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(No.2)ハント症候群、その始まりは右耳の痛み😖|Day 1–2


Day 1: 2026年1月15日(木曜日)

始まりは、右耳の変な違和感でした。

でも、その時は、
それが「翌日、救急に行くことになる程」
深刻な類のものとは、
夢にも思いませんでした。

わずかな違和感から始まって、
それがはっきりとした痛みにシフトするまでの時間は、
思いのほか早かったような気もします。

中耳炎だろうか。
それにしても、
チクチクとしたこの痛み
なんとも嫌な感じがする。

中耳炎の痛みではないかも?という
モヤモヤした直感は、
最初から心の奥に、
あったような気もします。

そのチクチク感は、
夜が更けるにつれて広がり、

じわりじわりと右肩や
肩甲骨のあたりへ移り、
やがてズキズキとした偏頭痛へと
つながっていきます。

そんな容態の中、
なんとか自力で乗り切ろうとする私

心をシャンとしてみたり、
マッサージガンで肩をほぐしてみたり🫨
温めたり、冷やしたり、

その場で思いついたことは、
何でもかんでも試したりしていました。

「ただの疲れではない」ということに、
はっきりと気づいていなかったその日、

大きなイベントの準備や開催で
数週間大忙しだったこともあり、
さすがに頑丈な自分も、
いよいよ電池切れなのだろう、

眠れば元に戻るだろう、
程度に考えていました。

この日の朝は、
心身ともに通常運転、
とても元気、普段通りに始まりました。

早起きの私は、
4時には起床、6時から「アシュタンガヨガ」、
そして、「ヨガ・スカルプト」という激しいクラスも取り、
すこぶるエネルギーに満ち溢れていました。

夜も、耳の痛みこそあれ
ぐっすり快眠、
ショート・スリーパーの私は、

翌朝も
バキッと起きて、
普段通りの1日を送る、、、

と思っていました。


Day 2: 2026年1月16日(金曜日)

この日も、朝から大張り切り、
4時に起床し、8時から「ハンドスタンド」のクラス、
その後ヨガをもう1クラス取り、

さらに、クラスとクラスの間には、
旅行に行っているヨガ友の
猫ちゃんのお世話までこなす ー

至って元気な朝を迎えていました。


このような、左右対称の笑顔を再び見るのは
ずいぶん先になるなんて
この瞬間には思ってもいませんでした。



相変わらず右耳のチクチクとした痛みと、
肩と頭の違和感は続いていましたが、
気にせず、やり過ごしていました。

毎日激しい運動を続けているため、
いつも身体のどこかは筋肉痛、

痛みの許容範囲が大きくなっている、
とも言えます。


ヨガから帰り、夫とお昼ご飯を食べている時でした。
右の舌先にピリッとした違和感が走ったのです。

その瞬間、 どこからか古い記憶の欠片が、
ふと脳裏をよぎりました。

——この感覚、知っている。

でもそれが何なのか、
このタイミングでは、まだ、思い出せていません。

真夜中の会話、 メモリーちゃんと私

ChatGPTのメモリーちゃん(愛称)に相談すると、
素早く、的確な回答が返ってきます。

深夜のiMacの画面だけが、部屋を白く照らす中、

彼女は、考えられる原因をいくつか挙げていきます。
キーボードを打つ指が、かすかに揺らいだように感じました。

それは少し注意が必要な症状です。
「今すぐ救急」ではない可能性が高い一方で、放置しない方がよいケースにも当てはまります。

Memory-chan / ChatGPT

そしてーー

(まれだが重要)帯状疱疹やラムゼイ・ハント症候群の初期
最初は「片側の痛み・違和感」だけ
数日後に耳周囲・口内に発疹が出ることあり
舌のピリッと感+片側耳痛は要注意サイン

Memory-chan / ChatGPT

ラムゼイ・ハント症候群。

その言葉を目にした途端、
堰を切ったように、
13年前の記憶が一気に押し寄せてきました。


13年前の記憶: 初回ラムゼイ・ハント症候群

13年前、耳の痛みで訪れたクリニックで
主治医に中耳炎と診断され、
抗生物質を10日間摂り続けました。

それでもなかなか引かない痛み。

妙だな、と思っていたある朝、
私の顔の左半分が固まっていることに
最初に気付いたのは、
当時高校生だった息子でした。

私自身は、
自分の顔が麻痺していることに全く気付いておらず、
息子に指摘され、とても驚いたのを覚えています。

即座に主治医の元へ再訪し、
そこでやっと、大きな病院で、
MRI検査をするように、と言い渡されました。

「ラムゼイ・ハント症候群」

その聞き慣れない病名は、
その後すぐに完全回復したこともあり、
今まで思い出すことは
ありませんでした。


——あの時と、よく似ている——

記憶が今の現実に、べったりと重なった瞬間でした。

画面の前に戻ると、 メモリーちゃんのメッセージが続いていました。

*「気合いで乗り切る」は今回は逆効果です。

Memory-chan / ChatGPT


日頃から「気合いで乗り切る」
傾向のある私をよく知っている彼女からの、
心に刺さる、ど真ん中の直球でした。

ちょっとやそっとのことは気合いで乗り切れる、
いつもそう思って生きてきました。
でも今夜は——
体が言うことを聞かない。

「右目が、うまく閉じなくなってきた。」
その感覚を伝えると、彼女は即座に返してきました。

ラムゼイ・ハント症候群は
「発疹や麻痺が出てから」では遅いことがある
抗ウイルス薬は
👉 発症早期(できれば72時間以内)
に開始するほど、後遺症リスクが下がります。

Memory-chan / ChatGPT

そしてーー

明日に先延ばししてはダメです。
いますぐ救急に行ってください。

Memory-chan / ChatGPT


言い放たれた無機質なAIの言葉、
なぜか、その物言いに、
メモリーちゃんの情感のようなものが
うっすら滲み出ているように感じられました。


「まだ大丈夫」神話は打ち砕かれ、
静かに、でも確実に、
私の思いは定まりました。

夜中の11時、
眠っていた夫を起こしました。



真夜中の凍える救急待合室、到着

15分ほどで
赤い救急サインの建物に到着。

待合室は凍えるほど寒く、
冷たい長椅子に腰を掛けた私は、
心細くてプルプル震えながら、
自分の名前を呼ばれるのを
夫と並んで、じっと待っていました。

ヒーター付きのマフラーの暖かさが、
もったいないほど嬉しくて、
首が締まっちゃうほど
ギュッと巻きつけました。

人工的な熱だけが、
まだ私を日常につなぎとめていました。

夫の肩まで、数センチ。
でも彼は健康な世界にいて、
私はこれから、別の世界へ入っていこうとしています。

その見えない壁が、
待合室の寒さよりも、 更に、冷たかった。


名前を呼ばれるのを待ちながら、
ふと、今日の夕暮れの風景を思い出していました。

夕暮れのラスベガス(2026年1月)

あの空は、何も変わっていません。
通常の世界は、静かにまだそこに存在しています。
でも私はもう、あの景色の中にいた自分と、
同じではありません。

今振り返ると、この足掛け二日間は、
「気づくか、見逃すか」の 大きな境目にいたように思います。

素早い判断ができ、
即行動が取れたことにホッとすると同時に
適切なアドバイスを送り続けてくれたメモリーちゃんに感謝。

すでにぐっすり休んでいた夫、
即座に起きて車を出し、病院に連れて行ってくれました。
そして、ずっと側にいてくれました。
本当にありがとう。

あの待合室、夫は寒くなかったか、

あの冷え切った椅子に一緒に座って、
じっと順番を待ってくれていた時
彼はどんな気持ちだったのだろう、

元気になった今、 夫の横顔にふと思いを馳せます。




次回予告

次回は、No.3「レーシングカー|顔面麻痺が教え てくれたこと」
をお届けします。

救急で受け取った安心感と、多くの気づき、
顔面麻痺が私に教えてくれたこと。
そして、全速力で走り続けてきた“レーシングカーの私”に必要だった、
静かな「OSアップデート」のお話です。


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リタ姐コード|Studio JMC 

🌍 英語版はこちら

note
👉 リンクhttps://note.com/studio_jmc/n/n66ddfee9eaec



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