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🥲亡き母の女手の苊劎母の味・受け継がれおきたモノお正月の蚘憶「今心から抱きしめお」倩囜の母に感謝ずたくさんの抱擁を抱きしめる

お正月ずいえば【2025幎远蚘

お正月ずいえば倧晊日には「幎越しぞば」新幎にはお雑煮。
私が生たれた日本では恒䟋の「本圓にありふれた日垞だ」
私も新幎が明けお満52歳になった。段々母の幎に近づいお行っおいる・・・。そしお圓然母も幎を取っおいく。自然の摂理
䜕故かしら、私は「幎越しそばずお雑煮」を毎幎䜜っおいる。たるで「しきたり」のように

それは本圓に「するり」ず入り蟌んできた指什のように、鍋の前で私の幎末ず幎始を忙しくさせるのだ。

こんな蚘事も曞いおたのか 我がnoteを振り返り、芋盎しお
しみじみ思う
母の存圚が私の䞭でい぀もい぀も倧きかった


本圓に䞍思議ず「それ」が圓たり前のように私の人生に染み蟌んでいるその「しきたり」は倚分、私の母の蚘憶から「入り蟌んで」いるのだず想う
「しきたり」に関しおは様々な諞説があるので蚘事を怜玢匕甚

私の䞡芪は二人ずも旧家の蟲家生たれ

私の䞡芪「ひろしずようこ」は二人ずも蟲家の旧家生たれ。
実は二人は埓兄効同士だ。昭和14幎生たれで80歳の父匘は未だに蟲業を営んでいる。母掋子は昭和18幎生たれ、父匘ず結婚しおから、化粧もせず、おしゃれヌな『ランチ巡り』もほずんどしたこずがない家ず畑&ハりスの間で、蟲業䞀筋の女性です。

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昚日2021幎元旊に、朝から実兄に電話をしたら「朝から二人でむチゎちぎり」に出かけおいるずいう。正月早々元旊に、むチゎを䜜りだしおから専業蟲家でもある「ひろしずようこ」の日課だ。

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幎末幎始の蚘憶に残る情景

私は小さいころ祖母がいた。

「り぀こばぁヌちゃん」䞭孊生たで病気で、入院・退院を繰り返し、䜓の線がずおも现かった。そんな䞭でもお正月には
「テヌブルを家族で囲んで雑煮を食べおいた蚘憶を今も芚えおいる。」

それは䞭孊生のころ「り぀こばぁヌちゃん」が入院先の保利病院で亡くなっおからも・・・続いた。り぀こばぁヌちゃんは「ちゅうぶ」だった。
ちゅうぶずは癌のこずらしい・・・。小さいころ聞かされた。祖父の「すなおじヌちゃん」がちゅうぶで突然亡くなったずいう話を祖母のり぀こばぁヌちゃんからよく聞かされおいた。効の「民子」を抱っこしおいるずきに急に倒れこんでそのたた・・・。ちゅうぶ ずいう蚀葉は小さいころから䞭孊生たではそのたたちゅうぶず蚘憶しおいる。正確に調べるず

䞭颚ちゅうふう・ちゅうぶう 地方によっお異なる

女手の苊劎

私が生家でお正月を過ごしたのは高校生たで・・・。高校生だから18歳のころから52歳・・・。 34幎間
34幎間の間にも私の䞀人嚘や
その時その圓時のパヌトナヌを連れ立っお元旊過ぎた3日ずか4日に、䞀緒にお正月を過ごしたこずもあるけれど

私の蚘憶にな぀かしく愛おしく残る
母のお正月に䜜るお雑煮の蚘憶は「倧晊日の真倜䞭からはじたる」

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たず蚘憶に残る倧晊日の真倜䞭に感じるのは「におい」だ。
䜕かを炊くにおい。
それが正月甚のお雑煮の「におい」だず私は垃団の䞭から感じる。そうしながらりトりトずたた眠りに萜ちる。冬䌑みの正月、そうしながら朝バタバタカタコトず「音がざわざわ」ず亀じり合っお聞こえおくるようになるず私は目芚たす。案の定「䞡芪や兄効は起きおいお」ブラりン管TVがあった台所の郚屋に集たっおいる。

「はよ顔掗っお着替えなっせ」ず母ようこが蚀う

「みんなで正月ばすっぞ」ず父ひろしが蚀う。

私たちは小さいころ毎幎正月になるず川向うの「䞭川八幡宮」に新幎の初詣をする。私が䜏んでいた地域は「川南」川向うは「川北」ず呌ばれおいた。

ただ倖が薄暗い䞭「台所のなべやたな板」の前で女手ずしお「正月の準備」をする母を眮いお、私たちは蟲䜜業で「土の埃ずにおい」が染み぀いた軜トラックに、ぎゅうぎゅうに乗り蟌んで「新幎のお宮参り」に行く。

お正月はい぀も「新品の服もどき」をいく぀か、母ようこが甚意しおいおくれお、小さいころ子䟛心に「新しいおしゃれ」をした気分になった。うれしかった。

お宮参りでは「巫女の姿をした女の子」たちが手のひらに「いりこず小さいかけらの数の子」を箞で぀たんで、眮いおくれる。それずお屠蘇を飲む。

巫女さんは地域の小孊生高孊幎から䞭孊生たでの👧女子が遞ばれ、正月の早朝に巫女舞の奉玍をする。私も順番が来お「その巫女姿をしお巫女舞を舞った。」そのために日本舞螊を習う矜目になったけれど・・・それも故郷の懐かしい思い出だ。

『お屠蘇』が䜕で?出来おるなんお小さい頃は知らなかった。苊みがあっお甘い飲み物・・・。あんたり奜きじゃない味。

倧人になっお「お屠蘇」が䜕で䜜られおいるのかを知るのはずヌっず埌のこずだったけれど(苊笑

名称未蚭定のデザむン (9)

そんなこんなで、お宮参りが終わっお家に垰るず「お座敷」のテヌブルにお雑煮やら「数の子」など正月料理が䞊んでいる。

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心から懐かしく愛おしい時間だった

2010幎父ひろし母ようこ兄み぀る効たみこ+私私の嚘兄の子䟛たちわたる+たくみ久しぶりに兄効䞡芪孫たちが集たったお正月。・・・もう10幎前になるよ。たたみんなで逢いたいなヌ

写真に写る「たくあん」やいちごのデザヌトは母ようこの手䜜り。必ず生家のお正月には「新茶」を飲む。これも昔から倉わらず「我が家のしきたり」習い。お茶ず梅干を䞀緒に「口に入れお梅干しの皮を吐き出す」その梅干しの皮を神棚に投げお「手をたたいおお参りをする」

梅干しの皮は神棚の䞊
お正月のテヌブルには「新茶の湯飲みが家族党員分」
数の子やお屠蘇は家の長である「父ひろしから順番に兄・私・効そしお䞀番最埌に母ようこ」


100幎続く専業蟲家の3代目だった父ひろしはその埌、集萜の新幎の「寄り合い」ぞ母ようこは「正月料理」でおなかを満たした「私たち3兄効」を残し、忙しく蟲䜜業の服を着蟌んで畑やハりスぞず出かける。

そんな感じの私が生たれた我が家の懐かしいお正月の蚘憶

母の味

䜕故かしら、私は「幎越しそばずお雑煮」を毎幎䜜っおいる。たるで「しきたり」のようにず始たった私の蚘憶の蚀葉の矅列。

本圓に愛おしむように、懐かしくしみじみず蚘憶の片隅に朜る。
今幎もお雑煮を䜜った。するりず入り蟌んできたその蚘憶のレシピはこうだ。
❶前の日から「剣先するめ」「あたりめ」ずもいうかなスルメをハサミでチョキチョキ切る。昆垃ずそれを鍋にいれ元旊の朝たで氎に぀け眮く。
❷鍋にはそのほかに、䞞く切った野菜を䞀緒に入れ蟌む。サトむモは煮汁が濁るので入れずに、ちくわもいい味が出るので乱切りにしお鍋に入れる。

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❞䞀晩挬け眮いた鍋に元旊の朝から

にんじん・だいこん・ごがう・昆垃は取り出しお火にかける。グツグツず煮蟌んでしょうゆ・だしを加える「だしは垂販のものでOK」
根野菜に火が通ったら「䞋茹でしたさずいも」を加えお煮蟌む。
あずは、日本酒やみりん・・・砂糖少々など・・味を芋ながら調敎。

❹あずは焌きもちを入れお少し煮蟌んで

お雑煮の完成

名称未蚭定のデザむン (13)

グツグツず煮蟌んでいたら・・・剣先するめ、すなわち、むカだ。むカの焌いたような銙ばしいにおいずしょうゆの銙りが「入り混じっお」
湯気ず䞀緒に挂う「匂い」・・・・・・・・・・・そう蚘憶の片隅に朜り蟌んで、小さいころ実家の垃団の䞭で真倜䞭に感じた「あの匂い」

私は倧きくそのにおいを吞い蟌んだ。
有難かった。

そしお懐かしかった。
愛おしかった。その匂いを

「心の䞭で䜕床も䜕床も」抱きしめた。

そしお食べたお雑煮の味は

そう母の味。

母に感謝ずたくさんの抱擁を莈る

名称未蚭定のデザむン (12)

母ようこに感謝ずたくさんの抱擁を莈る。
私はするりず入り蟌んだ蚘憶で今幎も「お正月のお雑煮を䜜った。」
その蚘憶は

母がくれた莈り物。
母が私たち兄効を慈しんで育おおくれた蚌あかし
母が芋せおくれた女手の背䞭。

女手の苊劎を重ね
「腰もただ80歳前なのに曲がっおしたい、逆流性食道炎で胃を匱らせた母」
兄が離婚しお同居を始めお10幎近く・・・兄み぀るず父ひろしの食事の䞖話や身の回りを家事でガサガサになっおしたった手。

女手がたったひず぀。郷里の生家でたった䞀人の女手の母。
嗚呌母に逢いたくおたたらない

母ようこの小さく䞞たっおしたった背䞭を撫でお
「思いっきり抱きしめたいよ」

おかあさんありがずう。

ばいばいたたね BY SKYCHOP


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