約3分でできること
PCで巨大なファイルを転送している。
画面中央のダイアログには、緑色のバーと共にこう表示されている。
「残り時間:約3分」
バーが微動だにしない、ように見えてわずかに動いているようにも見えるこの時間を利用して、私は「『約3分』の間にできること」を実践していくことにした。
1. ラジオ体操第一を完遂する
約3分、体を動かして席に戻る。
画面を見ると、残り時間は「約3分」に減っていた。
いや減ってない。減ってる?
久しぶりにラジオ体操などしたので、これは初老一歩手前にはけっこう負担のある運動なのだと気づいた。
2. カップヌードルを作る
やはり3分といえばこれだ。お湯を入れて待つ。
PCの機嫌が良ければ、麺がほぐれるのと同時にコピーも完了するだろう。これが理想的な「約3分」の姿だ。
しかし私が楽しみに残しておいた謎肉を胃に収めても、まだ時間には余裕があった。「約3分」は長い。
3. 『走れメロス』を読破する
読了時間の目安は20分〜30分程度。
メロスは激怒し、懇願し、走り、祝宴をあげ、眠り、寝すぎて、走り、山賊を打ちのめし、川を渡り、倒れ、諦めかけて、走り、友を殴り、殴られ、赤面した。
終わった。ふと画面を見る。
残り時間は「約2分30秒」。
動いている……。
私は落胆した。
私には機械がわからぬ。しかし表示が変わったということは、時間をかければこの作業は終わるということだ。
問題は、あとどれくらいかかるのか。
約2分30秒……。
4. 資格を取得する
ユーキャンが提唱する学習期間は3ヶ月から半年。
毎日コツコツと勉強し、試験を受け、合格通知を受け取った。
晴れて有資格者となってPCの前に戻る。
残り時間は「約2分」。
まだ2分ある。まだ慌てるような時間じゃない。
5. サグラダ・ファミリアの完成を待つ
着工から140年以上。ガウディの没後も建設が続けられ、ついに完成の目処が立ったという。
その壮大な歴史的瞬間を見届け、バルセロナで知らない夫婦と乾杯をして帰国した。
PCを見る。残り時間は「約1分45秒」。
やはり、石を積み上げる速度よりも、電子データを積み上げる速度の方が遅いらしい。
6. 新たな文明の興亡
人類が滅び、新たな知的生命体が地球を支配し、彼らが独自の言語と科学を発展させ、やがて自らの愚かさによって滅びていった。
やはり新たな文明を維持するのは、キツツキには荷が重かったのかもしれない。肥大化した脳で重くなった頭を振り続けるのは辛そうだった。
画面を見る。
残り時間は「約30秒」。
いよいよだ。
7. 陽子崩壊
現代物理学の予想では、陽子の寿命は10^34年以上とされる。
宇宙の星々が燃え尽き、ブラックホールさえも蒸発し、物質を構成する陽子が崩壊して、宇宙が完全な死を迎えるその時。
虚無の中で、唯一光っているものがある。私のPCのモニターだ。
「残り時間:約5秒」
ついに5秒になった。
宇宙の終わりを見届けた私の意識は、最後の力を振り絞ってその行く末を見守る。
99%で止まったままの緑色のバーが、最後の1ドットを埋める。
「ポン(完了音)」
終わった。
ファイルコピーが終わった。
長かった。文字通り、永遠のような時間だった。
私はデスクトップに現れた新しいフォルダを開く。
「会議議事録.txt」
徒労感に包まれながら、私はPCをシャットダウンする。
「更新プログラムを構成しています。電源を切らないでください」
「完了まで:約3分」
ふざけるな。
また次の宇宙が始まってしまうだろ。
