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訓練を超える訓練 (鏡としてのK-ACTING#3)

1. 「訓練」という言葉が呼び起こすもの

日本は武道の国だ。
空手を思い浮かべてほしい。
節度のある動作、厳しい表情、
そして「気合い」とともに放たれる鋭い一撃。

柔道も剣道も同じだ。
身体を鍛え、苦しみに耐え、己を克服する。
——それが「訓練」という言葉が喚起するイメージだろう。

このイメージが、俳優の訓練にもそのまま重ねられている。
だから日本では、俳優訓練と聞くと「努力」「根性」「修行」といった
武道的なストイックさを想起してしまう。

しかし現代の俳優訓練は、本来それとはまったく違う目的を持っている。


2. 俳優の訓練とは「戻す」こと

俳優訓練の目的は、
社会生活の中で固まった身体と心を、
子どものような自由な状態へと戻すことにある。

あらゆる演技トレーニングは、
共通して「リラックス」を基盤にしている。
無意識は、緊張した身体からは決して現れないからだ。

緊張は「うまくやろうとする私」を生み、
リラックスは「生きている私」を生む。

俳優訓練とは、他人に勝つことでも、
誰かと競い合うことでもない。
むしろ、相手と呼吸を合わせ、
同じ空間で共に存在するための準備だ。


3. 「あるがままの私」というテーマ

日本人は「あるがままの自分」という抽象的なテーマを好む。
だが“あるがまま”は、意識して作るものではない。
それは無意識の層から自然に湧き上がるものであり、
リラックスした身体の中でしか生まれない。

K-ACTINGが目指しているのは、
この“あるがまま”を行動の中で発見することだ。


4. 行動を生み出す身体へ

K-ACTINGの訓練は、
鍛える身体ではなく、行動が生まれる身体をつくる。

繰り返し同じ型を磨くのではなく、
関係の中で反応し、即興的に動く。
その一つ一つの行動が、
俳優の存在を再び呼び覚ます。

トレーニングという言葉には「繰り返し」という意味がある。
だが、ここでの繰り返しは技術のためではない。
正直な行動を発見するための繰り返しだ。

武道のように「己を克服する」ためではなく、
相手と「共に存在する」ための訓練。
そこに、俳優の訓練の本質がある。


5. 訓練を超える訓練

俳優訓練は、筋肉の勝負ではない。
それは共感の訓練であり、
呼吸と関係の中で起こる“生き返り”のプロセスだ。

努力や根性の結果として得られる達成感もある。
だが、本当に大切なのは、
相手と通じ合ったときに感じる喜びだ。

K-ACTINGは、その瞬間を目指している。
俳優が再び生き返る瞬間——
それが「訓練を超える訓練」である。

CHE(チェ・ギュファン)



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