見出し画像

無垢だった自分を思い出す― 幼少期の楽しい思い出を3つ挙げてみる ―

私たちは大人になるにつれて、

「ちゃんとしなきゃ」

「迷惑をかけちゃいけない」

「もっと頑張らなきゃ」


そんな言葉を、
いつの間にか自分自身に向けるようになります。

でも、少し立ち止まってみてください。

あなたがまだ幼かった頃。

評価も比較もなく、

ただ“感じるまま”に生きていた頃の自分が、

確かにそこにいたはずです。

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


今日のワーク

「幼少期の楽しい思い出を3つ挙げる」

・大きな出来事でなくていい

・覚えている映像がぼんやりでもいい

・理由が分からなくてもいい

たとえば

何も考えずに夢中で遊んでいた時間

誰かのそばで安心して笑っていた記憶

理由は分からないけど、楽しかった感覚

思い出そうとすると、

頭より先に、

胸やお腹がじんわり温かくなることがあります。

それは記憶というより、

身体が覚えている感覚。

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

コトハの視点から見ると

コトハでは、

言葉や思考だけでなく、

身体に残っている感覚の記憶をとても大切にします。

幼少期の楽しい記憶に触れるとき、

身体は一瞬、緊張をゆるめ、

「安全だった感覚」に戻ろうとします。

✔ 呼吸が少し深くなる

✔ 肩やお腹がゆるむ

✔ 理由もなく安心感が広がる

それは、

「私はここにいてよかった」

「私は存在していて大丈夫」

という、根っこの自己肯定感が、

身体の奥で再起動しているサイン。

自己肯定感は、作るものではなく「思い出すもの」

自己肯定感は、

努力して高めるものではありません。

もともと持っていたものを、

思い出していくプロセス。

無垢だったあなたは、

何かを証明しなくても、

誰かに認められなくても、

ただ“在る”だけで、ちゃんと愛されていました。

その感覚は、

今のあなたの身体の中にも、

ちゃんと残っています。

今日はぜひ、

思い出を3つ挙げたあと、

少し目を閉じて、呼吸を感じてみてください。

言葉になる前の、

あの頃のあなたが、

そっと今のあなたに重なってくるはずです。

それだけで、

十分なんです。


いいなと思ったら応援しよう!