「生殺与奪の権を他人に握らせるな」から仕事について考えてみる
「生殺与奪の権を他人に握らせるな」
鬼滅の刃の冨岡義勇のセリフ。初見でグッときた人も多いんじゃないだろうか。

最近Xのタイムラインでこの画像を見て、仕事においても似たようなことが言えるなと感じたので、まとめてみる。
自分のキャリアを他人に委ねてないか?
仕事って、評価されたり、決裁されたり、役割を振られたり、
どうしても他人の意思が絡む場面が多い。
上司が評価してくれない
任せてもらえない
意見が通らない
そんな状況にいると、だんだん「自分は選ばれる側」「与えられる側」になっていって、主導権を手放していく感覚になりがち。
でも、冨岡義勇のあのセリフみたいに、
「それを握らせてるのは自分かもしれない」という視点はけっこう大事だと思ってる。
受け身でいると、自分の命(仕事的な意味で)は他人の手の中にある
任せられるのを待つ
認められるのを待つ
役割が来るのを待つ
この「待ち」の姿勢って、他人に自分の仕事人生のハンドルを渡してる状態。
で、思った通りの役割が来なかったり、評価されなかったときに「なんで?」となる。
でも実際は、ハンドルを握ってない自分にも責任がある。
自分で握るって、どういうこと?
自分の意思で手を挙げる
自分の役割を自分で定義する
自分の目標を自分で決めて、言語化して伝える
こういう動きをしていないと、いつの間にか「他人が決めたレール」の上にいることになる。
もちろん、全部が全部自分でコントロールできるわけじゃないけど、
どこまでなら自分で握れるか?を意識するだけでも、仕事の感じ方が変わってくる。
「与えてもらう」を卒業するタイミング
若手のうちは、わからないことも多いし、「教えてもらう」「与えてもらう」が前提でもいいと思う。
でも、ある程度経験を積んできたら、自分の役割やキャリアは、自分で作っていくフェーズに入る。
このとき、ずっと「与えてもらう」姿勢のままだと、
評価されない
任されない
満たされない
みたいなことが増えてくる。
「そろそろ、自分で握らないとな」って思えるかどうかが、ひとつの分岐点なんだと思う。
仕事やキャリアのハンドルは、自分で握っていたい
「他人に握らせるな」は、責任放棄しないってことでもある
選ばれるのを待たずに、自分から動いていく
他人に期待しすぎない、自分でキャリアを描いていく
すべては無理でも、「握れる範囲を広げる」意識は持っていたい
冨岡義勇の言葉を借りるなら、
「自分の成長も評価もキャリアも、誰かに全部預けっぱなしにするなよ」ということなんだと思う。
