再生

初めの間は私は私が担当している事務員という名のYouTuberが露出狂ではないのかとときどき思った。編集していると身なりの良い格好をしている彼がいい大人のくせに部屋の中で暴れ回り、興奮のあまりズボンをずり下ろして局所を丸出しにするからといってそれをいちいち撮影して全世界に配信する法があるかといって怒っている。モニターの中で奇声を上げているその男がばったり倒れるといきなりカメラに向かって自身の股間を突き出しながら、これを見ろ、これこそが真実だというような顔をする。見ているとまるで喜劇だが本人がそれで正気だから反対にこれは露出狂ではないのかと思うのだ。しかし露出狂が必ずしもYouTuberになるわけではないとしてもYouTuberという職業が必然的に露出狂を要請するという構造がここにある以上、彼が狂っているのか彼を見ている数万の視聴者の視線が彼をそうさせているのか、私には判断がつかないままただ来る日も来る日も彼の股間にモザイクをかけ続けるという作業に没入せざるを得ない。
従ってどちらかというと事務員の方に関係のある私はこの映像会社の仕事のうちで一番人のいやがることばかりを引き受けねばならぬ結果になっていく。いやな仕事、それは全くいやな仕事でしかもそのいやな部分を誰か一人がいつもしていなければ動画全体の収益が廻らぬという中心的な部分に私がいるので実は動画の中心が事務員にはなく私にあるのだがそんなことをいったって他人の股間を凝視してガウス処理を施し続けるようないやな仕事をする奴は使い道のない奴だからこそだとばかり思っている人間の集りだから黙っているより仕方がないと思っていた。全く使い道のない人間というものは誰にも出来かねる箇所だけに不思議に使い道のあるもので、この映像制作会社でもいろいろなエフェクトを使用せねばならぬ仕事の中で私の仕事だけは特に卑猥な画像ばかりで満ちていて、わざわざ使い道のない人間を落し込む穴のように出来上っているのである。この穴へ落ち込むと液晶を透過するブルーライトで視神経や網膜がだんだん役に立たなくなり、事務員の上げる絶叫の刺戟で鼓膜を破壊し夜の睡眠がとれなくなるばかりではなく頭脳の組織が変化して来て現実の視界さえも低解像度のブロックノイズのように薄れて来る。こんな危険な穴の中へは有用な人間が落ち込む筈がないのであるが、この会社の正社員である大塚も若いときに人の出来ないこのモザイク処理を覚え込んだのも恐らく私のように使い道のない人間だったからにちがいないのだ。しかし、私がこの仕事を覚え込んでおくだけでそれで生涯の活計を立てようなどとは謀んでいるのでは決してないのだがそんなことをいったって大塚には分るものでもなし、また私がこの仕事を覚え込んでしまったならあるいはひょっこりそれで生計を立てていかぬとも限らぬし、いずれにしても大塚なんかが何を思おうとただ彼をいらいらさせてみるのも彼に人間修養をさせてやるだけだとぐらいに思っておればそれで良ろしい、そう思った私はまるで大塚を眼中におかずにいるとその間に彼の私に対する敵意は急速な調子で進んでいてこの馬鹿がと思っていたのも実は馬鹿なればこそこれは案外馬鹿にはならぬと思わしめるようにまでなって来た。大塚は私がキーボードを一つ押すたびに背後から無言の圧力をかけてくるのだがまるで私の背中に冷たい視線のペーストを塗りたくっているかのような粘着質な監視であり、彼が私のモニターを覗き込むたびに私は自分が処理している汚物のような映像と私自身とが等号で結ばれているかのような錯覚に陥らされるのであった。
或る日私はPCの前で仕事をしていると大塚が来て事務員から新しい素材が届いたのだが今回は特に露出が激しいので私が一コマたりとも見逃さずに処理をしてくれるようにという指示を、口もきかずにただ指差しだけで伝えてきた。それは事務員はカメラが回ると殆ど必ず興奮して服を脱いでしまうので大塚の気使いは事務員に服を着せることが第一であったのだがいままでのこのチャンネルの垢BANの危機の大部分も実にこの馬鹿げたことばかりなんだがそれにしてもどうしてこんなにここのYouTuberは陰部を出すのか誰にも分らない。出してしまったものはいくら編集で隠したって消したって元のデータから消えるものでもなし、それだからって汗水たらして皆が撮影したものを一人の理性の弛みのために尽くお蔵入りにされてしまってそのまま泣き寝入に黙っているわけにもいかず、それが一度や二度ならともかく始終撮ったら出すということの方が確実だというのだからこのチャンネルの活動も自然に鍛錬のされ方が普通のチャンネルとはどこか違って生長して来ているにちがいないのだ。私は送られてきたデータをプレミア・プロのタイムラインに乗せると、事務員が激辛ペヤングを食べ終わった直後にテーブルの上に立ち上がり、ズボンと共にパンツまでをも勢いよく引き下ろす場面に遭遇した。一コマ送るごとに彼の愚鈍な表情と反比例するように立派な一物が画面の中央に躍り出てくるので私はいつものごとく、その部分に円形のマスクをかけガウスの数値を上げようとした。しかしその時、ふと私はただモザイクをかけるという行為はそこに「隠された何か」があることを強調するだけであり、視聴者の想像力を却って猥褻な方向へ刺戟するのではないかと思った。隠すことが逆に露顕させるというパラドックスの中に私はいる。ならば視聴者の想像力を完全に殺ぐためにはそこには見たいと思わせる何かではなく、見るに堪えない何かが存在すれば良いのではないか。そう思うと、私はまるで何かに憑かれたように大塚の監視の目が一瞬逸れた隙を狙って深夜の誰もいない編集室で自身のズボンのチャックを下ろした。
私のそれは事務員のそれと比べれば見る影もなく貧弱で、使い道のない人間そのものを象徴するかのように萎びているのを検め、私はそれをスマートフォンで撮影しデータをPCに取り込むや事務員の立派なそれが露出する瞬間のフレームに私の貧弱なそれの映像を重ね合わせトラッキング機能を使って完璧に追従させたのである。事務員が腰を振れば私のそれも揺れ、事務員が跳ねれば私のそれも跳ねる。技術的には完璧な合成であったし、そして私はその上から従来よりも遥かに薄い殆ど透けて見えるほどのモザイクをかけた。これならば視聴者は見えそうで見えないという期待を抱いて目を凝らすであろうが、その先に見えるのは事務員の剛直な一物ではなく私の惨めで使い道のない肉片に過ぎないのだ。期待は失望へと変わり性的な興奮は憐憫と困惑へと置換される。これこそが真の検閲であり教育的な配慮ではないだろうかと思う私は背後にいつの間にか大塚が立っていることに気づかなかった。大塚は私の画面を覗き込み私の行った前衛的な合成処理を見て一言も発さずに立ち尽くし、怒られるかあるいは狂人扱いされて解雇されるかと私は覚悟を決めたが大塚は何も言わずただモニターの中に映る、事務員の身体に接合された私の哀れな局所と現実の私の背中とを交互に見比べるような視線を感じるだけなのだ。その沈黙は言葉による罵倒よりも遥かに雄弁に、私という人間の卑小さを計量し分類しラベルを貼っていく機械的な作業の音のように私の耳に響いてくるような気がしてきて、大塚が私を軽蔑しているのかそれともこの異様な解決策に呆れ果てているのか私には分らない。しかし大塚のその無言の圧力こそが私にこの倒錯した作業を完遂させるための最後のピースであったかのように私は奇妙な昂揚感に包まれ始めた。私は大塚に見られているという羞恥を燃料にして、さらに精密に執拗に私の恥部を事務員の映像へと焼き付けていくことこそ、まるで私という存在がデジタル信号へと分解されネットワークの海を通じて事務員のような平凡には到底到達し得ない新しい価値として世界中へ拡散してされてゆく儀式のようであり、その儀式を司る祭司としての役割を大塚が黙して引き受けてくれているかのようにも思えてくるのだ。
こうして完成した動画は私の知る限り最も奇怪かつ最も安全なコンテンツとして世に放たれた。コメント欄には今日の事務員はなんだか元気がないといった困惑の言葉が並ぶようになったが私と大塚だけはその秘密を知っている。いや、大塚が本当に知っているのか、あるいは見て見ぬふりをしているだけなのかそれさえも私には定かではないのだが確実なことは私が毎日必死になって隠蔽し続けているのは、事務員の股間ではなく私自身の劣等感そのものでありその劣等感がモザイクという名の半透明なヴェールを被りそれが数万回の再生数という形で私は肯定され続けているという事実だけがある。私はもう私が分らなくなって来て、私はただ画面の中で揺れ動くあの小さな肉片が私自身であるのか、それとも事務員の一部になってしまったのかその境界線さえもが曖昧になり近づいてくるタイムラインの再生ヘッドの赤い線がじりじりと私を切り刻んでいくのを感じるだけで、私は誰かもう私に代って私をレンダリングしてくれと望むようになっていた。私が何をしてなぜそうして来たかを私に聞いたって私の知っていよう筈がないのだから。
