月曜夜9時はドラマーでいい
言葉の響きが似すぎている。
「ドラマ」と「ドラマー」。
伸ばし棒「ー」。
正式名称は「長音符」。
印刷業界では「音引き」とも呼ぶ。
音引き!? かっこ良。
島引きじゃん。オーズの音引き伝説。
ドラマ。
それは人間模様だ。
すれ違い、涙、隠された過去、衝撃の真実。
ドロドロとした感情が絡み合い、視聴者の心を揺さぶる。
静寂の中に響く「……好きだ」というセリフに、全米とそれ以外が泣く。
ドラマー。
それはドラムを叩く人だ。
ドコドコドコドコ、シャン!!
汗だくの男が、木の棒で皮を張りまくった筒をぶん殴る。
そこにあるのは圧倒的な物理だ。
衝撃と振動。
静寂なんてない。あるのはBPM(テンポ)のみ。
あまりにも違いすぎる。
「お葬式」と「山武市サマーカーニバル」くらい違う。
なのに、名前は「ー」があるかないか。誤差だ。
もしテレビ局の編成担当がキーボードの入力をミスったらどうなるんだ。
『月曜夜9時 新ドラマー、スタート!』
想像してほしい。
主演・YOSHIKI。
第一話。
トレンディなオフィス街。
ヒロインが雨の中で待っている。
「遅いな……もう来ないのかな……」
そこへ、彼が現れる。
言葉はない。
彼は無言で、路上にセットされたツーバスのドラムセットに座る。
そして、
ドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコ!!!!!!
会話はない。
ブラストビートだ。
ヒロインの「ねえ、聞いてる?」というセリフも、シンバルの「パァーーーン!!!」という炸裂音に食い気味にかき消される。
告白シーンもそうだ。
「僕は……君のことが……」
ダカダカダカダカダカダカダカ!!!!!
「……シャン!!!!!!」
うるせえ!!!!!!!!
聞こえねえよ!!!!!!!
でも、思うのだ。
現代社会に必要なのは、こっちなんじゃないかと。
我々は「ドラマ」を見すぎている。
人の顔色を伺い、行間を読み、伏線を回収し、考察することに疲れ果てている。
SNSもドラマ、会社もドラマ、恋愛もドラマ。
もういいだろ。
そんなに毎日、意味深な伏線はいらないんだよ。
欲しいのは「ドラマー」だ。
叩けば鳴る。
強く叩けば、デカい音が鳴る。
暴力的なまでシンプルな因果。
失恋した夜に欲しいのは、30分の慰めの言葉じゃない。
3秒のスネアの一閃だ。
脳髄を直接揺らして、余計な思考を吹き飛ばしてくれる衝撃だ。
だから私は提言したい。
来期のクールから、すべてのドラマ枠を廃止し、ドラマー枠にすべきだ。
火曜サスペンスドラマー。
大河ドラマー。
連続テレビ小説・ドラマー。
崖の上で犯人が自供を始めた瞬間に、ドラムソロが始まって全部聞こえなくなるサスペンス。
動機なんてどうでもいいんだ。
すべてはリズムの中に消えるのだから。
……と、ここまで書いて気づいたが、
『セッション』という映画は、ほぼそれだった。
あれはいい映画だ。
ハゲたおっさんが怒鳴り散らし、若者が血を流しながら太鼓を叩く。
そこに言葉による解決はない。
あるのは暴力的なまでの音圧だけだ。
そうか。
世界はすでに、ドラマよりもドラマーを選び始めていたのか。
よし。
今日の仕事は終わりだ。
帰って、チャーハンを炒める。
中華鍋とお玉をぶつけて、カンカンと音を鳴らす。
俺はいま、キッチンのドラマーになる。
食らえ、俺の8ビート(強火)を。
ジャーーーーーーーーーッ!!!!(炒)
「つまり、彼が何を言いたかったのかと言うと、ドラムが出てくるVIVANTは、ドラマじゃなくてドラマーだろうと!」
ホコサキさん、違います。

