人生の脚本家や監督までやるのをやめた
今朝、朝食を食べながら主人と話をしていました。
仕事のこと。
将来のこと。
旅行のこと。
いつものような会話です。
でもその時、ふと不思議な感覚がやってきました。
今この会話も、
現れては過ぎていく。
主人の不安も。
私の心配も。
これから叶えたいことも。
全部。
そう思った瞬間、
なんだかおかしくなってしまいました。
そして気づいたのです。
今まで私は、
思考や感情は流れていくものだと分かっていたつもりでした。
不安も。
喜びも。
怒りも。
現れては消えていく。
それは理解していました。
でも、
アバターである私自身も同じだったのです。
今こうしてパソコンの前に座っている私。
朝食を食べている私。
主人と話している私。
それもまた、
現れては過ぎていく一瞬の現れでした。
以前の私なら、
この考え方を少し怖いと感じたかもしれません。
私がいないの?
私の人生はどうなるの?
そんなふうに。
でも今は逆です。
とても楽なのです。
なぜなら、
私は人生の脚本家や監督まで引き受けていたことに気づいたから。
この先どうなるのか。
こうならなければいけない。
失敗してはいけない。
うまくいかなければいけない。
気づかないうちに、
人生全体を背負っていました。
でも本当は違いました。
主人は主人の流れを生きている。
私は私の流れを生きている。
思考も。
感情も。
行動も。
現れては流れていく。
だから私は、
人生を放棄するのではなく、
人生を背負うことをやめたのです。
不思議なことに、
そう思えた時、
人生がどうでもよくなったわけではありませんでした。
むしろ逆でした。
今という瞬間が、
とても愛おしく感じられたのです。
主人と朝食を食べること。
他愛のない話をすること。
コーヒーを飲むこと。
買い物へ行くこと。
それらもまた、
永遠に続くものではありません。
だからこそ美しい。
だからこそ愛おしい。
空に浮かぶ雲のように、
どんな現れも流れていく。
でもその奥には、
いつも変わらない空がある。
最近の私は、
雲を追いかけることよりも、
その空を思い出す時間が増えてきました。
そして今日も思います。
人生は背負うものではなかった。
ただ流れ、
ただ味わうものだったのだと。
🌿やさしい気づきの個別セッションについて
ココナラにて、メッセージでのやりとりを通して、
やさしく見つめ直す時間をお届けしています。
必要な方に届いたら嬉しいです☺
~ ようこのやさしい気づき ~
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