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「日向坂で会いましょう」のテロップについて。


しゅへと申します。



素晴らしい企画ですね……!

実際の特集記事も楽しみですし、すでにこのハッシュタグでみなさんの投稿を見ているだけで「あったなー!!」と楽しんでおります。



私も投稿したよ。


これ最初観たとき感動したんだ……。

そしてすぐに、ただのダジャレじゃねぇかと我に返りました。

注)日向坂46に『Love yourself!』という楽曲があり、「Bath 湯はセルフ。」はそのもじり。



ところで、みなさんの投稿をスクロールしているうちに、あることに気づきました。


多くの投稿で、テロップの「。」が省略されている。


無意識かもしれませんが今一度、よーく見ていただきたいのです。

ひなあいのテロップには、「!」「?」などの記号でない限りは、必ず「。」がついています。


【日向坂46時間TV】

https://www.youtube.com/live/YPSSL3F37rk?si=WUxhu1DXpmtlz_GU


https://www.youtube.com/live/ZJ3QjdSXN8c?si=w-_8-jcutGkQy4b5


https://www.youtube.com/live/ZJ3QjdSXN8c?si=w-_8-jcutGkQy4b5


この「。」(句点)には、制作スタッフさんのこだわりを感じます。

先ほど私が投稿した「Bath 湯はセルフ。」にしても、元は楽曲名ですから、わざわざそこに「。」をつけているということになります。

もっと言うと単に楽曲名をそのままテロップにした場合でも、ひなあいでは必ず「。」がつきます(例:「知らないうちに愛されていた。」)。


しかしこれは、いったい何のこだわりなのでしょうか?



まずこれは、ひなあいだけの文化ではありません。

前番組である「乃木坂工事中」、「そこ曲がったら、櫻坂?」においても同じように、テロップには「。」がつきます。

【乃木坂工事中】

https://www.youtube.com/watch?v=iT49xYKqrVg&t


このテロップに「。」をつける手法は、番組の制作会社である株式会社ケイマックスの伝統です。


かつて放送されていたケイマックス制作の「内村プロデュース」や「内村さまぁ〜ず」、「『ぷっ』すま」においても、やはり同じように「。」がつけられていました(内Pは つく/つかないが混在)。


【カミナリの記録映像】

https://youtu.be/2E2PpzZ2DPM?si=QMua2lfTb3sy2Vyc


つまりテロップについた「。」は、一種ケイマックスのアイデンティティーにもなっているわけです。



言語学者であり作家の川添愛さんは『パンチラインの言語学』の中で、藤子・F・不二雄作品における「。」の使い方を次のように分析しています。

たとえばF作品では、「たすけてぇ。」のように「叫び」に近いようなセリフも句点で終わらせていることが少なくない。…… 「。」があることで、どんなに逼迫した場面でもどこかしら力が抜けている感じがする。

川添愛『パンチラインの言語学』p.186


その上で、川添さんは「。」の効果について、

「これはあくまで書き言葉ですよ」「音声ではなくて文字なんですよ」と言うことを読者に思い出させ、意識の何割かを「今、自分は漫画を読んでいる」という現実に引き戻す効果があるのかも、と思う。

川添愛『パンチラインの言語学』p.186


と述べています。

つまりどんな悲劇的な状況でも、「これは漫画ですぜ」と一歩引いた目線が入ることで中和しているのではないかということです。



「。」の効用ということでは、やはり少し前に話題になったマルハラを想起してしまいます。

LINEなどで句点を用いられると、冷たい感じや怒られてる感じを受ける。
それは、なんだかそう言われるとそんな気もする。

そもそも句点はなぜ打たれるのでしょうかそれは言わずもがな一文の範囲を確定させて文と文を引き離す機能があるからですそれによって文章が視覚的に読みやすくなりますいまあえて私は句読点を打たずに文章を書いていますが読み手に与えるストレスはかなりのものだと思いますいかがでしょうか


しかしLINEのような短文を連投するコミュニケーションにおいて、「。」は必ずしも必要なものではありません。なぜなら、「。」を使わなくても、吹き出しで囲われている範囲が一文だと確定できるからです。

とてもわかりやすい図


そうすると「。」は不必要なものとなります。

そしてマルハラは、不必要な「。」がついていることによる余剰の意味を読み取ってしまうことで発生するのです。


先ほどの藤子・F・不二雄作品における句点の効果と同じことが、今度はマイナスに働きます。

つまり、親密でテンポ重視な「会話」に対して、これが書き言葉(=フォーマルな言及)であること、ここが明確に文の終わりであると強調することで、距離感を置かれていると感じられてしまうという現象であると言えます。



では、ひなあいのテロップにおける「。」にはどんな効果があるのか。

テロップもLINEの吹き出し同様、視覚的に一文を確定させることができるので、「。」は不必要です。

すると、ここまでの話が正しいとすれば、ケイマックスのスタッフさんはテロップに「。」をつけることで距離感を置こうとしているのです。

視聴者に、ではなく、出演者に、です。


先ほどの「Bath 湯はセルフ。」というテロップも、湯船の水を変えないという2代目キャプ髙橋未来虹さんの悲壮な顔が大写しになった状態で表示されていました。

そのときスタッフさんの視線は視聴者ではなく、出演者に向けられています。「Bath 湯はセルフ。」は未来虹さんに対するメッセージです。


しかし「。」がつくことによって、このメッセージが出演者に話しかけているのではなく、あくまでも文面として、あたかも「写真でひとこと」の大喜利回答かのような側面を強調します。

【日向坂になりましょう】

https://youtu.be/PeXhz3bfve4?si=dqYLr3hHJ-mQJdOW


つまり「。」のテロップは、出演者に向けたメッセージでありながら、スタジオで直接投げかけられたのではなく、あくまで編集された画面越しに書かれたものですよという表明になっているのです。


このとき、画面を見ているスタッフさんの立ち位置は、むしろ私たち視聴者と重なります。あのテロップはいわば、世界最速のひなあい実況ツイートなのです。



【紙とさまぁ~ず】

https://youtu.be/jCSxe5H1di4?si=ZoTm1J4m93y2UkkK


かつて「ザ・イロモネア」に内村さんが三村さんと組んで出場した際、コンビ名を「三内芸(みうちげい)」と称しました。

そしてラストチャレンジのモノボケで、三村さんは首だけのマネキンを両手に抱えて「ハーンタイ!ハーンタイ!」と叫んで、100万円を獲得しました。

この、文面だと何も伝わらないギャグは、実は「内村プロデュース」の企画で生まれたものをそのまま流用したものでした。つまり時空を超えた身内芸身内笑いだったのです。


ケイマックスの制作する番組には、どこかこの「身内笑い」の要素があります。そしてその要因の一つに、テロップの「。」があると私は思います。

まるで視聴者がスタッフと同じ画面を見て、同じ思いを共有しているかのように見える。


よく細かすぎるネタを拾ってくると言われるケイマックスのテロップですが、ファンの目線で番組を見ているからこそ出てくる、スタッフと視聴者の共犯関係があの名テロップなのです。

そこで、作り手と受け手という区別は曖昧になります。ひなあいは出演者・スタッフのみならず、視聴者にとってもホームとなる。


ふつう身内笑いは否定的にとらえられがちですが、少なくとも身内にとって、身内笑いは最高に楽しいものです。

観たくなる企画、魅力的で楽しい出演者、そして丁寧な演出による、ありえないほど参加障壁が低い身内ウケ番組が、「日向坂で会いましょう」なのだと私は思います。




結論。



だから「。」は省略せずにポストしてください!!!!!








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