの英語はいまだ手ごわく、ミスを指摘されて恥をかくこともしょっちゅう。でも、楽しい時間であることには変わりはない。その後昨日読みかけていた澤井康佑『英文法以前』を読む。実に読みごたえある本で、ぼく自身「知ってたつもり」になっていてぜんぜんわかっていなかったところも多々あることに気付かされ、学びの多い読書になった。

もっともっと読み返さないとこの本の真価・真髄を語ることはできないと判断するが、それでもこの本を読むと英語の独自のシステムの「エグみ」「むずかしさ」はつかめるのではないかと思った。そして、本書で語られる文法的知識をていねいに読み込んで仕入れて、「『体得した』と言えるレベル」にまで高めることで(その過程でたくさんの英文に触れることを要請されるとは思うのだけれど)英語に対するアレルギーは薄れるのではないかと。いや、こうした本をふだんそんなに読まない人間だからこそこんなのんきでぬるい感想になるかもしれないのだけれど。ほかの方はこの本をどう読んでおられるのだろう?

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集