もう泣いていいのか笑っていいのかさえ分からない
最近、自分の感情が分からなくなることが増えた。
泣きたいのか、笑いたいのか、怒っているのか、寂しいのか。
頭では「私はこう感じているはず」と思うのに、
心がついてこない。
まるで自分自身から切り離されて、
自分という人間のリモコンをどこかに落としてしまったような感覚。
昔は、もっとシンプルだった。
楽しいことがあれば声を出して笑ったし、
悔しいときは思い切り泣いたし、
不安なときは「怖い」と言えた。
でも、大人になるにつれて、
「感情をそのまま出すと嫌われるかもしれない」
「周りに迷惑をかけないようにしないと」
「空気を壊さないためには我慢しなきゃ」
そんなふうに抑え込むことが当たり前になっていった。
「大丈夫?」と聞かれると、条件反射みたいに「大丈夫」と答える。
本当は全然大丈夫じゃないのに。
「嬉しい?」と聞かれると、とりあえず笑顔を作る。
心の奥では喜びを感じていないのに。
「悲しい?」と聞かれると、「まあ別に」と言ってしまう。
泣いたら弱いと思われる気がして。
こうして、少しずつ。
少しずつ、自分の本当の気持ちを見失っていった。
気づいたときには、もう自分の感情の声が聞こえなくなっていた。
あなたはどうだろう。
最近、何かに心の底から笑ったことってあるだろうか?
誰かに泣き顔を見せたことってあるだろうか?
「もう無理」って素直に言ったことってあるだろうか?
もし思い出せないなら、もしかしたら私と同じように、
自分の感情を置き去りにしてきたのかもしれない。
でもね。
感情って、消えてなくなるものじゃない。
どんなに押し込めても、ちゃんとそこにある。
ただ、長い間押し殺してきたせいで、
声が小さくなりすぎて聞こえなくなっているだけ。
本当はまだ、心の奥で必死にサインを出してる。
私の場合、そのサインは「身体」に出てきた。
眠れなくなったり、
意味もなく涙が出たり、
いつも疲れていたり。
心が訴えてることを無視し続けた結果、
体が「もう限界だよ」と悲鳴をあげていたんだ。
あるとき、ひとりで散歩をしていたときのこと。
ふと、なんでもない風景を見て涙が出てきた。
理由なんてなかった。
ただ涙が止まらなくて、
そのとき初めて「ああ、私、泣きたかったんだ」って気づいた。
感情って、頭で考えるものじゃなくて、
体の奥から自然にあふれてくるものなんだって、
そのときやっと分かった。
だから今は、少しずつ練習している。
小さなことでも「今、私は嬉しい」と言葉にしてみる。
ちょっとした不快感でも「今、私は嫌だ」と認めてみる。
涙が出たら「泣いてるんだな」と否定せずに受け止める。
感情を“ジャッジ”しないで、ただ“観察”する。
そんな小さな一歩から、感情を取り戻していけるんだと思う。
あなたはどうだろう。
自分の感情が分からなくなって、苦しくなったことはないだろうか。
「平気そうに見えるよね」と言われて、本当は全然平気じゃなかったことは?
「強いね」と言われて、本当はただ我慢していただけだったことは?
もし少しでも心当たりがあるなら、
どうか、今の自分の気持ちに耳を澄ませてあげてほしい。
感情は、あなたの敵じゃない。
ずっと隣にいてくれる大事な存在なんだ。
ただ、長い間押し込めてきただけ。
泣いてもいい。
怒ってもいい。
寂しいって言ってもいい。
それを否定する人より、
あなた自身が否定してしまうことの方が、
よほどあなたを傷つけてしまう。
これを読んでくれたあなたへ
もし、今「自分の感情が分からない」と感じているなら、
それはあなたが壊れてしまった証拠じゃない。
むしろ、ずっと感情を抑えて頑張ってきた証だ。
それだけ耐えてきたこと、その強さを認めてあげてほしい。
感情は、時間をかければまた戻ってくる。
小さな声を聞く練習を重ねれば、
また自分の心と繋がれるようになる。
あなたは、感情を失ったんじゃない。
ただ少し、遠くに置き忘れてきただけなんだ。
だから、焦らなくていい。
少しずつ、取り戻していけばいい。
本当のあなたの感情は、ちゃんとそこにいるから。
