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第28章                                                       もう一度、あの建物へ

朝は、目覚ましより先に来た。

まだ暗さが残っている時間だった。

緊張しているときの身体は、妙に正確に起きる。

眠っていたはずなのに、頭のどこかでは、ずっと次に行く場所のことを考えていたのだと思う。

今日は、もう一度あの建物へ行かなければならない。

パスポートを返してもらうために。

それがなければ、この国を出ることはできない。

前の夜、早めにベッドに入った。

夕食も食べなかった。

食欲がなかったというより、食べるという行為が、自分の中でうまく立ち上がらなかった。

胃のあたりがずっと固い。

何かを入れると、余計に身体が重くなるような気がした。

それでも、何も食べないまま出るのはまずいと思い、身支度をしながらデーツのビスケットを一つ口に入れた。

甘さはあった。

だが、味としてはあまり入ってこない。

食べたという事実だけを身体に渡した感じだった。

外に出る。

朝のベイルートは、まだ動ききっていなかった。

街全体が起きる前の、薄い時間だった。

車は少ない。

店もまだ閉まっている。

昨日の夜の熱が、舗道から抜けきったような空気があった。

Hotel Lostへ向かう。

マイケルが泊まっているホテルだった。

前の日、Le Chefへ向かう途中で偶然マイケルに会った場所のすぐ近くに、そのホテルがあると分かっていた。

だから迷いは少なかった。

ただ、足取りは軽くなかった。

これから向かう先は、観光地ではない。

昨日まで自分たちを拘束し、質問し、パスポートを預かった場所だ。

そこへ、今度は自分の足で戻る。

それは少し奇妙だった。

連れて行かれるのではない。

自分で行く。

だが、自由な訪問でもない。

行かなければならないから行く。

その中間の感じだった。

Hotel Lostの前に着くと、まだ約束の時間には早かった。

入口近くで立って待っていると、併設されたカフェのスタッフがこちらに気づいた。

椅子を一つ外へ出してくれた。

座って待て、ということらしい。

その親切がありがたかった。

昨日までの待つ時間とは、少し違う。

ここでは、椅子を出してくれた人がいる。

誰かに命じられて座るのではなく、待つために座る。

それだけでも、かなり違った。

それでも、身体は落ち着かなかった。

椅子に座っているのに、胸の奥だけが先に進んでいる。

今日、うまくいくのか。

パスポートは本当に返ってくるのか。

もしまた待たされたらどうするのか。

もし何かが足りないと言われたらどうするのか。

もし戻れと言われたらどうなるのか。

考えないようにしても、考えてしまう。

七時半より二十分ほど早く、マイケルが降りてきた。

大きなサングラスをかけていた。

昨日道端で会ったときも、私は最初、すぐに彼だと気づかなかった。

そのサングラスのせいもある。

ただ、それだけではない。

こちらの頭がまだ少し曇っていた。

人の顔を認識する力まで、疲労で少し落ちていたのだと思う。

マイケルはカフェに入り、コーヒーを注文して座った。

彼にとっては、いつもの朝の動作なのかもしれない。

あるいは、落ち着くための儀式だったのかもしれない。

私は、何も飲まなかった。

食べる気にも、飲む気にもなれなかった。

胃はまだ固かった。

水分を取ることにも、少し抵抗があった。

拘束中、トイレに行けるかどうか分からなかった時間の記憶が、まだ身体に残っていた。

飲むという行為が、単純な行為ではなくなっている。

マイケルはスマートフォンを開いた。

Uberのアプリを使い、目的地にナショナルミュージアムを入れた。

あの建物の正確な名前は、まだ分からない。

地図にも出ていない。

だから、目印はナショナルミュージアムだった。

前の日、係官が言った。

向かいにナショナルミュージアムがある。

それを目印にしなさい。

その言葉だけが、私たちの地図だった。

車はすぐに来た。

二人で乗り込む。

車が動き出す。

私は何か話そうかと思った。

今日どうなるか。

もしまた待たされたら。

もしパスポートが返らなかったら。

しかし、何も言わなかった。

マイケルも話さない。

沈黙の方が自然だった。

言葉にすると、かえって不安が形を持ってしまう。

車の中では、ベイルートの朝の風景が流れていた。

まだ開ききっていない店。

歩道を歩く人。

車道に増え始める車。

昨日までの出来事が嘘のように、街は普通に朝へ向かっていた。

ただ、その普通さの中を、自分たちはまた別の文脈で移動している。

前にも同じようなことを思った。

同じ街にいるのに、同じ場所には立っていない。

車がナショナルミュージアム近くの交差点へ近づく。

マイケルが運転手に、反対側で停めてほしいと頼んだ。

前の日、タクシーがこのあたりでUターンしようとして苦労した場所だった。

まだ八時までは二十分ほどあった。

早く着いた。

それは少し安心材料になるはずだった。

しかし、実際には、そこから別の不安が始まった。

白い建物はすぐに見つかった。

門のところには、機関銃を持った兵士が立っていた。

マイケルが先に歩いていき、英語で説明した。

私たちは今日八時に来るように言われました。

名前はマイケルとゲブレマリアンです。

中に入れてください。

しかし兵士は、英語をあまり理解していないようだった。

彼は私たちをじっと見てから、隣にある茶色い建物の方を指した。

そちらへ行け、という意味らしい。

私たちは一度そちらへ歩いた。

だが、近づくとすぐに違うと分かった。

そこには年配の女性たちが出入りしていた。

建物の雰囲気も、昨日の場所とはまったく違う。

一般の施設に見えた。

私たちが行くべき場所ではない。

また戻る。

最初の兵士に、違うと説明する。

今度は彼が、さらに奥の方を示した。

それで私たちは茶色い建物を通り過ぎ、左へ曲がった。

すると、また別の警備の場所があった。

そこには武装した兵士がいて、明らかに軍事施設のようだった。

そこで説明すると、相手は困惑した顔をした。

何を言っているんだ。

入国管理局はここではない。

ここから東へ三十分歩いたところだ。

そういう意味のことを言われた。

話が合わない。

私たちは入国管理局に行きたいのではない。

昨日、ここで尋問を受けた。

二日前にも、ここにいた。

今日八時に来るように言われた。

そう説明しても、うまく伝わらない。

マイケルと私は顔を見合わせた。

何かがおかしい。

私たちは、また最初の門へ戻った。

同じ兵士の前に立つ。

今度は少し強く言った。

ここです。

二日前に来ました。

昨日もここにいました。

この建物です。

私たちはここへ来るように言われました。

兵士は、どの係官に言われたのかと聞いた。

名前は知らない。

言われていない。

眼鏡をかけた係官。

少し太った係官。

そんな特徴を説明しようとした。

しかし、こちらの英語もフランス語も、相手にうまく入っていかない。

時間だけが過ぎていく。

腕時計を見る。

八時二十分を過ぎていた。

胸の奥が急に詰まる。

遅刻したことになるのではないか。

もし約束の時間に来なかったと見なされたらどうなるのか。

また刑務所へ戻されるのか。

手続きが悪化するのか。

昨日までの記憶が、一気に戻ってくる。

待つ。

戻される。

また待つ。

また聞かれる。

それだけは避けたい。

私たちは何度も頼んだ。

中で確認してください。

私たちはここへ来るように言われたんです。

お願いです。

確認してください。

兵士はようやく動いた。

ゆっくりと建物の入口の方へ歩いていく。

私たちはそこで待つ。

数分後、彼は戻ってきた。

肩をすくめる。

手を軽く振る。

だめだ。

もう面倒を見たくない。

そんな仕草だった。

八時半になっていた。

早く来たはずなのに、もう三十分過ぎている。

その時間のずれだけで、不安が膨らんだ。

そこへ、別の制服姿の兵士が後ろから歩いてきた。

建物の入口へ向かっている。

私たちは、ほとんど息をつく間もなく彼を止めた。

同じ説明をもう一度する。

昨日ここで尋問された。

今日八時に来るように言われた。

名前はマイケルとゲブレマリアン。

パスポートがまだここにある。

その兵士は、先ほどの兵士とは少し違った。

話を聞くと、うなずいた。

待っていろ。

そう言って、中へ入っていった。

待つ。

また待つ。

ただし、今度の待つ時間は少し違った。

少なくとも、誰かが確認しに行ってくれた。

それだけで、少しだけ足場ができた。

やがて彼が戻ってきた。

そして言った。

昨日尋問されたカナダ人と日本人だな。

入っていい。

その言葉は、救命ロープのように感じた。

ようやく門を通る。

中へ入る。

同じ階段を上る。

昨日上った階段だった。

足が、その形を覚えていた。

上がるにつれて、廊下の空気も戻ってくる。

椅子。

扉。

声。

昨日と同じ場所。

私たちは、それぞれ昨日と同じあたりで待つように言われた。

八時四十分ごろだった。

しばらくして、昨日の眼鏡の係官が現れた。

私を取り調べた、あの少し太った係官だった。

彼は、広い笑顔を見せた。

心配しなくていい。

ここで待っていなさい。

そう言った。

その声を聞いて、ようやく少しだけ息が入った。

これで本当に終わるのかもしれない。

パスポートが戻ってくるのかもしれない。

この三日間のことが、ようやく閉じるのかもしれない。

その時の私は、まだそう思っていた。

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