リトルフェザー物語
これは私が実際に体験した話です。
一部事実とは異なる内容があるかもしれませんが、間違っていることも含めて実際に聞いた、体験した内容をそのまま書き記しています。
インディアンになるためにアメリカに渡り、ホームレス生活から様々な出会いを経て夢を叶えるまでの物語。
夢への扉を開いたのは、真夜中に目の前に現れたひとりのホームレスだった。
遡ること1980年代半ば。
当時はラジオ代わり洋楽のビデオクリップが画面を飾っていた時代だった。
週末の深夜になると、アメリカンヒットチャート放映する番組を各局で放映していた。
邦楽にはない斬新さと新鮮さが入り混じったアメリカンポップスに、気が付けばハマっていた。
毎週土曜日には銀座の山野楽器に通いポップスのヒットチャートをチェック。
毎週のように気になるシングルレコードを買っていた。
今思うと毎週のようにシングルレコードを買うお金はどこにあったのだろうと不思議に思う。
時は1986年。
洋楽のヒットチャートを紹介する番組を観ていた時、昔のミュージックシーンを振り返るコーナーで衝撃の映像を目にすることとなる。
日本どころか世界中を席巻した一大ムーブメント、ウッドストックの映像が流れた。
自由を訴える当時の若者の服やスタイルが、日本の文化しか知らない中学生の目にあまりにも新鮮に映った。
そのコーナーで最も新鮮に映ったのはその当時ミュージックシーンに名を轟かせていたギタリスト、ジミ・ヘンドリクスであった。
彼の演奏シーンとそのスタイルに目が釘付けになった。
毎週楽しみにしていた番組であったが深夜の放送時間であったため、毎週録画しては何度も何度も繰り返し観ていた。
その映像を見る度に、ジミ・ヘンドリクスへの憧れが強くなっていった。
彼だけでなく、彼が活躍していた1970年代の音楽への興味が強くなっていった。
とある日の深夜、また心を動かされる映像を目にすることになる。
筋交じりのような粗い映像と乾いた空気感の中、画面の中で演奏を始めたバンドがいた。
グランドファンクレイルロードであった。
アフロヘアのドラマーや上半身裸で筋肉ムキムキのギタリストのビジュアルがあまりにも新鮮で斬新であった。
懐かしい!
まるで遠い昔にそこにいたかのような懐かしさが込み上げてきた。
なんだろうこの感覚は。
懐かしさのあまり、何度も何度も見てはポーズして映像の細かいところまで観ていた。
一番気になったのがドラマーのドンが身に着けていたバングル。
大きなターコイズのついた大きなバングルであった。
バングルなんて見たこともない中学生の私は、鮮やかな大きなブルーの何かが付いたバングルが気になっていた。
乗りの良い最高で自由な世界を見せてくれるビデオクリップは中学生の目にとても新鮮で斬新に映った。
ジミ・ヘンドリクス
グランドファンクレイルロード
彼らがこの中学生の人生を変えることとなる。
物心ついた高校生はファッションへと目覚める。
ファッション雑誌を毎月買っては毎晩眺め、学校帰りには渋谷を巡り、休日にはアメ横に通う日々。
パートタイムの仕事の給料のほとんどが洋服とCDに消えていった。
そう。丁度その頃はレコードがCDに取って代わられた時期であった。
毎日のように通っていたアメ横。
スニーカーやジーンズ、様々なスタイルのカジュアルショップが立ち並んでいた。
中でも老舗と言われていたウェスタンショップ。
アメリカンカントリーの世界というまた新たな分野を目にする。
ウェスタングッヅの一角にあった青空のような鮮やかなブルーを纏ったジュエリーに目を惹かれた。
どちらかというと、端に追いやられた感のあるものであった。
ん?
これは!?
あのアーティストが身に着けていたアレじゃないか!?
しばらくすると、その答えが見つかった。
毎月買っていたファッション雑誌の中に、あのアーティストが身に着けていたアレと似たようなものが紹介されていた。
インディアンジュエリーって言うんだ!
どうやら、インディアン、アメリカ先住民が作ったジュエリーらしい。
あの青い空みたいな石はターコイズって言うんだ。
学校の教科書は読まない(正確には読めない)が写真や興味のあることが書いてある文章だけは読んだ。
インディアンジュエリーが気になる。
なんかかっこいい!
いつの間にかインディアという存在に心惹かれていた。
しばらくして、その答えがやってくる。
インディアンの生活という雑誌の特集。
バブルの恩恵で、東京に高層ビルがボコボコと建てられていた1980年代半ば。
そんな東京とは反対に世界では自然崇拝的な生活をしている人たちがいるんだ!
なんかかっこいい!
インディアンになりたい!
いつの間にかインディアンへの憧れが芽生えていた。
勉強よりもファッションと音楽への興味が増した大学生。
インディアンになる第一歩を踏み出すチャンスが訪れる。
仲良くしていた友人がアメリカ留学へと旅立っていた。
程なくして、アメリカに遊びに来ないかという誘いを受けた。
アメリカ。
強い憧れはあったが、訪れたことが無い遠い世界。
海外なんて言ったこともない。
飛行機も高校の修学旅行で一度だけ乗っただけ。
パートタイムの仕事の給料もほとんどが洋服とCDに消えていて、貯金もほとんど無い。
行けないな。
単純にそう思ってしまっていた。
そう伝えようと思っていたが、友人は意外なことを言ってきた。
「チケットは取るから大丈夫だよ。」
『大丈夫!?』
『大丈夫とはなんで?』
「夏休みや冬休み、ホリデーシーズンなど学校が休みになる度に何度も日本に帰国して、アメリカと日本を何度も往復しているからマイレージが溜まったんだ。」
「そのマイレージでチケットを買うから、チケットは買わなくていいよ。」と。
しかも、アメリカから呼び寄せという形を取ると、日本でチケットを買うよりは安く買えるんだと。
それなら行ける!
行かないという選択肢はなかった。
しかも、行先はシアトル。
ジミ・ヘンドリクスが眠る場所じゃないか!
ジミ・ヘンドリクスの街だと言っても、だと言ったら過言かな。
とにかく、私にとっては憧れのジミ・ヘンドリクスの街であった。
ジミに会える!
そのことで頭がいっぱいになった。
憧れのアメリカに行ける!
しかも、ジミの街シアトルに行ける!
インディアンの風を感じられる!
そんなことで頭がいっぱいだった。
シアトルに関する本を買い。
地図を買い。
パスポートを作った。
先輩からの進言で5年にしな、と。
10年にすると10前の写真と見比べられてしまうから恥ずかしいでしょ?と。
後で聞くとつまらない理由であった。
初めてのアメリカ。
期待と不安が入り混じる。
なぜなら。
テレビのニュース番組では、ニューヨークの地下鉄の落書きのことなど、アメリカは危ないところだという情報が時々流れていた。
恐ろしい部分だけを切り取って流している情報とは思いもせず、その情報を鵜呑みにしまっていた。
本や雑誌から入念に情報を集め、アイマスクからネックピローまで、必要と思われるものは一通り揃えた。
約9時間のフライト。
どんな長旅になるのだろう。
ワクワクの頂点で飛行機に乗る。
緊張してほとんど眠れなかった。
長いフライトが終わりに近づく。
シアトルの街並みが見えてきた!
ここがアメリカか!
民家と緑が入り混じる。
広い!
きれいだ!
曇っていたが目に映る光景はとても新鮮なものであった。
着陸の振動と同時に夢への扉が開いた。
Welcome to the US!
時は3月。
飛行機を降りたとたん、冷蔵庫を開けた時のような冷気を感じた。
何もわからず不安げなまま人の流れについて行く。
前にいる人たちが歩けばついて歩く。
前にいる人たちが列に並べば列に並ぶ。
見様見真似で入国審査へ。
入国審査員の強面の男性が人差し指でぼくを手招く。
ぼくの番だ!
『サイトスィーイング!』
受け答えは緊張したが本で読んだ通りに答えて難なく通過。
ほっとした。
いよいよゲートの外に出る。
自動ドアが開く。
スターへの扉が開いたようだった。
幸いにも友人が空港まで迎えに来てくれていた。
安心感で満たされる。
空港内にある駐車場へと向かった。
空港を出たとたん強い冷気を感じた。
これがノースウェストの世界か!
東京のように人気はそれほどなく、冷たい空気に包まれていた。
車に乗せてもらう。
車の中はひんやりとしていた。
いよいよ街に向かう。
ハイウェイに乗ると壮大な景色が広がっていた。
空が広い!
振り返ると、あのマウントレイニアがどーんと鎮座していた。
富士山みたいだ。
数十分が数分に感じたくらい初めて見るアメリカの景色を興奮して見ていた。
いつの間にか眠気を忘れていたほど興奮していた。
友人の住むマンションに着いた。
ここは危ないアメリカなのだろうかと思うくらい日曜日の午後の空気は穏やかだった。
油断するな。
自分に言い聞かせる。
ここはニュースで言っていた危険なアメリカだ。
車から降りるときは緊張し警戒感MAX。
足早に車からおりてアパートの入口へ小走りで向かった。
怖がっていたことは恥ずかしくて友人には言えなかった。
荷物を置き、シアトルの街を案内してもらう。
友人は私が音楽とファッションが大好きであることは知っていた。
若者で賑わう学生街へと向かった。
本場アメリカの古着屋へ入る。
店に入ると、とてつもない懐かしさと新鮮さと感動が入り混じった感情が湧いてきた。
うわー!!
これが本場の古着か!
見るもの全てが新鮮だった。
店の端から端まで一点ずつじっくりと見た。
何時間いただろうか。
懐かしい友だちに会ったかのように。
古着屋を後にし、中古レコードショップに向かう。
レコードショップに入ったとたん、同じような感情に包まれた。
初めて来たのになぜかすごく懐かしい感情を覚えた。
なんだろうか、この感情は。
手にしたかったレコード、見たこともないアルバム、かっこいいポスター。
日本の中古レコードのようにきれいではないが本場の歴史が感じられる味わい深いレコードたち。
日本で見たこともなかったレコード。
目にするもの何もかもが新鮮であった。
気になったのがショップカウンターの一番上に貼ってあったイージーライダーのポスターだった。
レッドロック、サウスウェストの景色を象徴する赤茶色い岩を背景にしたライディングシーン。
『あれ、売り物ですか?』
絶対売り物ではないだろうと思ってはいたが、何気なく聞いてみた。
「残念ながら売り物じゃないんだ。」
「これはぼくがこのレコードショップに来た時からあるんだ。」
「当時のものじゃないかな。」
余計に欲しくなる。
『譲ってくれませんか、って英語でどう言ったらいい?』
友人に聞いてみる。
友人が聞いてくれた。
「やっぱり売り物じゃないって。」
そりゃそうだよね。
また来るね。
そう言ってその場を離れた。
「ブロードウェイに行こう。」
「ジミがいるよ。」
しばらく車を走らせると、また別の学生街に着いた。
ストリートの端に、
いた!
ジミだ!
銅像だが街のジミ・ヘンドリクスへの愛情を感じる。
だが、まだジミには会っていない。
『これじゃないんだよな。』
「わかった。明日会いに行こう。」
「今日は長旅の疲れや時差ボケも出てくるだろうから、部屋に戻ろう。」
近所の美味しいタイレストランで食事を済ませた。
アメリカに来て初日にタイレストラン?
これが多民族国家、アメリカだ。
翌日。
友人の留学生仲間がジミのいる場所へ連れて行ってくれることになった。
車からの景色を見るだけでも楽しくワクワクが止まらない。
ボーイングの工場を通り過ぎ、きれいな街並みの墓地に着いた。
日本の墓地と異なり、広々とした芝生が広がる公園みたいだ。
ここにジミがいるんだ。
少し歩くと花束がいくつか積まれた場所があり、数人の人がいる
James M Hendrix
ギターも墓石に彫刻されている。
ジミ!
初めまして。
君に会いに来たよ。
日本から。
興奮はあったが、周りの景色もあり気分は落ち着いていた。
そこにいた白髪の夫人が話しかけてきた。
「あなたどこから来たの?」
『日本からです。』
「まあ!日本からわざわざ!?」
「私はフロリダから来たの。」
「フロリダからジミに会いに来たなんてクレイジーだと思ったけど、あなたの方が相当クレイジーね!」
ジミを愛する者同士、お互い妙な親しみを感じていた。
「前はこんな平たいプレートじゃなく銅像みたいなのがあったんだけど、盗まれたらしいのよ。」
「遺骨も盗まれたなんていう噂もあるくらい。」
「本当かどうかわからないけどね。」
「今日はどこに帰るの?日本?」
『ここに泊まります。』
「ここに!?」
「はっ?ここに、って!?」
友人は聞いてないよ!と言わんばかりに驚いていた。
友人には言っていなかったが、実は寝袋を持ってきていた。
「おいおい、どういうつもりだ?!オレは帰るよ!」
「お前どうすんのマジで?」
「マジでここに泊まる気かよ?」
『うん。だから寝袋持ってきた。』
「うそだろ!?」
「訳わかんねーよ。」
「ここのどこに泊まるんだよ?」
『うーんと…ここらへん?』
墓石のプレートの下あたりを指さして答えた。
「こいつ頭おかしいわ。」
「訳解らな過ぎて良くわかんねー。」
「なんか疲れたわ。」
「車に戻ってるわ。」
友人たちは車に戻って行った。
「あなた本当にここに泊まるの!?」
「あなた最高じゃない!」
「完全にいかれているわ!」
「私は昔、生でジミを見たことあるのよ。」
『えー!生でですか!? すごいですね! 羨ましい。』
「最高にクールだったわ。」
「ヒッピーのムーブメントが収まってからはあなたみたいなクレイジーな人はあまり見なくなったけど、あなたみたいな人、久しぶりに出会ったわ。」
「楽しんでね!」
「グッドラック!」
白髪の夫人と再会を願った。
寝袋を敷き始めて間もなくセキュリティガードマンがやって来る。
「お前ここで何やってんだ?」
『ここに泊まろうと思って。』
「ダメだ。」
「もう閉園時間だ。」
「かたづけて出ろ。」
『どうしてもダメ?』
「ダメだ。今すぐでないと警察に引き取ってもらうことになるぞ。」
その後に言われた英語が理解できず大きなトラブルみたいになってきてしまった。
何かのトラブルかとかぎつけたさっきの夫人が戻ってきた。
「何か気になって戻ってきたのよ。」
夫人がセキュリティガードマンに叱っているように言葉を重ねていた。
ぼくは助かったみたいだ。
騒ぎに気付いた友人たちが戻ってきて夫人としばらく話していた。
どうやら…
「私はフロリダからわざわざジミに会いに来たけど、この子は日本からわざわざジミに会いに来たのよ!」
「この子は私よりバカな子なんだから、その手を放しなさい!」
と言ってセキュリティガードマンを退散させてくれた。
あー…、バカで良かった。
シアトルの旅を終えて間もなく、学生の期間は終わりに近づいていた。
学生時代はファッションや音楽に、友人たちとの交流やパートタイムの仕事に勤しんでいた
就職活動という重たい空気に押されながら同級生たちは積極的に動いていた。
インディアンジュエリーが仕事だったらどんなに楽しいだろうか。
そんなことを漠然と思い描いていた。
重い腰を上げ、やりたくもない就職活動をやってみた。
真剣ではなく、周りが皆やっているから仕方なくやっている程度だった。
そんなの上手くいくはずがない。
ただ企業説明会に参加し、話を聞く。
成果は上がらないが就職活動をやっている気になって焦りの穴をただ埋めていた。
6月のある日。
6月の後半にもかかわらず、気温は38℃を指していた。
暑さで意識がもうろうとする中、涼しげな青い看板と店から出てくる冷気に誘われ、百貨店に吸い込まれていった。
することもなく涼んでただぶらぶらと歩いていると、インディアンジュエリーらしきものを売っている売り場に出会った。
こんなところにインディアンジュエリーが?
百貨店に?
そこには黒い服を着てキュッと後ろで髪を結んだ母親と同じくらいの年の女性が立っていて、何かを布のようなもので磨いていた。
ターコイズの青色に目を奪われ、しばらく眺めていた。
そこにいた女性からは特に積極的に売ろうという気を感じなかった。
どうせ買わないだろうと思われたのだろう。
どことなくやっつけな感じで暇つぶしのように何かを磨いていた。
店には当時でもあまり見ないすごい商品がたくさん陳列されていた。
じーっとジュエリーたちを眺めていると。
「好きなの?」
『はい!』
「そう。」
「お茶のみに行く?」
『え?あ、はい。』
突然の誘いに驚いたが、何か面白そうだなと思いその女性の後をついて行った。
百貨店の裏手にある地下の店へと入って行った。
店に入ると昭和のレトロ感のあるきらびやかな世界が広がっていた。
名前はフランス屋、なのに昭和な感じ。
これが銀座だ。
不思議と初めましてな感じはなく、女性はうんうんと言って私のインディアンジュエリーへの思いを聞いてくれていた。
インディアンジュエリーが大好きであるという思いが伝わったのだろうか。
見た目で就職活動をしているのがわかったのかわからなかったのかはわからないが。
「就職はもう決まったの?」
『いいえ。まだです。』
「ウチで働く?」
『え!?』
『はい!』
即答してしまっていた。
「じゃ、明日からおいで。」
『はい!わかりました!』
全く予期せず就職が決まった瞬間であった。
無意識にいつの間にか就職活動をしていたらしい。
就職活動は本来こういうものかもしれない。
いつの間にか、希望していたインディアンジュエリーを仕事にするという生活が始まった。
すごい商品の数々。
『どうしてこんなにすごい商品がたくさんあるのですか。』
「この会社の社長はね、70年代にナバホの人たちのために当時2億円かけて学校を建ててあげたの」
「そのお礼にとたくさんの素晴らしい商品を贈られたのよ。」
「コネクションがあるから良い商品が手に入るの。」
この会社の母体はパールの専門商社で品質では名の通った会社であった。
素晴らしい数々の商品はあったが、実際働いてみると厳しい現実が待っていた。
たくさん売れるどころかあまり売れない。
丸1か月間休み無し。
そんな日が続くと、商品を見ても心躍らない。
時々新しい商品が入ってきたときはしばらくは楽しかったが、その期間は長くは続かなかった。
魅力の感じない商品ばかりが残る。
若かったからか、まだ社会を知らなかった。
本や雑誌では魅力的な作品ばかりだったのに、目の前にある作品は何か元気がない。
自分の元気がないからか。
様々な理由が重なっていたこともあり、なかなか売れない。
暇な時間が長く続く。
インディアンジュエリーの本や雑誌を眺めて時間をつぶす。
百貨店という場所は窓もなく、激しい競争や厳しいルールがあったり、常にピリピリとした空気が流れていた。
雑誌の中のインディアンの地はターコイズのような広く大きな青空が広がっていた。
インディアンの地へ行きたい…。
アメリカには素晴らしい作品がたくさんあるんじゃないか?
そんな思いが募っていった。
好きなものを目の前にした仕事にもかかわらず、仕事に窮屈さを感じ、ある決意をし、職場を離れた。
ぼくはインディアンになる!
本場のインディアンジュエリーの世界を知りたい。
どうすればいい?
英語を勉強する必要があるな。
インディアン語か?
どうやってインディアンの言葉を勉強すればいいんだ?
先ずは英語か。
よし!先ずはアメリカに行こう!
ジミのいるシアトルに行こう!
できるだけ長く滞在するにはどうしたらいいか。
そういえば友人が留学してたな。
観光で行くより長く滞在できるだろう。
でも、そうするには先ずはお金を貯めるしかないな。
脳みそが少ないから頭を使う仕事はできないか…。
肉体労働なら短期間で手っ取り早くお金が貯められるかな。
近場で高額なパートタイムの仕事と言えば、築地市場での仕事だった。
特に、年末にかけての仕事は給与が少し良かった。
ここなら短期間でお金が貯められるかもしれないな。
面接に臨む。
「君、手がきれいだけど、うちの仕事大丈夫か?」
『大丈夫です!根性だけはあります!』
『祖父ちゃんも父ちゃんも魚河岸で働いていました。』
『血筋は間違いありません。』
根拠のない自信だけはあった。
「よし!じゃ、明日から来なさい。」
冬の屋外で深夜の力仕事が始まる。
昼夜逆転の生活は慣れなかった。
冬の屋外での深夜の力仕事は思いの外厳しかった。
雨や雪が降ると辛さは倍増。
閉ざされた百貨店での精神的に辛い仕事と、屋外で開放感のある魚河岸での肉体的に辛い仕事、どっちが良いのか。
そんなことを考えながら日々の仕事をこなしていた。
なんとか契約の期間を終え、十分ではないがそこそこの貯金ができた。
よし!インディアンになるぞ!
どうやってなる?
先ずは英語が話せないとコミュニケーションできないな。
そもそも英語なのか?
とりあえずアメリカだから英語は必要だろう。
シアトルは行ったことがあるし、友人もまだシアトルに留学中だ。
その辺りのことは全く分からなかったから、とりあえず留学の仕方について友人に聞いた。
経験者からのアドバイスは心強い。
少ない預金残高をさもあるかのように見せるため、残高証明書を取っては全額引き出し、それを別の銀行に移して残高証明書を取り、書類審査で落とされないように備えた。
留学に必要なビザを取ったりと、必要なものをそろえた。
友人のサポートもあり、無事現地の大学に行くことが決まった。
初めてのアメリカの学校。
公園か?美術館か?
建物が低くて空が広く、開放的なキャンパスであった。
友人からはよく現地での学生生活のことや大学の先生の話を聞いていた。
「留学生は初めは入学してから英語の授業があるんだけど、友人がね、英語初級のクラスにジュディという先生がいて、優しいから大好きだって言っていたよ。」
そうなんだ。
英語話せないからその先生のクラスに行けるといいな。
英語のクラス分けテストの結果が出た。
入学したての高校生みたいに緊張しながら教室へと向かう。
「こんにちは。みんな元気?」
「ジュディです。よろしくね。」
ジュディって、あのジュディかな!?
初級クラスだからきっとそうに違いない!
幸運にもジュディのクラスを受けることができた。
クラス分けテストの点数が低くて良かった。
ジュディの授業は楽しかった。
ジュースを飲んだり、お菓子を食べたり、留学生が出身国の料理を持ち寄って食べたり。
こうやって英語を楽しみと結びつけると身に付くんだなと感じた。
楽しい日々はあっという間に過ぎる。
あっという間に半年が経過した。
思いの外出費が多く、1年大学に通う予定が半分の6か月になってしまった。
というのも…。
学校にいる以外は大好きな古着屋やレコードショップを巡り、日本で手には手に入りにくい気になったものは手に入れていた。
そのため、お金もほとんど底をつき帰国を余儀なくされた。
帰国日当日。
故郷を離れるかのようなとてつもない寂しさに襲われた。
当時上映されていたマイケルジョーダンの映画の主題歌が寂しさをあおった。
必ずまたここに戻ってくる。
そう心に決めて日本へと旅立った。
目標は1年後。
また一からやり直しだ。
お金を貯めてシアトルに戻るぞ。
シアトルに戻るため、選んだのは屋台のラーメン屋。
ただ近場で給与が良かったという理由だけ。
短期間で集中的に稼ぎたかった。
また深夜のパートタイムの仕事だ。
楽なわけがない。
それでもシアトルに戻るため。
そこに集中していた。
ラーメンの屋台の仕事や派遣でのオフィスでの仕事を終え、目標の約1年が経過した。
わずかな金額であったが少しは貯金ができた。
これでどれだけ長くいられるだろうか。
前回よりは長くいたい。
ところが、そんな願いも叶わず$1=\140台半ばという円安に見舞われた。
予定期間の半分も学校に通えないんじゃないか?
それでも行く!と決めていた。
以前シアトルに留学していた友人は他の大学に移っていた。
今回はだれにも頼らず全て自力で大学に通ってみよう。
書類の提出から大学とのやりとりまで、難しくはあったが難無く進めることはできた。
大学に再入学する日が決まり、住む場所も現地のコーディネーターを通じて手配することができた。
やっと、シアトルに舞い戻ることができた。
住まいのアパートを手配してくれたコーディネーターの方が空港まで迎えに来てくれていた。
英語があまり話せなかったので、住まいの手配は専門のコーディネーターにお願いしていた。
他愛もない話をしながら住まいとなるアパートに到着。
部屋を見せてもらったが、その空気感からそこに決めるしかないと思い契約をすることに決めた。
部屋を借りるまでの間は近くの安いモーテルで寝泊まりすることにしていた。
以前そこを通った際に安いモーテルがあるのを覚えていた。
モーテルにチェックインし、留学に使える予算や学費、家賃をよく考えてみたら、あのアパートに住むのは厳しいと感じた。
やっぱり断ろう。
そう決めて、辞書で単語を調べてアパートの家主につたない英語でキャンセルの電話を入れた。
しばらくして、モーテル経由だったか、コーディネーターの方から電話が入った。
アパートを勝手にキャンセルしたことへの怒りの電話だった。
「ここはアメリカなのよ!」
アメリカ移住者らしい主張であった。
そんなところにもアメリカを感じた。
アパートをキャンセルしてしまったからには、しばらくはモーテルから学校に通う外なかった。
とは言うものの、安いとは言え日に日に宿泊費は大きな負担となっていた。
アパート1か月の賃料の方が安い。
でも、もう断ってしまったからなぁ。
そんな思いでしばらくはモーテルから学校に通っていた。
安いモーテルは、やはり安いだけの理由がある。
設備などは悪くはないが、受付の女性が意地悪であった。
ま、差別もアメリカの文化。
そう思いながら、以前通っていたペットショップまで歩いていると、きれいなモーテルを見つけた。
プライスのサインを見ると、今いるところより少し高いけれどこっちの方が良さそうだ。
部屋が空いているか聞いてみよう。
受け付けの扉を開けると70歳くらいの男性が受付にいた。
『部屋は空いていますか。』
「OK。ちょっと待ってね。」
「うん。空いてるね。」
『今日から泊まりたいのですが。』
「うん。問題ないよ。」
「君、旅行で来たのかい?」
『いや。学校に通うために来たんだ。』
『今泊っている向こうのモーテルの人が意地悪だから他を探してたんだ。』
「そうか。それは残念だったね。」
感じの良い人で良かった。
しばらくはここから学校に通おう。
英語のクラス分けのテストが行われた。
今回は少しレベルアップしたため、ジュディのクラスを受けることはできなかったが、ジュディはまだ先生を続けていた。
「ハーイ!お帰り!」
また帰ってくることができた。
「どこから通っているの?」
『アローラのペットショップがある近くのモーテル。』
『借りようとした部屋をキャンセルしてしまって。』
『まだ部屋が見つからないんだ。』
「あら、そうなの。」
「主人のジャックの家がバーソーにあって、そこに息子たちが住んでいるの。」
「部屋が一つ空いていたと思うんだけど、そこどうかしら?」
『え! 是非お願い!』
「一応息子たちに聞いてみないといけないから、少し待ってね。」
『解った!』
少し希望の光が見えた。今は返事を待つしかない。
今日はこの近くのマーケットで買ったサラダで腹を満たした。
少し経って。
「大丈夫みたい。」
『やったー!』
『ありがとう!』
『今日から入れる?』
「問題ないと思うわ。」
「乗せて行ってあげるからモーテルに戻って荷物をまとめなさい。」
急いで荷物をまとめてジュディの車に飛び乗った。
これで寝る場所が確保できる。
安堵感が生まれた。
ジュディの家、そしてハウスメイト全員がジュディの息子たち。
異国の地でこの上ない安心感だった。
安心して住む場所も見つかり、またキャンパス生活に戻ることができた。
大学のキャンパスを巡るオリエンテーションでは様々な場所を見て回る。
その途中、オフィスか何かの前を通ったときにインディアンに関するイベントのような告知の案内を見つけた。
これはなんだ?!
興味がわいた。
これが何か知りたい。
誰かいないかな。
事務所の中に女性が一人がいる。
あの人に聞いてみよう。
『すみません。これはインディアンのイベントか何かですか?』
「あー、これはね、パウワウと言って全米各地から様々な部族が集まってダンスをするイベントがあるの。その案内よ。」
『え!いつどこでやるんですか?』
「ディスカバリーパーク。この場所よ。」
『ぼく、インディアンに会いたいんです。』
「私、インディアンよ。」
『え!そうなんですか!』
『あなたが初めて会ったインディアンです。』
『会えて嬉しいです。』
「あら、そうなの!私も会えて嬉しいわ。」
「インディアンの食べ物やアートのブースが出店していたり、ダンスがあったり楽しいイベントだから是非行ってみて。」
『ありがとうございます!』
本物のインディアンに初めて会って興奮していた。
ジュディは授業を楽しんでもらおうと、クラスに様々なゲストを招いた。
「今日はゲストが来ているの。」
「私の娘の夫、婿のティムよ。」
「彼はブラックフットという先住民族の出身なの。」
初めて身近に感じたインディアンであった。
ティムは授業の中でビーズで装飾された衣装を見せてくれた。
これがインディアンの服かと思ったが、それはダンスの時に切る衣装であった。
頭に着ける飾りのところに大きな羽根が付いていた。
「触っても良いですか?」
生徒の一人が聞いた。
「残念だけど、この羽根は神聖なものだから持ち主以外はだれも触れないんだ。」
初めて見たイーグルの羽根にも興奮していた。
学校の帰りジュディが言った。
「今度ディスカバリーパークで行われるパウワウでティムもダンスをするのよ。」
「私たち行くからあなたもどう?」
『是非行きたい!』
初めてのインディアンのイベントに興奮を抑えられなかった。
イベント当日、会場に向かう。
どんなパウワウとはどんなイベントなんだろう。
想像が膨らんだ。
開催時間よりも大分早くイベント会場に到着してしまった。
会場の中心地に向かうと、そこには様々なブースが立ち並んでいた。
その中にインディアンジュリーを販売しているブースを見つけた!
うわー!
これが本場のインディアンジュエリーか!
『こんにちは。これ、ズニ族のジュエリーですよね?』
予備知識をもとに聞いてみた。
「ええ、そうよ。」
『ボク、エフィの作品が大好きなんだ。』
エフィとは当時好きだった有名なズニ族の作家だ。
「ああ、カラバサね。彼女のことは良く知っているわ。」
『そうなんだ!』
好きなインディアンジュエリーアーティストであるエフィに少し近づけた気がした。
ここもあそこも魅力的なブースばかり。
何時間あっても時間が足りないほどであった。
いよいよイベントが始まる。
サークルの周りには大きなドラムがいくつも置いてあり、体格の良いインディアンたちがドラムを囲んで座った。
サークルの中にはティムが見せてくれたようなカラフルな衣装を纏ったダンサーたちが練習を始めた。
何という光景だ。
これがインディアンの世界か。
インディアンの世界を覗けたことがとても嬉しかった。
いよいよ本番が始まる。
ドラムを囲んだ男たちがドラムを叩きながら高い雄叫びのような声を張って歌を歌い、中央ではゼッケンナンバーを付けたダンサーがダンスを踊る。
ダンスは採点されるらしい。
「ドラムの音が止むと同時にピタッとダンスを止めなければならないんだ。」
ティムが教えてくれた。
ドラムの音とシンガーの迫力がすごい。
青年の部や女性の部などカテゴリー分けされていた。
観客も一緒に楽しんでいた。
「イベントの最後の方にはインディアンと観客が皆一緒になって踊るのよ」、とジュディはダンスを見るのを楽しみにしていた。
次々とカテゴリー毎のダンスが進み、アナウンスの後観客たちがサークルの中に集まりだした。
「あなたも輪の中に入って踊ってらっしゃい!」
ジュディが勧めてくれた。
大舞台に立つかのような興奮を覚えた。
近くにはティムがいた。
「足を上げてこうやって踊るんだ。」
老若男女誰でもステップが踏めるような足踏みみたいなかんたんなダンスだった。
口数の少ないティムの横でステップを刻んでいた。
インディアンに会ったら聞いてみたいことがあった。
隙間を埋めるのに丁度良かったのかもしれない。
『どうやったらインディアンになれる?』
「生まれ変われ。」
ティムはそう一語だけ発しただけだった。
インディアンになりたくてアメリカまでやって来た。
やっとの思いで入ろうとした家のドアを閉められたようでショックだったが、その空間、それが全てだった。
インディアンになることをどうしても諦められなかったので、自分の頭の中で解釈を緩めた。
血筋という意味では生まれ変わるしかないのかもしれないが、精神の部分ではきっとインディアンになれる。
そう自分に言い聞かせた。
初めて目にするインディアンカルチャーの世界。
公のイベントではあったがその世界に入り込むことができて嬉しかった。
シアトルでは先住民族出身のティムに会ったり、インディアンの血を引くジミ・ヘンドリクスの文化に触れることができた。
留学は英語の習得とアメリカ文化に触れること、音楽やファッションなど好きなことを楽しむために選んだ道だったが、資金の少なさと円安が影響し、学生として授業を受けることが難しくなった。
来期は授業料が払えない。
仕方がない。
大学に通うのを断念することにした。
『大学に通うお金がなくなって通えなくなったんだ。』
ジュディに伝えた。
「そう…。」
「私の助手をやりなさいよ。」
『助手?!』
『え! やる!』
即答だった。
「明日もいつも通り迎えに来るから。8時ね。」
『うん! わかった!』
正式には学生という扱いにはならないが、授業に出ることができるようになった。
今日からはジュディについて回る。
助手の主な仕事は、難民や英語があまり話せない学生のサポート。
ジュディが話したことをなぜか私がまた同じことを英語で説明するというおかしな構造。
それでも学生は受け入れてくれた。
ハンドアウトを配ったり、授業の内容が解らない学生のサポートをした。
ジュディが受け持っていたのは英語の初級クラスで、クラス内のほとんどが難民として様々な国からやって来た人ばかりだった。
年齢も様々。
厳しい労働環境で働き、片腕を失った人や、国から追われて逃げてきた作家。
政府からボートで逃げ、ぎゅうぎゅう詰めのボートの中で1か月以上も海の上で漂流していたところを助けられた人。
家族がいない人、お金がない人など、ここに辿り着いた理由は様々だった。
アメリカに長く滞在出来ていいなぁと思ったこともあるが、来たくなくてもここにいなければならない人たちもいたであろう。
ここに来るまでは壮絶な経験をしてきた人たち。
安心して英語を学び、社会に出て役立ててほしいという思いでクラスのサポートをした。
時には、歯科医院に通えない学生を、その学生の出身国出身の遠くの歯科医の元へ数時間かけて連れて行ったり、
個別の生活のサポートも行った。
キャンパスに通って学生たちと触れ合えることだけで楽しかったが、とうとうアメリカ滞在のための資金も底が見えてきた。
いよいよアメリカを離れなければならない。
想定していた期間よりもかなり短い留学生生活だった。
ジュディに話した。
ある日、ジュディの家でさよならパーティーを開いてくれることになった。
何人来ただろうか20人以上は来てくれたと思う。
驚きと嬉しさと、寂しさと、様々な感情が入り混じった。
帰国当日。
前回の帰国時よりは寂しさを感じなかった。
なぜなら。
今回、戻って来られたから。
戻って来られたということは、また戻って来られるということだと感じていたからだ。
いつの日か、またいつの日か戻ってくるよ。
またね、大好きなシアトル。
留学生活を終え、お金は全て使い果たして帰国し、貯金も無く、生活費を稼ぐために派遣の仕事をしたりしてなんとか食いつないでいた。
その間、数社就職したものの、なぜか勤務して1年以内にどの会社も倒産状態になってしまい、その度に解雇されてしまっていた。
厳しいながらもなんとか生活を続けていたある日、我が家のかわいい犬さんが旅立ってしまった。
こんなにも悲しいことがあるのかと、悲しみに暮れていた。
わずか14年の生涯。
短い命であった。
ワン生は短い。
人生も短い。
一度きりしかないワン生。
人生も一度きり。
これ以上失うものはない。
よし!
やりたいことをやろう!
後悔しない人生を歩もう!
ずっと叶えたかった夢。
諦めきれなかった夢。
インディアンになる!
今からでも遅くはない。
ぼくは旅に出る!
でも、お金はない。
でも、何とかなる。
というより、そんなことすら考えていなかった。
出発の地に選んだのは、もちろん、第2の故郷シアトル。
ジミの眠る地。
ジュディたちもいるので、旅の準備、心の準備ができると思ったからだ。
迷わずLA行きのチケットを取った。
シアトルではなくLAを選んだ。
LA行の方が便数が多く、シアトル行きよりも航空券が安かった。
LAからシアトルまでは長距離バスで移動。
移動時間は約30時間。
今思うと航空券の価格とバスの価格はそんなに開いてはいなかったが、旅を続けるために少しでも節約しておきたかった。
LAに到着し、路線バスで空港から長距離バス乗り場まで向かった。
バス乗り場に到着する手前で目の前に衝撃の光景が広がった。
歩道にはブルーシートの屋根のテントがずらっと並んでいた。
信号が赤になると歩道からホームレスがゾンビのように信号待ちをしている車に群がって来た。
後で知ったことだが、LAでも最も危険な地域だったらしい。
バス乗り場から外へ出るのは止めよう。
バスに乗るまでは安心できない。
夜になり、ようやくシアトル行きのバスが出発した。
初めてのバスによる長距離の旅。
6時間以上の車での旅は初めてだ。
どんな旅になるのか楽しみであった。
バスに乗り込むために多くの人が並んでいた。
バスに乗り込むと空いている席はそんなに多くはなかった。
本で調べたところ、運転手の近くが安全だという。
一番前の通路側の席が空いていた。
隣には大柄な男性が座っていた。
隣の席に座らせてもらった。
これから30時間のシアトルへの旅が始まる。
バスは2、3時間毎にファストフード店の前に停まる。
田舎道ではファストフード店がバス停代わりになっていて、ほとんどの乗客はそこで食料を買う。
サクラメントを通り過ぎた頃、異様な臭いがバス内に立ち込めた。
動物園の動物の檻の中にいるようなとても息苦しい空気だった。
その答えは後で知ることとなる。
大きな都市のバス停では、時々乗り継ぎが行われる。
乗り継ぎの際、荷物の積み替えで紛失が起こることが良くあるそうだ。
何十ものバス停に停まり、数回バスを乗り継ぎ、夜明けを迎え、ようやくシアトルに到着した。
疲労感はあったが、それよりも達成感の方が上回っていた。
シアトルのバス停からジュディの家までは約2時間。
なぜか近く感じる。
無事ジュディの家に到着。
ジュディと夫のジャックは、私がLAからバスで30時間以上もかけて到着したことに驚くとともにやや呆れた感じであった。
情報収集と準備運動を兼ねて、ジュディの家の庭で日本庭園造りを行う。
前回、学生として来た際にジュディの家に日本風の池を造っていた。
今回は2つ目の日本の池造りだ。
きれいな湖を目の前にしたこの地で自然と土に触れたことは、未知の地への旅への良い準備運動になった。
長旅への出発の日が近づいて来た。
先ずは旅の準備、シアトル市内のアウトドアストアでバックパックなど長旅に必要なものをそろえた。
毎日のように街に出てバスのスケデュールや地図、宿泊施設などの情報を入手した。
所持金は$500(当時のレートで約\50,000)。
もちろん飛行機などは使えない
長距離バスでインディアンの地、サウスウェストを目指す。
取りあえず現地までの途中の主要地点を目指すことに。
バスで72時間。
どんな旅が待ち受けているのだろうという期待が大きかった。
他に選択肢が思いつかなかったので、バスのスケデュールを確認する。
目的地まではいくつかの異なるルートがあったが、ウェストコーストを通るルートを選んだ。
出発の日。
「MOMOTARO!」
スウェーデン系アメリカ人のジュディが祖国の母の味、ミートローフを作って持たせてくれた。
ジュディは桃太郎の物語を知っていて、桃太郎の鬼退治に行く旅になぞらえてきび団子の代わりにミートローフを持たせてくれた。
未知の長旅に緊張していたが、少し緊張がほぐれた。
シアトルの長距離バス乗り場に到着しバスに乗り込む。
LAからシアトルまでバスで来たときは30時間程度かかった。
シアトルからサウスウェストの街までは70時間以上かかる。
こんなに長い間バスに揺られることはない。
長距離のバス移動はとても窮屈だ。
しかも、乗り継ぎの際に荷物がよく無くなるらしい。
主要地点で何度も乗り継ぎを行うが、その度に荷物の積み間違いや積み忘れ渡し間違いなどが起こるので、窓側に座って自分の荷物の存在を確認できるようにしておいた。
ドライバーの権限は強く、やはりドライバーの近くが安全だ。
バスに揺られて20時間以上が経過した頃、どこかで嗅いだ臭いがバスの車内に充満してきた。
これは!
LAからシアトルに向かう際に漂ってきたあの匂いだ。
窓の外を見ると地が見えないくらいの牛の群れが一面に広がっていた。
広大な大地を覆う牛のカーペットのようだ。
何千頭、何万頭いるだろうか。
恐らく、牛たちも身動きが取れずそこで排泄をして過ごして行くのだろう。
セスナ機のようなものでエサを蒔いているようだ。
話を聞くと死んだ牛を乾燥させた肉骨粉を牛のエサとして与えているらしい。
そりゃBSEにかかる牛がたくさんいるはずだ。
その牧場地近くのバス停のファストフード店に到着した時、外に出てみると強烈なあの匂いが鼻を突いた。
それにもかかわらず、バスの乗客のほとんどがそのファストフード店でハンバーガーを買って食べているのが信じられなかった。
生きるとはどういうことなのか?
こういうことなのか?
昼間はアメリカの壮大な景色を眺めていたので退屈ではなかった。
バスが停まる街に近づくとモーテルなど明かりが見え始める。
田舎のバスストップはカフェやレストラン、ファストフードがバスストップを兼用していることが多く、食糧調達とトイレ休憩が主な目的である。
乗降客は必ずと言っていいほどバスが停まる度に食料を買うので、フードストアはバスの乗降客が購入するフードで収益を賄っている。
私にはハンバーガーなどを買うお金はない。
ギリギリまで我慢するしかなかった。
北から南へ移るほど、景色は緑から茶色に変わってきた。
憧れの地に近づくと、より期待が大きくなってわくわくしてきた。
それまでの憧れへの思いがめぐる。
旅立つまでは慎重過ぎた自分がいた。
一度きりしかない人生。
後悔しないようにやりたいことをやって死にたいと思った。
その思いが憧れの地へと向かわせた。
朝方、靄のかかる山道で、ターコイズのにおいがしてきた。
そんな訳はないが、偶然この近くにターコイズ鉱山があった。
このまま降りて走って向かいたかったが、今目指すところはそこではなかった。
走り続けること約72時間。
大きな町が広がっているのが見えた。
やっと、目的地の街に到着した。
ただ座って乗っていただけだが、何か一つ大きなことを成し遂げたかのような達成感で満たされた。
サウスウェストの主要都市の一つであるこの街を起点に、インディアンにまつわる地を訪れようと考えた。
右も左も分からない。
夏の日中だった。
とにかく暑かった。
大きな荷物を背負って、とりあえず安宿を目指した。
ダウンタウンとは思えないほど寂れている。
店もほとんどなく、鉄格子ばかりが目立つ。
後にその意味が分かることになる。
ようやくの思いで宿に辿り着く。
安宿だ。
怪しそうな人がここそこにいて少し怖かった。
一番安いベッドを確保し、ベッドに座った。
ようやく屋根のあるところで休むことができた。
ほんの僅かではあるが着いたという感覚になった
しかし、警戒心の強い私は落ち着くことはできなかった。
目指していた乾いたオレンジ色の街に到着したので居ても立ってもいられず、早速街を探索したくなった。
地図と情報を元に歩いた。
日本ではお店でしか見ることが出来なかった工具やターコイズ、インディアンジュエリーがここそこにあり、そんなお店が集まった一角もあった。
夢のようなところを目の前に長旅の疲れも忘れ、ずっとテンションが高いままであった。
この後どこで手に入るか分からなかったので、食料と水を探し今夜に備えた。
どことなく危険なにおいのする街。
聞くところによると、この街はギャングの中でもギャングに受け入れられなかった落ちぶれた輩が集まる街らしい。
なるほど、だから鉄格子のある店が多いのか。
怖くて落ち着かない訳だ。
現地の路線バスの中でおかしな言動をするヤツや、上半身裸でなぜか血だらけのヤツがいたりと、
バス停にいてもどこにいても緊張が解けない。
だが、街の中心地から空港へも近く、移動拠点にするには便利な場所である。
明日の水を確保して宿を後にし、次の目的地へ向かうためにバス停に向かった。
いつも長距離バスを利用するが、どの街でも長距離バス乗り場は大抵危険な場所にある。
24時間明りが点いているし、雨風をしのげるからだ。
いざとなれば移動もできる。
街を離れ北に向かった。
インディアンリザベーションのある町に近づいていた。
ほどなくしてとある街に到着した。
今夜寝る場所を探す。
調べると、安宿までは歩いて40分ほどかかる。
大きな重いバックパックを抱えての移動は大変だった。
どのくらい歩いただろうか。
車の多い道に出た。
とりあえず北を目指した。
山の向こうの空がキレイだった。
空の色が青かった。
正にターコイズブルーの空であった。
ようやく宿のサインが見えた。
インディアン“らしい”土壁の建物だった。
早起きしての緊張感のある移動は疲れたが、早く街並みをこの目で確かめたかった。
荷物を置き、水を抱えて出発した。
宿のフロントの人が言うには、目の前のバス停からダウンタウンまではバスで行けると言う。
思ったよりも早くバスがやってきた。
ラテン文化が根強いせいか、バスまでもがラテンの乗りであった。
ドライバーは長い髪を風でなびかせ、車内はロックの曲がガンガンにかかっていた。
前回の窓から流れてくるぬるい風とロックが妙に合っていた。
昨日いた街とは違い、なぜか安心の空気に包まれていた。
気とはこういうものか。
街はキレイな面持ちで観光地のような空気であった。
観光地のようなところではあったが、そこにはインディアンの文化が根付いており、後にここが忘れられない場所となる。
便利な場所で、水も安い食料も容易に確保できた。
居心地が良かった。
夜空もキレイで流れ星も走っていた。
その夜、夜空に不思議な光景を見た。
月の周りにボンヤリと環ができていて幻想的な風景であった。
後に気づくが、この光景を見ると奇跡が起きる。
翌日、安宿を後にし再び街の探索に出かけた。
バスを待っていると、一人の老人が垣根に座っていた。
カラフルな杖を握っていた。
その老人が話しかけてきた。
「どこへ行くんだ?」
『町の中心市を目指しているんだ。』
「ここへ何しに来たんだ。」
『インディアンの世界に触れたくて来たんだ。』
「オレもインディアンだ。 北から来た。」
『よろしく。』
「プレストンだ。 よろしくな。」
その老人はポケットからワタリガラスの羽を取り出し、私にくれた。
「友情の印だ。」
『ありがとう!』
「オレが街を案内してやろう。」
そういうと北に向かって歩き始めた。
「ここへ何をしに来たんだ?」
『インディアンになりたいんだ。インディアンジュエリーも学びたいんだ。』
「オレも昔はジュエリーを作っていた。」
「工具も何もかも銀行の金庫にある。」
「だが、金がないから取り出せないんだ。」
北に向かい歩きながらそんなことを話していた。
そうしていると街の中心地に着いた。
どこに向かうのかとついていくと、一軒の店に入っていった。
ビーズを売っている店だ。
彼はビーズを2、3個手に取ってポケットからしわくちゃの札を取り出した。
店主「6ドルね。」
プレストン「2ドルじゃだめか?」
店主は少しあきれた顔でうなずき、札を受け取った。
プレストンは身に着けているネックレスに付け足し、誇らしげな顔をしていた。
「秘密の場所に案内してやる。」
山に向かって坂道を上り始めた。
数十分歩いただろうか、山の中腹まで来た。
とある場所で道をそれて草むらへと入っていった。
すると、草むらのなかにポツンとテントが張ってあるのが目に入った。
「ここがオレの住処だ。」
「まあ、入れ。」
テントの中はごちゃごちゃとしていたが、生活の跡があった。
「ここから朝日を眺めることができるんだ。」
なんともすがすがしい顔で語っていた。
その時初めて笑顔になった。
都会を離れ我に返ったような感じであった。
「腹減ったか?」
『うん、そうだね。』
「飯食いに行こう。」
そう言うと、来た道を戻り始めた。
歩くこと数十分、ダウンタウンに戻ってきた。
中心部を抜け、郊外へと足を向けた。
少し歩くと異様な集団が集まる場所に到着した。
その中に一人の青年がいた。
「オレの息子だ。 レイヴン(ワタリガラス)って言うんだ。」
「よろしく。」
『よろしく。』
インディアンらしい名前だった。
彼もホームレスだった。
しばらく歩くと、とある建物の前に止まった。
「ここでタダで飯が食える。ベッドも与えてくれる。」
どうやら困っている人たちに食料やベッドを与えてくれる場所らしい。
ただし、一日一食、連続で宿泊はできない。
マーケットで消費期限が切れたものを無料で引き取り提供しているらしい。
自然ではあり得ないカラフルなケーキであったが、しっかりとスウィーツまでついている。
それでも自分にとってはありがたい食事であった。
お金が無かったから。
無料で食事がもらえるのはありがたい。
旅の間は調理用のトウモロコシの粉を食べて空腹をしのいでいた。
調理用トウモロコシの粉は日本で言うところの小麦粉みたいな存在だ。
調理用トウモロコシの粉はわずかなお金で手に入った。
空腹を満たすため、調理用トウモロコシの粉を水で練り、それを飲み込んで空腹をしのいでいた。
後に出会うナバホ族の兄弟分にこの話をしたら、笑いのネタにされた。
「インディアンのオレたちですらそんなことしねーよ!」
その後、街を歩いていたらレイブンに会った。
数人の若者の輪の中にいた。
皆タトゥーにボディピアス、ボロボロの服、ヒッピーのような装いだ。
レイブンに挨拶をした。
すると、一人の若者が何かを持って私に近づいてきた。
「食べるか?」
『ありがとう!』
プレーンの食パンを2枚くれた。
どうやら仲間だと思ってくれたようだ。
やはり、かわいそうに見えたらしい。
見た目からしてホームレスだと思われていた。
そうだよな。
日焼けしていて痩せこけていたらそう思われても仕方がない。
聞くと、その若者たちはみなホームレスだった。
その帰りである。
いつもは気が付かなかったが、その季節になって気づいた。
道端の木の根元に何か落ちている。
小さなリンゴだ!
意外にも街の中心地の近くにリンゴの木を見つけた。
しばらくはそのリンゴを食べて空腹をしのいだ。
これでしばらくは食べ物に困ることはないだろう。
街の若者たちに、パンをくれたお礼にリンゴの木がある場所を教えてあげた。
お金もなく交通手段も限られていた。
残りの日々を考慮し、出費は抑えなければならなかった。
空腹をしのぐために安価な調理用トウモロコシの粉を買い、水で練って飲み込んだ。
美味しくはないが空腹はしのげた。
寝られる場所を探しては荷物を置きその日の食料を探した。
ホームレスの知人の紹介で野宿できるスペースを分けてもらったり、自転車置き場など屋根のあるところで寝た。
不思議と孤独は感じなかった。
暴力的な父の影響で幼少期に家に入れてもらえなかった経験が役に立った。
幼少期は学校が終わり夕方になると公園の向かいにあった行きつけの場所に向かった。
そこには自動販売機が2台並んでいて、その2台の隙間に座って夜まで過ごしていた。
自動販売機は明かりがあるし排熱があるので暖を取れた。
そんな経験が役に立つ日が来るとは思ってもみなかった。
寝る場所と食料を探しながら少しずつ移動し、リザベーションまであと僅かのところまで来た。
あと僅かと言っても徒歩で向かうには気の遠くなるような距離だ。
とりあえずバスで行けるところまで行こうと決めた。
バスルートを調べると、とある田舎町までがバスで行くことができるリザベーションに一番近い町だ。
そこから先、バスは走っていない。
もちろんレンタカーを借りるお金はない。
長距離バスで主要都市まで向かいそこから田舎町まで向かった。
バスに揺られること8時間、とある田舎町に到着した。
時間は深夜3時、辺りは真っ暗だ。
外には怪しい人もちらほら見られる。
LAのバスターミナルと同じくバス停付近は危険な場所にあることが多い。
安全のため、バスの待合室で夜を明かすことにした。
この先の予定のことを考えていたのと長旅の疲れからか、頭があまり働かない。
ベンチに座ってぼーっとしていた。
すると、目の前にホームレスのような風貌の男が座った。
通常、バスの発券売り場兼売店に人がいて、チケットを持っていないバスの乗客以外の人は排除されるが、深夜の時間帯は発券売り場に人がいなかった。
深夜帯はセキュリティガードマンもいない。
明りのあるところに人は集まる。
その土地は標高が高く夏でも少し涼しく感じる場所であった。
喉を潤し体を休めるためか、そのような人たちが待合室に入ってくることが多い。
普段は警戒心が強いが、疲れていたので目の前の男を警戒することもしなかった。
男はおもむろにギターを取り出し、弾き始めた。
あまり上手ではなかったが特に耳障りとも感じなかった。
男が話しかけてきた。
「兄ちゃん、何か弾けるか?」
若い頃、バンドを組んで活動していたことがあるので、下手ではあるが多少の技術は持っていた。
唯一アコースティックで引けるスローな曲があったので、覚えている部分だけ弾いてみた。
「なかなかやるじゃないか、兄ちゃん。 よくそんな古い曲知っているな。」
『ありがとう。 でも、こんなんで褒められたら恥ずかしいよ。』
たわいもない会話で警戒心も解けてきた。
「ついて来い。」
?
どこに連れて行こうとしているのか不安でしかなかったが、ついて行ってみた。
彼は狭い道を挟んで向かいにあったファストフード店に入っていった。
やばいな。
何か買わされる。
と思った。
するとその男は私に、
「コーヒー飲むか?」
お金がなかったので断ったが
「おごるよ。」
意外な一言に驚いた。
失礼ながら、こんな風貌の人がおごってくれる訳がない。
きっとおごらされるんだと疑った。
「コーヒー2つくれ。」
「$2」
男は汚いジーンズのポケットからくしゃくしゃに丸まった札を取り出し、何事もなく支払いを済ませた。
またそのことが驚きであった。
次の瞬間、心の中で感謝の気持ちと疑念を詫びた。
確かに私は真っ黒に日焼けし体はやせ細り、表情は疲れ切っていた。
彼には私がホームレスに映ったのだろう。
そんな風貌の男にまでかわいそうに見えたらしい。
『ありがとう』
「兄ちゃん、ここに何しにきたんだ。」
『インディアンになりたいんだ。 そしてインディアンジュエリーを学びたいんだ。ここがバスで来られた居留地から一番近い街だからとりあえずここまで来た。』
「そうか。」
「オレの妹の旦那が有名なアーティストなんだ。」
『ふーん。なんていう人?』
見た目からの偏見もあってか、流し流し会話をしていた。
「ジェシーっていうんだ。」
『?! ジェシー!? 超有名じゃないか!』
「ああ、そうだよ。」
ジェシーはインディアンジュエリー業界では有名なトップジュエリーアーティストの一人と言われている。
以前もこのような男とこのような会話をしたことがあったので、全く信じてはいなかった。
『本当に?』
「ああ、本当さ」
「ここにかけてみろ。」
と電話番号を書いてくれた。
完全に疑ったまま、ただそれを受け取った。
夜が明けて、公衆電話のある場所に向かった。
旅の疲れもあったが、インディアンリザベーションに一歩近づくことができ、希望が湧いていた。
男からもらった番号に電話をかけてみた。
ケリーという女性が電話に出た。
『はい。何かご用でしょうか?』
「今朝、あなたの兄からこの電話番号をいただいてお電話をしいてます。」
「ああ…。 分かりました。彼、またフラフラしているんですね。」
『インディアンになりたくて日本から旅をしてここまでやってきました。』
『あなたのご主人に会ってお話を伺いたいのですがお会いすることはできますでしょうか。』
「生憎、主人は交通事故で娘を亡くしたばかりで落ち込んでいて、今人に会う気分ではないの。」
「せっかく遠いところから来たのにごめんなさいね。」
『そうですか…』
「ところで、あなた今どこにいるの?」
『フラッグです。』
「フラッグ。あー、そこにいるならリックという腕利きのアーティストがいるわ。」
「彼の連絡先を教えてあげるからコンタクトをとってみなさいよ。」
『ご親切にありがとうございます。』
『娘さんを亡くされて残念です。』
ディネ族(現ナバホ族)のリックというアーティストの連絡先をもらった。
早速電話をしてみた。
どこか聞きなじみのある声の男が電話に出た。
「ハロー。」
『こんにちは。ジェシーの奥さんのケリーという方からあなたの連絡先をいただきました。』
『あなたがインディアンジュエリーのトップアーティストだと伺いました。是非お会いしたいのですが。』
「いいよ。」
『ありがとうございます。場所はどちらですか?』
「イーストアローヘッドだ。」
『ダウンタウンにいるのですが、どのくらいかかりますか。車はありません。住所を教えてもらえますか。』
「イーストアローヘッド&1/2だ。」
『ありがとうございます。場所を調べて明日伺います。』
「車で迎えに行ってやるよ。」
『大丈夫です。』
「わかり難い場所だし、乗せていくくらいわけないぞ。」
『大丈夫です。ありがとうございます。』
遠慮もあったが、どうしても自分の脚で最後まで辿り着きたかった。
安宿には有料で使用できるPCが1台あったので、場所を調べた。
本数は少ないが路線バスも走っている。
翌朝、寝床にしていたバスターミナルを後にし、教えてもらった住所の場所に向かった。
大きなバックパックを抱え、小さなバスに乗り目的の場所で下車した。
手書きの地図を片手に住所の場所を探した。
イーストアローヘッド&1/2?
&1/2って何だ?
とてもわかり難い場所であった。
電話で案内してもらったそれらしき通路を見つけた。
通路の先の高台の中腹に古い小屋が見えた。
砂利道を上ると、右の斜面の金網の向こうで強そうな大きな黒い犬が私に向かって吠える。
正面に見える高台の小屋の中に長い髪を後ろで結んだ一人の体格の良い男が腕を組んでこっちを見て座っていた。
『こんにちは。昨日お電話しました。初めまして。』
「リックだ。」
その男に笑顔はなかった。
力強い握手が印象的であった。
彼が座っていたデスクの上を見ると、デザインを形に起こしている最中であった。
『今は何をしているのですか。』
「トゥーファを彫刻しているところさ。」
トゥーファキャスト!?
ディネ族伝統の技法で古くから伝わっている。
味わい深いのだが、量産ができないためこの技法を使うアーティストは年々減ってきていた。
だが、私が学びたかった技法だったのでかなりテンションが上がっていた。
「お前、ここに何しに来たんだ?」
『インディアンジュエリーとインディアンの文化を学びたくて日本からやって来ました。』
『私にインディアンジュエリーを教えていただけませんでしょうか。』
リックは胸の高い位置で腕を組んだ。
「うん…。」
「お前は俺に何ができる?」
『無償で働きます。多少ジュエリーは作れます。』
「よし、いいだろう。」
「今はどこに滞在してるんだ?」
『バスターミナルの中です。』
「そうか。」
「良かったらこの小屋に寝るくらいのスペースがあるから使っていいぞ。」
『本当ですか! ありがとうございます!』
初対面にも関わらず寝床を与えてくれた。
だが、そこから家族になるまでの道のりが長く険しいとは、その時点では予想だにしなかった…。
バスターミナルに戻り、荷物をまとめる。
まとめていると、旅の日記のように様々なものを書き記したノートが出てきた。
リンゴの木を見つけたあの街では大きなインディアンアートのマーケットが開かれていた。
一度行ってみたいと思っていたマーケットだ。
そのマーケットでインディアンジュエリーの市場調査をし、腕の良い作家のリストを自分なりに作成していたことを思い出した。
資料を確認すると、自分で作った調査リストに彼の名前がリストにあった。
彼には技術の高いアーティストという印がつけられていた。
もしかして…、と大きな期待が膨らんだ。
良く調べると、彼はトゥーファキャスト技法の使い手で、その道の第一人者であった。
トゥーファキャストは私が最も学びたかった技法だった。
こんな奇跡があるのか!?
この奇跡的な出会いに、神様はいると信じた。
翌朝、早速荷物をまとめた。
頭の上まではみ出たバックパックを背負い、リックの工房に向かった。
1時間に1、2本しか走らないバスを待ち、目的の場所で下車した。
夢に一歩前進したことで、かなりテンションが上がっていた。
思わず、叫ぶように胸の前で両手の握りこぶしを作った。
『やったー!』
スタジオに到着し、車庫の小部屋のロフトに荷物を下ろした。
早速ジュエリーに触れると思ったところだったが、そうは行かなかった。
「テュバシティの歯医者のところに行くんだけど、行くか?」
『行く!』
後で思ったことだが、私を一人にしておくと何か盗まれるとでも思ったのだろう。
でも、初めてリザベーション内に足を踏み入れることができると思っただけで嬉しかった。
車に乗り込み、期待を膨らませてリザベーションに向かった。
相方は色の濃いサングラスをかけ、終始無言であった。
私のことを少し警戒しているようだった。
しばらく走ると目に前には壮大な景色が広がっていた。
東京のど真ん中で生まれ育った私には夢のような世界だった。
リザベーションが近づいてくると、黙っていたリックが口を開いた
「フライブレッード」
ナバホ族が好んで食べる揚げパンが食べられるところがあるらしい。
とある駐車場に入って行った。
車が数台並んでいた。
車の前にはテントとテーブルが設置されていた。
テントの前にはメニューらしきものが書かれていた。
「マトンステューとフライブレッド、お前は?」
『じゃあ、同じものを。』と残り少ない残金から$5を支払った。
紙の皿に大きなフライブレッドと大きな肉片が入ったステューが出てきた。
「う~ん!」
これが食べたかったんだというようなリアクションだった。
ステューには塩気がなかった。
アメリカの料理はあまり味付けをしない。
テーブルに塩と胡椒が乗っていて、食べる人が自分の好みで味付けをするのがアメリカ式だと認識していたから問題はなかった。
うーん…あまり美味しいとは感じなかった。
印象に残ったのはマトンの臭みだけだ。
それでも食事ができるのはありがたかった。
またしばらく走ると、リザベーション内にあるテュバシティに到着した。
普通の街だが、自分がリザベーション内にいるというだけでテンションが上がっていた。
以前、マーケットで出会ったホピ族のアーティストが言っていたことを思い出した。
『テュバシティに行ってみたいんだ。』
「テュバシティ?なぁーんにもねえよ!」
確かに何もないように見えたがトレーディングポストや、インディアン“らしい”建物がちらほらあり、気分は高揚していた。
歯科医院に向かった。
どうやら混んでいるようだ。
しばらくしてリックが戻ってきた。
「混んでたな。」
「オレらはリザベーション内では医療費がタダなんだ。」
そうなんだ!
アメリカ政府の援助もあるのだろうと察した。
以前、ホピの知人が言っていたのを思い出した。
「白人はオレたちのために、って土地をくれたけど、見てみろよ。なぁーんにもねえんだぜ。」
「土地を用意してあげたって言ってるけどよ、ここから出るなって言ってるようなもんだぜ。」
また他の知人も不満を漏らしていた。
「白人はオレたちを何にも無いところに追いやったけど、何にも無いのがいいんだ。」
「でもな、」
「追いやって囲った場所からウランが出たんだ。」
「でも、白人はオレたちの土地から出たウランを掘るために、オレたちを安い労働力で働かせて掘らせやがった。」
「命がけの危険な作業にもかかわらずな。」
「本来ならばオレたちからウランを買うべきだろが。」
「おかしいだろ。」
ナバホの土地に大きな施設とパイプが通っているのに気付いた。
「これはな、我々の土地から多量の水を汲み上げてるんだ。」
「ラスベガスを通ってカリフォルニアまで続いてる。」
「多量の水だけでなく、この水を使って都市部の電力を供給したりしてるんだ。」
「おかしくねーか?」
そう他のインディアンの知人は言っていた。
テュバシティからの帰り。
リックは帰りも終始無言であった。
辺りは真っ暗になり、星空がキレイであった。
無事工房に到着し、眠りにつく準備をしていた。
そこへ酔っぱらったリックが入ってきた。
「お前はここへ何しに来た。」
『インディアンジュエリーを学びに来たのと、インディアンの文化に触れたかったから来たんだ。』
「本当は何しに来た?」
『だから、今言ったことだよ。』
「何を持ち帰るつもりだ。」
『ここで、この地で学んだこと、体験したこと、そしてあなたから学んだことだ。』
「本当のことを言え。」
『…。』
酔っぱらっていたのもあってか、数時間、延々とこのやり取りが続いた。
ものすごく面倒だったが、この場にいるからには避けては通れなかった。
同じ質問を繰り返されたので、私も同じことを熱心に答えた。
それが真実だから。
疲れたのか、伝わったのか、
「分かった。 お前を信じる。」と言って母屋に戻って行った。
寝床を与えられていたのはスタジオの脇にある小部屋のロフトであった。
スタジオは100年以上前に建てられた古いガレージをスタジオとして使っていた。
扉を開けると眺めが良く、朝はスタジオの前に置いてあるベンチに座って景色を眺めるのが好きだった。
今日から最高峰の技術が学べると思うとワクワクが止まらなかった。
使用している工具、機械、そこのあるものすべてが新鮮に映った。
無造作にたくさんのリボンが置いてあった。
よく見ると何かの賞を取った印で贈られたリボンだった。
だが、大切そうにはされていなかった。
『これらは何?』
「賞をもらった時にもらったリボンだ。」
『すごい数だね。』
「そんなのもらったって金にもならねえ」
たくさんのリボンはこの業界で高い評価をされているということが分かる証でもあった。
技術力は高い。
だが人間力は破天荒。
後にそれが分かることとなる。
毎週末飲んだくれてはしつこく絡まれた。
「おまえ、本当は何をしに来た。」
『この前も言った通り、インディアンになりたくて来た。』
『インディアンジュエリーを学びたくて来た。』
『それだけだ。』
このやり取りが永遠に続いた。
これも修行だ。
耐えた。
まだ信用はされていないのを肌で感じていた。
PCで友人にメールを送りたかったが、Wifiにつなぐ手段がない。
PCからウェブのメールアドレス経由でメールを送る必要があった。
『PCを貸してくれないか』
「何をするんだ?」
『友人にメールを送りたいんだけどPCを貸してくれないか。』
「いいよ。」
しぶしぶPCを貸してくれた。
ウェブメールにつないだが、このキーボードの設定が英語の設定になっていたため日本語が打てなかった。
ローマ字打ちでメールを打っていた。
「何をやっているんだ?」
と私の行動が気になり背中から疑いの目をそらさなかった。
『このキーボードでは日本語のキャラクターが打てないから英語のキャラクターで日本語を打っているんだ。』
こいつは何か情報を漏らしてどこかに報告しているのだろうという疑念を感じていた。
過去の経験からか、遠いアジアから来た男を信用するのは難しかったのであろう。
酒を飲んでは「お前は本当は何をしに来たか」という問いを永遠に続けた。
逆の立場だったら仕方のないことであろう。
この男(私)に何かを盗まれるかもしれないという疑念は続いた。
私一人スタジオに置くと何をするかわからないからか、どこに行くにも連れ出される。
自分から離れたところに私を置くと何か盗まれると思っていたのであろう。
突然、遠いところからどこの誰だかわからない人間がやって来たのだから無理はない。
住むところも無く、無一文になった経験があると聞いていた。
やっとの思いで築き上げたものを失いたくはなかったのであろう。
疑われるのは気持ちよくはなかったが、仕方のないことだと理解していた。
その疑いが向けられる出来事が起こるまでは長くはなかった。
ある日、レイというリックの友人が訪ねてきた。
この地のカレッジでジュエリーを教えているという。
職場を去ることが決まり、使用していた工具などを持ってきてくれたという。
その中にはターコイズの付いたインディアンジュエリーも混ざっていた。
リックは古いブレスレットを手にした。
そのブレスレットには日本では高価で入手困難なターコイズが3つついていた。
「その石はRだ」
レイはその石が希少価値の高いターコイズであることを我々に伝えた。
「しょぼいブレスレットからこのターコイズを外してオレの作品に乗せる。」
リックはそのブレスレットレイからを買い取った。
早速、そのブレスレットからターコイズを外し、リングのデザインを始めた。
どんな作品が出来上がるか楽しみであった。
翌日、怪訝そうな顔をしたリックが尋ねてきた。
「昨日ここにあったあのターコイズ、知らねえか?」
『知らないよ。』
「ねえんだよ。」
『触っていないから知らないよ。』
明らかに疑われているのを感じた。
?
私は勘づいた。
『昨日はいていた短パンのポケットの中を探してみたらどうだ?』
彼は母屋に戻っていった。
しばらくするとスタジオにもどって来た。
「あった。」
『どこにあった?』
「ポケットの中。」
『ほら!言ったじゃないか!』
「完全にお前が盗ったと思っていた。」
『ぼくはあなたに感謝をしている。恩のある人のものを盗むことはしない。』
『そんなに信用できないのなら、ぼくはここから出ていく。』
「それをする必要はない。」
『ぼくは、これまでも、これからも、他人のものは盗んだことが無い。』
「お前を信じている。」
『ぼくを疑ったじゃないか。』
「オレはお前を信じた。だからお前をここに置いてやろうと決めたんだ。」
『解った。』
強気に出たものの他に行くところもなく、まだまだ学びたいことがたくさんあったから、受け入れるしかなかった。
彼の友人にはユニークな人たちが多い。
インディアンドラムのプレイヤーや歌い手など、普通の人があまり出会うことがないであろう人たちと出会うことができた。
時にはブルースギター演奏。
時には伝統的な歌とドラムの演奏。
「こいつはナバホで一番のドラム奏者、こいつはナバホで一番の歌い手だ。」
伝統的なメロディーの流れと迫力に圧倒された。
聞いたのは心地良い音楽だけではなかった。
リックは毎週末飲んだくれてはグダグダと話し出す。
バーに行っては飲んだくれ、友だちを作ってはスタジオに招いてダンスダンスダンス。
スタジオの脇にある小部屋にはドアはあるが意味がない。
真夜中に最大ボリュームで音楽をかけ踊りまくる。
私が寝ていた小部屋のロフト。
薄い壁を挟んでスピーカーのちょうど真裏に私の頭がある。
何か爆発でもあったのか!?と飛び起きる。
勘弁してほしい。
仕方ない。
これも修行か。
酒にまつわるトラブルは続く。
年に2日間、全米最大のインディアンアートのマーケットが開催される。
開催前日と開催2日目の夜は多くの人が飲みに繰り出す。
酒飲みのリックが街に飲みに出て行かないはずがない。
人の多い街中のバーに入る。
リックは酒が進むと悪い癖が出る。
リックはプレーリーの部族らしい顔立ちの体格の良い男に絡み始めた。
面倒なことにならなければ良いが、そうはいかなかった。
次の瞬間2人はつかみ合い、2人ともそのままフロアに倒れた。
止めに入ったが、体格の良い男たちを引き分けるのは私一人ではどうにもできなかった。
騒ぎに気付いた客の1人が2人の間に体を分け入れ止めに入ってくれた。
マーケットに出店する作家のナバーサだった。
「警察を呼べ!」
その言葉を聞いたリックは
「いくぞ!」
逃げるように店を出た。
「ホテルに戻るぞ。」
車に乗り込み急発進させた。
宿泊していたホテルは近かったが、リックは酒が入っているせいか、
「こっちだ。」
「いや、あっちだ。」
「ここを曲がれ。」
ホテルの周りをぐるぐると回らされ、なかなかホテルにはたどり着けなかった。
耐えられなくなった私はついにリックの指示を無視しホテルまで車を走らせた。
翌日のマーケット初日の朝。
「オレ、奴を殴ろうとしたか?」
『いや、つかみ合ってフロアに倒れこんだだけだ。』
『こっちだ、いや、あっちだ、って、ホテルがある場所とは全然違う方向に行かされたから、なかなかホテルに着かなかったんだぜ。勘弁してくれよ。』
私は止めに入ってくれたナバーサ、そしてつかみ合った相手の顔を覚えていた。
リックに昨夜の状況を伝えると、彼は2人の元へ向かった。
「昨日はすまなかった。」
2人は握手を交わし、何もなかったように和解した。
まったく、勘弁してくれよ。
インディアンジュエリーの伝統技法であるトゥーファキャスト技法でジュエリーを制作するためにはトゥーファという石が必要だ。
工房の離れにある倉庫には多量のトゥーファがあった。
相方は欲張りなせいか、まだ満足していなかった。
「よし、トゥーファを掘りに行くぞ。」
初めての体験だったのでわくわくしていた。
飲んだくれていたリックの友人であるショニーを連れてトゥーファ鉱山へと向かった。
ひたすらまっすぐの一本道を進む。
辺りは岩しかない。
延々と進む中、とあるポイントで速度を緩め左へとハンドルを切った。
道なき道をゆっくりと進んだ。
昔ながらのインディアンの家がポツンとあった。
おばあさんが家の前で椅子に座り編み物をしていた。
よく本で見た光景そのままだった。
しばらく進むと350度一面地平線の大絶景の岩の上にいた。
夕日が周りの岩を照らし、神秘的な光景であった。
周りをよく見渡すと、350度一面地層の上層部に白いラインが見える。
何十年何百年も前に白い何かが堆積したかのようだった。
目の前には白いくぼみがあった。
よくみると巨大なトゥーファの大地に立っていた。
今立っているこの大地の上層部がトゥーファだった。
リックはシャベルとつるはしをトラックから下ろし、力強く地面を崩し始めた。
友人のショニーはビデオを回していた。
しばらく掘っていると、
「お前の番だ。」
つるはしを渡された。
つるはしを大地に突き刺した。
やわらかいと思っていたが、大地には雨がしみ込んで湿気を含み、固くなっていた。
どんな困難にも耐え、ここまで決して諦めなかったことを思い出し、大和魂をみせてやろうと上半身裸になって気合を入れた。
すると相方は、
「お前、戦争捕虜みたいだな!」
とショニーと2人で大笑いされた。
ビデオを観ると、痩せていて筋肉質の体で汗まみれになってロードワークをしている姿は、まるで戦争捕虜のようだった。
これは後に永遠と笑いのネタにされることは知る由もなかった。
トゥーファだけではない。
16トンもの砂利を運んで撒いたことだってある。
「庭に砂利を蒔きたい。」
その一言で約7tもの砂利を3回も往復して買いった。
「おれ、腰が痛いからお前できるか?」
『はぁ!?』
『これ全部?!』
できないと思われるのが悔しくて、すくっては蒔きすくっては蒔きを繰り返し、7tすべてを庭に蒔いた。
いや、蒔いてやった。
『終わったか。』
それだけか…。
何の感謝もされなかったが、自ら引き受けて成し遂げた大役に自己満足度は上がった。
春になると、鹿やエルク狩りの季節になる。
鹿やエルクは貯蔵し冬の食糧にする。
皮や角、骨は衣や小物入れなどに使用する。
余った身体の部位は山に帰す。
矢をトラックに積み、迷彩服に着替え、愛犬のバッキスを連れ山へ向かった。
高い木の生い茂る山に入ると、張り詰めたような不思議な気配を感じる。
何かの存在を感じた。
目の良いリックがスピードを落とし、助手席の方向の遠くを指さした。
「あそこに女鹿がいるぞ。」
『え?! どこ?』
「あそこだ。」
良く目を凝らすと、100メートルくらい遠くの方に茶色い点が見えた。
『あー! あれか!』
あんなに遠くにいる鹿が見えるなんて大したものだな、これがインディアンの目なのかと感心した。
またしばらく走らせると、リックは遠くの方を指さした。
『雄のエルクだ。』
『あれは狩の対象じゃないから仕留めない。』
季節によって狩りをして良い対象が決まっているらしい。
その時期は牡鹿のみが狩の対象となっていた。
エルクや女鹿は数等見つけたが、牡鹿だけはなかなか見つけられなかった。
まるで、今が牡鹿の狩の季節だと知っているかのようだ。
トラックを降りて歩いて牡鹿を探す。
「糞があるな。 でも、乾いているからもうこの辺にはいねえな。」
しばらく歩くと、リックが私の足を制止し遠くを指さした。
指先の方向をよく見ると、茶色い点が見えた。
牡鹿だ。
数十メートル先でじっと止まったままこっちを見ている。
リックはゆっくりと近づいて行った。
私も後を追った。
すると突然、牡鹿がゆっくりと走り、遠くへと去って行った。
リックが振り返り、
「バカ野郎! お前の足音のせいで逃げたじゃないか!」
『そっと歩いていたから足音なんてたててないよ。』
「奴らは音に敏感なんだ。 小枝が折れる音だって聞こえるんだ。 気を付けろ!」
どんなことをしていても、上手くいかないときはケチをつけられる。
その日は獲物を捕らえることはできなかった。
簡易テントを立て、牡鹿が通るのを見張るように夜を明かした。
早朝、散歩がてらに辺りを散策する。
昨日とは違うルートで山を巡る。
すると、目の前に大きな雄のエルクが現れた。
撃たれないとわかっていたのか、かなり接近していたのに逃げる様子が無い。
朝食を取っていたのだろうか、雌の鹿もその近くで見かけた。
「早朝のこの辺りはいそうだな。」
早速、テントに戻って矢を用意した。
周囲を見て回る。
「いたぞ! 動くな。」
早朝はお腹を空かせた鹿たちが現れる時間帯らしい。
矢の届く距離に牡鹿がこっちを警戒して止まっている。
リックが距離を詰めて矢を放つ。
矢は外れた。
牡鹿が走り始めた。
「撃て!」
弓を引き矢を放とうとしたが、弓を引くには相当の力がいり、思ったように引くことができない。
力を入れた腕に震え、矢は牡鹿に届かず十数メートル先で失速して落ちた。
それに気付いた牡鹿は走って逃げて去って行った。
「この辺りにはまだいるぞ。」
警戒されないように歩いて見回る。
「見ろ! あそこだ。」
数十メートル先に、大きくはないが立派な角をもった牡鹿が警戒してこっちを見ている。
「動くな!」
今度逃がすと何を言われるかわからないので、その場でじっと動かず息を殺した。
徐々に距離を詰めては止まるを繰り返し、牡鹿が油断するのを待った。
牡鹿が頭を下げた瞬間を狙って矢を放った。
脇の部分に命中し、走って逃げた。
「バッキスを放て!」
走ってトラックに戻り、バッキスを連れて牡鹿の元へ放った。
『Get him Buckiss!』
バッキスは走って牡鹿に追いつき、牡鹿の首元に嚙みついた。
牡鹿は倒れ、浅く早い呼吸を繰り返していた。
リックは素早く牡鹿の手足を縛り、血抜きをし、トラックの荷台へ牡鹿を積んだ。
「今夜はステーキだな。」
リックは仕留めた牡鹿を目の前に満足そうに微笑んだ。
テントに戻り、焚火を焚いた。
リックが手慣れた様子で牡鹿を捌き、焚火の上で焼き始めた。
「食え。」
初めて仕留めた鹿の肉を目の前に感動を覚えた。
味は、癖が無く高タンパク質低脂肪の新鮮さの伝わる食感であった。
食べ進めると、これまでの旅の経緯が走馬灯のように浮かび、なぜか涙があふれてしまった。
そういえば、ここに来るまではトウモロコシの粉を練って飲み込んで空腹をしのいでいたから、
まともな食料としてお腹に溜まるものを口にしていなかったのもあってか、泣きながら食べた。
「大丈夫か?」
リックは私に何かあったのかと心配そうに私の顔を覗いた。
『今までろくに食べていなかったから、ただ嬉だけだよ。』
「そうか。 幸せの涙か。」
牡鹿は自分の命を犠牲にして我々の命になってくれた。
命をいただいた感謝の涙だ。
捌いた皮はなめし業者に渡し、同じ重さの鞣された革と交換した。
肉は冬に備えてシチューを作り冷凍し、革はジャケットとメディスンバッグに仕立てた。
使いきれずに余った部位は感謝を込めて山に帰した。
数日後、狩の話を聞いたリックの友人、デイヴとアープがスタジオにやって来た。
デイヴはリックの血縁でナバホ族とホピ族の血を受け継ぐカチーナの作家。
アープはホピ族でグランドキャニオンで作業員をしている。
鹿狩りを楽しみにしていたようだ。
皆迷彩服に着替え、アープのトラックに乗り込み、山へと向かった。
トラックの荷台にはなぜかビールのケースが山積みになっていた。
何か嫌な予感がした。
その予感は当たることとなる。
山には昼過ぎに到着し、牡鹿を探して森を巡ったが、そう簡単には見つからない。
夕方近くになると更に見つけ難くなる。
なかなか見つからない鹿狩りに飽きてしまった3人はくつろぎ始め、ビールを開けだした。
そうなると、もう止まらないのはわかっていた。
3人は飲み続けて酔っ払い、悪い遊びをし始めた。
リックとデイヴはアープを木に縛りつけ、離れた位置からナイフを投げ始めた。
「殺す気かー!」
2人はアープが焦ってもがく姿を見て大笑いしてナイフを投げた。
酒に酔った3人を扱うのは面倒くさい。
鹿狩を諦め、山を離れようとトラックに乗り込み、ハンドルを握ったアープが叫びながらアクセルをふかし始めた。
「くそーー!!」
本気なのか酔っぱらっているのかわからないが、猛スピードで山道を走り始めた。
たくさんの木が生い茂り、アップダウンも激しく、ぬかるんだ山道を猛スピードで走るのは自殺行為だ。
運転席の隣のシートに座っていた私は危険を感じ、迷わずブレーキを踏み、アープを運転席から降ろした。
『代われ!』
アープからハンドルを奪い、無事スタジオまで戻った。
3人はその後も飲み続け、その宴は翌日まで続いた。
翌日の夕方、3人は、
「いやー、楽しかったな!」
楽しくなんかねーよ!
「お前、インディアンになりたいんだろ?」
『うん。』
「インディアンになるには儀式を受けなければならないんだ。」
『うん。 聞いたことあるよ。』
『是非その儀式を受けたいんだ。』
「受けさせてやるよ。」
『本当に!?』
雑誌などで儀式の話を読んでいたので、インディアンの地に来たら体験してみたいことの一つであったので、儀式が受けられると聞いて大喜びした。
儀式の当日。
フラッグの森に行くというので準備を終えると、そこにやって来たのはあの、デイヴとアープだった。
嫌な予感しかしなった。
「さあ、行くか。」
楽しみ半分で車に乗り、フラッグの森に向かった。
山に入り、やや木が少なく開けた場所に着いた。
「ここにするか。」
ここで儀式が行われるのかと思うとワクワクしてきた。
「よし、シャツ脱げ。」
言われた通り、来ていたシャツを脱いだ。
「我慢しろよ。」
『何をするんだ?』
「イーグルの爪だ。」
「これをお前の胸に刺すんだ。」
これか。
なんとなく話には聞いていたので、大きな驚きはなかったが、実物を目の前にするとさすがに少し引いた。
「お前は軽いから片方だけでいいな。」
「いいか? 突き刺すぞ。 がまんしろよ。」
『わかった。』
平手で私の胸を力強くたたき、持ってきた酒を胸にかけ、獣の健を裂いたような繊維の紐状のものに巻き付けけられたイーグルの爪を一気に右胸に突き刺した。
味わったことのないものすごい痛みが胸に走った。
日本人は弱いと思われるのが嫌で、とにかく痛みに耐えた。
血は見たくなかったが、胸の辺りが熱くなっていたのを感じた。
「よし、ここに立って俺に寄りかかれ。」
木の目の前に立たされ寄りかかると、激しい痛みが走った。
とにかく痛い。
とにかく耐えた。
儀式の内容が判らないのが不安だった。
イメージではドラムを叩き、歌を歌い、木の周りを回る感じの儀式かと思ったが、そうではなかった。
ただ痛いだけ。
『これ、いつまで耐えるの。』
「胸の肉がちぎれるまでだ。」
『まじか…』
でも、これが儀式だから耐えるしかない。
これに耐えたらインディアンの一員として認められるんだ。
そう自分に言い聞かせ、苦行に耐えた。
そして、悪い予感が当たった。
「プシュッ!」
飽きてしまった3人はビールを飲み始めた。
音で判った。
どうやら、私が『痛いから止めてくれ!』と言うのを待っていたらしいが、なかなかギブアップしないので飽きてしまったらしい。
3人はビールを飲み続け、陽が傾き始め、眠くなってきたのか、
「どうだ? 耐えられるか?」
『大丈夫。』
「よし、もういいだろう。」
『え? まだちぎれてないよ。』
「ここでの儀式は終わりだ。」
木に縛ってあった紐が解かれた。
「いくぞ。 乗れ。」
どこに連れていかれるのか不安に思うのと同時に、胸の痛みでどうでもよくなっていた。
感覚ではそう長くもないうちに街らしき景色が見え、広い土地にある小屋に到着した。
牧場らしきその場所には数頭の馬がいた。
そこはリックの姉夫婦の家で、数頭の馬を飼育していた。
「ついて来い。」
言われるがままについて行くと、策を越え馬の元へと足を踏み入れた。
デイヴとアープがイーグルの爪が結ばれた紐を馬の鞍に結んだ。
「ここに寝ろ。」
言われるがままに寝そべった。
すると、リックが馬に鞭を振るった。
「パチン!」
驚いた馬は急に走り出し、結ばれていた紐が引っ張られ、激しい痛みとともに一瞬体が浮いた。
次の瞬間、イーグルの爪が胸から外れ、激しい痛みと熱が走った。
「千切れたな。」
3人の誰かはわからなかったが、痛みにもがいている私のところにやってきて、口に酒を含んで私の胸の傷口に吹きかけた。
ものすごい痛みとものすごい熱が胸に走った。
強烈な痛みだ。
だが、それよりも馬に紐で引っ張ら得た時、背中に小石が当たって痛かったのと、誰だか判らないおじさんの唾液を含んだ酒が傷口に入ったのが気になって、儀式どころではなかった。
「よく耐えたな。 お前は途中でギブアップすると思ってたよ。 さすがに後のことは考えてなかったから馬に引っ張らせた。 無事に千切れて良かった。」
『はぁ?! 考えてなかったってなんだよ!? そういう儀式じゃねぇのかよ!?』
「俺たちにとっては正式な儀式だ。 俺たちが認めてるんだから間違いねぇ。」
「ギャングだってヤクザだって独自の儀式があるだろう? それと同じだ。」
「“俺”はお前をディネの人間として認めてやる。」
『…。』
ドッキリが壮大過ぎてわけがわからなかった。
そこまで自信を持ってフェイク儀式を正式な儀式と言い張るリックをもはや恨むことができなかった。
逆にコイツすごいなとすら思ってしまった。
スタジオに戻ると、
「ファミリーになった印に、これをお前にやるよ。」
アープが持っていたボウガードだった。
昔ながらのスタンプワークで作られた立派なボウガードだった。
「アープが金が無いって言うから、俺とデイヴで買ってやったんだ。」
「お前にやるよ。」
少し、嬉しかった。
命が無事だったからよしとするしかない。
ものは考えようだ。
正式な儀式でなくとも彼らのファミリーの一員になれたことは確かだ
これも経験、か。
リックは、少しでも余裕があると、毎日のように飲んだくれていた。
その日も酒と女性を求めて小さな町に出かけていた。
彼はここ数日、スタジオの周辺で違和感を抱いていた。
ここ一帯はいわゆるいわく付きの人たちが多く住むところであった。
隣人は刑務所上がり、アルコール中毒者、麻薬の売人、麻薬常習者など、強者ばかりだ。
夜中になると足音が聞こえる。
途中で止まり。
また聞こえる。
どうやら隣の家に出入りしているようだ。
麻薬の常習者らしい。
相方と私は警戒を強めた。
工房は古い車庫を利用している。
板で区切られている小さな小部屋がある。
私が寝泊まりしているスペースだ。
工房は高台にあり、いつもは風通し良く遠くの山が見えるように大きなドアはオープンにしている。
数日後、エアコンプレッサーが無くなっているのに気づく。
リックは思った。
「きっと隣のやつに違いない。」
刑務所上がりの隣人に目を付けた。
数日後、ジュエリーを作っていたとき、リックの目が鋭く光った。
遠くの一点を見つめたまま動かさない。
その翌日。
その日は作業開始から遠くに目線を定めたまま動かさない。
眼光鋭く、手には銃を持っている。
あえて見せているかのようにあごの下で薬莢のホルダーをくるくると回している。
とても物騒に感じた。
するとリックは口を開いた。
「オレは向こうの窓に目が2つ見える。」
『どこ?』
「あの窓だ」
『どこよ?』
「向かいのアパートの3階の小さな小窓だ。バスルームか何かだろう。」
『ん?見えないよ。どこ?よく見えるな。』
「この間からずっとこっちを見ている。おそらく麻薬常習者だ。パラノイドっていう症状だ。」
『パラノイド?』
「オレも経験があるから分かるんだ。常に誰かに見られていると錯覚する症状だ。」
「怯えてこっちを見ている。」
50mくらいは離れていただろうか。小さな点すら見えない。
リックは老眼が進んで遠視になったのもあるかもしれないが、普段ハンティングで森にいる鹿を追っているだけあってかかなりの精度がある。
すると、どこからともなく若者が工房の前に現れた。
〈オレに銃を向けるのは止めてくれないか。〉
「オレはお前がオレたちに危害を加えない限り攻撃をしない。」
〈分かった。〉
「平和に行こうぜ。」
握手を交わし若者は去っていった。
あの2つの目は間違いなかった。
物騒な空気から緊張が解けた。
相方も少し安心したようだった。
時間が経つ間もなく、刑務所上がりの隣人が車で工房を横切った。
リックは彼に向かって叫んだ。
「オレのコンプレッサーを返せよな!」
その時点で誰に盗まれたのかは分かってはおらず、彼が盗んだという確証はなかった。
その夜、リックは極度のストレスを開放しにいつものように町に飲みに出かけた。
私は面倒な彼の世話を嫌い、一緒に行動はせずスタジオに留まった。
お酒を飲まない私にとって酒癖の悪い彼との酒の付き合いは非常に面倒だった。
夜も更けて辺りが静まり返った頃、車庫の小さなドアが開く音がした。
いつも何かを警戒していた敏感な私はそれにすぐに気付いた。
リックは酔っぱらうといつも私のところにやってきては納得がいくまで永遠と話を続ける。
私はそれが大変苦痛であった。
その日も、またか、と思いドアが開いた瞬間憂鬱になった。
面倒に感じたので寝たふりをしていたら。
「ヘイ。」
『…』
「起きてるか?」
『なに?…。』
「聞いてくれ。」
『?』
いつもとテンションが違っていた。
いつもなら無理やりおこされて長話と説教に付き合わされるところだが、いつもより静かだ。
『???』
リックがすすり泣く様子が伝わってきた。
今度は泣くのか…。
飲むといろいろな性格になるんだなと、酒癖を疑った。
「今日は酔ってない。」
「頼みがある。」
「助けてくれ。」
いつもとは違う様態に黙って聞いた。
「もう家族を守れない。」
家族? 別れてもういないはずだが…。 ボクのことじゃないよな…
完全に酔っぱらっていると思った。
飲んではいるが、いつもとは明らかに様子が違った。
「辛いんだ。」
「家族を守らなければならないプレッシャーがのしかかって重いんだ。」
深刻な状況と察した私は起き上がって話を聞いた。
『分かった。どうすればいい?』
「今から神聖なる山に連れて行ってほしい。」
「今日ジェシーに電話して相談したんだ。」
「メディスンマンを紹介してくれた。」
「メディスンマンに聞いたら、神聖なる山、サンフランシスコピークスに行き、夜明けとともに東の空に祈りをささげろと。」
「そうすれば全てが解決すると。」
『分かった。』
ただ単に酔っぱらっているわけではなく、彼の本気度が伝わったので心が動いた。
その瞬間、何かが体の中に入ってきたように勇気が湧き何も恐れるものがなかった。
『泣いてんじゃねえよ!』
『オレはお前よりもずっと体が小さいけど、オレの精神はお前のよりもずっと大きい。』
『よし! 連れて行ってやる。 ついて来い。』
初めて相方より上手に出た瞬間だった。
「分かった。 用意してくる。」
母屋に何かを取りに行った。
しばらくして戻ってくると、何かを手に持っていた。
パホと呼ばれるイーグルの羽根と鳥の片翼だった。
相方は鳥の片翼を私に差し出した。
「これはレッドテイルホークの翼だ。」
「とてもパワーがある。」
「祈りの際にこれを使え。」
相方はパホを握りしめていた。
『よし、行くぞ。』
相方は珍しく黙っていた。
車を走らせ、神聖なる山に向かう。
山の中は真っ暗だ。
いつ獣が現れてもおかしくはない。
『どこまで行くの?』
「もっと山奥だ。」
『まだか?』
「もっと奥だ。サインが現れるからそこで祈りを捧げよう。」
『サイン?』
長い事走ると、ぼんやりと月明かりが地面を照らしていた神秘的な開けた場所に出た。
月明かりが足元を照らしてくれる。
道なりに進もうとしたところ。
「ここを右に曲がれ。」
「サインが来る。」
「サインが来たら止まれ。」
「ここには邪悪な者たちがいる。」
「これ以上行ってはいけないことを教えてくれるサインが来る。」
あまりそういうことは信じていなかったが、言われるままに道なき道を進んだ。
「スピードを落とせ。」
「ゆっくりだ。」
月明かりに照らされた草が目の前に広がっているだけであった。
とてもサインと思われるようなものは見当たらなかった。
「もっとスピードを落とせ。」
しばらく進んだその瞬間、
ドン!
『ん???』
何かにぶつかった衝撃を感じブレーキを踏んだ。
「よし、これがサインだ。 ここで降りよう。」
何に当たったのか、なぜ止まったのか分からなかったが、とりあえず確認するために外に出た。
すると、車の目の前に車体の1/3くらいの高さはあろうかというぐらいの大きな岩が立ちはだかっていた。
月明かりではあるが、私は視力も良くあれだけ見通しが良かったのに、こんな大きな岩が見えなかったことに驚いた。
確かに目の前にはこんな大きな岩は無かったし、あれば気づいていたはずだ。
「よしこの辺りだ。」
すぐ横には木があった。
暗い夜空に月明かりで雲が暗く映り、奇妙に流れていた。
ホラー映画のオープニングのような奇妙な光景であった。
「もうすぐ夜明けだ。ここで祈りを捧げよう。」
相方はメディスンバッグからハーブのようなものを取り出した。
「自然のタバコだ。タバコとともに祈りを捧げるんだ。」
ハーブのタバコを紙で巻き、火をつけた。
風が吹いてきた。
なかなか火がつかなかったが、風に乗ってようやく火がついた。
タバコの煙を天に向かって吹き、レッドテイルホークの翼で扇いだ。
相方はディネの言葉で何かを唱えていた。
私は夢や希望はたくさんあったが、漠然とした思いを祈った。
祈ったその時、人生で初めての流れ星を見た。
これが流れ星か! と感動した。
少し時間が過ぎた。
リックが唱えを終えた。
「タバコをこの木に結ぶんだ。」
「よし、これ以上ここにいるのは危険だ、行こう。」
訳が分からなかったが、言われるがまま小走りで車に戻った。
「邪悪な者は知っている。」
「彼らは、我々は彼らがいることを知っている、ことを知っている」
「早くここを出よう。」
車を走らせ、家に向かった。
氷が溶けるように、山を下るほど体が温かくなった。
「オレは見守ってくれている祖父さんに祈りを捧げた。」
「祖父さんからのサインを感じた。お前は何か感じたか?」
『流れ星を見たよ。』
『生まれて初めて見た。』
「良いサインだ。」
「オレは一瞬空気がピタッと止まったのを感じた。」
「サインだ。」
二人とも不思議な余韻に浸ったまま車を走らせた。
無事家に辿り着いた。
工房に入り、ドアを閉めた。
「本当にありがとう。」
リックから聞いた初めての心のこもったありがとうだった。
すると、おもむろにレッドテイルホークの片翼から羽根を抜いた。
「お前にこの羽根をやろう。」
「見ろ。」
「大きな羽根と小さな羽根が一つにつながっているだろう?」
「大きい羽根はオレ、ビッグフェザーだ。」
「小さな羽根はお前、リトルフェザーだ」。
「今日から俺たちは真の兄弟だ。」
その羽根の束は、大きな羽根と小さな羽根が偶然にも一つにつながっていた。
男同士の厚く固い握手とハグを交わした。
リックの友人ウェスは毎晩のようにスタジオに遊びに来ては、リックと酒を飲み交わしていた。
どっちが最も偉大なアーティストか。
どうでも良い話題で盛り上がっては喧嘩別れし、翌晩またやって来る。
これを繰り返していた。
ある日、スタジオにウェスの息子夫婦、チャンドラーとグレタがやって来た。
リックが年に2度の大きなマーケットへ作品を作りこむために手伝いをお願いしていた。
チャンドラーは真っ黒いサングラスをしていた。
言葉は交わさなかったが握手を交わした。
リックは「グレタはインレイが上手いんだ。」
インレイとはカットしたターコイズなどの石をシルバーの台にはめ込む技術だ。
チャンドラーはその日の冷蔵庫を満たしてくれるだけでいい、と仕事を引き受けてくれた。
チャンドラーとグレタの2人は数時間ジュエリー制作を手伝っては冷蔵庫を満たす程度の礼金を受け取って帰る。
そんな日々が続いた。
チャンドラーとグレタとは初めはぎこちなかったが、段々と仲良くなりお互いの文化への興味と理解も深まっていった。
「今度、ミーティングがあるんだけど参加しないか?」
チャンドラーが誘ってくれた。
『ミーティング?! 参加する!』
面白そうだったので即答した。
「実家のあるティスに家族が集まってやるんだ。」
どんなミーティングなんだろう。
楽しみで仕方がなかった。
ミーティングの日がやって来た。
ディネの聖地モニュメントバレーよりもさらに東へと進む。
果てしない山と大地と空。
他に何も無い。
先ずはティーピー作りを行う。
太陽が昇る前に山の谷間にある丘に着いた。
太陽が昇る位置を確認する。
土俵のような土台を作る。
半径5メートルくらいはあろうか。
儀式に必要な良質の赤土と白砂、セージ、水を探しに山に行く。
それらを求めて山中を探し回る。
どこも同じような土や砂に見えるが、質にこだわり山の奥へ奥へと進む。
良質な赤土と白砂、そしてセージを見つける。
セージはつぼみの状態のものではなく、完全に開いて成長した立派なものを探す。
セージがここそこにたくさん生い茂っている。
何とも言えない甘い良い香りだ。
自然のパワーを感じる。
赤土を土俵のように盛り、円形の土台を平らに作る。
乾燥しているので水をまきながら硬くしっかりとした土台を作る。
ポールの長さは大体6~7メートルくらいであろうか。
先ず1本のポールの先端にロープを結ぶ。
ティーピーのラグをその支柱に結んで3本のポールをまとめて三角錐を作り最初のメインの支柱を建てる。
その3本を中心にして15本を先端を交差させるようにポールを等間隔に建て円錐を作る。
最初に結んだ1本のロープを重ねた支柱をまとめるように円を描きながら束ねていく。
ポールに結んだラグをポールの側面に沿って広げ、底面を土台に固定する。
土台が硬い。
なかなか杭が入っていかない。
岩盤を砕いて固定しなくてはならなかった。
チャンドラーは諦めかけていた。
『貸してみな。』
私は気合をいれてハンマーを下した。
何発か入れると杭が地面に入っていった。
それを見たチャンドラーは再びハンマーを握って再び杭を打ち始めた。
彼よりもずっと体の小さい私が気合を入れて杭を打ち込んだのを見て触発されたのであろう。
大きな岩盤があったがなんとか杭打ちを終えることができた。
太陽の昇る東の方角に入り口を作る。
白砂を濾す。
ティーピーが完成すると、ムーンと呼ばれる半円弧をドライサンドの白砂で作る。
ティーピーの中の中心で火を焚くので、同心円状にムーンを作る。
半円弧の中心は東の方角である。
ティーピーは一見古典的なテントだが、機能としては素晴らしく効率が良い。
ティーピーは世界観を表している。
薪を用意する。
薪は皮を剝かなくてはならない。
ティーピーの中で薪を焚くのだが、木の皮は煙が多量に出てテント内に充満し、目や鼻に影響してしまう。
この木の皮を剥ぐ作業が大変だった。
この作業だけで3人で4、5時間は掛かったであろう。
日没が近づく。
太陽が沈むと同時に儀式が始まる。
ディネ族の儀式のほとんどは家族単位で行われる。
朝まで眠ってはいけない。
何も食べてはいけない。
水は飲んでも良いが、あからさまにペットボトルなどを表に出してはいけない。
チーフのマーヴィンを先頭にティーピーの周りを時計回りに回り、中に入る。
マーヴィンはウェスのお兄さんだ。
中に入るとまた、時計回りに回り席に着く。
ティーピーの中心で火を焚く。
ムーンの内円にハの字の状態に薪を置き火を焚く。
火は絶やしてはいけない。
火の番人は一人だけで、他の人は(例外を除いて)触らない。
火はもちろん水も空気も全て神聖なものだから、火を取り扱う人間も有志者でなければならない。
チーフのは入り口から対角線真正面に座り、右側にドラマー、メディスンマンが座る。
チーフがハーブの塊を自分の前のムーンの上に置き、その周りをセージの葉で十字に囲む。
チーフが挨拶を始める。
残念ながらディネ語なので何を言っているか分からない。
一本の矢、イーグルフェザーを取り出し、セージの葉と共に全てを清めることから始まる。
一本の矢を立て、イーグルフェザー、セージの葉をまとめて左手に持ち、右手にはリズムを奏でるためのマラカスのような楽器を握り、リズムを取る。
その楽器は木でできた柄に日本で言う瓢箪を半分にした筒の中に石を入れてカラカラと鳴らす。 柄はビーズで飾られ、先端には馬の毛で作られた飾りがついている。
ドラマーがドラムの中に山で汲んできた神聖な水を入れ、赤く燃えている炭を2、3個素手でつかんでドラムに入れる。
鹿の皮でドラムの口を覆って周りをロープで縛り、表面を水で濡らして張る。
チーフとドラマー、焚き火の番人に$20札が渡される。
これは利益目的のためではない。
チーフから時計回りに乾燥したピヨリとピヨリを絞ったドリンクが回される。
ピヨリとはサボテンの一種でビジョンを見るために昔からディネの文化にあり、伝統的な薬として用いられてきた。
乾燥したピヨリは少し苦く、漢方薬を少しマイルドにしたような味。
ピヨリの液体は茶色く濁っていて、失礼な表現かもしれないが、カメが1週間いた汚れた水槽のような臭い。
味は乾燥させたピヨリと同じく漢方薬を少しマイルドにしたような味。
色と匂いだけを目の当たりにすると、ピヨリと知らなかったらとても口にはできないものであろう。
中にカメが泳いでいてもおかしくはない。
失礼だが正直な感想だ。
勇気を持って少し飲む。
みんなをみていると、どうやら感情を高めそれを表に出している。
デトックスのような効果があるように思えた。
精神的なデトックス薬という言葉がぴったりだ。
麻薬とは異なり、ローな気分を薬の力で無理やりハイにさせるのではなく、精神的にマイナスに働いている意識や苦悩を薬草の力を借りて表に出すといった感じである。
ピヨリは夜明けまで行われる儀式の途中3回ほど回ってくる。
ピヨリを口にして、口に含んだその液体を手に拭きつけるように体を清めた。
ドラマーがドラムを叩き始める。
ギャザリングのダンスのドラムよりも2倍ほど早いリズムだ。
そのドラムに合わせてチーフが歌い始める。
歌の終わりには楽器をリズムよりも速く振ってドラマーに終わりを告げる。
歌は3回繰り返される。
時計回りに一人一人3回(3曲)づつ歌う。
私のような歌を知らない人と子供、歌わない人には矢とドラムが正面に回され、大地と矢、イーグルフェザー、セージ、ドラムとドラムスティックに対し、撫でるように感謝しパワーをいただく。
私の番が回ってきた。
皆がやっていることを覚え、見様見真似でやってみる。
ドラマーは歌い手の右側に座り、歌い手一人一人に回って横についてドラムを叩く。
歌が全員一周するとチーフが語り始める。
チーフの語りが終わると、ハーブで作られたナチュラルタバコ、儀式のためのタバコの葉が回され、一人一人トウモロコシの皮でそのタバコの葉を巻く。
点火専用の薪が回され、タバコに火を点ける。
タバコの煙で体を清める。
男性は先ず、右手の親指と人差し指でタバコを持ち、左手に煙を吹き付け左半身を清め、次に左手にタバコを持ち替えて右手に吹きつけ右半身を清める。
女性は男性と反対で先ず、左手に持ち右手に吹き付ける。
人差し指と中指に挟んで吸ってはいけない。
タバコは嗜好品ではなく、儀式に必要な神聖なものである。
儀式の中では小さな子供からお年寄りまでみな吸う。
清めを終えると時計回りにムーンの外側に向かい、座席と同じ位置に吸った残りのタバコを置く。
儀式に使ったタバコは燃やしたり木に結びつけたりして自然に返す。
チーフがタバコに火を点けて吸い、そのタバコが一人の女性に渡される。
女性はタバコを吸いながら語り始める。
泣きながら話している。
ディネ語で理解できなかったが、どうやら身の上話のようだ。
後で何となく聞いた話しだが、家族に遭った不幸を話していたようだ。
儀式の後で何を話していたのか聞こうとしたが、ここは聞くべきではないと感じた。
話している途中みんな、オー(そうだ)、と返事をしてうなづいている。
話が終わると女性は先ほどの順序でタバコで体を清め、そのタバコをチーフに返す。
チーフはタバコを吸いながら語り始める。
その言葉を聞いて周りの人は、オーと言ってうなづいていた。
その女性は感動して泣いていた。
チーフも泣いていた。
チーフは人生を諭していたようである。
チーフはタバコを吸い終えるとムーンの前に置いた。
そしてメディスンバッグを取り出し、中からハーブを取り出して火の中に撒いた。
ティーピー内をセージの香りが包み込む。
イーグルフェザーでその煙を、話をした女性にパタパタと寄せ、清め始めた。
もう一度ハーブを火の中に撒き、今度は全員を清めた。
再び一人一人歌を歌う。
今度は違う人にタバコが回され、タバコを巻く。
先ほどの女性のように、悩みや話したいことがある人にはタバコが回され語る。
話が終わるとチーフや、次に話す人、感謝を表したい人などにタバコが渡され、その人は同じタバコを吸う。
個人的な感想だが、悲しみや悩みを語りそれをみんなで分かち合い、自然の力を借りてそれらを消し去る。
そんな印象である。
どうやら時間によって行う儀式があるようだ。
歌や話が一段落すると、今度は柄がビーズで飾られたバケツが運ばれてきた。
中には先ほど山からいただいてきた水が入っていた。
バケツはチーフの前に置かれた。
チーフはバケツの上にイーグルの羽を東に向けて置いた。
次に北に向けて置いた。
次は笛を取り出し、バケツの中に笛を入れ、西東、北南、と水を切るようになぞった。
チーフは特定の方角に向かって笛を吹いた。
メロディーを奏でるというのではなく、笛を強く吹いて、大地から天に向かって邪気を払うような仕草であった。
バケツがティーピーの入り口の前に置かれる。
火と大地に向けて水が大地に注がれる。
時計回りにバケツとカップが回される。
一人一人バケツからカップで水をすくい、その水を戴く。
タバコと同じく口に含んだ水を手に拭きつけるように体を清めた。
またカップの残りの水を手に垂らし、その水で足、手、頭と清める。
また、飲んだ水でつばを手に吹きかけて体を清める人もいる。
中にはカップを使わずバケツから直接戴く男性もいる。
再びバケツが入り口の前の焚き火の前に置かれる。
特別に悩みを持っている人、話したい人、お礼を述べたい人が焚き火とバケツの水の前に呼ばれ、タバコを吸いながら語り始める。
話を終えるとタバコがチーフに返され、再び大地と火に水が注がれ、時計回りに水が回される。
再び歌が始まる。
今度は歌と共に笛で大地から天に向かって笛が鳴らされた。
先ほどと同じでメロディーを奏でるわけではなく強めに吹いて大地から天に向かって笛が鳴らされた。
バケツが一通り回ると、火の番人は笛を東の方角、入り口に向け、大地から天に向かって吹き始めた。
チーフはハーブの入ったメディスンバッグを取り出した。
ハーブを焚き火の炭に撒き、イーグルの羽で語りを行った人を清め始めた。
もう一撒きすると、今度は全員全体に向かってイーグルの羽で清め始めた。
みんなありがたく煙を手繰り寄せ全身を清め始めた。
語りをしたい人にメディスンバッグが渡された。
そのバッグを持ちながら語る。
語りを終えると、メディスンバッグの中のハーブが焚き火の中に撒かれ、イーグルフェザーで対象の人を清め、再び撒き次にみんなを清めた。
語り
答え
清める。
タバコやハーブで清める。
まるでその思いをハーブに込めて火の煙と共に消し去り、悩みのある人を清めるようであった。
笛やハーブはその悲しみを天に飛ばして消し去るようだった。
再び歌が始まる。
チーフはティーピーの外に出て、東から時計回りに順に笛を吹いた。
それが終わると、今度は火の番人が外に出て笛を吹いた。
チーフをはじめみんなが私に挨拶とお礼を述べてくれた。
そのときは私に分かるようにとみんな英語で語りかけてくれた。
ある男性が私がファミリーの一員になってくれたことに感謝し、無事に旅をできるようタバコで清め、癒してくれた。
左手に吹きかけてイーグルの羽で左側を清め、次に右手に吹きかけて左側を清めてくれた。
この儀式に参加している人たちは、巷のディネ族、いやナバホ族の一般的な概念とは全く異なった伝統を守っている真のディネ族である。
みんなが語りをしている最中不思議な現象が起こる。
以前から思っていたことだが、本当に不思議な地である。
ティーピーを建てていた際は強い日差しが降り注いでいたが、儀式の最中は雨が降ったり風が吹いたりと大荒れだった。
通常はこのようなことがないのだが、今回が初めてだと言う。
女性が語り始めるとパラパラと弱い雨が降り始め、男性が語り始めると激しい雨が降り始めた。
後で聞くと、弱い雨は女性の雨、強い雨は男性の雨と言われているそうだ。
太陽が昇る直前、自然、空や大地に捧げられる食事が用意される。
食べ物を持って時計回りにティーピーの周りを回り、太陽が昇る東の方角に向けて水と3つの容器がティーピーの入り口の外に縦一列並べられた。
祈りが捧げられ、夜明けを迎える準備ができ、最初に語りを行った女性が時計回りに全員に挨拶をしようとした瞬間、
ドーーン!
突然大きな雷が鳴った。
夜明けと挨拶を始める合図であった。
自然の偉大さと力を感じ、それを信じざるを得ない不思議な現象である。
自然は全てを見通し知っている。
それを確信した瞬間であった。
夜明けと共にチーフを先頭に時計回りに外に出て、朝の挨拶を行う。
そしてティーピーの周りを時計回りに回り、時計回りに回って座席に着く。
着席している人たちに朝の挨拶をし、自然に捧げられた食事が時計回りに回され、最初の食事を戴く。
断食と同じで、食事がとてもありがたくおいしく感じる。
食事は水とコーン、ブルーコーンの粉を練ったようなパンのようなものとフルーツである。
その時によってはスープを作る際に削ぎ落とした肉の表面をシュレッドしたものが出される。
その食事をいただくと儀式が終わる。
儀式が終わると焚き火の火やハーブ、水は大地に帰され、女性が一かきでムーンを崩す。
先ほど泣きながら語っていた女性に、ムーンの中心に置いてあった十字に切られたセージが渡された。
女性は大事そうにそのセージをポケットにしまった。
儀式が終了するとたくさんの食事が配られる。
水やコーヒー、スープやピタブレッド、スイカなどが配られる。
毎度儀式の後は冗談話に花が咲く、その冗談話や人生を説いた説教が数時間続くこともある。
皆疲れを知らないのだろうか。
夜明けからティーピー作りや薪、土、セージや水を用意したチャンドラーは眠い目をこすりながらその話を聞いていた…。
写真を撮ろうと思えばいつでも撮れるし、尋ねれば許可してもらえただろう。
初めは記念にとポケットにカメラを入れて準備をしていたが、ティーピーを建てる準備をしていたとき、カメラの存在は忘れていた。
それぐらい夢中に真剣になっていた。
途中カメラがあることを思い出し、カメラをバッグにしまった。
準備の段階から神聖な儀式であって、カメラに収めるべきではない。
カメラに収めたところで、画像は真実を語れない。
そう思った。
カメラの存在を忘れていたことは、そもそもそれを意味していたのだと思う。
反対に画像だけでは誤解を生み、それが曲がった形で伝えられることも考えられたからである。
もしかしたら、上記で私が語った内容には間違いがあるかもしれないが、ディネの言葉が分からなかったため、自分が実際感じ取ったこと、目にしたことを自分の言葉としてできる限り表現したものである。
真実はそこに居た人しか語れないであろう。
今回このことを言葉にしたことは、曲がって伝えられたことを少しでも事実に近づけたいという思いで形にした。
チーフは言う。
「我々はナバホではなくディネである。
ナバホとはアメリカ政府が勝手に付けた名前である。
様々な儀式が様々なところで語られているが、本当の儀式とは今日君が体験したものである。
利益が生じるような形だけの儀式は儀式ではない。
儀式は神聖であり精神に宿る。
パウワウと言う言葉が氾濫しているが、パウワウはアメリカの某映画スターが名づけたもので、単なる利益をあてにしたイベント。
正式に行われる本当のイベントはパウワウではなくギャザリングという。
ギャザリングにダンスのコンテストや賞品、出店なんて無い。
今日ここに君が参加してくれたことに感謝する。
君は我々のファミリーであり立派なディネの一族である。」
ピヨリミーティングの儀式の後、一睡もせずスウェットに向かった。
スウェットとはスウェットロッヂのことである。
儀式参加に興奮していたせいか、ここ2日で20分程度しか寝ていない感覚だ。
通常では考えられない。
儀式の前日は興奮していたためか、チャンドラーの実家に泊めさせてもらい、初めての場所だったのもあり全く眠れなかった。
儀式当日はもちろん眠ることはできない。
眠くなるのは車の中で揺られているときだけ。
寝るチャンスはあったがどうも眠れなかった。
儀式に参加したメディスンマンがスウェットロッジを持っているので参加させていただくことにした。
疲れていたのでそれどころではなかったのが、ティスまで車で乗せてきてもらったチャンドラーが行くっていたら行くしかない。
フィニックスまでは8時間かかるし、車なしではどうしようもない…。
チーフのマーヴィンにシップロックまで乗せてもらう。
スウェットに向かう途中、昔話を聞かせてくれた。
「あそこの山からこっちの山までのエリアは俺のものなんだよ。」
『金持ちだね!』
「はははは! 面白いこと言うな!」
『でも確か…、本で読んだけど、大地は神様が創造したものであって、誰も所有することはできないんじゃないの?』
「その通り。 俺の土地というよりは動物たちの土地なんだよ。」
「羊や馬がここまでは食べて活動しても良いって場所で、人間の所有ではないんだ。」
「動物たちの土地、従って動物を所有している俺の土地っていう意味さ。」
「あそこを見ろ。」
「あの辺だ。」
マーヴィンが岩の上を指さした。
「あそこにはウランがある。」
「絶対に近寄るな。」
『怖いね。』
「アメリカ政府はウランを採掘するために安い賃金で先住民を働かせたんだ。」
「俺たちの土地なんだから、本来なら俺たちからウランを買うべきだろ?」
「それなのに、タダみたいな賃金で命を懸けて危ないもの掘らされて、たまったもんじゃねーよ。」
「仲間たちはウランが危険だとは知らされず、被爆して亡くなったやつらがたくさんいたんだ。」
「しかも、そのウランが人殺しのために使われるなんて知らされなかった。」
『そうだったんだ…』
「コードトーカーって知ってるか?」
『聞いたことあるよ。』
「第二次世界大戦中、アメリカ軍の暗号として使われたのがディネ(ナバホ)の言葉だったんだ。」
「俺たちの土地で取れたウランや、俺たちの言語が人殺しの道具に使われたことを申し訳なく思っている。」
『そう思ってくれるだけでもありがたい。 部族の仲間はある意味被害者だ。』
『知らなかったんだから仕方がないよ。』
「あの大きな建物から出ているでっかいパイプみたいなものがあるだろ?」
「ここからラスベガスまでずーっとつながっているんだ。」
「俺たちの土地から水を汲み上げて、ラスベガスまで送ってるんだ。」
「でも、俺たちは満足に水を得られてないんだ。」
「おかしくねーか?」
「これが現実なんだ。」
アリゾナ州の南部はインディアンやアジア人などの有色人種が差別の対象になっていた。
私も毎日のようにあからさまな差別を感じていた。
宿を探しているとき、とある宿を見つけた。
従業員かオーナーか、年配の白人がいたので、空き部屋があるか聞いてみたことがある。
『部屋は空いていますか。』
「…。」
その人はクッキーを頬張っていた。
聞こえていないのかと思い、もう一度聞いてみると、待てと言わんばかり手のひらを見せ、今クッキーを食べてるんだから飲み込むまでまてというジェスチャーを見せた。
しばらく待った後、
「ないよ。」
そう言い放ってどこかへ行ってしまった。
食料品を買うにも、会計時、私の番が来るとあからさまに不機嫌になる店員がいたりもした。
またある日は、友人が車で食事に連れて行ってくれるとのことで小屋から通りに出て待っていると、2軒先の家から白人の男性が出てきた。
「おい! そこで何やってるんだ?」
『友達の迎えを待っているんだよ。』
その男性は家に戻ったが、しばらくして目の前に迎えの車が留まったと思ったら、警察の車だった。
「ここで何やってるんだ?」
『友人の迎えを待ってるんだ。』
「そうか。 わかった。 気をつけてな。」
肌の色だけで不審者だと思われて通報されたようだ。
先住民は今も昔も差別の対象になっていた。
そういえば、以前スタジオに来たホピの知人にそのことを聞いたことがある。
『この辺りは人種差別がひどいね。』
「ホピに来たことあるか? 見ろよ。 何ぁんにもねぇんだぜ!」
「アメリカ政府は“あなた方に広大な土地を用意してあげました”、っていうけど、ここから出るなってことだろ?」
差別と言うだけでなくアメリカ政府が先住民からの反発を抑え込むような行動と思われることも多々行われてきたという。
以前、リックが居留地内の歯科医院に行くときについて行ったことがあった。
『なんで片道2時間以上かけて居留地内の歯科医院に行くの?』
「俺たちは居留地内では治療費はタダなんだ。」
「良い家ではないけど、住むところもタダで与えられる。」
そういえば、アメリカに来てみて違和感を覚えたことがある。
アメリカに来る前に、本などで昔のナバホ族や他の部族の人たちの写真を見たことがあったが、写真の中の人たちは皆痩せていた。
モノクロで撮られた写真で、かなり昔の写真と思われる。
痩せている人を選んで写真に収めたのかもしれないが、一人として太っている人はいなかった。
しかし、インディアンの地に足を踏み入れると、皆太っている。
誰一人として痩せている人に会ったことが無い。
どうやら…、
かつて、ナバホ族のような狩猟民族は狩をして生活をしていた。
かつて、ホピ族のような農耕民族は作物を育てて生活をしていた。
居留地という場所では、例外を除いて住居や医療費などが無料で提供される。
先住民族であるという証明ができれば国からある程度の保証が得られる。
言うならば、居留地内であれば働かなくても生活できる。
そうなると、獲物を追って食料を得なくても、
畑を耕さなくても、
労働で身体を動かさなくても生活ができる。
居留地から出ない人が増える。
先住民を大人しく隔離することができる。
アメリカ政府はそうやって反政府運動を抑え込んだのではないか、という憶測が広がった。
また、働く必要が無いことによって、身体を動かさない。
身体を動かさないと太る。
太ると成人病が蔓延する。
成人病で早死にする人が増える。
そうやって先住民を絶滅に追い込むことが目的なのではないか、と言う憶測も広がった。
絶滅に追い込むのはアルコールも影響する。
インディアンの体にはアルコールを分解する酵素が少ないそうだ。
なので、アルコールを摂取すると、酷く酔ったり、アルコール依存症になる人が多いそうだ。
なので、居留地内で酒を飲むのは違法だ。
酒を飲みたい人や、アルコール依存症の人は居留地を出る。
居留地を出て酒を飲み、アルコール依存症になり、働く意欲を無くし、ホームレスになってしまう人が数多くいる。
そういえば、アリゾナ州やニューメキシコ州の街中で、紙袋を片手に道路に寝転がっているインディアンと思われる人が何人も見かけたのを覚えている。
居留地では酒は他人を狂わす麻薬扱いだ。
またしばらく車を走らせていると、マーヴィンは遠くを指さした。
「見えるか?」
「俺も昔はジュエリーを作っていたんだ。」
「秘密だけど、あの辺りでターコイズを見つけたことがある。」
「鹿狩りをしていた時なんだけどな。 岩壁に稲妻のように青いラインが走っているのを見つけたんだ。」
「しゃべってしまうと大変なことになるから秘密にしてるけど、ここは広すぎて誰にもわからない。」
確かに、ここは広すぎる。
スウェットロッジまで乗せていってもらっている間、ディネの言葉もたくさん教えてもらった。
途中、セージがたくさん生えている場所を見つけた。
「これはいいサインだ。」
そしてディネ語でお礼を言っていた。
「よし! 南に行こう!」
良いサインを見つけたときは南に向かうのだそうだ。
東に向かうところだったので。
このまま進むことを良しとしていた。
良くないサインを見つけたときは北へ向かうそうだ。
だが決してそれは良くない方角ということではなく、いわゆる相対性理論につながるものだという。
相対性理論はディネの社会では人間が誕生する前に動物たちが既に経験していたことだという。
スウェットロッジに到着すると、数人のディネの人たちが既にいた。
先ほどまで儀式に参加していたメンバーも見える。
みんな日本のことに興味津々だ。
いろいろと質問を受けるが、理解できるように説明するのがこれまた難しい。
「ワバキってなんだ?」
『ワバキ?』
『上履きのことかな?』
ロッジに入る前に水を浴びる。
冷たい!
だが、これが重要であった。
メディスンマンはバケツに水とセージを入れ、焼けた石をロッジ内に持ち入れた。
クラシックなスウェットロッジはホーガンに焼けた石を入れて行うドライなものであるが、簡易型のスウェットロッジはサウナのように蒸し風呂式で行われる。
初めてのスウェットロッジだったのでどんなことが行われるか全くわからなかった私は、すぐに出られるように入り口に座った。
最後にメディスンマンが入り、出口を塞ぐ。
真っ暗で何も見えない。
ただ暖かいだけ。
セージの香りが全体を包み込んでいる。
メディスンマンがディネ語で祈りを捧げる。
メディスンマンがセージの葉を焼け石に撒き、体を清め祈りを捧げるよう促す。
しばらく祈りを捧げた後に歌を歌い始めた。
するとみんなも歌を歌い始めた。
またしばらくすると、メディスンマンがセージの葉を水に浸して焼け石にかけ始めた。
すると熱い水蒸気がロッジの中を包み込んだ。
これが熱い。
しばらく歌が続いた後、メディスンマンがバケツの水を一気に焼け石にかけた。
すごい水蒸気が全体を覆う。
呼吸ができないほど熱い空気が鼻と口に襲い掛かって来た。
あまりの熱さに危険を感じ、外に出た。
一気に水を浴びた。
ディネの男たちは慣れているせいか強いなと思ったが、出る瞬間に見えた姿は、みな横になっていた。
なるほどね。
私は日本人を代表して大和魂を見せてやろうとロッジの中に戻っていった。
第2ラウンドが行われた。
横にならずに耐えてやろう。
疲れているのと眠いのと、慣れたせいもあってか、意外にも耐えられた。
「出られるか?」
と聞かれたので、入り口のところにいた私は外に出た。
今回は最後まで耐えられた。
第3ラウンドが行われた。
大分慣れてきた。
けっこう気持ちよく感じてきた。
メディスンマンや周りのみんなが歓迎してくれた。
「何か言いたいことや祈りたいことがあったら言っていいぞ。」
メディスンマンが促してくれたので思いを伝えた。
思いのままを伝え祈りを捧げたら、みな暖かく歓迎してディネのファミリーの一員として受け入れてくれた。
メディスンマンが焼け石に水をかけると、熱気がロッジの中を一気に包み込む。
?
以外に耐えられる。
しばらくするとメディスンマンが私に言った。
「ここの2人が外に出たいそうだが、お前はどうだ? こいつらを外に出すか出さないかは出口に座っているお前次第だぞ。」
まだ余裕で耐えられたので意地悪をしようと思ったが、初参加というのもあり、また気を失いかねないので今回はすんなりと出てあげた。
ネヴァーギヴアップ!
ずっと貫いてきた言葉である。
ディネのみんなにも通じた。
疲れていたが、それを忘れるほどすっきりとした。
しかし、そこからチャンドラーの実家に向かう車中の記憶は無い・・・・。
メディスンマンは言う。
スウェットロッジは神聖なものである。
クリアなヴィジョンを見るために心と体を清めるものである。
参加するのに利害関係があってはならない。
巷や観光地で行われているお金を払って参加するスウェットロッジは本物ではない。
リックのスタジオはアリゾナを通るルート66沿いの宿場町にあった。
標高が高く冬はマイナス20℃近くになる。
ルート66が近くに走っていたので交通の便はそれほど悪くはなかったが、食料品を買うには徒歩40分ほどかかった。
アリゾナにしては不便とは言えないほどだった。
冬は膝のあたりまで雪が積もる。
100年以上も前に建てられたガレージは隙間風だらけ。
シャワーは電気で沸かした湯を溜めておく給湯器で、その貯湯タンクは一番小さいサイズのものだった。
シャワー室にドアはない。
そもそもガレージの脇に簡易的に作られたものだから、生活のためのシャワールームではなかった。
貯湯タンクシャワーを浴びていると途中で水になってしまう。
マイナス20℃近くになり、隙間風だらけの小屋で水を浴びるのはとても辛い。
一日で一番気温の高い午後2時頃に素早くシャワーを浴びる習慣が付いた。
今日は頭、明日は体と交互に洗って時間を短縮し湯を節約した。
数か月前まで住むところもなく食べ物も無かったから、どんな環境であってもシャワーが浴びられるだけでありがたいし、徒歩40分でも食料が手に入るだけでありがたい。
冬は雪のため公共交通網は止まってしまい、どこに行くにも歩いて行かなければならなかった。
小さな町であったが様々な店があり、気になっていた店がいくつかあった。
その店の中に気になる店が一つあった。
なんとなく入り難かったが、気になっていたので思い切って入ってみた。
そこは不思議な空間だった。
何十年か前にタイムスリップしたような懐かしい空気が漂っていた。
店内を見て回るとインディアンジュエリーらしいものを見つけた。
ん!
この店はスポーツ用品か何かの店じゃないのか?
なんでこんなものがあるんだ?
不思議に思って店員に聞いてみた。
『ここは何の店?』
「見ての通りだよ。」
『こんなようなものまだある?』
「それはないけど、そう言えばあれがあったな」。
と店の奥の方へと戻って行った。
手のひらサイズのクッキー缶を持ってきた。
店員がその缶の蓋を開けた瞬間衝撃が走った。
ターコイズの原石じゃないか!
しかも、当時ですらもう採掘されていなかった入手困難なターコイズ。
それが多量に目の前に現れた。
『いくらですか?』
「うーん。今は売り物ではないけれど、いずれは売り物にする予定だ。」
『これ欲しいです。』
「今はこれの価値がどれくらいか判らないんだ。」
「これは親父が鉱夫だった頃、現場から持って帰ってきたものなんだ。」
「価値の判る知り合いに聞いてからでないと値段が付けられないんだ。」
「君だったらいくらで買う?」
『〇〇ドルくらいかな』
「そうか。 とにかく、知人に聞いてからだな。」
『解った。 また来るよ。』
手にすることがどうしても待てなかった。
翌日も通った。
『値段付けた?』
「まだ聞いてないんだ。」
『そっか。 また来るよ。』
その翌日も通った。
『値段付けた?』
「今クリスマスのホリデーシーズンで故郷に帰っているらしく、まだ戻ってないんだ。だからまだ聞いてないんだ。」
『そっか。 また来るよ。』
これほどホリデーシーズンが長く感じたことはなかった。
ホリデーシーズンは雪が降り続いた。
やっとホリデーシーズンが終わりに近づいた。
毎日雪の中を1時間以上歩いてあの店に通った。
うわ! 休みか。
1時間以上かけて戻った。
次の日も、その次の日も通った。
まだ休みか。
アメリカのホリデーシーズンは長い。
いつの間にか店に通うのが日課になっていた。
休みだろうと思っていても、もしかしたら今日こそはやってるんじゃないかと思い毎日店に通った。
やっとホリデーシーズンが終わりに近づいた頃、いつものように雪の中を歩いて店に着くと、店のドアが半分開いているのを見つけた。
『こんにちは。 値段付けた。』
「いや、まだだ。ホリデーだったから聞いてない。今週末例の彼のところへ行って見てもらう予定だ。」
『わかった。 また週明けに来るよ。』
長い週末を過ごした。
今日こそはと思い、雪の中を駆けるように歩いて店に向かった。
開店時間前に着いてしまった。
雪の降るマイナスの世界は寒かったが、今日こそはという想いで店が開くのを待っていた。
店主がやって来た。
『聞いた?』
「ああ、聞いたよ。」
「君が付けた値段よりかなり安く〇〇ドルで買ってやると言われたよ。」
『それは安すぎるね。』
『わかった。 ○○ドルで買うよ。』
『ぼくにはこのターコイズがどうしても必要なんだ。』
「君の言った価格が正しいと思うよ。」
『ありがとう! 感謝するよ。』
質は高いとは言えないが、数多くのお宝を手に入れた。
彼に何かお礼がしたい。
そう思いスタジオに戻り作品を作り始めた。
翌々日、また彼の店に行った。
『これ、よかったら受け取ってくれないか? ぼくが作ったんだ。』
「いいのかい? ありがとう。」
「やっぱり君に譲って良かったよ。 ぼくの判断は正しかった。」
勇気を出してこの店に入ったぼくの判断も正しかった。
食料だけでなく、何を買うにも歩いて片道40分以上かかった。
自転車があるといいな。
自転車を買おう。
新品は高くて買えないな。
街には不用品を引き取ってチャリティ販売する店がいくつかあった。
そんな店がるのもアメリカらしい。
いくつか店を見て回る。
新品で買うよりかなり安い。
しかも、店によっては月数回セールを行うので更に安く買える。
よし、この自転車をセールの日に買おう。
セールの日に目星をつけた自転車を無事手に入れた。
これで買い物が便利になる。
ただし、雪の季節は役に立たないが。
当たり前だが行動範囲が広がった。
街を散策する。
行ったことがないエリアも気軽に行くことができるようになった。
ここにこんな店があったんだ。
まだ知らなかった世界があった。
入ってみたい気になる店があった。
初めて入る店は緊張する。
なぜならこの地域では有色人種に対する差別が日常的にあったからだ。
でも気になるという気持ちが勝った。
店に入る。
ここも懐かしい空気感が漂う不思議な空間であった。
店内は狭く所狭しといろいろなものが並んでいた。
ビーズのようなものが並んでいたショーケースの中断に、マッチ箱のような小さな白い箱の中にターコイズのような石が2つ並んでいた。
その石を見た瞬間、
うわー! なんだこれは!
その石に目を奪われた。
ターコイズだ。
しかし、あまりにもきれい過ぎてターコイズと思えなかった。
よく見るとあの希少なターコイズじゃないか!
なんでこんなところにこんなスゴイものがあるんだ!?
現実を信じるまでに時間がかかった。
値段を聞くまでもなくその石たちを手に取っていた。
こんな出会いは二度とないかもしれない。
それくらいの衝撃だった。
でも、二度と出会わないどころか、後にもっとすごい出会いがあることは想像もしていなかった。
とある街でとある日本人と出会った。
その人は先住民たちを貧困から救おうと現地に滞在し様々な活動を行っていた。
その方がターコイズを持っているというシェリーというシェリーという男を紹介してくれた。
近くのサイゼリアで話をし、自宅の工房を見せてもらうことになった。
工房に向かう途中、ターコイズ加工に関する機械や道具などを扱う店にいくつか連れて行ってくれた。
サンディアクレストという山の中に工房はあった。
工房の脇にはゴロゴロと大きな青い石が無造作に転がっていた。
『これは何?』
「ターコイズだよ。 世界で一番希少価値の高いあの幻のターコイズだ。」
『あの幻のターコイズ!? これが?』
『これ、クリソコラじゃないの?』
「これ!があの幻のターコイズだ。」
違和感しかなかった。
世界で一番希少価値の高いターコイズとはネバダ州にある鉱山で最も希少価値の高いターコイズを産出する鉱山として有名だ。
彼が見せてくれたものは見た目もターコイズらしくないし、そもそもこんなにたくさんの量が一か所にあるはずもない。
ある程度ターコイズに関する知識は持っていたが、シェリーは私がターコイズに関してはそんなに知識は持ち合わせていないだろうと思ったのかもしれない。
『どうやって手に入れたの?』
「勝手に鉱山に入って嗅ぎまわって掘ってきたんだ。」
「おれは30年以上もターコイズを扱ってきているんだ。 本物だ。 調べてもいいぞ。」
その場ではどうやって調べていいか分からないから、とりあえず彼を信じた。
『これがそのターコイズだという証明書みたいなものはある?』
「もちろんだ。 明日用意しておく。」
『いくら?』
「1パウンドあたり○○ドルだ。」
価格は安かった。
違和感だらけだったが、いろいろ連れて行ってくれたし、こんな山奥から帰れなくなると困るから、ある程度買うことにした。
大きな原石ばかり。
結構な量になってしまった。
「明日、これを滞在先に届けてやるよ。」
『わかりました。 お願いします。』
違和感を残したままその場を後にした。
翌日。
約束通りシェリーがその石を滞在先に持ってきてくれた。
「これが証明書だ。」
本物だと証明するその書類が本物かどうか解らなかったので、とりあえずそれを受け取るしかなかった。
『この石を郵便局から日本へ送りたいんだ。 郵便局に連れて行ってくれないか?』
「ああ、いいとも。」
郵便局に向かった。
郵便局に到着し、箱を持ってカウンターの方へと向かう途中、ある人物と偶然出会った。
ジョー・ダン・ローリーだ。
世界的なターコイズ研究の第一人者でターコイズミュージアムも運営しているターコイズ会の権威だ。
ターコイズに関しては、誰に聞くよりも彼に聞くのが一番。
まさかこんなところで出会うとは、運命としか思えなかった。
実は、その前日にターコイズミュージアムに行ってジョー・ダンと会ったばかりであった。
「やあ、元気?」
『元気だよ。』
『彼からあの幻のターコイズを買ったんだ。』
思わず思いが声に出てしまった。
この石が幻のターコイズではないことをジョー・ダンに確認してほしかったからだった。
「幻のターコイズ!?」
ジョー・ダンは眉間にしわを寄せ、疑うような顔をしていた。
『証明書もあるよ。』
シェリーは私が話している相手がジョー・ダンだということが判ったのか、
「いやー、これはさ、そのー…」動揺して舌を出しながら話をごまかしていた。
箱を開けてジョー・ダンに中身を見せて偽物であることを証明しようと思い箱を開けようと思ったが、シェリーの腰の辺りで何か違和感のあるものが視界に入った。
ナイフだ。
シェリーの腰にナイフがあるのが見えた。
『荷物を日本に送るんだ。』
なぜか自分もジョー・ダンに対して思わずごまかすようなことを言ってしまった。
日本人らしい考えが生まれてしまった。
いろいろ連れて行ってくれたし、重い石を宿泊先まで運んでくれたし、郵便局にも運んでくれた。
お金を返してもらうのも面倒だし。
その謝礼と思えばいいや。
ナイフを持っているから帰りに何されるかわからないし。
それが賢明な判断だったと信じたい。
後にその話をリックに話した。
「バカじゃねえのか?おまえ、お人好しにも程があるな!」
大笑いされ、しばらく笑いのネタにされた。
サンタフェという街では、年2日間だけ全米最大の先住民族工芸品のマーケットが開かれる。
全米各地の様々な部族から多くのアーティストが参加する。
我々も毎年ブースを構えて作品を販売していた。
マーケットの開催前日、リックと街を歩いていると見覚えのある車を発見した。
シェリーだ!
リックに、
『あいつがあのシェリーだ!』
「なんだ、おれなら一発で倒せるな。」
『気をつけろ、あいつナイフ持ってるぞ。』
「関係ねーよ!」
思い切ってシェリーに声をかけてみた。
「やあシェリー、あの石、調べたんだけど幻のターコイズじゃなかったぞ。」
と、調べるまでもなく当然調べてはいないが、まるで調べたかのように嘘をついた。
『そんな訳ない! あれは間違いなく幻のターコイズだ。 ミスターモーガン(証明書にある鑑定を行った人物)に聞いてくれ!』
威圧してやり込めようという意思があからさまに伝わった。
『ミスターモーガンに聞いたよ。 間違いない。』
ミスターモーガンになんか聞いていないが、聞いたことにして彼に迫った。
『弁護士にも話した。』
「ああ、そうか。 じゃあオレの弁護士と話してくれ!」
捨て台詞のように発し、逃げるように慌てて車に乗り込んだ。
もうその時点で追うつもりはなかった。
その様子を見ていたリックは
「悔しいか?」
真剣な表情で聞いてきた。
嫌な予感を感じた私は、
『いや、もういいよ。』
と落ち着いて答えた。
なぜなら、以前リックが酔っぱらって話したことを思い出したからだ。
「ナバホの広大な大地を見ただろう。 あそこに連れていかれて捨てられても誰も気づかねえ。」
「世の中にはワイルドなやからがいっぱいいるんだ。 人一人くらい消すなんてわけねーよ。」
本当は悔しかったが、そこまでの悔しさや怒りはなかったし、騒動が大きくなるのを懸念した。
あの石を買ったお金は授業料だ。
マーケットの最中は我々のブースにもいろいろなゲストが訪れる。
誰かが後ろから声をかけてきた。
以前、街で出会ったエレナーだった。
彼女のルームメイトは日本人で、近くのインディアン居留地まで連れて行ってくれたりした。
エレナーもチマヨにある神聖な教会サント・ワリオ・デ・チマヨに連れて行ってくれた。
再会を喜びエレナーにシェリーとの出来事を話した。
シェリーが持ってきた証明書を彼女に見せると、
「あなた、これ、偽造文書よ。」
『え! やっぱり。』
「私実は大学で講師の仕事をしているの。 だからこういうことに少しは詳しいの。」
エレナーは証明書を見て、
「こんなに判りやすい偽造文書はないわ。」
「先ず、この部分。 何かを上に貼りつけてコピーしているわ。」
「ここに線があるでしょ。下の文字を隠すためにここにこの文章を張り付けてからコピーしているわ。」
「それに、フォントの種類も大きさも違う。」
「決定的なのは文法がめちゃくちゃ。 公的な書類でこんな文章はあり得ないわ。」
そう言われればそうだ。
なんでそんな初歩的な偽造に気が付かなかったんだろう。
本物を見たことがないし、英語だからとちゃんと読まなかったのがいけなかったんだろう。
これも授業料だ。
また一つ学んだ。
話のネタにでもなればいいや。
そんなふうに思っていた。
後に、これが本当に話のネタになるとは思いもしなかった。
とある年の9月の後半より1週間、ネヴァダ州の山中にターコイズ鉱山の発掘に向かった。
発見できるかどうかは分からなかったが20年来の夢だったので行くことだけでも価値があると思い旅に出た。
リックとは5年越しの構想だったので、待ちに待った冒険だった。
5年前には早々と既に2台の4輪バイクを用意してあり、この日まで眠っていた。
そもそもこの冒険の始まりは、とあるバーでの出会いだった・・・・。
ある日、とある小さな町のバーで飲んでいると、どこからともなく話し声が耳に入ってきた。
聞き耳を立てていたわけではないのだが、どことなく自分たちに話しかけてきているようだった。
ある年配の男性たちがネヴァダの砂漠にある山の話をしていた。
話が耳に入り、どうやら山中でターコイズのような石を偶然見つけたらしい。
「ヘイ! その話、詳しく聞かせてくれないか?」
相方は立ち上がって彼らに話しかけた。
男性たちはその出来事を快く話してくれた。
そして一枚の紙を取り出し地図を描いてくれた・・・・。
彼らは地質学者で、調査のためその周辺を歩いて調査していたところ青い石を発見したそうだ。
「よし! その石を見つけに行くぞ!」
我々は興奮しながらネヴァダの山へ向かうことを約束した。
それから5年。 相方はその地図を大切に持っていたのだが、当時酔っていたせいか描いてくれた地図の場所を理解しておらず、曖昧な記憶の中であった。
私は地図の解読に乗り出した。
ある程度の場所は特定できたが、ネヴァダの砂漠のある程度とはとてつもなく広い「ある程度」であった。
ワゴントレイルと呼ばれる車では通れない道が地図に描かれていた。
市販の地図にはそんなに細かい小さな道は描かれていない。
そこでコンピュータを取り出し衛星写真から読み取る。
うっすらとワゴントレイルが見て取れる。
あとは実際に行ってみて鼻と勘を頼りにするしかない。
旅の準備に入る。
食料を積み込み、トラックでトイハウラーと呼ばれる移動型のスモールハウスを引く。
トラックの荷台とトイハウラーそれぞれに4輪バギーを1台ずつ積んだ。
と言っても運転してみると長く重い。
荷物を準備していると、
「お前! なんだそのたくさんの荷物は! そんなにいらねーだろ! ただでさえ重いんだぞ! そんなに持っていくな!」
それを言うなら2ケースものビールは要らないだろうと思った。
現地では何が起こるかわからない。
用心のため、様々なものを準備していた。
この多くの荷物が後に役に立つことになる。
一旦、ラスベガスに向かう。
途中の真夜中の山中でトイハウラーのタイヤが1つパンク。
スペアタイヤを探すが真っ暗で見つからない。
ハウスを切り離し、タイヤを求めて近くの町まで降りて行く。
真っ暗な山中でひとり留守番。
何がやってくるか分からない。
「これを持っておけ。いざという時に撃て。」
拳銃を脇にいざというときに備えた。
もちろん本物の拳銃など触ったことは無かった。
何か起こっても引き金は引かなかっただろう。
小さな町で真夜中に開いているタイヤの店など無い。
2時間後戻ってくるが、そこから抜け出す方法は見つからない。
スペアタイヤがあるはず・・・・。
ん!?
あるじゃないか・・・・。
あの2時間は何だったのだろう・・・・。
スペアタイヤに交換してようやく暗闇から抜け出すことができた。
近くの小さな町のカジノの駐車場に停めてそこで夜を明かすことにした。
翌朝、万が一に備えて、交換したタイヤと破裂しそうに見えたタイヤを交換した。
そのまた万が一に備えてパンクしそうなタイヤをキープしておいたほうが良いと思ったが、その意見は拒否されてしまった。
車の総重量を気にしていたのだろう。
NYの友人もラスベガスで合流し、ポイントへ向かう途中の小さな町で夜を明かすことになった。
翌朝いよいよポイントへ向かう。
ポイントへはラフな道を通らなければならなかった。
トイハウラーを引いている上、道もラフなのであまりスピードは出せない。
!?…。
そしてまた一つタイヤがパンクしてしまった。
私の予想は見事的中。
スペアタイヤに取り替えて再出発。
!?!?
数十分後また一つタイヤがパンク…。
これまた予想的中。
予備のタイヤは無い。
あまりにも良くない予想が2度も的中したものだから、仲間は私の勘を疑う余地も無かった。
トラックをできるだけ端に寄せてそこで夜を明かす。
三度目の停泊である。
不幸中の幸いか、外を見渡すと辺り一面セージで埋め尽くされ無限に広がっている。
セージの甘い香りが辺り全体を包み込んでいる。
空を見上げれば宝石のような星が無限に広がっている。
トラブルのことなど忘れてしまうほど癒された。 自然からの素晴らしい贈り物であった。
翌日、トラックからトイハウラーを離し、片道3時間かけて近くの町にタイヤを探しに行くが、小さな町のためタイヤは売っていない。
なんとかパンクしたタイヤを修理してもらい、取り付けて再々々出発。
パンクの危険性が高くあまり遠くへは行けないため、できるだけポイントに近いところにキャンプを張ることにした。
この時点でポイントに到着するのに3日もかかってしまった。
そこからは4輪バイクでポイントに向かうことにした。
ポイントといっても、近そうに見えて結構な距離がある。
地図を見てポイントを探した。
地図が古いのと、あまりにも広大な場所でなかなかポイントを把握することができない。
走ること約40分。
山の形、山の数、道の分かれ方などからポイントらしき場所を見つけることができた。
辺りを見回すときらきらと白く光るものがたくさん落ちている。
良いサインである。
ただ、どうも鉱脈らしきものがある場所とは思えなかった。
その日は見晴らしの良さそうな場所に車を停めて一夜を過ごすことにした。
「もしかしたらマウンテンライオンが出るかもしれないな。」
この辺りではどんな動物が潜んでいるかわからない。
リックは何かの液体を車の周辺に撒き始めた。
『それはなんだ?』
「狼の尿だ。」
「この匂いを感じると他の動物は近寄ってこない。」
確かに、この広い山では何がいるかわからなかった。
探索2日目。
第2のポイントへ向かう。
地図を見ると、どうやら東から向かっても西から向かっても道が無い部分が存在するようだ。
そこがポイントらしい。
人が車で行けないところにこそあるというのもうなずける。
虎穴に入らずんば虎児を得ずとはこのことなのか。
今日は東の方向からポイントに向かうことにする。
始めは道なりにうまく進むことができたが、進むにつれて段々と獣道になって行き、走行が困難となってしまった。
GPSを使いポイントを探したが、今日もポイントにたどり着くことができなかった。
その夜は作戦会議が行われた。
探索3日目。
今日は西からポイントに向かう。
東から向かうよりも少し距離が短縮できる。
ポイント近くに向かうと、グリーンの石があちこちに落ちているのを発見した。
だがそれらはターコイズではなかった。
周辺を当たると気になる場所を発見した。
3人で手分けして探すことにした。
私が鼻を頼りに山を登ると、地図の説明と一致すると思われるポイントにたどり着いた。
ここそこに白く光るものが転がっている。
クオーツである。
そしていつの時代のものか分からないがアロウヘッドも落ちている。
大昔、誰かが鹿を追って獲り逃がしたのであろう。
獲り逃がした晩は何を食べたのだろうだとか、奥さんに怒られたのだろうだとか、いろいろなことが思い浮かぶ。
どうやらこの周辺はシルバーかゴールドの古い鉱山があると思われる。
辺りを探したがターコイズは見つからない。
そこである思いが浮かぶ。
この地図を描いてくれた彼は、ターコイズがどんなものか知っていたのだろうか。
ターコイズが何色か知っていたのだろうか。
ひょっとしてさっき見つけたグリーンの石と勘違いしているのではなかろうか…と。
探索4日目。
雪である。
気温はマイナス…。
しかも時間が経つにつれ、段々と吹雪いてきた。
寒い。
仲間たちは完全に季節を間違えていた。
体脂肪の少ない私は標高を考慮し真夏に行くべきと考えていたが、体脂肪が標準よりもかなり超えている相方たちは夏の暑さを恐れ、真夏を過ぎた10月に行くべきと考えていたようだ。
ここでも私の予想は的中していた。
多くの荷物の中に高地用のシュラフを用意してあったので寒さから逃れることができた。
本来であればもう3日探索する日があったのだが、タイヤのパンクにより3日もロスしてしまった。
そういえば…、衛星写真からターコイズがありそうなポイントを予めチェックしておいた。
何かを予感した私に仲間はついて来てくれた。
これまでの経験上、私の勘を信じざるを得なかったこともあるであろう。
自然のクリスマスツリーが並ぶ雪山は、まるで季節はずれのホワイトクリスマスのようであった。
美しい反面、雪に覆われた地面からターコイズを探し出すのは不可能に等しかった。
西の空が明るくなっていたのに気づいていた私は、午後の晴れ間と雪解けを密かに期待していた。
雪解け後の地面はドライな地面よりもターコイズを発見し易いからである。
午前中は吹雪となり、ターコイズ探索にはかなり厳しい状態であった。
それでも長年待ち続け、ここまで来て諦めるわけには行かない。
少しでも可能性がある限り挑戦する。
絶対に諦めない。
それだけを胸にここまでやってきた。
午後になり、夢中で探していたので気が付かなかったが、いつの間にか晴れ間が覘いていて地表が顔を出していた。
ここでも予想が的中していた。
仲間の一人が違うポイントに行きたいと言い出した。
リックはその意見に賛同し、そのポイントに行くことになった。
リックはそのポイントであるものを発見した。
「ピニョンだ。」
「買うと高けぇんだぜ。」
と言うとコーヒーカップにピニョンを詰め始めたが、私はそれに全く興味がなかった。
それよりも、その途中気になる山があった。
何故か上の方まで登りたくなった。
どうも気になる場所がある。
気になる方へと登っていくと、山の中腹に広がった斜面一面がキラキラと光り輝いていた。
なんだここは!?
足元には白くきらきらと光るものがいっぱいあった。
クオーツであった。
セージの木の周りにきらきらと輝いていた。
ふと足元を見ると、地面から泡が吹いていた。
泡?!
よく見ると泡ではなく、クオーツの塊だった。
そのクオーツを地面から引き抜いてみると、その先端は緑色をしていた。
ん!? これは!?
視線を動かすと、セージの木の根元にクリームグリーンの色をした石が転がっていた。
ターコイズではないか?
いや、ヴァリサイトかもしれない?
不確かであった。
さらにその周辺を見回るとさらにまた同じような石を発見した。
メイトリクスが確実に入っている。
だが、ここでも確証には至らなかった。
さらに見回るとクリームホワイトの石の中に濃いグリーン色を確認した。
その瞬間、
『TURQUOISE!!!!』
と叫んでしまった。
以前、見つけたターコイズを天に掲げて叫ぶ瞬間を妄想し夢見ていた。
まさにその妄想通りの形でターコイズ発掘の夢が叶った瞬間であった。
明らかにターコイズである。
興奮と感動を隠し切れなかった。
さらに頂上へと進む。
大きな石の表面にクリームグリーンを確認した。
割ってみると濃いグリーンが現れた。
さらに頂上へと進む。
同じようなところに5角形のターコイズが地面に刺さっていた。
綺麗な細かいスパイダーウェヴが入っていた。
もう何も言うことは無かった。
完璧なスパイダーウェヴのターコイズである。
最初に発見したポイントに戻り、発見の印としてスティックを地面に突き刺した。
20年来の長年の夢が叶った瞬間であった。
が、その喜びもつかの間…。
歓喜の美酒に酔いしれた仲間がトラブルの甲冑にいたことは容易に想像できた。
さて、発掘はしたが今後どうするか。
酒混じりの仲間とはまともな会話はできなかった。
見つけることが夢であった自分にはこの先のことなどどうでも良かった。
だが、ビジネスに意欲をみせる仲間たちは、その先の夢を酒と共に語っていた。
ターコイズをビジネスベースに乗せるのは決して簡単ではない。
かなりの労力と根気、そしてお金が必要である。
それは、ビジネスベースに乗せたいのであればそれらを準備して前進すれば良いだけの話である。
だが、ここは長年の夢を叶えてターコイズに出会わせてくれたことに感謝し、敬意を表したいと思った。
食料と同じで、自分たちが必要なときに必要なだけ採ればよいのではないかと考えた。
ここはそっとしておいた方がよいのではないかと。
食料と同じで、獲り過ぎれば枯渇してしまうし、環境にも良くない。
自然に感謝する意味で、いただいた分を何らかの形で還元するべきではないかと。
それによってターコイズは自然に輝きを増す。
そう考えた。
ただ、ここまで来られたのは自分だけの力では無く、周りの方々をはじめ応援してくださった方々のお力添えがあってのこと。
そして仲間2人の協力があってのこと。
多数決で言うと1対2。
2人の意見は採掘権を申請する意向だった。
それからのことはまだ決まっていない…。
ただ、どのような方向に進むにせよ、今後この山から旅立ったターコイズがどのような輝き方をするのか楽しみである。
これには3人共一致である。
よし!これから我々のターコイズ鉱山での採掘を始めるぞ!
という時。
日本から電話がかかってきた。
実家近くに住む幼馴染からの電話だった。
いつもはメールかメッセンジャーでのやりとりだが、その日珍しく電話だった。
何かあったのか?
ふとそう感じた。
「お前んちの母ちゃんさぁ、毎朝早くウチに500円借りに来るんだよ。」
その時悟った。
ついに始まってしまったか。
母の認知症が進行していた。
私は他人に迷惑をかけることがとても嫌いだった。
世話になっている兄弟分の幼馴染に対しては特に。
『本当に申し訳ない。』
『すぐ帰る。』
1か月以上も帰国を早め、急いで日本へと向かった。
これからという時に…。
あまりにも残念だった。
幼馴染からの一本の電話を受けてから緊急帰国。
両親の介護という地獄の日々を過ごしていた。
友人知人の助けのおかげでなんとか生きていた。
母は奇跡的に施設に入所することができ、安定した収入が必要であった私は仕事に就かなければならなかった。
緊急帰国から7年ほど経ったある日、リックから一通のメールが届いた。
「ヘイ! 何やってんだ? アリゾナにターコイズを掘りに行かねえか?」
「え?! 何!? 行く! 行く行く! ところで入れるのか?」
「分かんねえ。 多分な。 行ってみるしかねえ。」
「分かった。 お前にかけるよ。」
仕事の予定を全てクリアにし、航空券の手配をした。
先ずは一路アリゾナへ。
久しぶりの灼熱地獄。
懐かしい風が吹く。
いつも通り相方は予定時間には来ない。
インディアンタイムだ。
リックの車が見える。
「よー! ブラザー! 久しぶりだな! 元気か?」
リアシートにはネヴァダのターコイズ鉱山発掘の旅を共にした友人がいた。
「ヘイ! 会いたかったぜ、ブラザー!」
ターコイズ鉱山発掘メンバーが偶然にも顔を合わせた。
さあ! アリゾナのターコイズ鉱山に向けて出発だ!
わくわくが止まらない。
アリゾナの長く一直線の道をひた走る。
走っても走ってもなかなか着かない。
途中アリゾナらしいメキシカンフードレストランに立ち寄って腹ごしらえ。
やっぱり量が多いんだよな。
でもうれしい限りだ。
食事を終えまた南へと進む。
途中違法移民対策の検問を通る。
ミラーを使って車体の下までもチェックされる。
日が暮れてしまった。
街灯もなく車のヘッドライトだけが頼りだ。
前後左右は真っ暗闇。
どこに何があるか、どこにいるのかも分からない。
もう山の中なのか?
いや、道は平坦だ。
信じてひたすら南へと進む。
やがて遠くの方に街灯らしき明かりが見える。
町に近づいているのか。
徐々に街灯が増えてきた。
町に近づいているようだ。
少し安心。
暗闇の中に山らしきシルエットが見えてきた。
いよいよ鉱山か?
暗くて全体が見えてこない。
すると山のてっぺんに鉱山のある町の名前の文字が光って見えた。
鉱山の名前の文字を見るだけで気分が高まってくる。
いよいよか!
早くも戦闘態勢への意気が高まる。
徐々に街灯が増え始めた。
いよいよ鉱山の町へ入る。
町に入り宿泊先を探す。
小さな田舎町だ。
町の中心地らしき場所に着く。
古そうだがきれいな外観の建物が目の前に立つ。
ここが今日の宿泊先か。
中に入ると映画の世界かと思うほどクラシックなアーリーアメリカンの世界が広がる。
アメリカの古い田舎町にありそうな、またそのイメージを超えるようなホテルだ。
螺旋階段に鉄格子付きのエレベーター。
エレベーターは現役だ。
鉄格子を開けエレベーターの中に入る。
扉からボタンまでクラシックだ。
Made in USAの良さが光る。
3階に到着。
チーン!
クラシックなベルの音が鳴る。
目の前に広がるカーペット、これも期待を裏切らないクラシックな文様。
部屋の前に到着。
右隣の部屋を見ると何か書いてある。
Ghost……
幽霊!?
なんだ!?
気にはなったが、よく読まずにとりあえず中に入る。
もちろん部屋の中もクラシック。
とことん期待を裏切らない。
ポタン…ポタン…。
水が垂れる音だろうか。
バスルームの方から聞こえてくる。
そういえばさっき、Ghost……とかあったな。
いやだなぁと思いながら想像を膨らませてバスルームを覗く。
水漏れではないようだが…。
1階のバーで2人と待ち合わせていたな。
荷物を置いて部屋を出る。
明日どうなるかな。
ま、明日の風に任せるか。
いつになく早々に切り上げた。
期待していなかったけど、危惧していた相方のいびきで眠れない。
体力を考慮し無理にでも眠りにつこうとした。
期待していなかった鳥のさえずりで目が覚める
朝らしい朝だ。
ホテルの館内を散策する。
2階の踊り場にテーブルがあり、マフィンとオレンジ、コーヒーなどが並んでいた。
大体ホテルの朝食にはマフィンがつきものだ。
オレンジとコーヒーを手に取り外の景色が見える方へと向かう。
外壁一面のテラスが広がる。
昨夜は見えなかった景色が目の前に広がる。
目の前には図書館のようなクラシックなレンガ造りの建物と小さな山が見える。
5月だからか暑くもなく寒くもなく、湿度も低く快適な朝だ。
朝早かったが、リックも珍しく起きていた。
準備して朝食を取りにレストランに向かうと言う。
車を走らせレストランへと向かう。
暗闇で見えなかったこの街の景色が広がる。
まるで古い映画の中にいるようだ。
小さな野球場、ベーブ・ルースでも出てきそうなクラシックなフィールドだ。
街の中心地から外れたところに小さな店が立ち並ぶ。
これまた映画のセットの中にいるようなクラシックな店が並ぶ。
Indian motor cycleやHerley Davidson、クラシックなバイクを店先のショーウィンドウに展示している店もある。
ガソリンスタンド一つ取ってもおしゃれに見える。
これまた映画の中に出てきそうなダイニングカフェに到着。
朝なのに? 朝だからか? 田舎町だからか?
小さい街だからレストランが少ないからか、ここがうまいからか。
店内は混雑していた。
アメリカ南部で一般的なメキシカンなアメリカンミールを選ぶ。
味はまずまず。
量は満足。
会計のところで売っていたTシャツが気に入り数枚購入。
小さなグロサリーストアで水を買い、いよいよ鉱山へと向かう。
しばらく車を走らせると、その姿は意外にもすぐに現れた。
写真で何回も見た鉱山だ。
実際に見るとその大きさがわかる。
ブルドーザーが小さく見える。
採掘された跡地は乾燥した赤茶色だ。
こんなにも深く大きな穴だとは想像はしていたけれども実物を見ないとわからない世界観だ。
車で半周するにも数分間かかる。
半周したところで道を外れ鉱山の入り口らしきところに到着した。
意外にも街から近くに鉱山の入り口があった。
ネバダのターコイズ鉱山へ向かうには、近くの街から数日かかったのでそのイメージを持っていたからか。
鉱山で働く鉱夫のためにできた街だからか。
恐らく、鉱山での活動が盛んになり、街は後からできたのであろう。
鉱山が街の近くにあるのは歓迎だ。
だだっ広い敷地の中にポツンとある建物の小さな扉を開く。
無駄に広すぎるトイレ。
アメリカあるあるだ。
違う扉の向こうに現場の責任者らしき人がいる。
相方と友人が話を進めている。
これにサインをしてくれと。
入山にあたっての誓約書のサインだ。
事なきを得ていよいよ鉱山の内部へ。
想像と異なる鉱山の内部。
ポイントに着くまで数分車を走らせる。
広大な敷地だ。
いくつもの山がある中で、とある整備されたところへ案内された。
ごつごつとした岩がごろごろとある。
地平線が見えるようなだだっ広い土地。
ここがいくつかある中の一つの鉱山だ。
この中から青い一粒を見つけるのか。途方に暮れるよりもワクワクの方が勝る。
入山が許可されたのは2日間。
準備をして採掘、と言うより採集作業に入る。
どこから手を付けてよいかわからないが手あたり次第掘る。
掘る。
掘る。
どこを掘ってもどんなに掘っても青い石は出てこない。
どこに埋まっているんだ。
目印はない。
運と勘だけが頼りだ。
東京湾にいるたった1匹の鰯を釣るような感覚で、途方もない作業だ。
でも、それが心地良い。
釣りを楽しむ方なら共感できるであろう。
あまりにもターコイズが出てこないので天を仰ぐ。
いつしか絶望感に苛まれたとき、目線の先に青く光るものが見えた。
間違いない!
ターコイズだ!
一気に興奮と幸福感に包まれる。
小さいがこの鉱山のターコイズらしい淡くも深いブルーを発している。
絶望感から一転、一気にやる気が戻ってきた。
しばらくするとまた違う方向の目線の先に青く光る物体がある。
ターコイズだ!
この調子で行けば!
と思ったのもつかの間、それ以降見つからずその日を終えた。
腹ごしらえをしにレストランへ向かう。
作戦会議をするが、作戦も何もあったもんじゃない。
完全に運と勘の勝負。
食事を終え飲みに行こうと相方が席を立つ。
またバーか。
十数年前の嫌な思い出が頭をよぎる。
地元の人たちで集っていそうなバーに到着し、ビリヤード台をテーブル代わりにしていた。
地元の人と思われる客に話を聞いてみる。
「ターコイズを探しに来たんだけと何か知らない?」
「あー、いろいろ聞いたことがあるが、興味ねーな。」
「酒なら興味あるけど。」
地元の人たちはターコイズに関しては興味がないようだ。
あまりの情報層の薄さに飽きてしまった。
やはり運と勘の勝負なんだと改めて認識する。
その夜、リックたちは珍しく早々とホテルに戻り明日の作業に備えた。
2日目。
昨日と同じく同じ場所で朝食を取り鉱山へと向かった。
今日こそは! と意気込んでターコイズ探しを始めた。
出ない。
出てこない。
全く出てこない。
本当に埋まっているのかと疑うように何も出てこない。
午前が過ぎあまりにも何も出てこないので半ば投げやりになり、足元の岩をピッケルでたたいた。
すると、岩が欠け青い表情が見えた。
ターコイズか!
かけらを舐めてみる。
クリソコラだ。
その後、どこをどれだけ掘っても何も出てこなかった。
今回入山を許されたのは2日間だけ。
時間が迫りあきらめざるを得なかった。
『また戻ってくるからな。 待ってろよ!』
という思いを残して鉱山を去った。
翌年。
その思いが現実となる。
またリックからのメールが届く。
「おい! また鉱山に入れるぞ! 行くか?」
『返事なんかいらねーだろ! 当たり前だ!』
二つ返事で航空券を購入しホテルも予約した。
もちろん今回は別々の部屋で。
前回のルートで鉱山の街に到着。
前回より少し早く着いたので街中を散策してみた。
クラシックな銀行やアンティークショップ。
ハーブショップや雑貨店など小さな町でもいろいろある。
その中でターコイズとジュエリーを扱うショップが1件あり中を覗いてみる。
うん。
ま、こんなもんだね。
大した品揃えではなかった。
そのショップを後にし、夕食を済ませ明日に備えた。
再戦の日1日目。
前回の反省点を踏まえて必要なツールを携え、完璧とも思えるような装備で出陣した。
まるで初めて来たかのようなフレッシュな感動を覚える。
ある意味ここは大自然。
いつ来ても良いものである。
大きな期待を胸に掘り始める。
掘る。
掘る。
ひたすら掘る。
出ない。
出ない。
出てこない。
何も出てこない。
全く何も出てこない。
そもそも地平線が見えるようなこの広大な土地のどこに青い石が眠っているのか。
簡単に見つかるのは嬉しいしそれに越したことはないのだが、なかなか見つからないからこそ見つけた時の喜びも大きいし、それがいかに貴重なものかということを身をもって伝えられる。
なんて前向きに取らえてはいたが、本当に何も出てこない。
そもそも、よく考えてみれば完全装備をしていれば見つかるというわけではない。
装備品は見つけた後に役に立つものである。
今更にそれに気付く。
これまでのイメージや鉱山主の知人の話を聞いていることと異なり、あまりの出てこなさに呆然とする。
小さな一粒でも見つかれば一気にやる気と元気がみなぎってくるのだが、疲労と絶望感からか何度も天を仰ぐばかり。
結局一粒も見つからないまま1日目を終えようとしていた。
一粒も見つからなかったが、入りたいと思っても普通ではなかなか入れない場所に入れて、掘りたくても普通ではなかなか掘れない作業ができることに感謝と喜びであふれ、いつの間にか疲れと絶望感は忘れていた。
全てに感謝し、全力で楽しもう!
そう胸に刻み、ターコイズ探しを楽しんだ。
作業に没頭し、気が付くと強い風が吹いていた。
やがて暗雲が広がり辺りは薄暗くなってきた。
作業をするにはちょうど良い気温だが、風で土埃が舞い目も明けていられないほどになってきた。
前かがみになって掘り進めていたので腰に疲労感を覚え、直立姿勢になったその瞬間、突風が吹き被っていたキャップが天高くへと飛ばされてしまった。
あっ!
と思って行方を追ったが時すでに遅し、天高く舞ったキャップはそこから10mほど高いところにある崖のわずかに平らになっているところに着地してしまった。
高いところからだと見えるが、低地からでは見えない。
キャップは無くてもいいか、と思ったが、高地とはいえここはアリゾナ。
キャップなしでは頭を守れず熱中症にもなりかねない。
いつもなら新しいキャップを買えばよいという発想が生まれるが、その時はなぜか新しいキャップを買おうという発想はなかった。
限りある時間の中、キャップを取りに行くのは無駄な時間であるが、その思いとは逆にもうキャップのある方向に足が向いていた。
キャップのある場所の低地まで下りて行き、見上げる。
キャップは見えない。
登れない角度ではないので崖に足を踏み入れると、細かい岩が簡単に崩れて登り難い。
ふと視界にオレンジ色のものが入った。
安全を管理している警備員の蛍光ベストだ。
そこで記憶の時間を戻し、一通の紙を思い出す。
確か、サインをした誓約書には、決められた管理外の場所に立ち入ったり、崖に登ったり危険行為と思われる行動をしてはいけない、というような内容の文言があったことを思い出した。
出入り禁止になっては元も子もないので、仲良くなった警備員が近くにいたので声をかけた。
『風でキャップが飛ばされてあの辺りに落ちたんだけど取りに行っていいかな。』
「うーん。 ほんとはだめだけどな。 すぐ降りてくるならいいよ。」
『わかった。 ありがとう。』
身軽なので公園の砂場の山を登るように、足元がすべりながらもひょいひょいと崖を登っていった。
下からは見えなかったが予測していたキャップがあるであろうところの8割程度のところまで登ると飛ばされたキャップが見えた。
ほぼ予測した通りの位置であった。
1mもないくらいのわずかな平らな足場があり、そこにキャップが着地していた。
キャップを拾い上げた瞬間、衝撃の光景が広がった。
岩に走る青い稲妻だ。
うわ!
声には出さなかったが衝撃が走った。
こんなにも大きくて真っ青な稲妻が走っている岩が目の前にある。
まるで神様がここだよと教えてくれたかのように風に飛ばされたキャップの下に青い稲妻が走っていた。
思わず岩を持ち上げようとしたが微動だにしない。
周りにある細かい岩を掻き分けて動かそうとしたがビクともしない。
銅の成分を含んだ赤茶色い岩は見た目以上に重い
一心不乱に夢中になっていると、フィー!という音が下から聞こえた。
聞こえた瞬間それが何であるか解った。
下を見ると警備員がジェスチャーで下りてこいの合図を送っている。
それもそうだ。
すぐ降りてくるなら良いと言われていたからだ。
無念にもその場を離れて急いで降りる。
興奮冷めやらぬ中、警備員に。
『あそこでターコイズを見つけたんだ! でも大きいんだ! 道具を持ってくるから取ってきていいかな?』
「うーん。 多分だめだな。」
『そこをなんとか頼むよ。』
「うーん。 こればかりは決まりだからな。」
『わかった。 ちょっと待ってくれ。』
しばらくするとリックが何かを察してこっちに歩み寄ってきた。
『こんなにでっかいターコイズをあそこで見つけたんだ! 大きくて重くて動かそうと思ってもビクともしねえんだ。』
『多分、テコの原理かなにかでシャベルとか使えば動きそうな気がするんだけど。』
そこでリックが警備員に交渉に出た。
「頼むよ。 なんとかなんねーか?」
「また何か作ってやるからよ。」
仲良くなったその警備員はたまたまインディアンジュエリーが好きなやつだった。
先日、彼が我々を彼の自宅にガレージ案内してくれて、彼のコレクションを見せてくれた。
その時、リックがバックルを作ってあげる約束をしていたのだ。
それもあって、仲良くなっていたので相談し易かった。
「わかった。」
「今はダメだが明日の朝早くだったらいいぞ。」
「さすがだ、ブラザー! ありがとう。」
その時、すでに明日に照準を合わせていた。
この強風だと作業は無理だな。
今日はここまでとするか。
興奮の中、現場を後にする。
興奮冷めやらぬ中、作戦会議を兼ねて夕食を取る。
「どのくらいでかいんだ?」
『このぐらいはあったな。 でもターコイズが走っているのはこのくらいだ。』
「まじか!?」
『でも、いくらやってもビクともしねえんだ。』
『多分、スコップとかでてこの原理か何かを使って掘り起こすしかないかな。』
『でかくて重いから掘り起こして下まで転がすか。』
「そうだな。」
ま、とりあえずやれることはなんでもやってみよう。
作戦会議は2分で終わった。
とりあえずやるしかない。
それに尽きる。
食事を済ませレストランから外に出た。
!?
その景色に何か違和感を覚えた。
『おい!』
『雨だ!』
『雨だぞ!』
「おー!」
「やったな!」
「今日は早めに戻って早めに寝て明日に備えるか!」
酒好きのリックが珍しく飲みに行くことをしなかった。
雨は大歓迎だ。
青が光って見える。
神様が味方してくれたんだ。
そう信じた。
明日が待ちきれない。
今日は早めに寝よう。
興奮のうちに眠りにつき朝を迎えた。
再戦2日目
晴れた。
晴れでも雨でも良かった。
準備を整えいつもの如くいつものレストランで早々と朝食を済ませ待ち合わせ場所に向かう。
待ちきれず、かなり早く到着してしまった。
よし! 決戦の時だ!
現場に向かう。
暑くもなく寒くもなく雨上がりの絶好の陽気だ。
こんな日はなかなかない。
ターコイズを見つけたポイントに向かう。
おおよその場所はわかっているが、念のため低地に印をつけておいた。
あの警備員から注意が与えられた。
「いいか。 他の警備員も見てるから、俺が合図したら行け。 また合図したらすぐに降りてこい。」
『わかった。』
警備員はあたりを見渡し、
「よし! 行っていいぞ!」
道具を携えて崖を登る。
リックも膝と腰に爆弾を抱えたまま巨体を揺らして崖を登る。
気のせいかいつもより軽快に見える。
ポイントに到着した。
『これだ。』
言葉を発しなったが目を見開いたリックの笑みがこぼれる。
無言でお互いにグータッチを交わす。
先ずは動かしてみるが、やはり微動だにしない。
力のあるリックも動かしてみるが、わずかに揺れる程度だ。
周りを囲んでいる細かい岩を取り除き、スコップを差し込みてこの原理で動かしてみる。
動いた!
少し浮いたところにつるはしを差し込み持ち上げると全貌が見えた。
大きな岩だ!
これは一人では動かせない。
そんな大きさの岩だ。
浮かせた岩を持ち上げるとその下にまた岩があった。
更に目を見開いたリックと自然と目を合わせた。
その岩にも青い稲妻が走っていた。
思わずグータッチ!
下にあった岩は取り難かったが上に乗っていた岩よりは小さかったので容易に取れた。
心配そうに見ていた警備員に注意を促し、先ずはスコップを使って大きな岩を低地に転がした。
次に小さい方の岩を低地へと転がした。
時間も経っているし周りの警備員の目が気になっていたので、滑るように低地へと降りた。
リックが降りてこない。
よく見ると何かを拾ってポットに入れている。
降りてきてから聞いてみると。
「見つけたぞ。」
と小さな数個の青い石を見せた。
大きい岩ばかりしか気にしていなかったので周りが見えなかった。
改めて落とした岩を見る。
土埃をはらうように洗い流す。
鮮やかな青い稲妻がきれいに走っていた。
一か所ではなく、青いスポットがいくつか点在していた。
もう一か所はロイヤルブルーと呼ばれるであろう鮮やかな明るいブルースポットが輝いていた。
にやけたお互いが見合わせて無言のグータッチを交わす。
喜びと興奮もつかの間、ある問に気付く。
言葉は交わさなかったが、恐らくリックも同じことを考えていたに違いない。
これ誰のものだ?
発見した私のものか。
この話を持ってきたリックのものか。
山分けか。
恐らく、お互い山分けを考えていたであろう。
そんなことを考えているうちに目先の問題があった。
「これ、でかくて重いから、割るか。」
『そうだな。 ターコイズが見えていないところをそぎ落としてみよう。』
割ってみると青い稲妻が走っている部分は思ったより、思った通り、そんなにはなかった。
母岩の部分をそぎ落とし、稲妻の走っているところを車の荷台に乗せた。
採掘許可された時間はまだあったが、すでに達成感と幸福感に包まれていた。
でも、せっかくここに足を踏み入れることができたのだから、ぎりぎりまで掘った。
だが、出ないもんだな。
ターコイズはそう簡単には顔を出してくれない。
それなのにあんなに大きな稲妻が顔を出してくれるなんて奇跡に近い。
いや、奇跡だ!
その後のことはよく覚えていないくらい興奮状態で採掘をしていた。
時間が迫る。
リックはもう終わったかの様子だ。
私もなんとなく満足していた。
時間になり作業を終えた。
仲間の警備員と再会を約束し現場を後にした。
ホテルに戻り一息つく。
夢見心地でお互い言葉は発しなかったが笑顔で溢れていた。
まるで夢かリアルな映画を見ていたかのようであった。
早々とホテルのチェックアウトを済ませ、興奮冷めやらぬ中、鉱山と街を後にした。
またな!
そのまま空港のある街に向かった。
帰りの車の中で頭の片隅にあった例の問題を解決しなければならなかった。
これ誰のもの問題、である。
早々とリックが口火を切った。
「あの岩、ターコイズあまり入ってねーな。」
その時私は悟った。
これは牽制だな。
でも、私の中ではもう心は決まっていた。
『それ、お前のだよ。』
「何!?」
『だから、全部お前のだよ。』
『お前が話を持ってこなかったら、ぼくはここには来られてないし、採掘もできなかった。』
『この青い稲妻を見つけることもできなかった。』
『遡れば、ボクはインディアンになることもできなかった。』
『だから、あれは全部お前のだ。』
心残りはあったが感謝の気持ちで溢れていた。
十分夢叶えたし、夢を楽しんだ。
その幸福感と達成感で溢れていた。
リックの心の中での嬉しさとYES!のポーズが私には丸見えだったが、それを必死に隠し、眉間にしわを寄せながら目を合わせることなくまっすぐ前を見えたままこぶしを私の方に向けグータッチを求めた。
それがなぜか面白かった。
今まではリックの手下扱いだったが、その時はリックの上に立った気分だった。
一泊する予定の空港に到着。
帰り際にリックがポケットから一粒の小さなターコイズを差し出した。
「これをお前にやる。」
「最高のやつだ。」
最高のやつ、ではなかったが気持ちは伝わった。
帰国後。
記念に少しでも持っておけばよかったと後悔の念が走り、やっぱりあの大きな岩の一部をくれと相方にお願いしてみた。
断られるか言葉を濁すかなと思ったが、あっさりOKだった。
この部分が欲しいと場所を指定してお願いしたが、希望とは異なる場所を示してきた。
いやいや、ここだよ。 ここ!
いやらしくもわかりやすくマーク画像付きで要求した。
数日後。
箱にいかにも、な手書きで「amazon」と書かれた箱が届いた。
箱を開けると、マークした通りの場所のロイヤルブルーが入っていた。
粋なことしてくれるぜamazon。
アリゾナのターコイズ鉱山での奇跡の発見から9年。
リックが初めて日本に来ることになった。
久しぶりの再会だ。
会えば必ず当時の話になる。
ネバダのターコイズ鉱山を発見した時の話。
アリゾナの鉱山で奇跡の発見をした時の話。
飲んだくれては暴れていた時の話。
話せばきりがない。
聞いていなかった話が出てきた。
初めて会った時の話だ。
出会ったその瞬間でもお互いの視点で異なる印象であったことを知った。
奇跡の発見をしたときもお互いの視点で印象が異なっていた。
私の視点は崖の上から。
リックの視点は崖の下から。
当たり前だがその時の自分の様相は自分で見ることはできない。
崖の下で待ち受けていたリックからの私の印象を聞けたのは興味深かった。
「お前、目をままんまるくして崖から駆け下りてきたんだぞ。」
そんなに興奮していたんだ!
そりゃそうだよな。
あれだけのものを発見したんだから。
そして、初めて会ったときのこと。
リックのスタジオは斜面の上に建っていた。
私は斜面を登ってスタジオに向かった。
私の視点は崖の下から。
リックは腕を組んでワークベンチに座って待っていた。
リックの視点は崖の上から。
「お前、自分の背丈の倍以上(誇張して)あるバックパックを背負ってこっちに向かってきたんだ。」
「おれがバス停まで向かいに行ってやるって言ったのに、お前は大丈夫行けるって何度聞いても断ったんだ。」
そうだったっけ?
それを言ったのは覚えていない。
でも、自分でもそう言いそうだなと思った。
遠慮もあったし、自分の脚でそこまでたどり着きたいという想いがあった。
背丈の倍以上か!?
面白いこと言うじゃないか、兄弟。
初めて会ったときは怪しい者と疑われてなかなか信用してもらえなかったが、今ではこうして当時のことを笑って話せるようになっている。
こんな日が来るとは思っていなかった。
お互いの印象の話をしたのが意外にもこれが初めてであった。
数十年経って初めて知った事実がいくつもあった。
これまでも私の冒険の話に興味を持ってくださる方がたくさんいた。
振り返れば30数年前まで遡る。
当時、とあるインディアンジュエリーショップで販売員をしていた。
数か月に1回、私の話を聞きに来ては商品を買って帰る女性がいた。
いつものように売り場に来たその女性が、
「あなたの話、面白いわ。」
「あなたの話を聞くのをいつも楽しみにしているの。」
「あなた、本を書きなさいよ。」
『ぼく…、実は…、字の読み書きが苦手なんですよ…。』
『国語が苦手で、成績はいつも1か2。 本の1ページを読むのに数時間。 400時詰め原稿用紙の作文を書くのに1日かかるんです。』
「大丈夫よ! ゴーストライターなんていくらでもいるんだから。」
「私がなんとかするから。」
「私、こういうことやっているの。」
と、名刺を差し出した。
「中央公論というところで編集の仕事をしているの。」
「こういうの得意だから任せて。」
『中央公論て、あの、小さい字がいっぱい書いてある、絵も写真もないこれくらいの大きさの本ですよね。』
「(笑!) そうそう。」
「ライターにいつも話していることをそのまま話せばいいから。」
『わかりました。 それならできそうです。』
『時間はかかると思いますが、話す内容をまとめます。』
読み書きは苦手ながら、時間を見つけては箇条書きのように書いた。
数か月経ち、ある程度まとまったので、いつものようにその女性が来るのを待った。
ところが、いつも2、3か月に1回は来店するはずがなかなかお見えにならない。
さらに数か月が経ってしまったある日、所属していた会社の社長が、
「あのお客様、先日起きたフィリピンの地震で津波にのまれて亡くなったらしいのよ。」
『えっ…。』
まさかの出来事に言葉を失った。
本になったのを見せてあげたかった。
このきっかけをくださったのも、あのお客様のお陰だ。
よし! 書き続けよう。
そう心に決め、苦手な文章書きをコツコツと続けた。
10年以上経過したある日、一通のメールが届いた。
「関西テレビの○○という番組を担当している○○と申します。」
「○○が司会の〇〇と言う番組であなたの活動を番組で紹介したいのですが、是非ナバホ居留地に同行させていただけませんでしょうか。」
といった内容のメールだった。
活動を紹介してくださるなんてありがたい。
少しでも活動が広まってくれればいいな、なんて思い快諾した。
「ナバホ居留地の撮影班とは別に日本でも撮影をさせていただきたいのです。」
「日本から単身で離れ、遠くで活躍している方へ日本にいる家族から手紙が届き、視聴者を感動させるという趣旨の番組なんです。」
「ご両親、または御父母どちら様かでも結構なのですが、ナバホ居留地にいる貴殿に手紙を書いていただき、その様子を撮影させていただきたいのですが。」
『可能は可能なのですが…』
『実は父とは縁を切っており、母は認知症でまともに対応はできないと思います。』
「そうですか…。」
『叔父ではだめですか?』
「昨今、コンプライアンスが叫ばれているので、ヤラセはできないんですよ。」
『そうですか…。 それですと難しいですね…。』
その時は母の認知症の症状が進み、会話も難しい状況だった。
残念だったがこの話は断る他なかった。
それからまた10数年後のことである。
少しずつ少しずつ書き溜めた文章をそろそろ何かの形にしたいと思っていた。
せっかくコツコツと書き溜めていた文章が無くなってしまうと困ると思い、新しいHDDを購入し、コピーを保管することにした。
HDD注文し、届くのを待った。
HDDが配達される予定の30分前、使用していたPCのHDDが突然反応しなくなってしまった。
壊れてしまった。
たくさんの居留地での思い出の写真や、コツコツと書き溜めた文章が一瞬にして消えてしまった。
『うそだろ…。』
HDDの修理専門業者に修理してもらおうと業者を訪れたが、復活する可能性は低いと診断された。
せっかく書き溜めた物語が消えてしまった。
これは試されているかもしれない。
そう思い、読み書きが苦手な私であったが、下書きの一部を探してつなぎ合わせ、記憶を元に新たに書き始めた。
それからさらに10年ほど経った。
イベントなどで体験を話す機会が多々あった。
その度に私の話に興味を持ってくださる方々が現れた。
物語を文章にして発表しようとすると、その話がなくなったり、文章が消えてしまったり、発表の予定がキャンセルになったりと、発表することが長年叶わなかった。
今振り返ると、発表できなかったのは、
この物語にはまだまだ続きがあり、発表するのはまだ早い、
ということだったのかもしれない。
もし、この物語が皆さまの目に留まったのであれば、無事発表できているということだろう。
ということは、物語はこれで終わりなのか?
いや!
物語はまだまだ続く!
冒険はまだ始まったばかり。
人生の旅はまだまだ続く。
ホームレスのインディアンの家族はMOMOTAROのきび団子のように、人生の旅を続ける私にたくさんの大切な気付きを持たせてくれた。
ホームレスから寝る場所を与えてもらい。
ホームレスからパンをもらい。
ホームレスから食べ物がもらえる場所を教えてもらい。
ホームレスに温かいコーヒーをごちそうしてもらい。
ホームレスがリックへの縁を繋げてくれた。
街中でリンゴの木を見つけ、
ホームレスの仲間にその場所を教えた。
ただ分かち合うだけで、お金は減っていない。
それどころか、
仲間が増え、
感謝が増え、
経験が増え、
縁がつながった。
それなのに、お金はかかっていない。
それを考えると、
500ドル“しか”持っていなかったのではなく。
500ドル“も”持っていたのだ。
満たされていると思うか、足りないと思うか。
物事、出来事は誰の目にも同じだが、それをどう捉えるかは自分次第だ。
インディアンのホームレスとは、家が無い人たちではなく。
家が要らない人たちのことだ。
地球が家だから。
知識や経験を分かち合い、
食料や水を分かち合う。
誰もが皆家族だから。
人種や性別、見た目や国籍も関係ない。
困っている人や動物を見かけたら助ける。
ただそれだけだ。
家族だから。
多くの人たちは、
水や食料、
資源や財産、
それらを失うのではないか、
手に入らなくなるのではないか、
という見えない不安という相手と戦っている。
自らの想像で創造した相手だ。
家族であれば分け合うだろう。
争わないだろう。
与えあうだろう。
彼らはそれを自然に行っている。
皆地球という家に住む家族だから。
人と人、
動物と人、
それらの間に線を引く必要はない。
独占するよりより分け合い、
奪い合うより与え合えば、
全てが回る。
地球のものは、
皆のものだから。
ホームレスのインディアンは家も金も持たず、今あるもので気ままに過ごす。
失うものがないから、
失うのではないかと言う不安も生じない。
失っても生きてこられた。
彼らは生き抜く術を知っている。
失ったとしてもまた立ち上がれることを知り、経験している
見えない不安という敵を創らず、平和に生きている。
この物語ができたのは、後悔しないように、やりたい、なりたい、挑戦したいと思ったことをやってきたからであろう。
振り返ると、わくわくすることに向かってひたすら走っていた。
まっすぐ見て走っていると周りが見えなかった。
そのために消費した犠牲も多かった。
でも、後悔はしていない。
自分に嘘をつかず、心の声を聞き、自分が選んだ道を進んだことに後悔はない。
飽くなき探求心と情熱。
これらが、叶えられた夢を体験する原動力になっているのかもしれない。
わんこが旅立ち、一番大切なものを失った。
これ以上失うものは無い、
何を失っても良いという思いが自分を解き放ち、
魂の欲求に従った行動に出た結果、夢を体験することができたのであろう。
私は体験した。
必ず何とかなる。
必ず助けられる。
いつからでも遅くない。
大丈夫。
だから、
魂の震える旅をしよう!
Aho!(いいね!)
