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大丈夫は、未来にあるものではなかった。最初から土台だった。

最近、とても大きな気づきがありました。

それは、

「本質は満ちている。」

という言葉の意味が、

知識ではなく、

感覚としてわかったことです。

以前の私は、

「もっと安心したい。」

「もっと豊かになりたい。」

「もっと自由になりたい。」

そんなふうに、

未来に向かって、

何かを足そうとしていました。

でも最近、

ふと気づいたのです。

本質は、

静かに満ちている。

つまり、

土台そのものだったんだと。

私は最近、

人生を一本の大木として感じています。

枝には、

いろいろな出来事が起こります。

嬉しい日。

落ち込む日。

歯が痛い日。

主人が絵を描ける日。

描けない日。

お金が心配になる日。

どの枝にも、

さまざまな現れがあります。

でも、

枝が揺れても、

大木の根は揺れません。

そのことに気づいた時、

「あぁ、大丈夫なんだ。」

という感覚が、

自然と湧いてきました。

以前は、

「大丈夫になりたい。」

と思っていました。

だから、

不安を消そう。

ポジティブになろう。

もっと頑張ろう。

そんなことばかり考えていました。

でも、

順番が逆だったのです。

本質という土台は、

最初から静かに満ちていました。

だから、

大丈夫だった。

その上で、

枝が揺れていただけでした。

最近、

主人がお金のことを心配している姿を見ながら、

私の中には、

不思議と

「なんとかなる。」

という感覚があります。

根拠はありません。

未来が見えるわけでもありません。

でも、

土台が満ちていることを少し感じられるようになると、

安心は、

未来からやってくるものではなく、

今ここに静かに在るものだと気づきました。

だから最近は、

人生を無理に変えようという気持ちも減ってきました。

今という現れを、

「ようこそ。」

と迎える。

すると、

次の現れも、

自然にやってきます。

私は、

人生を動かしているつもりでした。

でも本当は、

大木は最初から生きていました。

私はその一部を、

体験しているだけだったのです。

この気づきは、

外から見たら何も変わらないかもしれません。

でも、

私の中では、

とても大きな変化でした。

安心を探す人生から、

安心という土台の上で生きる人生へ。

その違いは、

想像していた以上に大きく、

そして、

とても静かでした。


目覚めとは、

何かを手に入れることではなかった。

「もう大丈夫。」

その土台の上に、

最初から立っていたことを思い出すことだった。


🌿やさしい気づきの個別セッションについて

ココナラにて、メッセージでのやりとりを通して、
やさしく見つめ直す時間をお届けしています。

必要な方に届いたら嬉しいです☺
~ ようこのやさしい気づき ~


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