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「辞めさせたい」の前にできること ― 問題社員対応の実践知


はじめに

会社を経営していたり、部下を持つ立場になったりすると、誰もが一度は直面するのが「この人にどう向き合えばいいのか」という悩みです。遅刻や欠勤が続く、指示が通らない、周囲との協調性がない――そうした社員を前にして、感情的に「辞めさせたい」と思ってしまうことは珍しくありません。しかし日本の労働法制のもとでは、感情や勢いだけで従業員を辞めさせることは極めて困難です。

無理に辞めさせようとすれば、不当解雇として訴えられたり、ユニオンとの団体交渉に発展したり、あるいはSNSでの風評被害に見舞われたりと、会社側が思わぬ形でダメージを受けるケースも少なくありません。一方で、問題行動を放置すれば、周囲の社員の士気やチーム全体の生産性が下がっていくのもまた事実です。

大切なのは、「辞めさせる/辞めさせない」の二択でいきなり判断するのではなく、その手前にどれだけ丁寧なプロセスを積み重ねられるかという視点です。今回は、問題社員への向き合い方を段階的に整理し、会社と従業員の双方が納得できる形で解決へ導くための考え方を、8つの視点からまとめてみます。



日本の解雇規制、まず知っておきたい現実

「使えない社員はクビにすればいい」という発想は、日本では通用しません。労働契約法では、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は無効とされています。能力不足や協調性の欠如といった理由だけでは、裁判になった場合に会社側が敗訴するリスクが非常に高いのです。特に正社員として長期雇用契約を結んでいる場合、よほど重大な非違行為がない限り、一方的な解雇通告は「不当解雇」として争われる可能性があります。

さらに近年は、労働者側の権利意識が高まり、個人でも加入できる合同労働組合(いわゆるユニオン)を通じて団体交渉を求められるケースや、SNSやインターネット上で会社の対応が拡散され、レピュテーションリスクに発展するケースも増えています。安易な解雇は、金銭的な負担だけでなく、企業イメージそのものを傷つけかねません。だからこそ経営者や管理職は、「解雇」を最終手段と位置づけたうえで、その手前にある選択肢を丁寧に積み重ねていく発想を持つ必要があります。次章以降で見ていくのは、まさにその「手前の選択肢」の具体的な中身です。


解雇より先に検討すべき「退職勧奨」という選択

解雇が難しいからといって、問題社員をそのまま放置するわけにもいきません。ここで現実的な選択肢となるのが「退職勧奨」です。退職勧奨とは、会社側から従業員に対して自主的な退職を促す行為であり、あくまで従業員本人の合意に基づく退職(合意退職)を目指すものです。解雇のように会社が一方的に雇用契約を終了させるものではないため、法的なハードルが大きく下がります。

ただし、退職勧奨には注意すべき点もあります。執拗に退職を迫ったり、退職に応じるまで長時間の面談を繰り返したりすると、「退職強要」とみなされ、かえって違法行為として訴えられるリスクが生じます。退職勧奨はあくまで「提案」であり、従業員が拒否する権利を持っていることを前提に進めなければなりません。回数や時間、言葉遣いに配慮しながら、記録を残しつつ進めることが基本になります。

退職勧奨を成功させる鍵は、従業員本人が「自分の意思で辞める」と納得できる状況をどうつくるかにあります。会社都合で一方的に追い出すのではなく、本人にとってもキャリアの再出発として前向きに受け止められるような文脈を用意すること。次の章では、その具体的なアプローチのひとつである「太陽方式」について掘り下げていきます。


追い詰めずに納得してもらう「太陽方式」のすすめ方

退職勧奨のやり方には、大きく分けて二つのアプローチがあると言われます。ひとつは、厳しい指摘や心理的プレッシャーによって「ここにはいられない」と思わせる、いわば北風型のアプローチ。もうひとつは、本人の状況や希望に寄り添いながら、対話を通じて自然な形で次のキャリアを考えてもらう「太陽方式」です。

太陽方式では、まず本人の話をじっくり聞くことから始めます。仕事に対する不満や、職場での孤立感、家庭の事情など、問題行動の背景には様々な要因が隠れていることが少なくありません。頭ごなしに否定するのではなく、「なぜそうなっているのか」を一緒に整理していく姿勢が信頼関係を生みます。そのうえで、会社としてできる支援(配置転換や業務内容の調整など)を提示しつつ、それでも状況が改善しない場合には、本人にとってもこの環境で働き続けることが必ずしも幸せではないかもしれない、という選択肢を穏やかに示していきます。

北風型のやり方は短期的には効果があるように見えても、パワーハラスメントと紙一重になりやすく、訴訟リスクを抱えることになります。一方で太陽方式は時間がかかる分、本人の納得感が高く、退職後のトラブルに発展しにくいという利点があります。何より、プロセスの途中で本人の行動が改善し、問題社員が戦力に変わるケースも実際には少なくありません。会社にとっても社員にとっても、遠回りに見えて実は最も確実な道と言えるでしょう。


トラブルを防ぐ就業規則の見直しポイント

問題社員への対応がこじれる背景には、就業規則の不備が潜んでいることが多くあります。「懲戒処分の対象となる行為」が曖昧にしか定められていなかったり、「注意指導の手順」が明文化されていなかったりすると、いざという時に会社側が主張の根拠を欠いてしまいます。逆に言えば、就業規則をきちんと整備しておくことは、問題社員対応における最大の予防策のひとつです。

具体的には、遅刻・欠勤に関する基準、懲戒処分の種類と適用条件、配置転換や降格に関する会社の権限範囲などを、できるだけ具体的に規定しておくことが望まれます。また、人事権の行使にあたっては「業務上の必要性があること」「労働者に不利益を負わせすぎないこと」「不当な動機や目的がないこと」という3つの原則を意識する必要があります。たとえば介護の必要がある社員に配慮のない転勤命令を出すようなケースは、たとえ規則上可能であっても、権利濫用として無効とされる可能性があります。

さらに、降格と減給は法律上まったく別の扱いになる点にも注意が必要です。役職を外す「降格」は人事権の範囲内で比較的柔軟に行えますが、賃金を下げる「減給」は労働条件の変更にあたるため、就業規則や労働契約にあらかじめ根拠規定がなければ、有効に行うことができません。「役職を下げたのだから給与も下げて当然」という感覚で進めると、後々のトラブルの火種になりかねないのです。就業規則は一度作って終わりではなく、実態に合わせて定期的に見直していく姿勢が欠かせません。


定期面談を仕組み化して問題を早期発見する

問題社員対応において見落とされがちなのが、「問題が大きくなってから初めて対処する」という後手のパターンです。これを防ぐために有効なのが、月に一度程度のペースで定期的な面談の機会を設けることです。特別な問題が起きていなくても、日頃から上司と部下が一対一で話す時間を確保しておくことで、小さな違和感や不満を早い段階でキャッチできるようになります。

定期面談を仕組みとして運用するメリットは複数あります。まず、問題が発生してから急に面談を設定すると、本人は「呼び出された」というプレッシャーを強く感じ、防衛的な態度になりがちです。しかし普段から定例の場として位置づけられていれば、心理的なハードルが下がり、率直な会話がしやすくなります。また、面談の記録を継続的に積み重ねておくことは、万一のちに懲戒や退職勧奨といった対応が必要になった場合に、「会社は継続的に指導・支援を行ってきた」という重要な証跡にもなります。

面談の場では、業務の進捗確認だけでなく、本人のキャリアに対する考えや、職場環境への率直な意見を聞く時間もつくることが大切です。管理職側が一方的に評価や指摘を伝えるだけの場になってしまうと、本音を引き出すことは難しくなります。定期面談は「監視」のためではなく、「早期に気づき、早期に手を打つ」ための仕組みであるという認識を、組織全体で共有しておくことが重要です。


まずは聴く。傾聴が生む信頼と情報

問題行動が目立つ社員に対して、つい「指導しなければ」という気持ちが先に立ちがちですが、実際に効果を上げるためにはまず徹底的に「聴く」姿勢が欠かせません。相手が落ち着いて話せるよう、話を遮らない、内容を頭ごなしに疑わない、要求を突っぱねないという基本姿勢を守りながら、まずは相手が言いたいことを一通り話してもらうことが出発点になります。

傾聴のプロセスは、単に相手の気持ちを受け止めるだけでなく、事実確認のプロセスでもあります。本人の話す内容と、周囲から見えている状況との間にズレがないかを丁寧に照らし合わせていくことで、問題の本質がどこにあるのかが見えてきます。話を深めながら最終的に内容を整理し、認識のすり合わせを行うところまでが一つの区切りです。

ここで注意すべきなのは、傾聴と迎合を混同しないことです。相手の言い分をじっくり聞くことと、理不尽な要求をそのまま受け入れることはまったく別の話です。むしろ筋の通らない要求を安易に飲んでしまうと、要求がエスカレートする原因になります。聞くべきところは徹底的に聞き、伝えるべきことは会社としての立場から明確に伝える。このバランスを保つことが、傾聴を単なる「優しさ」で終わらせず、問題解決に向けた土台にするための鍵になります。


改善指導は「段階的に・記録を残して」徹底する

温情的な対応や対話だけでは状況が変わらない場合、段階的に対応のレベルを引き上げていく必要があります。その第一歩となるのが、書面による注意です。口頭での注意だけでは「言った・言わない」の水掛け論になりやすいため、注意した内容を書面にまとめ、本人に交付したうえで、内容に相違がないことを確認してもらった記録を残しておくことが重要になります。

書面注意でも改善が見られない場合には、人事異動という選択肢が視野に入ってきます。ここでのポイントは、降格や減給を伴わない横移動を基本とすることです。懲戒的な意味合いの強い異動ではなく、「雇用を維持するために会社として努力をした」という事実をつくることに主眼を置きます。それでもなお改善が見られない場合に、初めて懲戒処分の検討に進むという順序を踏むことが望まれます。

一つひとつのステップを丁寧に踏むことは、遠回りに見えるかもしれません。しかし、こうした段階的なプロセスを経ることによって、「会社は十分な指導と機会を与えたにもかかわらず、改善が見られなかった」という事実そのものが、後々の対応(退職勧奨や、最終手段としての懲戒解雇)を正当化する重要な根拠になります。逆にこのプロセスを飛ばしてしまうと、どれだけ本人に問題があったとしても、会社側の対応が「拙速だった」と評価されかねません。指導は感情ではなく、手順として設計することが大切なのです。


そもそも採用しない。基準づくりという予防策

ここまで見てきたように、問題社員への対応には多くの時間とエネルギーが必要になります。だとすれば、最も効果的な対策は「そもそも問題を抱える可能性の高い人材を採用しない」ことだと言えます。もちろん、面接だけで将来の行動をすべて見抜くことはできません。しかし、過去の傾向として問題行動につながりやすい要素を整理し、採用基準として明文化しておくことは十分に可能です。

具体的には、職務経歴における転職の頻度や理由、面接での受け答えの一貫性、過去の職場での人間関係についての語り方などから、一定の傾向を読み取ることができます。もちろん、転職回数が多いことや前職への不満を語ることが、そのまま「問題社員」であることを意味するわけではありません。大切なのは、個別のエピソードを短絡的に判断材料にするのではなく、複数の観点を組み合わせて総合的に見極める仕組みを組織として持っておくことです。

採用基準の整備は、単なる「危険人物を排除する」ための仕組みではありません。むしろ、入社後にミスマッチが生じるリスクを事前に減らし、本人にとっても会社にとっても不幸な結果を避けるための予防策と捉えるべきです。問題が起きてから対処に追われるのではなく、採用の入り口から一貫した姿勢で人材と向き合うこと。それこそが、問題社員対応というテーマの最終的な着地点だと言えるでしょう。


終わりに

ここまで8つの視点から、問題社員への向き合い方を見てきました。共通して言えるのは、「感情的に切り捨てる」のでも「なんとなく我慢し続ける」のでもなく、聴くこと・記録すること・段階を踏むことという地味な積み重ねこそが、結局は会社と社員の双方を守るということです。

日本では解雇のハードルが高いという現実を嘆いていても、状況は変わりません。むしろその制約があるからこそ、対話と仕組みによって問題を解決する力が、これからの管理職や経営者にはより一層求められていくのだと思います。目の前の問題社員にどう向き合うかは、実はその会社が組織としてどれだけ誠実に人と向き合えるかを映す鏡でもあるのかもしれません。今回の内容が、日々のマネジメントに悩む方にとって、少しでも判断のヒントになれば幸いです。

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